PWVによる血管の加齢の評価 - Arterial Stiffness

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第 14 回 臨床血圧脈波研究会 特別講演
PWV による血管の加齢の評価
Charalambos Vlachopoulos(Athens Medical School, Hippokration Hospital, Athens, Greece)
監修:山科 章(東京医科大学循環器内科学主任教授)
17 世紀の英国の医師 Thomas Sydenhan は、「人は血管
とともに老いる」という有名な言葉を残した。その言葉の
通り、われわれは「血管の年齢」を測定することにより、
単純に暦年からは量れない真の加齢の程度、すなわち心
血管リスクの程度を知ることができる。ここでは、血管
の加齢を反映する指標である脈波伝播速度(pulse wave
velocity;PWV)
に焦点を当て、心血管イベントのサロゲー
トマーカーとしての PWV の可能性について述べる。
サロゲートエンドポイントとして
使えるバイオマーカーの条件は9つ
表 1 ● サロゲートエンドポイントに必要な条件
(文献 1 より改変引用)
1.概念の証明(proof of concept):
予後良好な集団と不良な集団でそのバイオマーカーの値が異な
るか?
2.前向き研究による検証(prospective validation):
バイオマーカー値が高い集団と低い集団の予後が異なること
が前向き研究によって証明されているか?
3.付加的価値(incremental value):
既存の指標では得られない情報や既存の指標を上回る予測精 最
度が得られるか?
も
重
4.臨床的有用性(clinical utility):
要
そのバイオマーカーによって予測されるリスクには治療内容
を変えるほどのインパクトがあるか?
PWV は、心拍によって押し出された血液の波(脈波)が
5.臨床的アウトカム(clinical outcome):
血管内を伝播していく速度である。高等生物の動脈は弾
そのバイオマーカーをターゲットとした介入により臨床的ア
ウトカムの改善が得られるか?
性線維に富むため、若く健康な血管では脈波がゆっくり
伝わるが、硬化した血管では脈波の伝播速度が速くなる。
すなわち、PWV は血管の硬さ(arterial stiffness)の指標
であり、血管という臓器に生じた標的臓器障害を反映す
るバイオマーカーだと考えられている。
近年の臨床研究では、バイオマーカーの変化が死亡や
6.費用対効果(cost-effectiveness)
そのバイオマーカーの使用は、追加のコストを正当化するだけ
に十分な臨床的アウトカムの改善が得られるか?
7.使いやすさ(ease of use)
8.方法論に関するコンセンサス(methodological consensus)
9.基準値の確立(reference values)
心血管イベントなどのハードエンドポイントに代わるサ
ロゲートエンドポイントとして利用されることが多々あ
る。特に、比較的低リスクの集団でハードエンドポイン
クリアできても、他によりよい指標があれば、当然そち
トを評価する場合、統計的に意味のあるデータを手にす
らを選択すべきである。よって、3 つめの要件は他の指標
るためには相当数の集団を長期間にわたって追跡する必
を上回るリスク予測精度や他の指標からは得られない情
要があるが、サロゲートエンドポイントでの評価であれ
報などの「③付加的価値」をもたらすことである。
ば格段に少ないサンプルサイズと短い追跡期間で結果を
さらに重要な要件は、そのバイオマーカーによって以
得ることが可能だ。
前のリスクカテゴリー評価が見直され(リスクカテゴリー
ただし、サロゲートエンドポイントとして用いること
の再分類)、治療の過不足が是正されるという「④臨床的
ができるバイオマーカーは、アメリカ心臓協会(American
有用性」があることである。これは非常に重要なポイント
Heart Association;AHA)の Scientific
8
Statement1)の 6
である。
項目に 3 項目を加えた 9 つの要件(表 1)を満たすものでな
また、そのバイオマーカーの改善が「⑤臨床的アウトカ
ければならないと考える。
ム」の改善につながることを証明することも必要である。
最初の要件は、健常者と有病者など、予後のよい集団
⑥費用対効果に優れており、さらに⑦使いやすさ、⑧方
と悪い集団でそのマーカーの値が異なるという事実が横
法論に関するコンセンサス、⑨基準値の確立という 9 つの
断的研究によって確認されていることである(①概念の証
要件をすべて満たすことができて初めて、そのマーカー
明)
。そのうえで、バイオマーカー値が高い集団と低い集
をサロゲートエンドポイントとして用いることができる
団の予後が異なることを縦断的研究によって証明する必
ようになるのである。
要がある(②前向き研究による検証)
。しかし、この 2 点を
以下、この 9 つの要件に沿って、心血管イベントのサロ
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ゲートマーカーとしての PWV の可能性を検証していくこ
とにする。
cfPWV はすでに 7 つの条件をクリア
PWV は、ひとつの脈波が動脈上の異なる 2 点を通過す
特別講演
表 2 ● FRS によって「中等度リスク」カテゴリーに分類さ
れた患者を FRS + cfPWV で再評価した場合の再
分類改善率(文献 3 より引用)
アウトカム
全死亡
純再分類改善指数(NRI)
全体
一般人口
有病者
60 歳以上
14.4
13.9
18.5
16.1
る際のタイムラグを計測することによって算出される。
冠動脈疾患
15.8
13.9
32.2
18.5
理論上、測定は動脈上のどのポイントでも可能だが、通
心血管疾患
19.0
18.0
32.7
33.3
脳卒中
18.3
21.1
9.9
36.2
常は体表面に近く非侵襲的に測定できる頸動脈と大腿動
脈(carotid-femoral pulse wave velocity;cfPWV)、 ま
NRI:より適切なリスクカテゴリーに再分類された患者の割合
たは上腕動脈から足首の動脈(brachial-ankle pulse wave
velocity;baPWV)で測定される。このうち cfPWV の経
路である頸動脈から大腿動脈までは、ほとんどが弾性動
をターゲットとした介入試験による直接的な証明はまだ
脈で構成されている。一方、baPWV が測定される上腕動
なされていない。現在 Laurant らにより、PWV を積極的
脈から足首の動脈までの経路には、弾性動脈と筋性動脈、
にコントロールする群と通常の血圧管理を行う対照群を
混合型動脈が混在している。すなわち、cfPWV は主とし
比較する SPARTE 試験が計画されており 4)、その動向が期
て弾性動脈の stiffness を反映しているのに対し、baPWV
待される。
はさまざまなタイプの動脈の総合的な stiffness を反映し
また、残念ながら「費用対効果」に関するデータも今の
ている。
ところ存在しない。しかし、
「使いやすさ」
についてはまっ
cfPWV については比較的古くから研究されており、前
たく異存のないところであり、測定法など「方法論に関す
掲の 9 つの要件のうち「概念の証明」と「前向き研究による
るコンセンサス」に関しても、2012 年に欧州高血圧学会
検証」は早々にクリアされている。そこでわれわれは、次
(European Society of Hypertension;ESH)から公式の
なる要件である
「付加的価値」
を証明すべく、1999 ∼ 2009
コンセンサスが発表されている 5)。また、最後の要件であ
年に発表された主要な論文 16 報、約 16 ,000 例のメタ解
る「基準値の確立」に関しても、2010 年に欧州数カ国の共
析を行った。その結果、高 cfPWV 値の人では心血管イベ
同研究によって多数の PWV データの解析がなされ、血圧
ント発症や心血管死亡、全死亡のリスクが他のリスクマー
レベル別および年齢別の基準値が提示されている 6)。
カーのレベルがすべて同等で低 cfPWV 値の人のほぼ 2 倍
も高く、cfPWV が 1 m/sec 増すごとにリスクは 14 ∼ 15%
高まることが明らかとなった 2)。
baPWV は非アジア人での
データの充実が課題
また、「臨床的有用性」については、Ben-Shlomo らが
一方、baPWV についても近年は精力的に研究が進めら
行 っ た 17 ,000 例 以 上 の 患 者 で の メ タ 解 析 に お い て、
れており、特に日本からは多くの有望なデータが相次い
Framingham Risk Score(FRS)にて中等度リスクカテゴ
で登場している。たとえば、「概念の証明」と「前向き研究
リーに分類された患者の 13%が、cfPWV を併用したリス
による検証」に関しては、Tomiyama らが日本人の正常血
ク評価によってより適切な他のカテゴリーに再分類され
圧男性約 1 ,200 名を 3 年にわたって追跡した成績を本年報
たことが報告されている 3)
(表 2)
。再分類改善率は 10%を
告し 7)、baPWV の増加が将来の高血圧発症リスクを高め
超えれば良好といわれることから、cfPWV は「臨床的有用
ることが実証された。
性」
についてもクリアしたと考えてよいと思われる。
また、「付加的価値」については、Munakata らが中心と
しかし、
「臨床的アウトカム」の改善については、後付
なって行った未治療の高血圧患者 662 例に対する観察研
け解析による間接的なデータはあるものの、cfPWV 自体
究である J-TOPP 研究 8)、急性冠症候群(acute coronary
9
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図 1 ● baPWV 高値に伴う心血管イベント発症の相対リスク(14 論文のメタ解析)
(文献 11 より引用)
報告者、報告年
*
検討対象
RR
95%CI
Kato, 2012
末期腎臓病
3.40
0.71-16.36
Kitahara, 2005
末期腎臓病
7.03
1.49-33.12
Matsuoka, 2005
高齢一般住民
68.91
3.90-1218.25
Meguro, 2009
心血管疾患
5.10
1.03-25.17
Miyano, 2010
高齢一般住民
9.01
1.08-75.03
Morimoto, 2009
末期腎臓病
7.67
1.81-32.56
Munakata, 2011
末期腎臓病
1.98
1.11-3.54
Munakata, 2012
高血圧
2.97
0.98-9.06
Nakamura, 2010
糖尿病、心血管疾患
1.57
1.00-2.47
Orlova, 2009
心血管疾患
5.27
3.03-9.18
*
Sugamata, 2011
心血管疾患
1.66
1.05-2.62
*
Tanaka, 2011
末期腎臓病
1.51
0.70-3.23
*
Tomiyama, 2005
心血管疾患
5.47
2.69-11.11
糖尿病
1.47
0.98-2.19
2.89
1.99-4.20
2.95
1.63-5.33
*
*
Yoshida, 2012
全体
全体
(質の高い論文のみ)
test for heterogeneity: I2=66.0%, p<0.001
test for overall effect:Z=5.57, p<0.001
1
10
100
syndrome;ACS)患者 215 例を対象とした Tomiyama ら
方法論に関しては、波動伝達経路の長さの妥当性や ABI
の研究 9)、約 4 ,000 人の一般人口を対象とした高島研究 10)
が低い人や高い人での測定法など、コンセンサスが得ら
など多くの研究において、baPWV が他の危険因子とは独
れ て い な い 部 分 も あ る。 だ が、 使 い や す さ の 面 で は
立した心血管危険因子であることが確認されている。こ
cfPWV よりさらに簡便であり、同時に ABI も測定できる
れらを総合したわれわれのメタ解析の結果、baPWV 高値
という利点もある。
に伴う心血管イベントリスクは baPWV 低値例のほぼ 3 倍
にのぼることが明らかとなった 11)
(図 1)
。
さらに、
「臨床的有用性」については、約 3 ,000 人の一
10
0.1
既存のリスク評価が
「中等度」
の人は
特にPWV測定のメリットが大きい
般人口を対象とした久山町研究において、baPWV 導入に
以上をまとめると、cfPWV は 9 つの要件のうち 7 つを
よるリスクカテゴリーの再分類改善率は 21%に及ぶこと
すでにクリアしている。残された課題は介入によるアウ
が報告されている 12)。3 ,000 人という集団の規模はバイ
トカム改善の証明と費用対効果の検討だが、前者につい
オマーカーの臨床的有用性を量るには不足だが、21%と
ては SPARTE 試験などにより遠からず証明されるものと
いう再分類改善率の高さから考えると、暫定的な指標と
思われる。また、費用対効果については、PWV 測定機器
して baPWV を用いる価値は十分あるものと思われる。
自体がさほど高価なものではないことに加え、日本では
また、基準値についても、高血圧患者を対象とした
検査費用の多くが保険で償還されるため、あまり大きな
J-TOPP では 17 m/sec、ACS 患者を対象とした Tomiyama
問題ではないかもしれない。よって、われわれは cfPWV
らの研究では 17 ∼ 18 m/sec、一般人口を対象とした高島
という心血管イベントの新たなサロゲートマーカーをほぼ
研究では 18 m/sec という値が心血管イベントリスクを高
手中にしたといってよいのではないかと私は考えている。
めるカットオフ値として示されており、これを受けた日
一方 baPWV は、一応は cfPWV と同じ 7 つの要件をク
本高血圧学会(The Japanese Society of Hypertension;
リアしているものの、非アジア人での研究の充実とより
JSH)のガイドラインでも 18 m/sec というカットオフ値が
大きな集団での基準値の検討が最大の課題である。また、
明記されている。ただし、これらはいずれもアジア人(日
方法論についてはコンセンサスが得られていない部分も
本人)でのデータであり、他の人種での検討はなされてい
あるなど、cfPWV よりいくぶん後れを取っている。しか
ない。また、数百人から数千人という集団規模も十分と
し、baPWV もあと数ステップの検証を経れば、実用的な
はいえない。
バイオマーカーとして確立される段階にあることは間違
一方、baPWV をターゲットとした介入によるアウトカ
いない。
ムの改善は、残念ながら cfPWV と同じく証明されていな
そのような理解に立ったうえで、PWV を測定すべき対
い。加えて、費用対効果についても未検討である。また、
象者、PWV 測定によって利益を得られる人はどういう人
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特別講演
図 2 ● どのような人で PWV を測定すべきか?
無症候の人
腎障害
高血圧、糖尿病、
脂質異常症
冠動脈疾患、
末梢動脈疾患、ED
SCORE または
FRS を評価
低リスク
カテゴリー
中等度リスク
カテゴリー
PWV を測定
家族歴あり、新たな危険因子
(CRP など)の著しい上昇
たちかということを最後に考えてみたい(図 2)。まず、高
用語解説
血圧や糖尿病、高コレステロール血症を有する人は、原
* SCORE(Systemic Coronary Risk Evaluation)charts
則として全例 PWV を測定するべきである。また、特に症
候はないが Systemic COronary Risk Evaluation(SCORE)
charts *や FRS によるリスク評価が中等度であれば測定す
べきである。特に、このカテゴリーの人は最初のカテゴ
リーが間違っていて治療に過不足があった場合に被るダ
メージが大きい。逆にいえば、PWV 測定によってリスク
カテゴリーの再分類がなされ、治療内容が適正化される
ことによって受けるメリットが最も大きい人たちである。
米国の Framingham Risk Score、わが国の NIPPON DATA
80 に相当する ESC(ヨーロッパ心臓病学会)が作成した心血
管予後リスク推定チャート。ヨーロッパのコホート 12 を集め、
約 25 万名、300 万人年の追跡、7,000 名の心血管イベント
(hard endpoint)という膨大なデータを解析して作成した。ハ
イリスクの国とローリスクの国に分け、個人データ(年齢、性、
収縮期血圧、コレステロール値、喫煙の有無)を入力して、今
後 10 年間の致死的心血管疾患(脳卒中と冠動脈疾患)の発生
を予想するチャートである。
(http://www.escardio.org/communities/EACPR/Documents/
score-charts.pdf)
また、低リスクカテゴリーであっても家族歴のある人や
CRP などのマーカーの値が極端に高い人などには PWV 測
定を考えるべきであろう。
文献
1) Mark A, et al. Criteria for evaluation of novel markers of
cardiovascular risk. Circulation 2009 ; 119 : 2408 -16 .
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11)Vlachopoulos C, et al. Prediction of cardiovascular events and all-cause
mortality with brachial-ankle elasticity index: a systematic review and
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development of cardiovascular disease in a general Japanese
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11