シリーズ:原油安の影響⑨ (最終回)

EY Institute
27 February 2015
執筆者
シリーズ:原油安の影響⑨ (最終回)
~世界の景気・ディスインフレへの影響とは?
世界のディスインフレ
原油価格の低下によって、物価上昇率が縮小している。日本の消費者物価指数(除く生鮮食
品)は2014年12月に前年同月比+2.5%(消費税の影響を除くと同0.5%)まで上昇率が縮小し
鈴木 将之
EY総合研究所株式会社
経済研究部
エコノミスト
た。
こうした物価上昇率が低下する動きは、日本だけではなく、世界で共通の現象である。例えば、
米国の消費者物価も14年12月に0.8%と1%を割り込むまで低下している。また、15年1月の
ユーロ圏の消費者物価上昇率は、前年同月比▲0.6%と09年以来5年ぶりにマイナス圏内で推
<専門分野>
► 日本経済の実証分析・
予測
► 産業関連分析
移している。このように、原油価格の低下をきっかけにして、ディスインフレが世界中に広がって
いるようにみえる。
経済の体温とも表現される物価上昇率の縮小は、ディスインフレを通り越して、デフレ懸念をく
すぶらせている。特に、消費者物価上昇率がマイナスに転じた欧州では、そもそも景気が力強さ
を欠いていたこともあり、その懸念は強い。それを受けて、欧州中央銀行(ECB)は、1月22日に
量的金融緩和に踏み切った。また、日本の景気も、昨年夏場に底を打ったとみられるものの、年
末に輸出や生産に回復の兆しが見えはじめるまで、一進一退の状況がつづいてきた。
こうした中で、世界経済が長期的な停滞局面に入ったという「長期停滞論」が注目されている。
長期的な停滞の一端として、長期金利の低下があげられている。長期金利は、①潜在成長率、
②期待物価上昇率や③リスクプレミアムの合計とみなせる面がある。その考えに従うと、物価上
昇率の縮小をきっかけに、期待物価上昇率の低下を通じて、長期金利も低下しているといえる。
ただし、物価上昇率の縮小が目立ちはじめる前から、長期金利が低下する動きを見せていたこ
とから、潜在成長率自体の低下も示唆される。潜在成長率が鈍化すると、経済全体で需給が
ひっ迫しやすくなり、物価も上昇圧力を受けやすくなる一面がある。それにもかかわらず、物価上
昇率が縮小していたため、需要自体が弱かったことがうかがえる。
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世界の景気への影響
原油価格の低下をきっかけにした世界の景気への影響は何だろうか。その影響の一つは、購
買力の回復につながることだ。原油を消費する立場の、消費者や企業からみれば、原油価格の
低下によって物価が低下すれば、その分購買力が高まるので、消費を増やせる。その結果、景
気が上向く可能性がある。特に、原油輸入国が多い欧州諸国や日本ではそうした効果が期待で
きる。経済全体でみた需給がひっ迫するようになれば、物価にも上昇圧力がかかるようになり、
ディスインフレからの脱却も視界に入るようになるだろう。
また、グロバールなマネーフローへの影響も考えられる。これまで高水準の原油価格を背景に
産油国からのマネー供給が、米国や新興国に流入して、経済を活性化させてきた面がある。原
油価格が低下すれば、そのマネー供給が逆流する可能性もあり、マネーが流入していた国で
は、景気を冷やすことになりかねないだろう。マネーを引き付けておくためには利上げも金融政
策の選択肢となる。ただし、原油価格の低下から物価上昇率が縮小しているならば、利下げを行
い、国内の景気を刺激するという手もある。そのため、海外からのマネーの流入状況や物価動
向などを勘案した、金融政策が重要になっている。
さらに、産油国は原油が主要な輸出財であるため、輸出が鈍化し、さらには財政状況が悪化す
る恐れがある。そうしたリスクを織り込んで、産油国通貨が売られるため、為替レートを安定化さ
本書は一般的な参考情報の提供のみを
目的に作成されており、会計、税務及び
その他の専門的なアドバイスを行うもの
ではありません。意見にわたる部分は個
人的見解です。EY総合研究所株式会社
及び他のEYメンバーファームは、皆様が
本書を利用したことにより被ったいかな
る損害についても、一切の責任を負いま
せん。具体的なアドバイスが必要な場合
は、個別に専門家にご相談ください。
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かし、原油価格の低下の影響には双方向の働きがあるため、いずれの影響が大きくなるのか、
また、原油価格が落ち着く水準が注目される。
(本稿がシリーズ最終回)
図 日米欧の消費者物価とNY原油先物の推移(前年同月比)
(%)
NY原油先物(右軸)
米国
ユーロ圏
日本(消費税を除く) (%)
6
120
5
100
4
80
3
60
2
40
1
20
0
0
2014
2013
2012
2011
-60
2010
-3
2009
-40
2008
-2
2007
-20
2006
-1
2005
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このように、世界経済全体でみれば、原油価格の低下は世界景気を下支えするとみられる。し
2004
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EY総合研究所株式会社は、EYグ
ローバルネットワークを通じ、さま
ざまな業界で実務経験を積んだプ
ロフェッショナルが、多様な視点か
ら先進的なナレッジの発信と経済・
産業・ビジネス・パブリックに関する
調査及び提言をしています。常に
変化する社会・ビジネス環境に応
じ、時代の要請するテー マを取り
上げ、イノベーションを促す社会の
実現に貢献します。詳しくは、
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2003
EYとは 、ア ーン スト・ アンド ・ ヤン
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で、そうしたリスクを世界景気の減速リスクとみなせば、原油輸入国にも少なからず影響が及ぶ
2002
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などの分野における世界的なリー
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品質なサービスは、世界中の資本
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ます。私たちはさまざまなステーク
ホルダーの期待に応えるチームを
率いるリーダーを生み出していき
ます。そうすることで、構成員、クラ
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より良い社会の構築に貢献します。
せるために、利上げを実施して、景気を冷やすという悪循環もみられはじめた。金融市場など
2001
EY | Assurance | Tax |
Transactions | Advisory
出典:総務省『消費者物価指数』、日本経済新聞社
Bureau of Labor Statistics, Consumer Price Index, CPI Databases
Eurostat, Hamonised indices of consumer prices (HICP)よりEY総合研究所作成
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シリーズ:原油安の影響⑨(最終回)
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