1/3 Asia Trends マクロ経済分析レポート 中国もいよいよインフレか!? ~春節のズレが影響した可能性、価格転嫁が進まない動きには不透明感も~ 発表日:2017年2月14日(火) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 足下の世界経済は先進国を中心に底入れするなか、中国の減速懸念後退やOPEC合意なども背景に国際 商品市況は底打ちしている。こうした動きは中国にも影響を与えており、生産者物価は昨年9月にプラス に転じて1月には+6.9%と5年半ぶりの高い伸びとなっている。国際商品市況の底打ちが原材料価格の 上昇に繋がる一方、企業は国内需要の弱さを懸念して価格転嫁に尻込みする姿勢をみせている。企業行動 はインフレ加速、ないし景況感の悪化を招くリスクもあるなど、難しい状況にあると判断出来よう。 消費者段階の物価を示すインフレ率も1月は前年比+2.5%に加速した。ただし、これは春節の時期のズ レなどに伴う一時的な要因が影響しているとみられる。今年は春節が2月の物価に影響を与える度合いが 弱いことを勘案すれば、一転して減速する可能性はある。企業による価格転嫁への尻込みはインフレ率の 低迷に影響を与えるなか、通常とは異なる「圧力」が企業行動に影響を与える可能性にも要注意である。 今年は春節前後から当局が金融政策をやや引き締め方向にシフトする動きをみせており、その背景には不 動産市場を巡る課題に加え、一昨年来くすぶってきた人民元安への対応も影響しているとみられる。ただ し、足下の景気は本調子でないなかでの政策対応は困難な状況が続くことは避けられないであろう。 足下の世界経済を巡っては、米国を中心とする先進国の底堅い景気拡大が続くなか、ここ数年は以前のような 高成長が難しい中国でもインフラをはじめとする公共 図 1 国際商品市況(CRB 指数)の推移 投資の進捗が景気を下支えする動きがみられる上、先 進国を中心とする世界経済の底打ちが外需の底入れを 促す流れも出ている。さらに、世界的な景気減速に伴 う需要鈍化の一方で供給過剰状態が続くとの懸念から、 長期に亘って低迷が続いてきた原油をはじめとする国 際商品市況についても、世界経済の底打ち期待に加え、 昨年のOPEC(石油輸出国機構)による減産合意な どを反映する形で底入れしている。このように世界経 済の「リスク要因」と見做された状況が大きく変化す (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 図 2 生産者物価の推移 るなかで、原油をはじめとする国際商品市況の底入れ は、それまで世界的にディスインフレが懸念されてき た状況を一変させつつある。こうした状況は中国にも 影響を及ぼしており、川上の物価に当たる生産者物価 は昨年9月に前年比ベースで約5年半ぶりにプラスに 転じたほか、その後も上昇ペースを加速させる展開と なっている。1月の生産者物価は前年同月比+6.9% と前月(同+5.5%)から一段と加速して 2011 年8月 (出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 以来の高い伸びとなり、前月比も+0.8%と前月(同+1.6%)から上昇ペースこそ鈍化しているものの7ヶ月 連続で上昇基調が続くなど、物価上昇圧力が強まっていることが確認された。このところの国際商品市況の底 入れの動きを反映して企業部門にとっては原材料価格の上昇圧力が強まっており、鉱物関連で前月比+3.5%、 原材料関連で同+1.7%と高い上昇が続いており、分野別でも原油・天然ガス関連(同+10.4%)のほか、石 油化学(同+3.9%)、化学繊維(同+3.0%)、非鉄金属(同+2.0%)などで商品市況の底入れが原材料価 格の上昇に繋がっている様子がうかがえる。しかしながら、原材料など川上部門で物価上昇圧力が顕著に高ま る動きがみられるにも拘らず消費財物価にこうした物価上昇圧力が転嫁されておらず、消費財物価は前月比+ 0.2%の上昇に留まっており、日用品については同+0.4%となるなど一部で上昇圧力が高まる動きがみられる 一方、耐久消費財は同+0.1%の上昇に留まっている。こうした動きは、国際商品市況の底入れに伴い企業部 門は物価上昇圧力に直面しているものの、同国内における個人消費が伸び悩みなどに伴って消費者に対する価 格転嫁が行いにくい実状を反映しているものとも考えられる。仮にそういった事情が影響しているのであれば、 企業部門にとっては収益圧迫要因になることに加え、足下で製造業を中心に急速な回復が続いている景況感の 下押し圧力となることも懸念される。他方、小売売上高(社会消費支出)の伸びは昨年 12 月時点において実 質ベースで前年同月比+9.2%と右肩下がりの展開が続くなど減速基調を抜け出していないなか、国際商品市 況の上昇に伴う原材料価格の上昇を消費財価格に転嫁する動きが広がれば、一段と伸びが下押しされることが 懸念される。共産党及び政府は、経済成長のけん引役を個人消費を中心とする内需にシフトさせたいとの思惑 を描いているものの、そうした目論見が一転して厳しくなることも予想される。中国の企業部門は極めて難し い状況に直面していると判断することが出来よう。 一方、消費者段階の物価動向を示すインフレ率は前年同月比+2.5%となり、前月(同+2.1%)から加速して 2014 年5月以来となる高い伸びとなるなど、一見するとインフレ圧力が高まっているようにみえる。実際に 前月比も+1.0%と前月(同+0.2%)から上昇ペースが加速するなど、物価上昇圧力が高まっている様子がう かがえる。しかしながら、この時期は例年において春節(旧正月)に伴う連休が物価動向に大きく影響を与え る傾向があるなか、今年の春節の始まりは1月 28 日と 図 3 インフレ率の推移 昨年(2月8日)に比べて大幅に前倒しされたことの 影響を考慮する必要がある。内訳をみると、食料品 (前月比+2.3%)が物価を大きく押し上げており、な かでも「ハレ」の食事に用いられる豚肉(同+3.4%) で 上 昇 し た ほ か 、 野 菜 ( 同 + 6.2 % ) や 果 物 ( 同 + 5.7%)といった生鮮品を中心に物価上昇圧力が高まる など天候不順が影響した可能性が考えられる。また、 原油相場の底入れなどを反映してガソリン(前月比+ (出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成 4.6%)の価格が大幅に上昇するなどの動きがみられるなど、食料品やエネルギーといった物価動向に影響を 与えやすい生活必需品を中心に物価上昇圧力が高まっている様子がうかがえる。なお、食料品とエネルギーを 除いたコアインフレ率は前年同月比+2.2%と前月(同+1.9%)から加速し、2014 年1月以来となる2%を 上回る伸びとなるなど上昇基調が強まっており、前月比も+0.6%と前月(同+0.1%)から上昇ペースが加速 している。ただし、これも上述したように春節が大きく影響していることが考えられ、観光(前月比+9.5%) や家庭サービス(同+3.5%)といったこの時期に需要が高まりやすいサービス関連で物価上昇圧力が高まっ 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 たことが影響している。今年の春節は2月2日に終了しており、2月の物価指標には春節の影響が及びにくい ことを勘案すれば、先行きについてはこうした動きが一巡する可能性は残っていると判断出来よう。また、上 述したように企業部門は原材料価格の上昇に伴う影響を製品価格に転嫁する動きをみせていないなか、消費財 物価は前年同月比+2.2%とサービス物価(同+3.2%)を下回る伸びに留まっており、このことが消費財物価 の上昇を抑える形でインフレ率の低下に繋がってきたと捉えられる。企業部門が今後において消費財に対する 価格転嫁の動きを進めることになれば、インフレ率は上昇基調を一段と強めることが予想される一方、昨年来 の国際商品市況の上昇を受けて大幅な原材料価格の加速に直面しているにも拘らず、現時点においても価格転 嫁に動けない状況が続いていることを勘案すれば、こうした動きの背後に何かしらの「圧力」が影響している 可能性も考えられる。通常で考えれば、足下の中国はインフレ圧力が高まってもおかしくない状況にあると捉 えられるものの、その行方は企業部門の行動が鍵を握っていると言えよう。 なお、足下の中国を巡っては金融政策のスタンスがやや引き締め方向にシフトする動きが出ている。例年にお いては資金需要が高まることを前提に需給ひっ迫の緩和に向けて資金供給が拡大する春節の直前に、金融機関 に対するレバレッジの解消を促す観点から中期貸出ファシリティー(MLF)の適用金利の引き上げと実質的 な資金吸収に動いている(詳細は1月 27 日付レポート「今年の春節前は例年と異なる様相」をご参照下さ い)。さらに、春節明けの今月3日には短期金融市場でリバースレポ金利のほか、常設貸出ファシリティー (SLF)の適用金利を引き上げており、短期金融市場における流動性供給を絞ることで引き締め姿勢を強め る方向に動いている(詳細は2月3日付レポート「中国の金融政策もいよいよ「引き締め」か」をご参照下さ い)。こうした背景には、昨年末に共産党と政府が今年の経済政策の運営方針について協議する中央経済工作 会議において、金融政策のスタンスが「穏健」から「穏健中立」へとやや引き締め方向にシフトしたこと、具 体的な政策課題として不動産市場を巡る問題が掲げられたことも影響していると捉えられる。また、一昨年以 降の国際金融市場において人民元の対ドル為替レート 図 4 人民元相場(対ドル)の推移 が下落基調を強めるなど、「人民元安」が意識される 展開が続いていることも政策判断に影響を与えている 可能性も考えられる。当局は外国人投資家も自由に取 引可能なオフショア市場において、人民元相場(CN H)の安定に向けて積極的な為替介入を行ってきた結 果、約2年ほどの間に外貨準備が1兆ドルも減少する 事態に直面してきた(詳細は2月8日付レポート「止 まらない「人民元安圧力」」をご参照下さい)。年明 (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 け以降に当局は海外への資金流出の「隠れ蓑」になってきた同国内におけるビットコインの取引に対する監視 強化の動きをみせたことで、足下では同国内での取引が急減する事態を招いている模様だが、実態としては 様々な「抜け穴」による資金逃避意欲がくすぶるなか、そうした動きを巡って当局は人民元相場の安定に向け た神経戦を演じているとみられる。足下におけるインフレ率の加速は当局による引き締めに向けた動きに「良 い口実」を与えると見込まれるものの、実体経済が回復に乏しい状況での引き締めには副作用も懸念されるな か、当局にとっては政策の舵取りが難しい状況は変わっていないと言えよう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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