シリーズ:供給制約を打ち破れ③

EY Institute
16 April 2015
執筆者
シリーズ:供給制約を打ち破れ③
~労働参加率と労働生産性の向上なくして成長なし
若者、女性、高齢者の労働力に期待
人手不足の対策として、真っ先にあげられるのは、働き手を増やすことだ。現在、働く希望を
鈴木 将之
EY総合研究所株式会社
経済研究部
エコノミスト
<専門分野>
► 日本経済の実証分析・予測
► 産業関連分析
持っているものの、事情があって働きに出られない人が働ける環境を整える対策の優先順位は
高い。特に注目されるのは、若年、女性や高齢者の労働力である。この中で、労働力になりうる
のは、完全失業者と、現在は職探しなどをしていない非労働力人口のうち就業希望者である。
実際、2014年10-12月期の完全失業者数は、15~24歳男女では29万人、25~44歳の女
性では43万人、65歳以上の男女では14万人であった(総務省『労働力調査』)。また、就業希望
者は、15~24歳男女では100万人、25~44歳の女性では152万人、65歳以上の男女では39
万人であった。これらを合わせると、潜在的な労働力として、15~24歳男女では129万人、25
~44歳の女性では195万人、65歳以上の男女では53万人であった。これらの人々の労働参加
率を高めることができれば、就業者数を約6%増やせる計算になる。
特に、人手不足が明らかとなった現在、若年世代の人材活用が急務だ。なぜなら、人口減少の
トレンドの反転は当面想定できないこともあって、長期的に人材を確保したいのであれば、若年
世代が最も有望だからだ。ただ、若年世代は職探しの時期でもあるため、いわゆる雇用ミスマッ
チが大きくなりがちであることには注意が必要だろう。例えば、一般的に大卒者の約3割が3年で
初めて就職した会社を辞めるトレンドは、安定していることが知られている(厚生労働省「新規学
卒就職者の在職期間別離職率の推移」)。そのため、長期的に、かつ幅広い視点からの人材育
成が欠かせない。
介護という課題
また、子育て期の女性の活躍も重要である。これまで、課題とされてきた子育て支援に加えて、
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今後の高齢化を踏まえれば、介護による離職の増加も懸念される。現在でも、過去5年間に介
護・看護のため前職を離職した人は48.7万人に達している(総務省『平成24年就業構造基本調
査』)。介護をしている雇用者239.9万人のうち介護休業制度等の利用は37.8万人にとどまって
おり、子育てとともに介護支援などを通じて労働環境を整えていくことが喫緊の課題だ。
さらに、働く意欲がある高齢者の労働参加への期待も大きい。若年世代に比べて、人口のボ
リュームが大きいこともある。ただ、ここでも介護が、雇用の問題になっている。15歳以上人口に
ついて、介護をしている人は557.4万人おり、そのうち60歳以上が約5割を占めている。
社会保障制度改革の議論では、介護費用も例外なく削減圧力がかかっている。費用がかかる
ことは事実だが、その一方で、効果的に費用を減らしていかなければ、家族の介護時間を増や
し、その分労働力を減らすという事態に陥りかねないことにも注意が必要だ。
これらを踏まえると、短時間労働など、誰もが働きやすい環境を整えなければならない。その結
果、労働力の確保に加えて、労働力の多様化によって、企業経営の視野が広がるだろう。
働き方を見直し、労働生産性の向上を
もう一つの人手不足対策として注目されるのは、労働生産性を高めることだ。前回みたように、
労働力を増やすためには、労働時間を長くすることが真っ先にあげられるだろう。しかし、それで
は、女性や高齢者などは労働市場に参入しにくく、労働力の確保は難しいだろう。また、今後ホ
ワイトカラーエグゼンプションなどの導入とともに、労働時間の規制も見直される公算が高いた
め、労働時間を増やすことを対策として打ち出すことは難しい。
これを踏まえると残った対策は、労働生産性を高めることだ。これまでの労働生産性を振り返
ると、1時間あたりの労働生産性とみなせる「物価変動を調整した実質賃金」は、1990年代半ば
をピークに低下してきた。その一因には、パートタイム労働者などの割合の上昇によって、平均
賃金が押し下げられたことがある。
それ以外にも、不適切な業績評価の方法が、本来発揮しうる能力を押さえ込んできた可能性も
否定できない。例えば、残業時間など、仕事の成果以外のものが評価されてしまう傾向がある。
仕事を円滑に進めると同時に、その仕事ぶりを評価する管理職の管理能力が、これまで以上に
問われることになる。現在の雇用改革では、労働時間ではなく、成果によって評価される働き方
に変えようとしている。限られた時間を有効活用して、労働生産性を高めて、労働供給を増やす
ことを目指していると解釈できる。もちろん、無理難題を労働者が押し付けられないように、職務
や権限の明確化が欠かせない。また、労働時間の上限設定や、休日取得の促進などの取り組
みを進めることも重要だ。こうしたことは労働生産性の向上に結び付くだけではなく、女性や高齢
者など労働時間が限られる人々に、労働参加を促す上でも大切なことだといえる。労働生産性
など成果を軸に適切に評価できるようになれば、労働時間の調整や短時間労働の導入が可能
になるので、女性や高齢者などの労働参加を促せるようになるだろう。
このように、若者、女性や高齢者の労働参加率を向上させること、労働生産性を向上させるこ
との両面作戦を打てば、人手不足の悪影響を緩和することは可能だろう。労働参加を促していく
ためには、時間がかかることもあり、早急に手を打つ必要がある。
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~労働参加率と労働生産性の向上なくして成長なし
図 完全失業者と就職希望者数(2014年7-9月期)
完全失業者
(万人)
就職希望者
120
100
80
60
40
20
0
男
女
男
15~
24歳
女
男
25~
34歳
女
男
35~
44歳
女
男
45~
54歳
女
男
55~
64歳
女
65歳
以上
出典:総務省『労働力調査』よりEY総合研究所作成
図 実質賃金の推移
(2010年=100)
112
110
108
106
104
102
100
98
96
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
94
出典:厚生労働省『毎月勤労統計調査』よりEY総合研究所作成
(注)調査産業計・5人以上
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