慎重姿勢は崩さず ~政府の財政スタンスを慎重にみる

1/3
Asia Trends
マクロ経済分析レポート
インド準備銀、慎重姿勢は崩さず
~政府の財政スタンスを慎重にみる姿勢は変わらず~
発表日:2016年2月2日(火)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 年明け以降の国際金融市場は米国による金融政策の正常化や中国経済を巡る不透明感、原油安の長期化に
伴う思惑などを理由に混乱した。しかし、ECBによる追加金融緩和の示唆や日銀によるマイナス金利導
入などで落ち着きを取り戻しつつある。原油安を追い風にファンダメンタルズの改善が続くインドだが、
慢性的な経常赤字を抱えるなかで海外資金の動向に揺さぶられやすい。結果、足下の通貨ルピーの対ドル
相場は最安値圏での推移が続いており、準備銀は難しい舵取りを迫られる状況に直面している。
 足下のインフレ率は、政府及び準備銀が定める目標域内に収まっているが、ルピー安の影響やサービス物
価の動向などへの注意が必要になっている。準備銀は2日の定例会合で金融政策の据え置きを発表し、緩
和姿勢を維持する一方で、来年末時点のインフレ率を5%近傍に抑えることを主目的とする姿勢をみせ
た。今月末には来年度予算案が公表されるなか、準備銀はインフレ抑制と経常赤字の縮小、財政健全化に
よるファンダメンタルズの改善を重視する姿勢をみせており、当面は予算案の内容に注目が集まろう。
《準備銀は緩和姿勢を継続するも慎重姿勢は崩さず、当面は月末に公表予定の来年度予算案の内容が注目される》
 年明け以降の国際金融市場を巡っては、昨年末の米国による利上げ実施をきっかけとする金融政策の正常化に
向けた取り組みが世界的なマネーに動揺を与えるとの懸念がくすぶるなか、中国株式市場の混乱に端を発する
形で中国経済に対する不透明感が再び意識されたほか、一昨年後半以降の原油安の長期化がいわゆる「オイル
マネー」の動向に影響を与えるとの見方が広がるなど、様々な要因が複合的に混乱を増幅させる展開が続いた。
足下では、欧州中央銀行(ECB)が追加的な量的金融緩和の実施を示唆する姿勢をみせているほか、日本銀
行も初の「マイナス金利」を導入するなど追加金融緩和に踏み切ったことも重なり、落ち着きを取り戻してい
るようにみえる。しかしながら、中国経済を巡る不透明感の根本的な解消には相当の時間を要することは変わ
りなく、ここ数年中国に対する依存度を強めてきた新興国や資源国を中心に景気の足を引っ張る展開が続く可
能性は小さくない。さらに、新興国や資源国の景気減速を受けて世界的な資源需要に下押し圧力が掛かると見
込まれる一方、OPEC(石油輸出国機構)の機能不全が明らかになるなか、一部ではロシアとOPECが減
産で協調するとの見方が出ているものの、双方のこれまでの動きをみる限りはそうした展開は「淡い期待」に
留まる可能性が小さくない。結果、原油相場は先行きにお
図 1 経常収支、財政収支の対 GDP 比の推移
いてもしばらくは上値の重い状況が続く可能性が高く、国
内の原油消費量の7割強を中東からの輸入に依存するイン
ドにとってはプラスの効果が生まれるものと期待される。
事実、原油安による輸入鈍化を反映して貿易赤字幅が縮小
したことで、経常赤字のGDP比も縮小するなど対外収支
は大きく改善しているほか、原油安の継続に伴って燃料補
助金をはじめとする様々な補助金財政の縮小に踏み切るこ
とが可能になったことから、財政赤字のGDP比も圧縮さ
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成, 2015 年は9月まで
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
2/3
れるなどの効果が出ている。同国は 2013 年のいわゆる“Taper Tantrum(バーナンキ前米FRB議長による量
的金融緩和縮小を示唆する発言をきっかけにした国際金融市場の動揺)”に際して海外資金の流出圧力が顕著
であった国々の一角に数えられるなど、マクロ経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さが海外資金
の動向に対して揺さぶられやすい一因になってきた。他方、インド経済は元々個人消費を中心とする内需をけ
ん引役に経済成長を実現してきた上、輸出全体に占める中国向け比率も1割にも満たないなど中国経済に対す
る依存度がアジア新興国のなかでも低く、このところの中国経済の減速に伴う直接的な悪影響を受けにくい。
しかしながら、同国は慢性的な経常赤字を抱えるなど経済活動に必要な資金を国内で賄えない構造を有するな
か、近年の旺盛な内需は海外資金の流入によって経済成長の原資が賄われてきたことを意味しており、世界的
な信用収縮が懸念されるなかでは、依然としてその動きに
図 2 ルピー相場(対ドル)の推移
左右されやすい特徴を有する。さらに、ここ数年は 2013
年に誕生したモディ政権が主導する経済政策(モディノミ
クス)への期待が海外資金の流入を後押ししてきたが、昨
年 末ま で開 催さ れた 冬季 国会 では 懸案 であ った GS T
(財・サービス税)導入に向けた関連法案の審議が全く進
まないなど現状では具体的な成果は挙がっていない。よっ
て、ファンダメンタルズの改善などのプラス要因が生じて
いるにも拘らず、足下の国際金融市場における「リスクオ
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
フ」の動きを反映する形で同国でも海外資金の流出圧力が強まる動きがみられ、先月末には通貨ルピーの対ド
ル為替レートが上述の“Taper Tantrum”時以来の安値をつける状況に見舞われている。慢性的な経常赤字を
抱えるなど海外資金に対する依存度の高い同国にとって、ルピー安の進展は対外債務を巡る債務負担の増大を
通じて国内金融市場の信用収縮を招くリスクがあるほか、輸入インフレがインフレ圧力を再び高める可能性も
ある。政治がなかなか具体的な成果を挙げることが出来ていないなか、インド金融市場においては金融政策の
舵取りが海外資金の動向を大きく左右する難しい局面に直面していると言えよう。
 足下のインフレ動向を巡っては、昨年 12 月のインフレ率が前年同月比+5.61%と昨年半ばを境に徐々に上昇
する動きがみられるものの、昨年2月に準備銀と政府が交わした「金融政策運営に関する合意書」において定
められているインフレ目標(4±2%)の範囲内に収まっ
図 3 インフレ率の推移
ている。これは長期に亘る原油安などを追い風にエネルギ
ー価格が低下していることも一因になっているが、何より
モディ政権が発足当初から物価抑制を経済対策の主軸に掲
げるとともに、政府による食糧備蓄の拠出を通じて食料品
価格の安定を図ったことが大きく影響していることは一目
瞭然である。なお、昨年はモンスーンの雨量が例年を下回
るなどラビ期の穀物成育などへの悪影響が懸念されており、
事実、足下では川上の物価に当たる卸売物価は1年以上に
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
亘ってマイナスで推移しているものの、生鮮品を中心とする食料品価格は上昇基調を強めている。こうした穀
物を中心とする食料品物価を巡る不透明感は、足下のインフレ率が低下しているにも拘らず準備銀が慎重な政
策スタンスを継続させていることにも反映していると考えられる。こうしたなか、2日にインド準備銀は定例
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
3/3
の金融政策委員会(2015-16 年度第6回金融政策報告)を
図 4 製造業・サービス業 PMI の推移
開催し、政策金利であるレポ金利及びリバースレポ金利を
2会合連続で 6.75%、5.75%に据え置くとともに、現金準
備率を 4.00%に据え置く決定を行っている。委員会後に発
表された声明文では、年明け以降の国際金融市場の動揺に
よる世界的なマネーを巡るボラティリティーの拡大やその
世界経済への影響に対する懸念が示されている。他方、同
国経済については昨年末にかけて農業部門の生産が低迷し
たほか、企業部門の設備投資意欲の低下が足かせとなって
(出所)Markit より第一生命経済研究所作成
工業生産に下押し圧力が掛かったものの、先行きについては足下の製造業PMIの回復などを追い風に緩やか
な拡大が続くとしている。また、足下でインフレ率が加速感を増している要因として「ベース効果」を挙げて
おり、当面は果物や野菜など生鮮品を中心とする食料品価格の安定がインフレ率を抑えるものの、構造的要因
に伴う豆類の物価上昇は続くとした。さらに、都市部を中心とする賃金上昇がインフレ圧力を増幅させる可能
性があるため、サービス物価の動向を注視する姿勢をみせている。先行きのインフレ率については「通常のモ
ンスーン、現状程度の原油相場及び為替相場」を前提にして、来年度末時点で5%程度になるとしているが、
モンスーンの状況や地政学リスク、国際金融市場の動向に応じて上方バイアスが掛かるとした。ラビ期の作柄
については緩やかな改善に留まるとし、現時点では 2015-16 年度の実質GVA成長率について下方バイアスを
前提にしつつ前年比+7.4%に据え置き、来年度については家計部門の実質所得の上昇や企業部門のコスト低
下などを追い風に景気が緩やかに加速感を強めるとし、同+7.6%に加速するとしている。政府が先月に具体
的な行動計画を発表した起業支援策である「スタートアップ・インディア」に関連して、同行は外資のベンチ
ャーキャピタルの受入をはじめとするビジネス環境の改善に取り組む考えをみせている。なお、足下の景気動
向については「合理的」との判断をみせており、先行きについても持続可能な経済成長の実現にはインフレ圧
力の後退と経常赤字の縮小、政府による財政健全化の取り組みが不可欠として、政府の構造改革に対する取り
組みを注視する姿勢をうかがわせている。当面は今月 28 日に公表が予定されている来年度予算案の内容を確
認しつつ、来年度末時点のインフレ率を5%近傍に収束させることを重視した対応が採られると予想される。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。