夜間血圧、臓器障害の関連性—治療中2型糖尿病

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英文原著論文紹介 ⑨糖尿病
Nighttime blood pressure, nighttime glucose values, and targetorgan damages in treated type 2 diabetes patients.
Yano Y, Hayakawa M, Kuroki K, Ueno H, Yamagishi S, Takeuchi M, Eto T, Nagata N,
Nakazato M, Shimada K, Kario K
Atherosclerosis 2013; 227: 135-9. PMID: 23332181
夜間血糖、夜間血圧、臓器障害の関連性
−治療中 2 型糖尿病患者における検討−
矢野裕一朗(論文執筆時:自治医科大学循環器内科学、現所属:Northwestern University, Department of Preventive Medicine)
早川 学/黒木和男/上野浩晶/山岸昌一/竹内正義/江藤琢磨/長田直人/中里雅光/島田和幸/苅尾七臣
背景
pulse wave velocity;baPWV)を評価した。詳細な評価
技術の発達により夜間睡眠中の血圧や血糖値が評価可
方法は本論文を参照いただきたい。
能となった。診察室血圧や昼間血圧よりも夜間血圧の方
統計は SPSS version 18 を使用した。
がより鋭敏に臓器障害や心血管イベントをとらえる。一
方、夜間睡眠中の血糖値と臓器障害の関連性は不明である。
目的
結果
患者特性を表 1 に示す。Pearson 相関では、夜間血圧は
すべての臓器障害と有意に相関したが、昼間の血圧は
治療中 2 型糖尿病患者における夜間血圧、夜間血糖、お
LVMI と UACR と有意な相関を示した。夜間血糖は IMT、
よび各種臓器障害の関連を検討する。
baPWV と有意に相関し、朝食後血糖スパイクは baPWV
方法・対象
対象は2010∼2012 年に血糖管理目的で宮崎県串間市民
と有意な正の相関を示した。その他の血糖の指標(SD、食
後血糖、食後血糖スパイク)は臓器障害と関連しなかった。
臓器障害マーカーを従属変数とし、その関連因子を重
病院に入院した2型糖尿病患者 49名(HbAlc 6.5%)
。入院
回帰分析にて検討した(表 2)。独立変数は Pearson の単相
中に24時間血圧モニタリング(ambulatory blood pressure
関において臓器障害マーカーと有意に相関したものを選
monitoring[ABPM]; TM-2425 ; A&D Co. Inc., Tokyo,
択した。夜間収縮期血圧は LVMI、UACR、総頸動脈 IMT、
Japan)と24 時 間 持 続 血 糖 モ ニター(continuous glucose
baPWV と独立して関連した。夜間血糖平均値は夜間収縮
monitoring[CGM]; Medtronic MiniMed, Northridge, CA)
期血圧とは独立して UACR や baPWV と関連した。
を同時計測した。入院中は行動を制限し、摂取カロリーも
夜間低血糖群(n=10)
、夜間血糖平均値<161mg/dL+
30kcal/kg
(炭水化物50%、脂質30%、蛋白20%)
で統一した。
夜間低血糖なし群(reference, n=24)
、夜間血糖平均値
ABPMは30分間隔で計測し、CGMは5分間隔で皮下の組織
161mg/dL+夜間低血糖なし群(n=15)の3群に分類し、臓
間質液中の糖濃度を測定した。CGM 施行中、血糖値による補
器障 害の程 度を比 較した。夜間 低 血 糖 群の臓 器障 害は
正を計4回行った。夜間血圧降下度は
(昼間収縮期血圧―夜間
reference 群と違 いなかった。一 方、夜 間 血 糖 平 均 値
収縮期血圧) 100 / 夜間収縮期血圧(%)
とした。CGMにて24
161mg/dL 群はIMT, baPWVが reference群に比べ有意に高
時間 / 昼間 /夜間平均血糖値、血糖変動
(standard deviation;
く、年齢、性、糖尿病治療歴で補正しても結果は同じであった。
SD)
、食後血糖値(食後2時間血糖平均値)
、食後血糖スパイ
ク
(食後血糖値―食前2時間血糖平均値)
を計算した。アメリカ
60
ratio;UACR)、上腕­足首間脈波伝播速度(brachial-ankle
考察
糖尿病学会(American Diabetes Association;ADA)の勧告
治療中2型糖尿病患者における夜間収縮期血圧高値は
に基づき低血糖は血糖値 70 mg/dL 未満と定義した。夜間に
LVMI、UACR、総頸動脈 IMT、baPWV 高値と関連し、夜間
一度でも低血糖を認めたケースは夜間低血糖ありと定義した。
血糖平均値高値は総頸動脈 IMTやbaPWV 高値と関連した。
臓器障害の指標として、心エコー下の心臓重量係数(left
血糖変動
(SD、食後血糖、食後血糖スパイク)
は、朝食後血糖
ventricular mass index;LVMI)
、頸動脈内中膜肥厚
スパイク­baPWVの関連以外は、臓器障害と関連しなかった。
(intima-media thickness[IMT]
;内頸動脈および総頸動
本集団はα -グルコシダーゼ阻害薬を含めた糖尿薬を使用して
脈―球部における最大 IMT を左右で計測し、その平均そ
いることや、また入院下で食事カロリー・内容を統一していた
れぞれの部位で計算する)
、早朝スポット尿における尿中
など、研究デザインが特殊である点は考慮すべきである。
アルブミンクレアチニン比(urine albumin to creatinine
夜間高血糖とIMT、baPWVの関連は次のように考えた。夜
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英文原著論文紹介⑨
表 1 ● 患者特性
(n=49)
年齢(歳)
男性(n,
[%])
body mass index(kg/m2)
喫煙者(n[%])
高血圧(n[%])
降圧薬の使用(n[%])
スタチンの使用(n[%])
eGFR(mL/min/1 .73 m2)
心血管イベントの既往(n[%])
生化学データ
中性脂肪(mg/dL)
HDL(mg/dL)
LDL(mg/dL)
血糖指標
糖尿病罹患期間(年)
糖尿病治療期間(年)
ヘモグロビン Alc(%)
空腹時血糖値(mg/dL)
血中インスリン(μU/mL)
24 時間持続血糖モニター
24 時間平均血糖値(mg/dL)
昼間平均血糖値(mg/dL)
夜間平均血糖値(mg/dL)
24 時間血糖値(SD)
昼間血糖値(SD)
夜間血糖値(SD)
67 .3 ± 10 .6
30(61)
24 .1 ± 4 .1
9(18)
37(76)
28(57)
22(45)
62 .9 ± 21 .1
5(10)
128 .0(81 .0 -188 .0)
51 .6 ± 14 .5
108 .3 ± 43 .3
12 .9 ± 10 .4
9 .4 ± 10 .1
8 .7 ± 1 .8
201 .8 ± 90 .7
31 .5 ± 27 .9
178 .3 ± 53 .6
192 .9 ± 60 .3
148 .0 ± 48 .4
43 .5 ± 20 .6
40 .7 ± 16 .7
23 .6 ± 18 .8
朝食後平均血糖値(mg/dL)
208 .2 ± 70 .1
朝食後血糖スパイク(mg/dL)
52 .2 ± 46 .6
昼食後平均血糖値(mg/dL)
199 .2 ± 83 .6
昼食後血糖スパイク(mg/dL)
20 .6 ± 41 .4
夜食後平均血糖値(mg/dL)
209 .4 ± 69 .2
夜食後血糖スパイク(mg/dL)
14 .8 ± 41 .9
24 時間血圧データ
24 時間収縮期血圧 / 拡張期血圧
133 .1 ± 17 .1 /76 .1 ± 7 .7
(mmHg)
24 時間脈拍(bpm)
69 .3 ± 7 .8
昼間収縮期血圧 / 拡張期血圧
135 .0 ± 16 .9 /77 .3 ± 8 .0
(mmHg)
昼間脈拍(bpm)
72 .2 ± 8 .5
夜間収縮期血圧 / 拡張期血圧
129 .7 ± 20 .0 /73 .8 ± 8 .9
(mmHg)
夜間脈拍(bpm)
63 .7 ± 8 .2
夜間血圧降下度(% 低下)
4 .0 ± 8 .0
臓器障害指標
130 .9 ± 27 .1
心臓重量係数(g/m2)
尿中アルブミン / クレアチニン比
23 .9(5 .4 -164 .0)
(mg/g·Cr)
総頸動脈内中膜肥厚(mm)
0 .91 ± 0 .29
球部―内頸動脈内中膜肥厚(mm)
1 .53 ± 0 .48
baPWV(cm/sec)
1910 .3 ± 388 .1
データは平均値±標準偏差あるいは頻度で表示。非正規分布の変数
は中央値(4 分位範囲)で示す。
表 2 ● 夜間血圧、夜間血糖、臓器障害の関連:重回帰分析を用いた検証(n=49)
独立変数
従属変数
標準化係数(β)
心臓重量係数(g/m2)
非標準化係数(β)
(95 % 信頼区間)
VIF
− 0 .17
− 0 .22(− 0 .49 -0 .05)
1 .08
eGFR(mL/min/1 .73 m2)
高血圧(0 =無、1 = 有)
0 .13
7 .97(− 6 .28 -22 .22)
1 .27
HDL(mg/dL)
− 0 .28
− 0 .52(− 0 .91 - − 0 .12)
1 .07
モデル 1
24 時間収縮期血圧(mmHg)
0 .40
0 .64(0 .25 -1 .02)
1 .43
夜間血圧降下度(% 低下)
− 0 .31
− 1 .06(− 1 .79 - − 0 .33)
1 .12
− 0 .17
− 0 .21(− 0 .48 -0 .06)
1 .08
eGFR(mL/min/1 .73 m2)
高血圧(0 =無、1 = 有)
0 .09
5 .65(− 7 .97 -19 .28)
1 .16
モデル 2
HDL(mg/dL)
− 0 .26
− 0 .48(− 0 .86 - − 0 .09)
1 .03
夜間収縮期血圧(mmHg)
0 .57
0 .77(0 .47 -1 .07)
1 .20
尿中アルブミン / クレアチニン比(ログ変換)
eGFR(mL/min/1 .73 m2)
− 0 .29
− 0 .01(− 0 .02 - − 0 .002)
1 .04
モデル 3
昼間収縮期血圧(mmHg)
0 .50
0 .03(0 .02 -0 .04)
1 .04
eGFR(mL/min/1 .73 m2)
− 0 .27
− 0 .01(− 0 .02 - − 0 .001)
1 .06
モデル 4
夜間収縮期血圧(mmHg)
0 .47
0 .02(0 .01 -0 .03)
1 .06
総頸動脈内中膜肥厚(mm)
夜間平均血糖値(mg/dL)
0 .35
0 .002(0 .000 -0 .004)
1 .07
モデル 5
夜間収縮期血圧(mmHg)
0 .23
0 .003(− 0 .001 -0 .007)
1 .07
脈間脈波伝播速度(cm/sec)
朝食後血糖スパイク(mg/dL)
0 .29
1 .62(0 .16 -3 .08)
1 .00
モデル 6
夜間収縮期血圧(mmHg)
0 .35
6 .74(1 .62 -11 .85)
1 .00
夜間平均血糖値(mg/dL)
0 .28
2 .28(0 .08 -4 .48)
1 .07
モデル 7
夜間収縮期血圧(mmHg)
0 .28
5 .40(0 .08 -10 .71)
1 .07
尿中アルブミン / クレアチニン比は非正規分布変数のためログ変換後に解析に用いた。
VIF:variance inflation factor、eGFR:estimated glomerular filtration rate。統計学的有意は p < 0 .05 と定義した。
p値
0 .11
0 .27
0 .01
0 .002
0 .005
0 .12
0 .41
0 .02
< 0 .001
0 .02
< 0 .001
0 .03
< 0 .001
0 .01
0 .10
0 .03
0 .01
0 .04
0 .047
r2
0 .57
0 .56
0 .39
0 .36
0 .22
0 .21
0 .20
間血糖値は外的因子の影響(精神ストレスや身体活動など)が
ある。このような自律神経・ホルモンの変化を引き起こす代表
少ないため、バラつきが少なく再現性も高いことが予想される。
的な病態として、睡眠障害あるいは睡眠時無呼吸症候群を挙
夜間血圧にも該当するが、2数間の関連性を統計学的に検証す
げたい。ポリソムノグラフィーを使用した検証が必要である。
る場合、バラつきが少なく再現性の高い指標は有利である。次
本研究では夜間低血糖と臓器障害の関連性は認めなかったが、
に、夜間血糖値高値は糖尿病薬の効果・持続作用時間が不十
他の臓器障害、特に脳に対する影響は今後の検証課題である。
分である可能性を示唆する。最後に、夜間高血糖の病態が臓
器障害に寄与している可能性がある。交感神経はインスリンを
結論
抑制し、副交感神経はインスリンを分泌する。また、サーカディ
治療中 2 型糖尿病患者における夜間血圧高値は各種臓器
アンリズム障害によるグルカゴンやコルチゾール、成長ホルモ
障害(LVMI、UACR、IMT、baPWV)進展と関連し、夜間
ンの分泌パターンの変化は夜間高血糖を引き起こす可能性が
血糖高値は血管障害(IMT、baPWV)進展と関連した。
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