EY Institute 19 February 2015 執筆者 鈴木 将之 EY総合研究所株式会社 経済研究部 エコノミスト <専門分野> ► 日本経済の実証分析・ 予測 ► 産業関連分析 シリーズ:原油安の影響③ ~デフレに舞い戻るのか? 消費者物価上昇率の縮小 原油価格の低下による影響のうち、今回は消費者物価への影響に焦点をあてる。 現在、原油価格の低下などから、消費者物価上昇率が縮小していることを踏まえると、このま ま日本経済はデフレに戻ってしまうのか否かが注目される。 まず、これまでの消費者物価の動向を振り返っておくと、2012年末からの円安によって、食料 やエネルギーなどを中心に輸入財の価格上昇によって、消費者物価が押し上げられてきたこと がわかる。13年半ばから消費者物価が上昇に転じた一因としては、教養娯楽費や交通・通信費 などが物価を押し上げるようになるなど、価格上昇のすそ野が徐々に広がりはじめたことがあげ られる。さらに、14年4月に8%へ消費税率が引き上げられ、夏場には生鮮食品などの価格上昇 が重なったことで、デフレからの脱却への道筋が見えはじめていた。 しかし、14年6月からの原油価格の低下は、こうした流れを反転させたようにみえる。その理由 としては、物価上昇率が縮小していることがあげられる。前年に比べて円安が進んでおらず、輸 入物価からの消費者物価への押し上げ圧力が剥落している。 この状況に、原油価格の低下が重なった。しかも、14年半ばからの半年間で原油価格が半減 するほど、消費者物価へ及ぼす影響力が大きい。そのため、14年12月の消費者物価指数(除く 生鮮食品)は、前年同月比2.5%まで上昇幅を縮小させた(総務省『消費者物価指数』)。消費税 の影響を除くと、物価上昇率は同0.5%であり、物価上昇ペースが鈍化していることがうかがえ る。 原油価格の低下を受けて、当面、物価上昇ペースが加速するという見通しは立ちにくい。なぜ Contact EY総合研究所株式会社 03 3503 2512 [email protected] なら、今後、燃料費調整制度などによって、電気代などが低下する見込みだからだ。さらに、液 化天然ガスの輸入代金は、長期契約で原油価格に連動しているため、その影響もこれから現れ る。つまり、今後、これまでの原油安の影響が消費者物価に反映される可能性が高いのだ。そう なれば、原油を原材料としたガソリン、灯油やプラスチック製品などの価格低下に加えて、電気 代や輸送コストなども低下することで、幅広い財・サービスでコスト減に伴う価格の低下が広がる 可能性がある。 こうした原油価格の低下は、これまで物価上昇に苦しんできた家計や企業にとっては恩恵とい えるだろう。価格上昇の勢いが弱まった分、家計の購買力が損なわれないので、消費を増やせ るようになるからだ。消費税率引き上げ後に、消費の回復が遅れたことで苦戦してきた国内企業 にとっても、収益改善の機会になるとみられる。さらに、15年には引き続き、賃金も上昇するた め、相対的に物価上昇の影響が小さくなり、賃金上昇の恩恵を実感しやすくなるだろう。 デフレの再来? 以上を踏まえると、原油価格の低下から、物価上昇率はかなり縮小するものの、必ずしも日本 経済が再びデフレに陥ることを意味するわけではない。 なぜなら、物価の基調が、今のところ、デフレ状態にはないとみられるからだ。その理由の一つ として、消費者物価のうちサービスの価格指数が底堅く推移していることがあげられる。消費者 物価のうち、財の価格指数は14年5月の前年同月比5.7%をピークに、上昇率を縮小させてお り、14年12月には同3.1%になった。それに対して、サービスの価格指数は14年4月の同1.8% からほぼ横ばいを保っている。 1990年代半ばまで、財の価格指数が技術進歩を反映して、低下トレンドを持っていても、全体 EY | Assurance | Tax | Transactions | Advisory EYについて EYは、アシュアランス、税務、トラ ンザクションおよびアドバイザリー などの分野における世界的なリー ダーです。私たちの深い洞察と高 品質なサービスは、世界中の資本 市場や経済活動に信頼をもたらし ます。私たちはさまざまなステーク ホルダーの期待に応えるチームを 率いるリーダーを生み出していき ます。そうすることで、構成員、クラ イアント、そして地域社会のために、 より良い社会の構築に貢献します。 EYとは 、ア ーン スト・ アンド ・ ヤン グ・グローバル・リミテッドのグロー バル・ネットワークであり、単体、も しくは複数のメンバーファームを指 し、各メンバーファームは法的に独 立した組織です。アーンスト・アン ド・ヤング・グローバル・リミテッドは、 英国の保証有限責任会社であり、 顧客サービスは提供していません。 詳しくは、ey.com をご覧ください。 の物価指数が下落しなかった理由は、上昇していたサービスの価格指数の下支えがあったから だ。14年4月以降、サービスの価格指数は底堅く推移しており、物価を下支える役割を担ってい るといえる。 また、物価の先行きを考える上で、サービスの価格指数と表裏一体の関係がある賃金の動向 も注目される。14年の賃金(現金給与総額)は前年から0.8%増えた(厚生労働省『毎月勤労統 計調査』)。また、前述のように、賃金は15年も引き続き上昇する見込みである。14年12月の完 全失業率が3.4%(総務省『労働力調査』)となるなど、国内は完全雇用に近い状況にあり、労働 需給にひっ迫から賃金に上昇圧力がかかりやすいといえる。このように、賃金は、サービスの価 格の下支えと、購買力の回復という二つの経路から、消費者物価上昇率を下支えするとみられ る。 こうしたことを踏まえると、原油価格の物価への下押し圧力が剥落すれば、再び物価は上昇幅 を広げる可能性がある。そのため、原油価格の低下によっていったん物価上昇率がマイナスに 転じたとしても、日本経済がデフレに陥る可能性はそれほど高くないだろう。 図 消費者物価の推移 EY総合研究所株式会社について EY総合研究所株式会社は、EYグ ローバルネットワークを通じ、さま ざまな業界で実務経験を積んだプ ロフェッショナルが、多様な視点か ら先進的なナレッジの発信と経済・ 産業・ビジネス・パブリックに関する 調査及び提言をしています。常に 変化する社会・ビジネス環境に応 じ、時代の要請するテー マを取り 上げ、イノベーションを促す社会の 実現に貢献します。詳しくは、 eyi.eyjapan.jp をご覧ください。 © 2015 Ernst & Young Institute Co., Ltd. All Rights Reserved. 本書は一般的な参考情報の提供のみを 目的に作成されており、会計、税務及び その他の専門的なアドバイスを行うもの ではありません。意見にわたる部分は個 人的見解です。EY総合研究所株式会社 及び他のEYメンバーファームは、皆様が 本書を利用したことにより被ったいかな る損害についても、一切の責任を負いま せん。具体的なアドバイスが必要な場合 は、個別に専門家にご相談ください。 EY Institute 出典:総務省『消費者物価指数』よりEY総合研究所作成 02 シリーズ:原油安の影響③ ~デフレに舞い戻るのか?
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