「近似の精度を極限まで上げる」という考え方は何をもたらしたか

鶯谷中学・高等学校
series 高校数学こぼれ話 第 15 話 渡邉泰治
数学科部長
■「近似の精度を極限まで上げる」という考え方は何をもたらしたか
現実の世界は複雑怪奇である。複雑な状況を完全に把握することが困難なとき、よく分かっている状況で近似して考
えることは常套手段である。たとえば、「40 人の人間関係は複雑だから、まずは 4, 5 人で考えて…」「経済活動を単純
化して、需要と供給からみると…」「飛んでいるボールを大きさのない質点と考えて…」「理想気体で考えて…」など、
いくらでもある。むしろ、対象を近似的に単純化して把握することの方が一般であり、その方が本質がよく見える。
数学でも「円周率を 3.14 として…」のように無理数を有理数で近似したり、複雑な関数を単純な関数で近似したりす
ることがある。数学の発展過程を顧みると、「無理数を有理数で近似し、近似の精度を極限まで上げる(第 2 話)」こ
とや「複雑な関数を単純な関数で近似し、近似の精度を極限まで上げる」という考え方が無理数や関数の理解を深めて
きた。そして、この考え方は特徴的な数である 0, 1, p, e, i と結びつきながら、人類の認識に革新をもたらした。
この第 15 話では「近似の精度を極限まで上げる」考え方と 0, 1, p, e, i の関係がどのように結びつくのかをみよう。
● 「 無理 数 を 有理 数 で近 似 し 、近 似 の精 度 を極 限 ま で上 げ る」 と は どう い うこ と か
日常で無理数を扱うとき、本物と近似を併用している。たとえば、本物を使って 0U 2 1 2 =2, U 2 % U 3 = U 6 とし
たり、U 2 71.414, U 3 71.732 のように必要に応じた桁数の有理数で代用したりする。このような本物と近似の巧み
な使い分けは、現代人が有理数と無理数の関係を十分理解しているからだろう。つまり、たとえば U 2 という無理数は
1, 1.4, 1.41, 1.414, 1.4142, 1.41421, 1.414213, 1.4142135, 1.41421356, …
であり、有理数の数列の極限値という見方をしている。このことを、ここでは「無理数を有理数で近似し、近似の精度
を極限まで上げる」という言い方をしている。
● 「 超越 関 数 を多 項 式関 数 で 近似 し 、近 似 の精 度 を 極限 ま で上 げ る 」と は どう い う こと か
まず最初に、関数を分類しておこう。x, y の n 次方程式で表される関数を代数関数という。これは、定数関数や1 次、
2 次、3 次関数などの多項式関数、y =
2x - 1
などの分数関数、y =U x + 1 などの無理関数を含む。これに対し
x 2 + x +1
て、代数関数でない関数を超越関数といい、三角関数や指数・対数関数がそれに当たる。
ここで、「超越関数を多項式関数で近似し、近似の精度を極限まで上げる」という考え方と手法を紹介しよう。具体
例として、f0 x 1 =e x を取り上げる。g0 x 1 を f0 x 1 の近似関数とし、g0 x 1 を 1 次関数、2 次関数、… n 次関数と次数を高
めながら、近似の精度を上げていく。ここで「近似する」とは、 f0 x 1 と g0 x 1 の x =0 における関数値と n 次導関数
( n =1, 2, 3, …)の値を一致させることである。つまり、f0 0 1 =g0 0 1, f (n )0 0 1 =g (n )0 0 1 ( n =1, 2, 3, …)とする。
一般に、f0 x 1 =e x を g0 x 1 =a 0 +a 1x + a 2x 2 + a 3x 3 + …+ a nx n で近似するとき、
f0 0 1 =e 0 =1= g0 0 1 =a 0 + a1 ・ 0 +a 2 ・ 0+ a 3・ 0 2 +a 40 3 + … + a0 =1
f -0 0 1 =e 0 =1=g -0 0 1 = a 1 +2 ・ a2 ・ 0 +3 ・ a3 ・ 0 2+4 ・ a 4 ・ 0 3 + …= a 1 + a1 =
1
1!
f -- 0 0 1 =e 0 =1= g -- 0 0 1 =2 ・ a 2+3 ・ 2 ・ a 3・ 0+4 ・ 3 ・ a 4 ・ 0 2 + …=2 ・ a 2 + a2 =
1
2!
f ( 3)0 0 1 = e 0 =1= g (3)0 0 1 =3 ・ 2 ・ a 3 +4 ・ 3 ・ 2 ・ a 4 ・ 0+5 ・ 4 ・ 3 ・ 2 ・ a5 ・ 0 2+ … =3 ・ 2 ・ a 3 + a3 =
…
f ( n) 0 0 1 =e 0 =1= g ( n) 0 0 1 =n ! ・ a n + an =
1
n!
1
3!
これを極限まで続けると、
e x=1+
1
1 2
1 3
1 4
1 n
x+
x +
x +
x + …+
x +… … ①
1!
2!
3!
4!
n!
2 次関数で近似
1 次関数で近似
と表される(図 1)。この右辺の表現を関数のべき(冪)級数という。
同様にして、f0 x 1 =sin x , f0 x 1 =cos x をべき級数で表すと(図 2)、
1
1 5 1 7
x - x + …+
sin x = x - x 3 +
3!
5!
7!
cos x =1-
n-1
0 -1 1
x 2n-1 + … … ②
2
n
1
!
0
1
5 次関数で近似
図 1 : e x の近似
1 次関数近似
1 2
1 4
1
-1 1 n -1 2(n -1)
x +
x - x 6 + …+ 0
x
+…… ③
2!
4!
6!
2 0 n - 1 1!
*
となる。① ② ③ のように、超越関数 f0 x 1 をべき級数 f0 x 1 = P an x n の形
3 次関数で近似
n =0
定数関数で近似
に変形することをマクローリン展開( Maclaurin, 1698-1746 年)という。
●超越関数をべき級数で表して、 0, 1, p, e, i とどう結びつくのか
1 k
ここで、① ② ③ 式をよく見ると、
x ( k=0, 1, 2, 3, …) で出来ている
k!
2 次関数で近似
図 2 : sin x 0 上 1, cos x 0 下1 の近似
ことに気づく。① では k のすべての項が登場するが、② では奇数次項、③ では偶数次項が符号を交互に変えて登場す
る。これを見抜いた数学者オイラー(Euler, 1707 - 1783 年)は虚数単位 i を巧みに導入して、
e ix=1+
=1-
1
1
1
1
1
ix +
ix 2 + 0 ix 1 3 +
ix 4+
ix 5 +…
1! 0 1 2! 0 1
3!
4! 0 1
5! 0 1
1 2
1
1
1
1 5
x + x 4 - …+ i
x- x 3 +
x - … =cos x +i sin x … ④
2!
4!
1!
3!
5!
8
9
という関係(オイラーの公式という)を見出した。彼はこれを用いて指数関数と三角関数を結びつけて、解析学の体系
を統合するという金字塔を打ち立てた。この ④ 式で x =p とすると、オイラーの等式と呼ばれる次の式を得る。
e pi =cos p +i sin p =-1 + e pi +1=0 … ⑤
この式は、人類にとって最も興味深い数値である 0, 1, p, e, i のすべてが登場し不思議な関係で結びついており、「人類
の至宝」(吉田 武著:「オイラーの贈り物」、海鳴社 参照)と称され、その美しさが賛美されている。
また、三角関数と指数関数が結びついたお陰で、三角関数の加法定理は指数法則と連動し、
cos 0 a $b 1 +i sin 0 a $ b1 = e i(a$b) = e ia・ e $ib= 0 cos a +i sin a 10 cos b $i sin b 1
=cos a ・ cos b Psin a ・ sin b + i 0 sin a ・ cos b $cos a ・ sin b 1
となり、両辺の実部と虚部を比べて求められる。これですっきり表現できた。
以上、無理数と超越関数を類比させながら「近似の精度を極限まで上げる」考え方をみてきた。これにより、互いに
相容れない有理数と無理数、多項式関数と超越関数が、極限の彼方で結びついているという認識ができた。
さらに、この考え方は様々な分野で威力を発揮している。実際、すべての学問は、各々特有の理論を立てて現実の世
界を近似的に表現し、限りなく本質に迫ろうとしている。たとえば、相対論や量子論は宇宙の原理を近似、ロボットは
人間を近似、コンピュータは人間の頭脳を近似し、「究極的に似せよう」として探究が続けられている。このように、
この考え方の影響と貢献は計り知れないほど大きい。
特にこの第 15 話では、「近似の精度を極限まで上げる」考え方により、複素数の世界において三角関数と指数関数
が極限の彼方で同一視されることをみてきた。そしてその結果、オイラーの等式により特徴的な数である 0, 1, p, e, i が
美しい関係で結びつくこととなった。ちなみに、0, 1, p, e, i という数は、人類の長い歴史を通して様々な数学的な概念
を形成していく役割を果たしてきた重要な数である。これらは別々の役割を果たしたが、ここに一つの式で結びつくこ
とは驚異である。このことについては第 16 話でもさらに詳しくみていこう。