シリーズ:原油安の影響② ~企業は販売価格を下げる

EY Institute
18 February 2015
執筆者
シリーズ:原油安の影響②
~企業は販売価格を下げるのか?
企業の経営環境・価格戦略と原油
原油価格の低下による影響のうち、今回は企業の販売価格に注目する。
鈴木 将之
EY総合研究所株式会社
経済研究部
エコノミスト
<専門分野>
► 日本経済の実証分析・
予測
► 産業関連分析
販売価格という視点からは、原油価格の低下は原材料コストの押し下げ要因と捉えられる。た
だし、原油価格が低下したからといって、すぐに企業が販売価格を変えるわけではない。販売価
格を設定するときには、原材料コストとともに、経営環境や価格戦略なども重要な前提条件にな
るからだ。
まず、企業の価格戦略に注目すると、現在、企業はデフレからインフレ下での価格戦略への転
換に取り組んでいるとみられる。なぜなら、2012年末から為替レートが円安に転じたり、物価上
昇率2%を目標に掲げた量的・質的金融緩和政策が実施されたりしているからだ。
それ以前は、需要を引き出すために、企業にとって値下げ戦略が重要であった。しかし、円安
による輸入原材料価格の上昇などから、原材料の仕入コストをいかに販売価格に転嫁するのか
が課題になった。しかし、14年4月の消費税率引き上げ後に消費の回復が鈍いこともあって、こ
れまでのところ企業は、積極的な値上げ戦略に踏み切れていない。
日本銀行『短観』をみると、仕入価格判断DI(「上昇」する割合と「下落」する割合の差)が、13
年から上昇していることがわかる。それに遅れて、販売価格判断DIはマイナス幅を縮小させてき
た。これより、仕入価格の上昇を受けて、企業が販売価格を調整してきたことがうかがえる。しか
し、販売価格判断DIのマイナス幅が縮小してきた原因をみると、販売価格が「上昇」するという回
答は確かに増えているものの、それよりも「下落」するという回答割合が減った影響の方が大き
かったことがわかる。これより、企業が値下げを止めたという方が現状に則しているようだ。
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原油価格の企業の販売価格への影響
こうした状況で、2014年の夏場から原油価格が低下しはじめた。原油価格が低下した分だけ
原材料コストが減少するので、企業には、消費の回復を狙った値下げ戦略をとれる余地が広
がっている。ここで問題となるのは、企業が値下げ戦略をとるか、それともコスト減による収益改
善を優先するかだろう。
そこで、原油価格が低下した影響について、08年(前回)と現在(今回)を比べてみた。原油価
格が低下する前の状況をみると、仕入価格の上昇による圧迫感は、今回の方が弱かったといえ
る。原油価格が1バレル147ドルまで急上昇した前回に対して、今回は100ドル前後で安定して
おり、水準も上昇ペースも今回の方が緩やかであった。それは、前回よりも、今回の仕入価格判
断DIの方が低くなっていることからうかがえる。
その一方で、販売価格判断DIはいずれもほぼ同じ水準にある。それらを踏まえると、相対的
に、前回に比べて、今回の仕入価格の影響の方が弱かったといえる。今回の方が仕入価格から
の圧迫が少ないにもかかわらず、販売価格の値下げを止める動きが出てきた理由は、原油価格
が低下する以前の需要回復があげられる。実際、12年末から日本経済は景気回復局面に入っ
ており、14年にかけて消費税率引き上げ前の駆け込み需要もあって、需要は回復傾向にあっ
た。
また、需要の見通しにも大きな相違がある。前回は、世界的に景気が減速しており、08年には
「需要の蒸発」といわれるほど、需要が大幅に減少するなど、先行き不透明感が強かった。それ
に対して、今回は、足もとでは消費税率引き上げの反動減も一服しつつあり、15年には引き続き
賃金上昇も見込まれるなど、需要回復への期待が大きい。
さらに、為替レートの動きも異なっている。08年は対ドルで103.4円となった後、安全資産とさ
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れた円への需要が高まったことで、円高が急進した。その一方で、15年1月の時点で1ドル=
118.2円と以前よりも円安の傾向があり、輸入原材料の割高感が高まっている。さらに、輸入依
存度も上昇しているため、原油価格やそれに追随した国際商品の価格が低下しても、円安によ
る原材料負担増の影響は依然として残っている。
これらを踏まえると、原油価格が低下しても、企業は販売価格の引き下げに慎重な姿勢を崩さ
ないと考えられる。もちろん、電気代やガス代などのような、原油価格に連動して自動的に調整
される財価格は、これから低下すると見込まれる。しかし、間接的に影響を受ける製品やサービ
スについては、円安によって原油価格低下の影響が相殺されることもあり、販売価格の引き下げ
は難しいだろう。
原油価格が低水準で安定して、その恩恵が広がれば、販売価格を下げる動きも増える一方
で、原油価格がすぐに反転してしまえば、販売価格の改定には織り込まれないと考えられる。こ
のため、原油価格がいつ反転するのか、どの水準で落ち着くのかが注目される。
図 販売・仕入価格判断DIと輸入原油価格の推移
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出典:日本銀行『全国企業短期経済観測調査』『企業物価指数』
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