シリーズ:財政健全化の論点整理⑤

EY Institute
09 March 2015
執筆者
シリーズ:財政健全化の論点整理⑤
~所得税の役割の見直しを
所得再分配機能の回復を
財政健全化を考える上では、所得税の見直しも必要とされている。
鈴木 将之
EY総合研究所株式会社
経済研究部
エコノミスト
<専門分野>
► 日本経済の実証分析・予測
► 産業関連分析
その理由の一つとして、2014年度の所得税収(見込み額)は約14兆円と、税収を支える基幹
税であることがあげられる。つまり、所得税のあり方次第で、税収が大きく変わる可能性がある。
もう一つの理由は、所得が高いほど所得税の負担が重くなるという累進的な構造があるので、
所得再分配機能が働くことである。所得税は、消費税の欠点を補う機能があるので、所得税は
消費税と車の両輪に例えられている。特に、消費税率が引き上げられる中で、税のバランスを取
る上でも、所得税の役割が重要になっている。
所得税収の推移をみると、1991年の26.7兆円をピークに低下してきたことがわかる。その一
因としては、所得税の課税対象になる現役世代の給料(雇用者報酬)が伸び悩んでいることがあ
げられる。14年の雇用者報酬総額は、248兆円と4年連続で増加したものの、97年のピーク
278兆円から30兆円も少ない(内閣府『四半期別GDP速報』)。
もう一つの原因は、度重なる所得減税である。消費税導入時の減税や景気対策としての減税
など、所得税は減税が繰り返されてきた。これは、80年代初頭と現在を比べると、同じ給料なら
ば、現在の税負担の方が軽くなっていることを表している。内閣府の計算によると、80年以降、
税制改正がなかった場合に比べて、所得税は11.7兆円も少ないことになる(内閣府『経済財政
白書』平成24年度版)。単純計算で、一連の税制改正がなければ、14年度の所得税収は約26
兆円(=14+11.7)となり、ピークの91年度(26.7兆円)に匹敵する税収であった可能性があ
る。
景気が良くなっても、税収が伸びにくくなっており、それに応じて所得再分配機能が弱まってい
るなど、弊害も多くみられるようになった。こうしたことから、所得税の見直しが求められている。
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多様な働き方を促す所得税へ
また、所得税については、税収確保や再分配機能の回復とともに、働き方への影響が論点とし
て大きくなっている。12年末からの景気回復によって人手不足が、経済成長の足を引っ張る恐
れが出てきた。14年12月末時点で、完全失業率は3.4%と(総務省『労働力調査』)、完全雇用
(いわゆる「構造的失業率))に近づきつつある。こうした中で、女性の労働参加を促す点から、配
偶者控除などとの関係で、いわゆる103万円、130万円の壁の解消が喫緊の課題になってい
る。
103万円の壁は配偶者控除の適用対象となる収入の境であり、130万円の壁は社会保険料
を支払う境になる。それ以下に労働時間や給料を抑えようとするインセンティブが働きやすく、労
働参加の障壁とされてきた。特に、130万円の壁では、社会保険料を支払えば将来受け取る年
金額が増えるものの、現在の社会保険料を支払う分だけ手取り額が低下する上、雇用主側にも
負担が生じることなどから、これまで働き方に大きな影響を及ぼしてきた。
多様な働き方を促して、労働力を確保するためにも、働き方に悪影響を及ぼさないように税制
度を設計することが重要だ。
前述のように、所得税と消費税にはそれぞれ一長一短があり、補完関係があるなど、他の税と
のバランスを勘案する必要がある。それぞれの役割を勘案した上で、経済成長と財政健全化が
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28
雇用者報酬(右軸)
(兆円)
①▲3.9兆円
②+1.7兆円
280
26
260
24
③▲2.4兆円
240
22
④▲0.3兆円
20
⑤+0.5兆円
⑥▲3.0兆円
18
220
⑦+0.2兆円
16
200
⑧+0.6兆円
180
14
160
2014
2012
2010
2008
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
12
1992
EY総合研究所株式会社について
EY総合研究所株式会社は、EYグ
ローバルネットワークを通じ、さま
ざまな業界で実務経験を積んだプ
ロフェッショナルが、多様な視点か
ら先進的なナレッジの発信と経済・
産業・ビジネス・パブリックに関する
調査及び提言をしています。常に
変化する社会・ビジネス環境に応
じ、時代の要請するテー マを取り
上げ、イノベーションを促す社会の
実現に貢献します。詳しくは、
eyi.eyjapan.jp をご覧ください。
所得税収
(兆円)
1990
EYとは 、ア ーン スト・ アンド ・ ヤン
グ・グローバル・リミテッドのグロー
バル・ネットワークであり、単体、も
しくは複数のメンバーファームを指
し、各メンバーファームは法的に独
立した組織です。アーンスト・アン
ド・ヤング・グローバル・リミテッドは、
英国の保証有限責任会社であり、
顧客サービスは提供していません。
詳しくは、ey.com をご覧ください。
図 所得税収と雇用者報酬の推移
1988
EYについて
EYは、アシュアランス、税務、トラ
ンザクションおよびアドバイザリー
などの分野における世界的なリー
ダーです。私たちの深い洞察と高
品質なサービスは、世界中の資本
市場や経済活動に信頼をもたらし
ます。私たちはさまざまなステーク
ホルダーの期待に応えるチームを
率いるリーダーを生み出していき
ます。そうすることで、構成員、クラ
イアント、そして地域社会のために、
より良い社会の構築に貢献します。
両立するような所得税改革が求められている。
1986
EY | Assurance | Tax |
Transactions | Advisory
①税率構造の累進緩和、人的控除の引き上げ、配偶者控除・特定扶養控除の創設
②マル優の原則廃止、株式等の譲渡益の減速課税化
③税率構造の累進緩和、人的控除の引き上げ、給与所得控除の引き上げ
④最高税率の引き下げ
⑤配偶者特別控除の上乗せ部分の廃止
⑥所得税から住民税への税源移譲
⑦公的年金等控除の見直し等
⑧年少・特定扶養控除の見直し
出典:税制調査会資料(2014年4月14日)、内閣府『国民経済計算』よりEY総合研究所作成
本書は一般的な参考情報の提供のみを
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