消防法 の遡 及適用 とそ の効果 示 1精 壁 ∵ 危険物保安技術協会理事 (元総務省消防庁予防課長) が建物火災 の被害 の減少 に極 めて大 きな効果 を上 げ はじめに 多数 の死者 を伴 う建物火災が滅多 に発生 しない よ うになって久 しい。死者 10人 以上の火災は、平成 13年 (2001年 )5月 の千葉県四街道市の作業員宿 たこと、その際に消防法の遡及適用が大 きな役 割 を 果た した こと、及び遡及適用の対象外 の建築物 につ いて も時間の経過 とともに基準整備の効果が現れて 来る ことについて、火災統計 を分析 す ることによ り (死 11人 の 舎火災 者 )と 、同年 9月 新宿歌舞伎 町 明らかにすることとしたい。 の雑居 ビル火災 (44人死亡)以 後、発生 していない。 1 昭和 40年 代の防火法令の整備 その前 となると、平成 2年 (1990年)3月 の兵庫県 (1)旅 館等の火災多発 を契機 とする防火法令 の改正 尼崎市 のスーパーマーケ ッ ト火災 (死者 15人 )ま で遡 らなけれ│ゴ ならないほどだ。 かつ ては、 こんな ものではなかった。昭和 40年 代 には、30人 以上、時には 100人 に達す る死者 を伴 う建物火災が毎年 のように発生 していたのだ。_ その基本的な原 因は、建築基準法や消防法の技術 基準 の未整備 にあった。中高層 の耐火建築物 (いわ ゆる 「ビル」)火 災 の経験が少 なかった当時 の 日本 には、急増 しつつあ ったビルの特有 の火災性状 に対 す る知見 の蓄積が十分でなかったためだ。 このため、取 り壊す予定 のビルを用 いた大規模 な 火災実験が何度 も行 われ、それによって得 られた知 見や ビル火災被害の分 析等 をもとに建築防火技術の 体系が整備 されて、順次、建築基準法 と消防法 の技 術基準に取 り入れられた。 その効果は極めて大 きかったが、一方で、古 い技 術基準 に基 づいて建築 された既存不適格建築物で多 昭和 40年 代 の前半は、旅館 ・ホテルの火災 を中 心 に多数 の死者 を伴 う 「ビル火災」 が多発す るよう になった時代 だった注1)。これ らの火災 で死傷者が 多かった直接的な理由は様々だったが、基本的には、 急激 に増加 した 「ビル」 の特有 の火災性状 に対する 建築構造、消防用設備等及 び出火後 の消火 ・避難誘 導 システム等 の面での対応が遅れていた もの と考え られ、 この観点か らの防火法令 の改善 の必要性が改 めて認識 された。 これ らの火災 を受 け、消防法関係では、まず昭和 41年 (1966年)12月 、防火管理者制度の強化及 び 避難器具 と自動火災報知設備 に関する規制の強化 を 内容 とする消防法施行令の改正が行われ、 さらに昭 和 43年 (1968年)6月 には、急増が予想 された高 層建築物、地下街等 に対する共同防火管理及び防炎 数 の死者 を伴 う火災が相次 ぎ、その防火水準 の向上 規制の実施等 を内容 とする消防法の改正が、昭和 44 年 (1969年)3月 には関連する施行令の改正が行わ が大 きな課題 となった。 これについ て、消防法では、「 人命危険性の高い れた。 この時 の施行令の改正の際には、上述 した旅館 ・ 用途 の建築物については期限 を限って強制的 に遡及 適用する」 とい う、建築基準法 とは異なる方法論が ホテル等 の火災 を踏 まえ、 自動火災報知設備 、電気 火災警報器、非常警報設備等及び誘導灯等 の設置規 制 の強化 も同時に行 われた。特 に、旅館 ・ホテルや 火災統計 を分析す ると、その効果 が極 めて大 きく 病 院等 に対 する自動火災報知設備 の遡及設置規定 かつ即効的だったことは歴然 としているが、同時に、 (遡及期限は昭和 46年 (1971年)3月 末)の 追加 と、 既存不適格建築物が建て替 え、大規模 な修繕や模様 煙感知器 の検定対象品 目へ の追加 は、後述するよう 替え等 の機会 に徐 々に新基準 に適合 してい くことの に、 これ らの対象物 の防火安全性の向上 に著 しい効 採用 された。 効果が極 めて大 きかったこともわかる。 本稿 では、建築基準法 と消防法 の技術基準 の整備 建 築 防 災 2008.7 果があ った。 一方、建築基準法関係では、昭和 44年 (1969年) ―-26 -― 1月 、同法施行令が改正 され、竪穴区画規制の新設、 ねて懸 案 とな っていた古 い既存建築物 に対 す る対 策 内装制限及 び避難施設に関す る規制 の強化、地下街 に本 格的 に取 り組 まざるを得 な くな った。 の防火区画及び避難施設 に関す る規制の強化等が行 われ、 さらに昭和 45年 (1970年)6月 には、社会 情勢 の変化や技術革新へ の対応 を図ることなどと併 せ 、防火避難施設にかかる設置規制の大幅な強化 を 目指す、建築基準法の市U定以来 の大改正が行 われ た。 このため、消防庁は 「 特定防火対象物」に対する 全ての消防用設備等の遡及適用条項 を含む消防法 の 改正注4)に 踏み切 ることとな り、昭和 49年 (1974 年)6月 に国会で可決成立 した。 同様 の遡及適用条項 は、建設省 も建築基準法 に盛 り込むべ く同国会 に上程 し、昭和 49年 (1974年 ) この改正 は、建築基準法令 の執行体制 の整備、良 好 な市街地環境 の維持増進等 を目的 とす る ととも 3月 か ら2年 余 りの 間、異例 の長期間にわた り継続 物 ・大規模建築物 に対する排煙設備、非 常用 の照明 装置、非常用 の進入回、非常用のエ レベ ー ター等 の 設置義務 づ け等 である。同年 12月 には関連施行令 このため、建設省 は、1979(昭 和 54)年 3月 、既 存 の大規模 な特殊建築物及び地下街 に対 し、 3∼ 5 審議が行 われたが、防火区画、避難施設等建築構造 に、特 に建築防火対策 の強化 を目指 したものであ り、 に関する防火対策 は、消防用設備等 に比べ 、既存建 その内容 は、耐火建築物 としなければならない建築 築物 の改善が技術的経済的に困難である ことなどの 物 の拡大、内装制限の強化、特殊建築物 ・高層建築 理由により、実現に至 らなかった注5)。 の改正 も行 われた。 (2)千 日デパー トビル火 災 。大洋デパー ト火災 と既 存建築物 への遡及適用 年 の期間を区切 つて建築構造上最低限必要な安全対 策 をとらせることを目的 とした F建築物防災対策要 綱」 を制定 し、行政指導 と防災改修融資に よ り、実 態に合わせた防災改修 を推進す ることとなった。 昭和 40年 代前半(1960年代後半)の防火法令の一連 の改正 にもかかわらず、多数 の死傷者 を伴 うビル火 災 は跡 を絶たず注2)、昭和 47年 (1972年)5月 には 2 戦後最多 の死者 を出 した大阪市千 日デパ ー トビル火 災 (118人死亡)が 発生 したため、防火 関係法令 の 対策 の強化 であ ったため、その効果 は、火災 1件 当 た りの死者数 の推移及 び焼損面積 の推移 として検証 さらなる規制強化が行われた。 消防法関係 では、昭和 47年 (1972年)12月 に消 防法施行令が改正 され、防火管理者制度の拡充、ス プリンクラー設備 の設置対象 の拡大、複合用途防火 す ることがで きる。 この 2つ の指標 を用 いて、建築 基準法令 と消防法令 の整備 の効果及 び消防法令 の遡 及適用 の効果 を見てみよう。 対象物 に対す る規制の強化、自動火災報知設備の遡 及設置対象の 「 特定防火対象物 」注3)へ の拡大等が (1)構 造別に見た建物火 災 1件 当 たり焼損面積の推 行 われた。 また、昭和 48年 (1973年)8月 には建築基準法 施行令が改正 され、主 として煙対策 を中心 とする大 図 1は 、建物構造別 の火災 1件 当た り焼損面積 の 推 移 を 5年 ご とに見 た もの で あ り、 昭和 45年 (1970年)か ら平成 12年 (2000年)に かけて、各構 幅な規制強化が行われた。 この時の改正内容 は、防 火区画 にお ける防火戸 の常時閉鎖 の原則、煙感知器 連動閉鎖式防火戸の規定、防火ダンパ ニの遮煙性能 造 とも火 災 1件 当 た り焼損面積 は減少 しているが、 火災統計 から見た防火法令整備の効果 昭和 40年 代 の一 連 の 防火法令 の改正 の内容 は、 1で 述べ たように、火災時の火煙 の拡大防止 と避難 移 特に 「 耐火造」 における減少 が著 しく、昭和 45年 (1970年 )か ら昭和 50年 (1975年 )に かけて 5年 の要求、二方向避難 の要求範囲の拡大、避難階段 ・ 間に 60%以 上も急減 し、その後の 25年 間にもさら │こ 半減 していることがわかる。 特別避難階段の防火戸に対する遮煙性能 と煙感知器 連動化の要求、内装制限の強化等である。 しか しなが ら、これらの改正 にもかかわらず、昭 和 48年 (1973年)11月 には熊本市大洋デパー ト火 災 (100人死亡)が 発生 したため、消防法令 と建築 基準法令 を所管する消防庁 と建設省 (当時)は 、か 「 耐火造」 の数値 だけが急減 してい ることは、昭 和 40年 代 の防火法令の整備の主たる対 象 が耐火建 築物 であ ったことと符合 してお り、同時に、 この急 減が消防力 の強化等 に起 因す るのでな く、防火法令 の整備 に起 因す る蓋然性か高いことも示 してい る。 ―-27-― 建築防災 2008.7 (火災 年報 より作 成 ;′ ]ヽ 林) 75 図1 80 85 90 構造別に見た建物火災 1件 当 たり焼損面積の推移 (2)耐 火造建築物の用途別火災 100件 当たり焼損面 以後 の 5年 間 に 5分 の 1以 下 に急 減 し、 「 居住 積 の推移 用 を除 く非特 定用途」 を抜 い て、 そ の 6割 程 度 「 耐火造」 について、 さらに詳 しく見 たのが図 2 である。 にまで減少 した こと ④ この図 は、「 耐火造」 を用途 により、「 居住用」 の もの、「 居住用 を除 く非特定用途」及び 「 特定用途」 に分け、昭和 44年 (1969年)か ら平成 12年 (2000 年)ま で、年 によるばらつ きを避けるため 2年 ごと に平均 して、火災 1件 当た り焼損面積の推移 を見た ものである。 この図から、 「 特定用途」についてはその後 も着実に減少 し、以後の 25年 間 にさらに半減 してい るが、 その減少率は② に比べ ると緩やかであ ったた め、昭和 60年代前半 (1988年頃)に は、「 居住 用を除 く非特定用途」 にその 8割程度にまで接 近 され て い る こ と ⑤ 「 居住用 を除 く非特定用途」 については、平 の 成 時代 に入ると (1989年以降)増 加傾向に転 じてい ること 「 耐火造」建築物 の火災 1件 当た り焼損面積 は、「 居住用」 については 30年 間ほとんど変化 してい ないこと などの傾向が読み とれる。 以上の うち① については、戸建て住宅や耐火構造 消防用設備等 についての設置規制が遡及 しな い 「 居住用 を除 く非特定用途」 については、昭 和 40年 代半 ば (1970年頃)に は4klm2近くあっ の床及 び壁 で 区画 された個 々の住戸 に対 す る規制 は、個人の住生活の自由を尊重する観点 から必要最 小 限 とす べ き と考 え られ てお り、 昭和 40年 代 たが 、昭和 60年 代前半 1988年 頃)ま で 20年 近 くかけて着実に減少 し、 3分 の 1以 下 になっ (1965年∼ 2年 )に 行 われた防火避難関係規定の改 正 につい て も、「 居住用」 の耐火造建築物の多 くを 占める耐火構造 の共同住宅 の住戸 に対 しては事実上 ① ② たこと ③ 95 消防用設備等 の設置規制が遡及適用 されるよ うにな った 「 特定用途」 につい ては、昭和 40 年代半 ば (1970年頃)に は 70m2程 度で 「 居住 ほとんど及 ばないよう、建設省及び消防庁 において 注意深 く措置 された注5)こ とと符合 している。 また② については、第一部 で述べ た防火 関係 の改 用 を除 く非特定用途Jよ り遥かに大 きかったが、 正規定注6)が 、新築建築物 に適用 されるとともに既 建 築 防 災 2008.7 ―- 28 -― (火災年報より作成 ;′ 1ヽ 林) 華 ― 居住 + 居 住用以外の非特定用途 彗 特定用途 準 ― 美 耐火造全体 0 0 ござごごごご∬ごござござごごくが 図2 耐火造建築物用途別火災 1件 当たり焼損面積 の推移 存建築物 に対 して も建て替 え、増改築、大規模 な修 の規定整備が行われた こと ア 既存 の旅館 ・ホテル等及 び病 院等 に対する 遡及適用 (遡及期限は昭和 46年 (1971年 ) 繕や模様替 えの際に適用 されて、年 の経過 とともに 改正規定に適合する建築物の比率が増大 し、それに 伴 って火災 1件 当た りの焼損面積が減少 した もの と 考えることがで きる。 一方、③ については、消防法 にお ける遡及適用条 3月 末)。 イ スプ リンクラー設備設置部分 に対す る自動 項の対象 となる用途 を抜 き出 して集計 してい るが 、 これらの用途 の建築物 には既存 の ものにも一定 の遡 ウ 構造、内装等 に応 じた自動火災報知設備設 置規制緩和措置の廃止 工 煙感知器 の検定注7)開始 及期限終了後 は新築建築物 と同様 の消防用設備等が 設置 されることになったため、その効果が速効的に 火災報知設備設置免除の廃止 B 表 れたもの と考えることがで きる。 ただ し、昭和 49年 (1974年)の 改正消防法では、 特定防火対象物 の うち、百貨店、地下街及び複合用 途防火対象物 については昭和 52年 (1977年)3月 、 (1979年) 3月 が遡 及期限 とされてお り、「 特定用途 」 の数値 (1975年 が昭和 50年 )頃 までに急減 していること 千 日デパー トビル火災 を契機 として、昭和 47 年 (1972年)12月 に消防法施行令が改正 され、 既存防火対象物 に対する自動火災報知設備の遡 及適用の対象が、旅館 、病院等か ら 「 特定防火 (遡 対象物」全体 に拡大 されたこと 及期限は昭 和 49年 (1974年)5月 末) その他 の防火対象物 については昭和 M年 とは符号 しない。 この ような仮説か ら、図 2の 「 69-70年 」か ら 85-86年 」 までの特定防火対象物 のデータを、自 「 動火災報知設備 の遡及適用が先行 した 「 旅館 ・ホテ (3)自 動火災報知設備 の遡及設置の効果 ル等及 び病院等」 と 「それ以外の特定防火対 象物」 に分けて見 てみたのが図 3で ある。 ③ のような結果 となることについては、 1(1)で 触 れた以下のような自動火災報知設備 にかかる規定 図 3を 見 ると、「 旅館 ・ホテル等及び病院等」は 「それ以外の特定防火対象物」 に比 べ 、「 火災 1件 当 整備 の効果によるものではないか、 と考えられ る。 たり焼損面積」 は明 らかに先行的に減少 してい る。 A 相次 ぐ旅館 ・ホテル等 の火災 を契機 として、 両者の減少の傾向及びその違 い は、「 火災 1件 当 「 昭和 44年 (1969年 )3月 の消防法施行令 の改 た り焼損面積」は消防用設備等のうち特 に自動火災 正等 により、自動火 災報知設備 について、以下 報知設備の遡及設置が進 むのに従 って減少 し、遡 及 ―- 29 -― 建築防災 2008.7
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