シリーズ:財政健全化の論点整理①

EY Institute
02 March 2015
執筆者
シリーズ:財政健全化の論点整理①
~財政健全化という難題
財政健全化の目標
日本経済は、財政健全化という大きな課題を抱えている。日本の長期債務残高は、GDP比で
鈴木 将之
EY総合研究所株式会社
経済研究部
エコノミスト
<専門分野>
► 日本経済の実証分析・予測
► 産業関連分析
200%超まで拡大しており、日本は先進国の中で最も債務が多い国である。欧州では日本よりも
長期債務残高GDP比が低い諸国で債務危機が起きたこともあって、財政健全化を求める声は
日本で大きくなっている。
日本では、財政状況が悪化しているにもかかわらず、これまで金利は安定してきた。市場から
信認を取り付けられてきた理由としては、例えば、経常黒字が続き対外純資産を拡大させている
こと、家計の金融資産が長期債務を上回っていることや、欧州諸国に比べて消費税率の引き上
げ余地が大きいことなどがあげられる。このような状況が崩れないうちに、着実に財政健全化を
進めることが重要だろう。
財政健全化の一環として、2014年4月に消費税率が8%へ引き上げられた。当初、第二弾とし
て予定されていた10%への消費税率引き上げは、15年10月から17年4月へと延期される見通
しである。
8%の消費税率のままでも、景気回復によって税収やGDPが増えることによって、15年度まで
に、GDP比でみた基礎的財政収支(Primary Balance;PB)の赤字を10年度の水準から半減さ
せる目標は、辛うじて達成される見通しである。そのため、消費税率引き上げを先延ばしにした
悪影響は、これまでのところ最小限にとどまっているようだ。
しかし、17年4月に10%まで消費税率を引き上げたとしても、20年度までのPBの黒字化という
目標の達成が難しいことには変わりない。それに加えて、17年まで消費税率引き上げを先延ば
しにしたことで、次の手を打つまでの期間が17年度から20年度までの3年間と短くなり、20年度
の目標を達成する時間的な制約が厳しくなってしまった。そのため、より踏み込んだ対策が必要
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になっていると考えられる。
財政健全化の方法とは
財政健全化を進める上で重要なことは、GDP比でみた長期債務残高(長期債務残高GDP比)
を安定的に減らしていくことだ。PBの黒字化はその第一歩にすぎず、その次に、利払費などを含
めた財政収支の黒字化を目指すことが必要だろう。
長期債務残高GDP比を低下させた米英の過去の例をみると、分子の長期債務残高に目を配り
ながら、経済成長によって分母のGDPを増加させた影響が大きかったことがわかる。しかし、経
済の実力を表す潜在成長率が0.5%強にすぎない日本では、過度にGDP増加に頼ることは難し
い。また、潜在成長率が0.5%強ということは、ちょっとしたショックでマイナス成長に陥ることを意
味する。その場合、債務の削減がなければ、長期債務残高GDP比が上昇してしまう恐れがあ
る。
そのため、財政健全化のためには、当然のことながら、歳出削減も欠かせないといえる。ただ
し、歳出削減を進める上で、限られた財源を有効活用することと、大胆に削減していくことの相違
を認識しておくことは重要だ。
その理由として、まず、日本がOECD諸国の中で、米国に次ぐ小さな政府であり、歳出削減の
余地が大きくないことがあげられる。11年の比較可能なOECD諸国23カ国中、社会保障関連支
出(GDP比)は多い方から12位、それ以外の政府支出は23位であり、政府支出全体では20位
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だった(OECD, Annual National Accounts)。高齢化が最も進んでいるにもかかわらず、政府
の社会保障関連支出(GDP比)は中間に位置しているにすぎない。これからも少子・高齢化対策
が必要とされることを踏まえると、大胆な削減は現実的ではないだろう。
また、欧州債務危機後の取り組みが示すように、緊縮政策を強めすぎると、景気に下押し圧力
がかかりうる。その場合、景気対策が必要になったり、税収が減少したりするので、財政健全化
への道のりが遠のく恐れがある。
こうした現状を踏まえると、財政健全化を進める上では、歳出を大胆に減らすのではなく、効率
化・重点化によって限られた財源を有効活用することが必要だろう。また、消費税を含めた歳入
の見直しを同時に進めながら、経済成長率の底上げが重要になる。それらのバランスをとりなが
ら、経済・社会への悪影響を極力抑えるように、財政健全化を進めるという視点が重要だ。
本シリーズでは、こうした視点から、主な歳出入項目を確認しながら、今後の財政健全化につ
いて考える。
図 長期債務残高GDP比
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出典:大川一司・篠原三代平・梅村又次監修『長期経済統計』東洋経済新報社、財務省、
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(注)2015年度は当初予算ベース
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