高血圧・心血管疾患予防のポピュレーションアプローチ

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第 14 回 臨床血圧脈波研究会 フィーチャリングセッション 1- ①
高血圧・心血管疾患予防のポピュレーションアプローチ
企業健診からの経験
冨山博史(東京医科大学循環器内科学教授)
血管機能障害と心負荷
の腎機能障害が進展するのではないかと考えられている。
循環器疾患では、心腎連関、互いの病態の増悪が互い
実際に 6 年間追跡した集団でみると、脈波速度の高さ=
の予後を増悪させることが知られている。本セッション
血管の硬さは、慢性腎臓病(chronic kidney disease;CKD)
のテーマとしては、心と腎の間にある血管の増悪、特に
発症の独立したリスクを示す指標であることが確認され
高血圧予防をキーワードに話を進めたい。
た。軽症であっても心負荷、腎機能の低下には、病態の早
久山町の調査からも明らかなように、脳性ナトリウム
期から中心血管の異常が介在していることが推察される。
利尿ペプチド(brain natriuretic peptide;BNP)の上昇は
一般人においても心血管疾患発症の危険因子であること
高血圧発症予測の有用な指標
が確認されている。つまり、BNP の上昇は心筋に対する
中心血圧と脈波速度、いずれの指標が高血圧の予測に
圧負荷を表しているといえる。
有用であるかを 1 ,268 名の正常血圧の中年男性(43 8 歳)
血管系の障害は心臓近くの血行動態の異常をもたらす。
を対象に検討した。これら男性を3年間経過観察した結果、
血管障害のある人では、末梢から戻ってくる速度が速く
154 名が高血圧を発症したが、その分析によれば、中心血
なり、中心血圧の上昇を招く。健康な人では心臓近くの
圧のほうが脈波速度よりも診断予測能が優れていること
血圧はあまり上昇しない。従来は、上腕=末梢で血圧を
が確認された。SBP2 は 110 mmHg、脈波速度は 13 m/sec
測定しており、その値が同じであっても、心血管系に障
がおおよそのカットオフ値と考えられる。
害がある人と健康な人では心負荷の状態が異なっている
1)。このように、
ため、中心血圧値に違いがみられる
(図 1)
効果的な生活改善と職域健診の応用
上腕血圧からは類推できない異常病態が存在することが
われわれの施設で健診を行った約 8 ,000 人に対する簡
わかっている。現在では、中心の血行動態を簡便に、非
単な問診と中心血圧との関連をまとめたところ、飲酒の
侵襲的に測定できるようになっている。中心血行動態の
習慣のある人は血圧が高く、逆に運動習慣は、中心血圧
異常は心不全の発症に関与し、中心血圧を測定すること
上昇に対して負に働くことが示された 2)。つまり、生活習
は、心負荷を推察するよい指標であることが報告されて
慣の改善が中心血行動態の異常を改善することに大きく
いる。
寄与することが確認された。難治性高血圧が問題となっ
できるだけ早期に関与できないかについて、われわれ
ているが、これは罹病期間が長い人が多く陥ることがわ
の集団健診データを用いて検討した。BNP を指標として、
かっている。その対策も含め、より早期の、軽症の血圧
3 年間で心負荷が増悪するかどうかをみると、明らかに
高値の段階から何らかのアプローチをしていくことが重
BNP の増加=心負荷の増加は、ほかの関連因子との調整
要となる。
を行っても、中心脈圧の増大と独立して関連することが
1 つの例として、職域健診の応用を挙げる(表 1)
。高血
確認された。上腕血圧の上昇からは、こうした心負荷の
圧発症の予防対策には、動機づけ支援と積極的支援があ
継続した変化というのは推察できないと考えられる。
る。動機づけ支援は、初回時の個別面談 1 回のみで、問題
腎機能障害進展と BNP
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低下するため、圧エネルギーは直接末梢に伝わり、微小
点を指摘したり、目標や実践法を一緒に考えたりはする
が、その後は経過観察となる。積極的支援は、保健指導
血圧が 140 mmHg とした場合、1 回の拍動ごとに血圧
期間が 6 カ月あり、その間、目標に向けて生活習慣の改善
を駆出するエネルギーは、水を 1 .9 m吹き上げるほどの力
など継続的にサポートを実施したうえで、結果を評価す
として動脈内膜に放出されることになる。健康な血管で
ることになっている。
あれば、大動脈がクッションのように膨らみそのエネル
正常高値血圧に対して、現状では、動機づけ支援の対
ギーを吸収するが、血管障害が起こると血管の伸展性が
象となっており、積極的な介入は行われていない。しかし、
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フィーチャリングセッション 1
フィーチャリングセッション1①
図 1 ● 診察室測定血圧と中心動脈圧の乖離(文献 1 より改変引用)
硬い動脈
(mmHg)
150
100
68歳
50
(mmHg)
150
100
柔らかい動脈
54歳
50
(mmHg)
150
100
腎動脈
50
24歳
大腿動脈
胸部大動脈
腹部大動脈
腸骨動脈
140mmHg
同じ収縮期血圧
診察室の血圧
上行大動脈
心臓近傍の血圧
上腕血圧が正常高値であっても、リスクの高い人が含ま
れている可能性があり、中心血圧・脈波速度の測定を採
用できれば、一歩踏み込んだ対応が可能になると考える。
正常高値血圧であっても、中心血圧・脈波速度に異常が
ある場合には、
「大丈夫ですか」といった動機づけだけで
表 1 ● 職域検診で正常高値症例への脈波速度・中心血圧
導入
正常高値血圧でかつ脈波速度・中心血圧異常の症例
1.積極的支援
2.TROPHY 試験のような一時的 RA 系阻害薬の服用?
はなく、
「しっかりやってください、私たちがサポートし
ます」
、そして 6 カ月後にさらに評価するといった積極的
支援を実践するのが望ましい。
を用いることで、生活改善が必要としているより多くの
完全なポピュレーションアプローチというよりは、ハ
人へのアプローチが可能になり、中心血行動態の改善、
イリスクアプローチの変形ともいえるが、こうした方策
循環器疾患発症予防につながるのではないかと考える。
文献
1) Attenuation of propagated wave. McDonald s Blood Flow in Arteries.
6 th ed, CRC Press, 2011 ; p102 .
2) Tomiyama H, et al. Synergistic effect of smoking and blood pressure
on augmentation index in men, but not in women. Hypertens Res 2009 ;
32 : 122 -6 .
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