1/3 Asia Trends マクロ経済分析レポート 今年の春節前は例年と異なる様相 ~当局は連休を前に投機抑制に向けた姿勢を示したかった狙い~ 発表日:2017年1月27日(金) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 今日(27日)から春節連休が始まり、国内外で中国人による経済活動が活発化する傾向がある。例年当局 は資金需給のひっ迫を警戒し、直前に資金供給を行う傾向がある。ただし、過去数年のバブル発生と崩 壊、海外への資金逃避の動きを経て今年は様相が異なる。年明け直後に当局は資金逃避に拠る人民元安圧 力阻止に向けた実力行使に出たが、結果として余剰資金が国内で新たな利殖行為に動く懸念があった。 こうしたなか、当局は春節直前にMLF金利の引き上げと実質的な資金吸収に動く一方、短期資金の供給 を続けるなど複雑なオペを実施した。短期金融市場の安定を図る一方、金融機関のレバレッジ解消を目論 んだとみられる。昨年末の中央経済工作会議で金融政策の方向性がやや引き締めに転じたこととも整合的 である。ただ、こうした複雑な対応は足下の金融政策が極めて「綱渡り」的であることを示唆している。 今日(27 日)から中国では春節(旧正月)に伴う連休が始まり、例年この時期には数多くの旅行客が国内の みならず海外に移動するほか、買い物をはじめとする様々な経済活動が活発に行われる傾向にある。また、こ こ数年は中国の景気減速が懸念される状況が続いているものの、春節期間における個人消費は年々拡大基調を 強めており、同国内で消費が活発化する時期のひとつとなっている(もうひとつは 10 月1日の「国慶節」の 前後)。こうしたことから、人民銀(中銀)は例年、春節の連休期間中に資金需要が高まることに対応して大 量の資金供給を行う傾向があるものの、今年については少々様相が異なっている。人民銀は金融政策の調整手 段として、主要政策金利(1年物貸出金利及び1年物預金金利)や預金準備率の変更に加え、中期貸出ファシ リティー(MLF)と常設貸出ファシリティー(SLF)を用いることで金融市場における短・中期の流動性 を管理する手法を用いている。金融政策については 2014 年末に利下げを行った後、2015 年にかけても断続的 に利下げを実施して一段の金融緩和に動くなど景気下支えを前面にした政策対応をみせてきた。しかしながら、 その背後では株式相場の急上昇による「バブル」とともにその崩壊を招くことになったほか、その後は大都市 部を中心とする不動産価格の急上昇で新たな「バブル」を引き起こすなど、長期に亘る金融緩和によって生じ た金融市場の「カネ余り」が弊害を生む事態に繋がってきた。同国では法律に基づいて海外との資金取引が厳 格に管理されていることから、金融市場に溢れた資金は中国国民による旺盛な利殖行為を追い風に国内の様々 な市場に流入する傾向があり、株式や不動産のみならず、 図 1 マネーサプライ(前年比)の推移 翡翠やワイン、ウィスキーといった比較的希少性の高い 財市場に流入するといった動きに繋がってきた。その一 方、実態としては様々な「抜け穴」を通じて海外への資 金逃避を行う動きが活発化しており、その交換手段とし てビットコインに注目が集まることとなり、年明け直後 には相場が3年ぶりの高値となったことは記憶に新しい ところである。資金流出が起こっている可能性は、積極 的な金融緩和に伴い狭義のマネーサプライ(M1)の伸 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 びが大きく加速しているにも拘らず、市場全体の信用を含めた広義のマネーサプライ(M2)の伸びが鈍化す るなど、両者が不自然な動きをみせてきたことからもうかがえる。他方、こうした海外への資金逃避の動きは 人民元相場の下落圧力となるとともに、相場全体の管理を狙う当局にとっては、金融市場からの圧力をきっか けとした相場全体の不安定化を警戒するようになった。というのも、人民元相場を巡っては当局が管理する閉 鎖的な「オンショア(CNY)」と自由に取引可能である開放的な「オフショア(CNH)」の2つが存在し、 金融市場からの圧力はオフショア相場の下落を招くことで両者の乖離を大きくすることで「二重為替」状態を 際立たせることに繋がる。結果、当局はオフショア市場での為替介入をせざるを得ないこととなり、過去2年 ほどのあいだに外貨準備を大きく減少させる事態を招いている。こうしたことから、当局は年明け直後にオフ ショアの香港市場で人民元資金の供給量を絞って需給を 図 2 人民元相場(オフショア)とビットコイン相場の推移 ひっ迫させ、調達コストの急上昇を招くことで金融市場 の人民元安圧力に「冷や水」を浴びせるとともに、オン ショア市場で基準値を人民元高にシフトさせることで一 方的な人民元安の進行に歯止めをかけることに成功した。 また、その後に当局は資金流出手段と目されたビットコ イン取引所への立ち入り検査を行ったほか、その後に各 社が取引手数料の徴収を決定するなど「圧力」を強める 動きをみせている。こうした動きは、短期的にみれば海 (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 外への資金逃避に向けた誘因を大きく低下させることに繋がると見込まれるとともに、人民元相場の不安定化 を喰いと止める一助になる可能性はあるものの、海外という「逃げ場」を失った資金が利殖行為の観点から国 内に「新たな市場」を見出すことも懸念される事態を招いていると判断出来る。 こうしたなか、通常において春節前は資金需要が高まりやすい時期ゆえに、当局は資金需給のひっ迫感を緩和 させる観点から資金供給を拡大させる傾向があるなか、今年については例年と同様に金融機関に対して預金準 備率を一時的に引き下げるなどして資金供給を行った後、春節入り直前の 24 日にMLFの適用金利を引き上 げるとともに、実質的に資金吸収を行うオペを行った。これらの動きは一見するとまったく逆の方向を向いて いる措置であることから、金融市場においても「当局の意図を読みあぐねる」といった反応が出ている模様で ある。今回の決定によって6ヶ月物MLF金利及び1年物MLF金利は 10bp 引き上げられ、それぞれ 2.95%、 3.10%となることになるが、当局は今回の決定の理由について「銀行システムの安定維持」との考えを示して いる。なお、MLFの適用金利を引き上げたことで、金 図 3 短期金利(SHIBOR1週間物金利)の推移 融市場においてはSLFの適用金利も引き上げられるこ とにより金融引き締め姿勢が一段と強まるとの見方が出 たものの、SLFについては現行のスタンスが維持され るなど変化は起こっていない。こうした措置が行われた 背景には、短期金融市場においては引き続き潤沢な資金 供給を通じて市場の安定に努める一方、期間が長めの資 金について供給を抑制することによって金融機関に対し てレバレッジの解消を促す作用と期待したものと考えら (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 れる。しかしながら、金融市場においては年明け以降の人民元相場に対するオペを受けて上昇基調に一服感が 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 出た短期金利が足下で再び上昇基調を強めており、その水準も下落前を大きく上回る状況となるなど、当局の 意図を読みにくい対応ゆえに混乱にも似た動きを生じさせた模様である。こうした背景には、昨年末に開催さ れた共産党と政府の間で今年の経済政策の運営方針を協議する中央経済工作会議において、金融政策の方向性 が従来の『穏健(中立的)』から『穏健中立』にやや引き締め姿勢に変化したこととも無関係ではないと考え られる(詳細は 12 月 19 日付レポート「中央経済工作会議からみえる 2017 年の中国経済」をご参照下さい)。 上述のようにビットコイン市場への介入などを通じて海外への資金逃避の芽を積む姿勢を示した結果、春節連 休のあいだに国内市場にあぶれた余剰資金が資産市場に流入してバブル的な状況を生み出す可能性を危惧し、 当局として事前に投機を抑制する狙いを示したものと捉えられる。しかしながら、当局のこうした意図が市場 に浸透して投機を抑えることに繋げられるかは極めて不透明であり、その背景には国民のなかにある根強い利 殖行為への渇望に加え、そもそも同国経済、ひいては人民元に対する信認が著しく低下していることに起因し ていることを勘案すれば、投機行為や海外への資金逃避を妨げることは難しい。春節の期間中には国内外に大 量の観光客が出回ることが予想されるが、そのなかにまぎれる形で海外への資金流出の動きや新たな投機対象 をみつける動きが活発化することも考えられるなど、当局の政策対応が極めて「綱渡り」の状況にあると言え よう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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