潰瘍は胃動脈の攣縮である 第77回消化器病学会会長講演より ﹁胃潰瘍﹂の最初の記載 いし二個の潰瘍が胃角周辺に好発し、慢性に経過 ”胃固有筋層に達する円形または楕円形の一個な する”偉大なる病理学者審き○歪く巴匡Rがその 著書﹃一、>墨8ヨざ勺象ぎ一〇讐2①α仁OO∈ω =仁ヨ巴P︵人体の病理解剖︶﹄︵一九二九∼一九四 二︶の胃疾患に関する項目のなかで、胃潰瘍を胃 癌および胃炎から区別し、臨床的単一疾患として 確立した最初の記載である。当時Oε<巴巨Rが記 載した﹁慢性に経過する潰瘍﹂が数ヵ月に及ぶか、 あるいは再発を繰り返し、年余に及ぶのか、慢性 の内容の詳細については不明であるが、急性胃粘 膜病変とは経過時間を明らかに異にすることから、 慢性潰瘍が治癒するのに数カ月を必要とし、再発 を繰り返し、年余に及ぶものと解釈してよいだろ う。また胃角周辺に好発する潰瘍については、本 邦における大井実慈恵医大名誉教授の胃粘膜二重 規制説が極めて妥当なものと考えるゆ CLINICIAN,91 No.406 2 特集・胃潰瘍“よりよき治癒の質” 裕 尾 松 生機序は、現在でも大きな謎である。そして、こ 性胃粘膜病変とは明らかに異なるもので、その発 するのか。胃粘膜上皮に限局するビランである急 形の潰瘍なのか、その潰 瘍 は 何 故 胃 固 有 筋 層 に 達 脱することができ、ストレスのない状態におかれ るビラン性の出血性の潰瘍であり、この警告期を 盛んに研究されているが、いずれにしても多発す によるフリーラジカルが、その成因の一つとして 九三二年に記載した。現在胃粘膜の虚血・再灌流 ク期あるいは抗ショック期の胃病変として、副腎 の胃固有筋層に達する一個の深い慢性に経過する れば、潰瘍︵ビラン︶は一週間以内に早急に自然治癒 胃固有筋層に達する潰瘍はヒトで特有のもの 潰瘍は人間にのみ特有であり、他の動物では自然 する。私はラット脳の視床下部後部に電極を植え 髄皮質の萎縮および胸腺リンパ系の萎縮と共に一 にも、あるいは実験的にもこれを作ることは全く それでは何故一個ないし二個の円形または楕円 不可能である。しかし、 急 性 胃 粘 膜 病 変 と 慢 性 潰 で多発性出血性エロジオンの発生を認めた。実験 潰瘍としてよく用いられる水浸拘束潰瘍や熱傷潰 込み、電気刺激を頻回に与えることにより、一日 うのが私の研究であり、考察でもあるので述べる 瘍、また人における頭部外傷や大手術後の胃出血 瘍との間に何らかの関係があるのではないかとい ことにする。 がωΦξoのいうストレス潰瘍であり、急性胃粘膜 状態におかれれば、必ず 胃 に 病 変 を 起 こ す 。 こ れ 人を含めて動物は、生命に危険を及ぼす極限の 急性胃粘膜病変と慢性潰瘍との関係は? いく適応期があり、副腎皮質は肥大し、胃にも病 ストレス刺激に抵抗し、適応し、頑張って生きて なのか。ωΦ一鴇は、先に述べた警告期の後、動物は それでは一個の深い慢性潰瘍は全く異質なもの る胃血管攣縮と胃液による出血性ビランである。 性潰瘍も、すべて中枢神経を介するストレスによ 病変でもある。ωΦぐΦはこの状態を警告期、ショッ (1029) 3 CLINICIAN,91 No.406 変があり、そして時間が経過すると、その適応エ すのではなかろうか。 潰瘍の深さは何によって決められるのか ネルギーは枯渇し、疲応期となり死亡するという のがωΦ貯Φの汎適応症候群である。ωΦξΦのいう それでは、粘膜筋板に達する硯−H、固有筋層に 強さと刺激時間により、粘膜筋板下の動脈、固有 適応期の胃病変については記載はないが、人の慢 筋層間の動脈、そして漿膜下の太い動脈も、視床 達する肌−㎜、漿膜に達する硯−Wの潰瘍の深さは ものとなることは当然である。私の視床下部後部 下部電気刺激により攣縮を繰り返す所見を確認し 性潰瘍は、この適応期の潰瘍であると私は考えて 電気刺激実験でも、一日目は多発性の浅い出血性 たのである。このような動脈攣縮の繰り返しは当 何によって規制されるものだろうか。私の視床下 ビランであり、二∼三日目にはその程度が強くな 然動脈支配領域の胃組織の虚血をもたらし、組織 いる。もちろん適応期に慢性潰瘍が発生するのに り、そして、四日目まで生き残ったラットのみが、 部後部電気刺激実験において、胃壁の動脈を顕微 どういうわけか一個の粘膜筋板を通過する潰瘍と は障害され、胃液の消化を受けると考えてもよい は誰もが潰瘍になるのではない事実から、その条 なったのである。何故最初に多発だったものが四 だろう。このことは、人においても胃壁における 鏡により観察したところ、驚くことに電気刺激の 日目に一個になったのか、その機序が不明である 件づけ因子として、その人の性格と環境が重要な が、四日 間 頑 張 っ て 抵 抗 し 、 生 き て き た ラ ッ ト に の潰瘍の深さが規制されると考えている。すなわ ち、潰瘍の発生は胃動脈の攣縮が主役であり、胃 動脈攣縮の部位により、肛−Hか、肌−皿か、肌−W 潰瘍も数日間頑張って抵抗して生きてきたものが 液は従であり、潰瘍の治癒は胃液分泌の抑制が主 一個の深い潰瘍ができた こ と は 事 実 で あ る 。 人 の 慢性潰瘍になり、性格と環境により再発を繰り返 CLINICIAN,91 No.406 4 (1030) 瘍の発生と治癒に対する考えであり、その内容を 役であり、胃血流は従であるというのが、私の潰 の抽出が世界において行われ、一九六四年にその 一九六一年、特別講演が終った年にガストリン 化学構造が決定し合成され、それは胃液分泌機構 化管の自律神経支配三〇 年 の 歩 み ﹂ と い う 全 く 同 一年第七七回消化器病学会総会の会長講演も﹁消 支配﹂について特別講演を行ったが、本年一九九 回消化器病学会総会において﹁消化管の自律神経 さて、ちょうど三〇年前の一九六一年、第四七 私の研究の歩みとその成果 化管機能を調節した。臨床的には、下部食道括約 共に、中枢神経と消化管内腔との接点となり、消 それが消化管の独立した神経・内分泌系であると ける壁在神経叢にもペプチド作動性神経が存在し、 性神経の存在を証明することになり、消化管にお 〇年以降、消化管ホルモンの研究はペプチド作動 らかにし、その診断を容易にした。そして一九七 第七七回消化器病学会総会会長講演で述べた。 じ演題で 講 演 を し た 。 そ の 意 図 す る と こ ろ は 、 三 筋の機能が壁在神経叢のペプチド作動性神経、と の解明と共にNo≡轟R山≡ω9症候群の本態を明 〇年間同じことを研究し て い る と 、 一 〇 年 毎 に 世 くにVIP神経により調節され、その変性消失が を考案し、二六年問に一六三名に治療をし、約七 の中の方で進歩し、新しい事実や新しい方法が導 五%がほとんど正常に近い食生活を送っていると 一九六四年アカラジアの治療法として噴門拡張器 た基礎的研究あるいは基礎的知識というものが、 アカラジアの本態であることも証明された。私は 臨床の進歩に如何に関与するか、私自身の三〇年 いうアンケート調査結果を会長講演のなかで発表 入され、研究や臨床が新しく展開するということ 間の歩みについて、その成果は誠に微々たるもの できたことは、私にとって望外の喜びでもあった。 を若い消化器病学会の会員に述べたかったし、ま であるが 、 あ り の ま ま を 述 べ た つ も り で あ る 。 ︵駿河台闘徽授副解︶ (1031) 5CLINICIAN,91No.406
© Copyright 2024 ExpyDoc