EY Institute 12 March 2015 執筆者 シリーズ:財政健全化の論点整理⑧ ~金利の上昇局面を想定した財政健全化策を 想定される金利からの悪影響とは 今回は、財政健全化を進める上で、リスクとして注目される金利に焦点を当ててみよう。 鈴木 将之 EY総合研究所株式会社 経済研究部 エコノミスト <専門分野> ► 日本経済の実証分析・予測 ► 産業関連分析 現在、量的・質的金融緩和政策の一環として、日本銀行が月間10兆円程度の国債を買い入れ ていることもあって、長期金利は0.5%を下回る低い水準を保っている。 しかし、財政健全化が順調に進まずに、市場からの信認が低下すると、国債の買い手がいなく なり、金利が急騰するリスクがある。また、仮に買い手を探し出しても、高い金利になり、利払費 がかさむ恐れがある。そうした中、発生する最悪のケースは、財政破綻である。その状態になれ ば、戦後の日本や債務危機後の欧州のように、財産税などの大幅な増税や、一定額の預金カッ トなど厳しい事態が生じうる。 そうした事態を回避するためには、財政健全化を進めて市場からの信認を維持しておくことが 重要である。 低金利の恩恵を享受 これまで、国債残高が増加してきたにもかかわらず、利払費を抑えられたのは、低金利による ところが大きい。 しかし、現在の低水準からは金利の下げ余地は少なくなっているため、さらなる低金利による 利払費の抑制効果には、大きな期待はできないだろう。つまり、今後は、国債残高の増加ととも に利払費が増える可能性が高い。この場合、利払費の財政支出における割合が高まるため、他 の政策を打つ余力が乏しくなるとみられる。利払費に財政が圧迫される結果、財政健全化もさら に難しくなるとみられる。 Contact EY総合研究所株式会社 03 3503 2512 [email protected] 財政健全化を進める機会が到来 ただし、デフレ脱却を狙って量的・質的金融緩和が実施されている現状は、財政健全化を進め るチャンスといえる。なぜなら、前述のように、金利が低く抑えられているからだ。名目成長率が 長期金利を上回る状況で、基礎的財政収支が均衡すれば、長期債務残高GDP比が低下するこ とになる。言い換えると、利払費と国債発行の収支の帳尻を合わせておけば、経済成長の分だ け長期債務残高の負担感が減ることになる。 もちろん、その状況は長続きするものではない。デフレから脱却できれば、物価上昇を織り込 んで長期金利も上昇に転じる上、金融緩和政策も終了するからだ。 そのため、将来の金利の上昇局面を想定して、前もって財政健全化を進めておくことが重要で ある。その取り組みの第一歩は、基礎的財政収支の黒字化であり、その次の目標は財政収支 の黒字化だ。欧州諸国の目標は財政収支を基準にしている一方で、日本にはそのハードルがあ まりに高すぎるため、利払費や国債費を除いた部分の収支をあらわす基礎的財政収支を目標に しているにすぎない。そして、安定的に長期債務残高GDP比が低下するように、財政健全化を進 めていくことが求められる。 過去を振り返ると、財政健全化は困難な道のりであることがわかる。国債残高の伸び率が鈍化 したのは、1990年頃のバブル経済で税収が増えて特例国債を発行せずに済んだ時期と、いわ EY Institute て前倒し債の発行を増やしており、ここ数年の一般会計では、特別会計の積立金や剰余金の一 部が繰り入れられてきた。そのため、これらを活用することは重要であるものの、その財源によっ て財政健全化を進めることは難しいとみられる。 このように、歳出の効率化・重点化とともに、歳入を増やすような見直しが必要になっている。 金利の安定化のためにも、10%への消費税率引き上げとともに、その後を見据えた財政健全化 計画が求められている。 図 普通国債残高・利払費・金利の推移 普通国債残高(兆円・右軸) 利払費(兆円) 長期金利(%) 800 12 700 10 600 8 500 400 6 300 4 200 2 100 0 2013 2011 2009 2007 2005 2003 2001 1999 1997 1995 1993 1991 1989 1987 0 1985 本書は一般的な参考情報の提供のみを 目的に作成されており、会計、税務及び その他の専門的なアドバイスを行うもの ではありません。意見にわたる部分は個 人的見解です。EY総合研究所株式会社 及び他のEYメンバーファームは、皆様が 本書を利用したことにより被ったいかな る損害についても、一切の責任を負いま せん。具体的なアドバイスが必要な場合 は、個別に専門家にご相談ください。 長率は0.5%強であるため、高い経済成長率は達成しにくいからだ。また、現在も低金利を活用し 1983 © 2015 Ernst & Young Institute Co., Ltd. All Rights Reserved. バブル期のような経済成長は、なかなか難しいだろう。なぜなら、経済の実力ともいえる潜在成 1981 EY総合研究所株式会社について EY総合研究所株式会社は、EYグ ローバルネットワークを通じ、さま ざまな業界で実務経験を積んだプ ロフェッショナルが、多様な視点か ら先進的なナレッジの発信と経済・ 産業・ビジネス・パブリックに関する 調査及び提言をしています。常に 変化する社会・ビジネス環境に応 じ、時代の要請するテー マを取り 上げ、イノベーションを促す社会の 実現に貢献します。詳しくは、 eyi.eyjapan.jp をご覧ください。 あったものの、それ以降は赤字が続いている(07年度はGDP比▲1.1%)。 1979 EYとは 、ア ーン スト・ アンド ・ ヤン グ・グローバル・リミテッドのグロー バル・ネットワークであり、単体、も しくは複数のメンバーファームを指 し、各メンバーファームは法的に独 立した組織です。アーンスト・アン ド・ヤング・グローバル・リミテッドは、 英国の保証有限責任会社であり、 顧客サービスは提供していません。 詳しくは、ey.com をご覧ください。 などを総動員した時期の二つしかない。また、91年度まで国・地方の基礎的財政収支は黒字で 1977 EYについて EYは、アシュアランス、税務、トラ ンザクションおよびアドバイザリー などの分野における世界的なリー ダーです。私たちの深い洞察と高 品質なサービスは、世界中の資本 市場や経済活動に信頼をもたらし ます。私たちはさまざまなステーク ホルダーの期待に応えるチームを 率いるリーダーを生み出していき ます。そうすることで、構成員、クラ イアント、そして地域社会のために、 より良い社会の構築に貢献します。 ゆる2008年度問題への対策として前倒し債の発行、買い入れ消却や特別会計からの繰り入れ 1975 EY | Assurance | Tax | Transactions | Advisory 出典:財務省『日本の財政関係資料』(平成26年10月)よりEY総合研究所作成 02 シリーズ:財政健全化の論点整理⑧ ~金利の上昇局面を想定した財政健全化策を
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