シリーズ:供給制約を打ち破れ② ~人手不足対策として

EY Institute
09 April 2015
シリーズ:供給制約を打ち破れ②
~人手不足対策としての
雇用の多様化と設備投資の促進
雇用環境はバブル期並みに回復
執筆者
鈴木 将之
EY総合研究所株式会社
経済研究部
エコノミスト
2014年の消費税率引き上げ後に、いったん景気が鈍化した中で、雇用状況はならしてみて良
好な状態を保ってきたことが注目される。
例えば、14年の完全失業率は、3.6%まで低下しており、1997年の3.4%以来の低水準を記録
した。また、14年の有効求人倍率は1.09倍とバブル期(91年の1.40)並みまで回復している(厚
生労働省『一般職業紹介状況』)。さらに、失業期間が1年以上の長期失業者の数も100万人を
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下回るなど、雇用環境はバブル期並みの良好な一面を見せ始めており、失われた20年を取り戻
したかのようだ。
また、民間企業では、働き手を集めること自体が難しくなっている。不況期には、企業経営の重
しとみられてきた正社員でも、不足感が高まっている。実際、正社員が不足していると答えた事
業所の割合から、過剰であると答えた事業所の割合を引いた「正社員等労働者過不足判断DI」
(「不足」-「過剰」)は、不足感の高まりから、全産業で14年11月の22ポイントから、15年2月の
31ポイントまで上昇している(厚生労働省『労働経済動向調査』)。
労働需給ひっ迫の影響
このように、景気の回復状況に比べて、労働需給の引き締まり方が目立っている。もちろん、こ
の状況には、良い面と悪い面の両方があることは事実だ。
良い面は、賃金に上昇圧力がかかりやすくなっていることだ。これは、一般的な商品やサービ
スで、需要が供給を上回るようになれば、価格が上がりやすくなることと原理は同じだ。実際、14
年の現金給与総額は、前年から+0.8%となり、97年(+1.6%)に次ぐ高い伸び率となった(厚生労
働省『毎月勤労統計調査』)。しかも、一部の企業にベースアップ(ベア)の動きがみられたことも
あり、基本給(所定内給与)が05年(前年比+0.2%)以来、下げ止まる動き(同0.0%)をみせた。
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15年も引き続き一部の企業ではベアが実施されるなど、賃上げに前向きな企業が多くみられて
おり、2年連続での賃金上昇の可能性は高いだろう。
その一方で、悪い面は、賃金上昇が企業のコスト増になることである。生産性上昇に見合った
賃金上昇でなければ、企業経営を圧迫しかねないからだ。
それに加えて、やはり、供給の天井が下がっていることがあげられる。例えば、建設業などで
は、00年代に公共事業が削減された影響もあって、就業者数が減っており、現在の労働需要の
しんちょく
増加に対応できていない。その結果、公共事業が予定通りに進捗しない事態が発生している。ま
た、飲食店など一部では、時給を上げても、十分な雇用を確保できない状況が生じている。
こうした状況では、個別企業の供給制約だけではなく、日本経済全体への影響も懸念される。
特に、景気対策がうまく機能しない恐れがある。なぜなら、人手不足によって、公共事業の進捗
が遅れるということは、景気対策が期待通りの成果をもたらさなくなるからだ。公共事業などの財
政支出が機能しないならば、減税もありうる。しかし、財政健全化を進めている最中に、減税を実
施しにくいことも事実だ。このため、供給の天井が下がったことで、財政政策がその機能を低下さ
せつつある。
雇用の多様化と設備投資の促進という対策が必要
こうした状況を踏まえると、供給制約を打ち破るためには、何が考えられるだろうか。
まず、一つ目の対策は労働供給を増やすことだ。特に、働く希望を持っているものの、なんらか
の事情があって働きに出られない人が働ける環境を整えることが必要になる。その中で、もっと
も対策が必要なのは、育児や介護などへの対策である。社会保障制度の中でも、それらを雇用
対策と関連づけていく視点が重要になるだろう。
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人手が減った分だけ、労働時間を増やすことも一案だ。しかし、それには限界があることも事実
だ。労働参加を促すためには、女性や高齢者など働き方の自由度を高める必要があるからだ。
また、ホワイトカラーエグゼンプションの議論が進むとともに、労働時間の規制が十分ではなかっ
たこともあって、現在では、労働時間の規制も議論されるようになっている。このため、労働時間
を延ばすという方法は、有効ではないといえる。
二つ目の対策案は、やはり労働生産性を高めて、人手不足によって減った労働力をカバーす
ることである。例えば、自動化などの省人化投資を増やすことで、少ない人数でも仕事が回るよ
うにすることである。すでに製造業を中心に省人化投資は進んできたため、サービスを含む非製
造業が課題だ。なぜなら、サービスの提供は、対面販売であることが前提であるため、生産性の
向上は、モノの生産のようには進まないだろう。もちろん、IT技術を生かして、繁忙期の需要を平
準化させるなど、取り組む余地が大きいことも事実であり、それらの投資を加速させることが重
要だろう。
これら二つの対策については、次回、次々回で詳しく触れることにする。
図 完全失業率と有効求人倍率の推移
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出典:厚生労働省『一般職業紹介状況』、総務省『労働力調査』よりEY総合研究所作成
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