Economic Indicators 定例経済指標レポート

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
中国、バブルとディスインフレが同居する奇妙な世界
~大都市部で不動産バブル再燃も、景気の弱さはディスインフレ圧力に~
発表日:2016年4月11日(月)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 中国を巡っては年明け直後の株式市場のドタバタを受け、過度に悲観視する動きが広がったが、足下では
落ち着きを取り戻している。全人代において当局は景気下振れに対応する姿勢をみせた結果、低迷が続い
た製造業の景況感は急回復している。一昨年来の金融緩和の動きも景況感の回復を後押ししているとみら
れ、中国への依存度を高めてきた世界経済にとっても一時的に不透明感の後退に繋がるとみられる。
 昨年は株式市場でバブル崩壊に見舞われたが、足下では一部の大都市で不動産市場に資金流入が活発化し
てバブル化する動きが出ている。当局は投資規制に踏み切る動きをみせるが、足下ではP2P金融などを
通じた資金流入が活発化する動きもみられ、過度な引き締めは信用収縮を招くリスクもある。その意味で
も、当局が掲げる「サプライサイド改革」を通じた金融セクター改革の前進は急務になっている。
 他方、景気の弱さを反映してインフレ率は依然当局の掲げる目標を大きく下回る水準に留まる。生産者物
価に底入れの動きが出ているが、これはここもとの原油相場の上昇を反映したものに留まる。足下では原
油相場の行方も不透明であり、ディスインフレ圧力が長引くリスクもある。バブルとディスインフレとい
う相反する現象に見舞われるなか、当局にはこれまで以上に政策のバランスが求められている。
《一部に不動産バブル再燃の動きがある一方、景気を反映してディスインフレが続くなど、政策対応は困難を増している》
 中国経済を巡っては、年明け直後の株式市場におけるドタバタをきっかけに過度に悲観視される動きがみられ
たものの、足下では先月開催された全人代(全国人民代表大会)において構造改革に配慮しつつ、景気の下振
れにも対応する姿勢をみせたことで、見方に対する修正の動きが広がっている。事実、今月初めに発表された
製造業PMI(購買担当者景況感)についても、政府版
図 1 製造業 PMI(購買担当者景況感)の推移
は8ヶ月ぶりに好不況の分かれ目となる 50 を回復して
いるほか、民間版も大きく回復する動きが確認されるな
ど、低迷が続いてきた製造業を取り巻く環境に変化の兆
しが出ている。他方、共産党及び政府が景気のけん引役
として期待するサービス業の景況感は、政府版及び民間
版ともに 50 を上回っている上に回復感が高まるなど、
足踏みが続いてきた同国景気が少しずつ勢いを取り戻す
との見方に繋がっている。実のところ、全人代に先立つ
(出所)国家統計局, Markit より第一生命経済研究所作成
2月の輸入額は国際商品市況の低迷を受けて額面こそ大きく前年を下回る伸びが続く展開となっていたものの、
鉄鋼石や銅、石炭や原油及び石油製品などの輸入量は軒並み増加基調を強めるなど、先行きの生産拡大を示唆
する動きが確認されていた。ここ数年の中国では「国進民退」と称されるように経済に占める国有企業をはじ
めとする公的部門の存在感が上昇基調を強めてきたことを勘案すれば、全人代前に党及び政府が打ち出す政策
の方向性が示唆されていたとしてもおかしくはない。さらに、全人代に先立つ2月末に人民銀行は預金準備率
を一律で 50bp 引き下げる一段の金融緩和に踏み切っており、当局としては財政及び金融政策の総動員によっ
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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て景気の過度な下振れを阻止する考えを前面に押し出している。足下において製造業の景況感が急速に回復し
ていることは一連の動きに沿ったものと捉えられるとともに、昨年来の国際金融市場の動揺の影響により不透
明な状況がくすぶっている世界経済にとっても一時的には不透明感の後退に繋がると見込まれる。
 ただし、足下の中国経済については一時の過度な悲観は後退しているものの、一昨年来の政策対応が進む一方
で景気の減速感が強まっていることを受けて奇妙な状況に直面している。同国では昨年夏場以降に株式市場で
「バブル」が崩壊する動きがみられたほか、年明け直後も株式市場がパニックに陥る展開が続いたものの、足
下では金融緩和などの効果も重なり、早くも落ち着きを
図 2 70 都市の不動産価格(新築住宅価格)の推移
取り戻しつつある。他方、昨年来の株式市場を巡る動揺
を受けて国内金融市場のマネーは大都市部を中心とする
不動産市場に再び回帰する動きがみられており、2月時
点において深圳(前年同月比+56.9%)や上海(同+
20.6%)、北京(同+12.9%)、広州(同+11.8%)の
4都市ではすでに二桁を上回る伸びを記録している。こ
のように一部大都市の不動産市場では大量の資金流入を
追い風に「バブル」が再燃する事態となり、これらの都
市では独自に不動産投資に対する規制強化(頭金比率の
(出所)国家統計局より第一生命経済研究所作成
図 3 P2P金融による融資残高の推移
引き上げ)のほか、当局も先月末にこれら4都市を対象
に不動産売却益に対する課税措置を検討する動きをみせ
ている。深圳や上海においては、早くも規制強化の影響
が出る動きもみられるなどその効果が発現している模様
であるが、足下においては銀行の融資残高がGDPの2
倍を上回る水準に達するなど、一昨年来の金融緩和を受
けて過剰流動性が懸念される展開となるなか、一段の金
融緩和に動いていることを勘案すれば、先行きの動向に
(出所)網貸之家(中国の関連サイト)より第一生命経済研究所作成
は依然不透明感が残る。さらに、ここ数年はインターネットなど新たな技術の発達に伴い「P2P金融」など
銀行外での資金融通手段も多様化しており、こうした新たな仕組みを通じた融資は銀行など既存の枠組を通じ
た融資を大きく上回るペースで拡大している。なお、3月末時点におけるP2P金融を通じた融資残高は
5000 億元と銀行部門の融資残高と比較すれば微々たる水準に留まっている。しかしながら、年明け以降には
同国最大の業者がいわゆる「ねずみ講」の容疑で摘発を受けているほか、すでに数多くの業者が厳しい運営状
況に直面しているとされる。当局は規制強化や取り締まりを強化する動きをみせているが、地方部を中心に依
然として不動産市況の低迷が続いており、これが中小・零細金融機関を中心とする不良債権として融資余力が
低下するなか、金融機関へのアクセスが乏しい中小企業などではP2P金融など高リスクな高利回りの資金調
達手段に手を出す例も少なくないとされる。さらに、このところの大都市を中心とした不動産市場の活況には、
P2P金融をはじめとする新たな資金調達手段が大きな役割を果たしているとの見方もあり、仮にそれが事実
であればリスクマネーが不動産投機を活発化させている可能性も考えられる。今後は様々な規制強化の動きが
強まることで投機資金の伸びが抑えられる可能性はある一方、それをきっかけに金融市場における信用収縮を
招くことになれば、足下で回復の兆しが出つつある景気に冷や水を浴びせることにもなりかねない。P2P金
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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融の存在は既存の金融機関がカバーしきれない対象への資金融通を可能にする点で経済全体にとってもプラス
になると期待出来る一方、3月時点における平均利回りは 11.63%と極めて高い一方で平残期間は 7.33 ヶ月
と短く、足下における急拡大は様々なリスクを孕んでいることを勘案すれば、これに過度に依存する体質は望
ましいものではない。党及び政府が掲げる「サプライサイド改革」の中では、金融市場における資金供給、と
りわけ銀行部門の健全化の取り組みも不可欠になっていると言えよう。
 足下においては一部大都市での不動産バブルが懸念される状況となっている一方、実体経済を巡ってはディス
インフレ状態が続く奇妙な展開が続いている。3月のインフレ率は前年同月比+2.3%と前月(同+2.3%)と
同じ伸びとなったものの、前月比は▲0.4%と前月(同+1.6%)から5ヶ月ぶりに下落に転じている。前月は
春節(旧正月)の時期が重なったこともあり、生鮮品を中心とする食料品価格が大幅に上昇したことがインフ
レ率の加速を招く一因になったものの、3月については卵(前月比▲7.4%)をはじめ野菜(同▲5.5%)、水
産品(同▲2.8%)など生鮮品価格が下落に転じたほか、肉類(同▲1.2%)など幅広く食料品価格が落ち着い
たことが物価上昇圧力の後退に繋がっている。なお、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月
比+1.5%と前月(同+1.3%)から加速しているものの、前月比は+0.0%と前月(同+0.3%)から上昇ペー
スが鈍化しており、党及び政府は今年のインフレ目標
図 4 インフレ率の推移
を「3%前後」としていることを勘案すれば、これに
は程遠い水準に留まっている。上述のように一部の大
都市を中心に不動産市況が上昇基調を強めていること
を反映して住居関連で物価上昇圧力が高まる動きがみ
られる一方、運輸コストの低下に伴い消費財物価は幅
広く下落しているほか、サービス物価も下落基調が続
いており、インフレ圧力が高まる環境とはなっていな
い。さらに、川上の物価に当たる生産者物価は3月も
(出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成
前年同月比▲4.3%とマイナスが続いているものの、前月(同▲4.9%)からマイナス幅は縮小しており、前月
比も+0.5%と 27 ヶ月ぶりに上昇に転じている。これは国際金融市場において原油をはじめとする商品市況が
上昇基調を強めていることに呼応した動きとみられ、原油・天然ガス関連のほか、鉄及び非鉄金属関連といっ
た分野に限られていることにも現れている。他方、日用品をはじめとする一般的な消費財物価については依然
として上昇しにくい環境が続いていることを勘案すれば、当面は川下に当たる消費者段階で物価上昇圧力が高
まるとは見込みにくく、ディスインフレ基調が根強く残る可能性はある。さらに、原油相場については国際市
場において順調に上値を追う展開をみせてきたが、ここに来て世界的な需給を巡る懸念を反映して上値の重い
状況が続いており、ディスインフレ圧力を長引かせることも懸念される。中国を巡ってはこれまで「閉鎖され
た世界」であることに加え、その独自性が世界的な金融市場の動揺などの影響を直接受けにくいとの見方に繋
がってきたものの、足下ではその特殊さが様々な金融市場のリスク要因となる可能性に繋がっている。実体経
済について「ハードランディング」に陥る可能性は後退しているとの見方は広がっているが、その一方で足下
では金融市場を巡るリスクが膨張しきっていることから、対応を誤れば想定をはるかに上回るペースで悪影響
が広がることも懸念される。当局にとっては相反する現象を国内に抱えながら、これらにバランスよく対応す
ることが求められており、市場との対話を含めて市場に存在する様々なプレイヤーの動きを注視する必要性は
高まっていると言えよう。
以 上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。