中国経済、この道はいつか来た道か ~公共投資と不動産投資への依存

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
中国経済、この道はいつか来た道か
~公共投資と不動産投資への依存は新たなリスクを高める懸念~
発表日:2016年5月16日(月)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 3月の全人代の前後を境に景気に底打ち感が出ている中国だが、その足取りは依然力強さに欠け、その道
筋自体も当局の意図を離れつつある。輸出の底入れを示唆する動きは出ているが、中間財の生産拡大に拠
るところが大きいなど、「サプライサイド改革」や「ゾンビ企業の淘汰」と真逆を向く動きがみられる。
他方、国内での設備投資意欲の低下は生産の足かせになる様子もみられるなど、本調子とは言いがたい。
 個人消費については物価安定も追い風に底堅い動きが続いている。反汚職・反腐敗運動は高額品需要の重
石になっているが、不動産需要の活発化を背景に耐久消費財需要が底入れしているほか、インターネット
を通じた消費も活発化している。堅調な個人消費の背後には長期に亘る金融緩和による「カネ余り」で資
金調達が容易になったことも影響しており、金融市場の新たなリスクとなる可能性には要注意であろう。
 また、4月は3月以上に公共投資と不動産投資の活発化が投資を後押しする傾向が顕著であり、一方で企
業の設備投資意欲は一段と後退している。足下では投資についても市場の「カネ余り」が押し上げに寄与
する動きがみられ、これも金融市場のリスクに繋がる可能性がある。それ以上に、足下の中国経済は依然
として投資偏重の姿を脱しておらず、構造改革の進捗を再度みつめ直す必要性が高まっていると言える。
《足下の景気底入れは依然投資偏重の姿。一喜一憂することなく構造改革を前進出来るかが中長期的な姿を決めよう》
 3月に開催された全人代(全国人民代表大会)の前後を境に景気に底打ちの兆候が出ている中国経済だが、そ
の足取りは依然として力強さに欠ける展開が続いている上、共産党や政府が掲げる構造改革の道筋も充分に描
けていない状況にある。1-3月期の実質GDP成長率は前年同期比+6.7%と前期(同+6.8%)から減速し、
当局が発表した前期比に基づく年率換算ベースでは+5%弱の伸びに留まるなど景気に下押し圧力が掛かって
いることが確認された。しかし、3月単月の経済指標からは全人代前後に発表されたインフラ投資をはじめと
する景気下支え策の効果発現のほか、一昨年末以降の断続的な金融緩和による「カネ余り」を背景に、公共投
資や不動産投資の活況が景気を下支えしている姿もみられた。こうしたなか、4月の経済指標からは足下の中
国経済が一段と投資に依存する姿が確認されるなど、当局が目指す改革がなかなか前進していない実態がうか
がえる。4月の輸出額は、今年は春節(旧正月)の時期が前年との間でズレが生じていたことも影響して前年
同月比▲1.8%と前月(同+11.5%)から再び前年を下
図 1 鉱工業生産(前年同月比)の推移
回る伸びに転じたものの、当研究所が試算した季節調整
値ベースの前月比では3ヶ月ぶりに拡大に転じるなど底
入れを示唆する動きがみられる。ただし、ここ数ヶ月に
亘って原油をはじめとする国際商品市況は底入れしてい
るものの、依然低水準での推移が続くなかで中国国内で
は資源輸入を拡大させた上で、鉄鋼製品や石油製品とい
った中間財の生産拡大を通じてこれらの輸出を拡大する
動きに繋がっている。こうした動きは、党や政府が目指
(出所)CEIC, 国家統計局より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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す「サプライサイド改革」や「ゾンビ企業の淘汰」といった構造改革とは真逆の方向を向いているとみられ、
市場における過剰供給が世界経済にとって新たなリスクをもたらす可能性も懸念される(詳細は9日付レポー
ト「中国の貿易動向がもたらす新たなリスク」をご参照ください)。なお、4月の鉱工業生産は前年同月比+
6.0%と前月(同+6.8%)から伸びが鈍化しており、前月比も+0.47%と前月(同+0.63%)から上昇ペース
も鈍化するなど一進一退の展開が続いている。自動車をはじめとする工業製品のほか、鉄鋼製品などで伸びが
鈍化したことが全体の下押しに繋がっている一方、石油製品や化学製品の生産の伸びは大きく加速する動きが
みられるなど、足下の輸出動向に合致する動きもみられる。さらに、鉄鋼製品や非鉄金属関連などでは生産の
伸びこそ鈍化しているものの、水準は拡大基調が続いており、これらが先行きも国際市場に出回ることで市況
の混乱要因となるリスクはくすぶっている。他方、同国内における設備投資意欲の弱さを反映して製造設備関
連の生産は全体の伸びを下回る展開が続いており、足下の生産動向は「本調子」とは程遠い状況にあるとも判
断出来よう。
 他方、企業の設備投資意欲は力強さに乏しい展開が続いているにも拘らず、個人消費については原油安の長期
化などに伴う物価上昇圧力の後退なども追い風に比較的堅調な伸びが続いている。政府は今年のインフレ目標
を引き続き「3%」とする方針を据え置く一方、4月のインフレ率は前年同月比+2.3%とこれを下回ってお
り、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は同+1.5%と一段と低い水準に留まるなど物価上昇圧力は
抑えられている。ただし、コアインフレ率が低水準に留まっている一因には、幅広い分野でサービス物価が落
ち着いていることが影響しており、景気に対する先行き
図 2 小売売上高(前年同月比)の推移
不透明感に加え、このところは大都市部を中心に賃金上
昇圧力が抑えられていることを反映している可能性があ
る。4月の小売売上高(社会消費支出総額)は前年同月
比+10.1%と前月(同+10.5%)から減速し、前月比も
+ 0.80% と堅調 に推移し ているも のの、 前月( 同+
0.86%)から伸びが鈍化しており、一方的に上向く展開
とはなっていない。現政権による反汚職・反腐敗運動の
影響で宝飾品などの高額消費は依然として伸び悩んでい
るほか、同国では大気汚染問題が深刻化するなか、昨年
(出所)CEIC, 国家統計局より第一生命経済研究所作成
図 3 自動車販売台数の推移
末にガソリン価格に対する調整措置が中止されたことで
ガソリンをはじめとする燃料需要に下押し圧力が掛かっ
ていることも消費の足かせになっている。さらに、昨年
末から実施されている小型車に対する減税措置により押
し上げられた自動車販売にも早くも一服感が出るなど、
勢いに陰りが出る様子もうかがえる。その一方、足下に
おいては長期に亘って低迷が続いてきた外食関連の支出
に底入れの動きが出ているほか、大都市部を中心に不動
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
産市況が活況を呈していることを反映して、家電や家具、建築資材といった耐久消費財関連の需要も堅調さを
維持している。また、自動車全体の販売にはガソリン需要の低迷なども影響して下押し圧力が掛かっているも
のの、政府による補助金政策の効果もあり新エネルギー型の自動車、特に電気自動車の販売台数は大幅に加速
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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するなどの動きもみられる。さらに、ここ数年のインターネット普及率の向上などを追い風に足下ではEC
(電子商取引)サイトを通じた消費は勢いよく拡大しており、実店舗とのカニバリ(共喰い)状態が一段と活
発化している可能性も考えられる。なお、足下における個人消費を後押ししている要因の一つに金融緩和の長
期化に伴う金融市場の「カネ余り」が挙げられ、銀行融資残高の伸びが景気の実勢に比べて比較的高い伸びで
推移しているほか、インターネットなどを通じたP2P金融が急速に拡大していることもこうした動きを反映
したものとされる。中国の経済成長の原動力がこれまでの投資依存から、個人消費などに裾野を広げることは
望ましい方向にある一方、野放図な信用拡大がこれをけん引しているとすれば、金融市場の変調をはじめとす
る外的なショックがこうした流れを一変させるリスクも懸念される。その意味では、中国金融市場におけるク
レジットの動向にはこれまで以上に注意が必要になっていると言えよう。
 3月の経済指標においては固定資本投資の伸び、特に、公共投資や不動産投資の加速が景気を押し上げる要因
になっていることが示されたが、4月になってもその傾向は一段と強まっている。4月の固定資本投資は1月
からの累計ベースで前年同月比+10.5%と前月(同+10.7%)から減速し、単月ベースの前月比も+0.72%と
前月(同+0.84%)から伸びが鈍化するなど一服感が出ている。ただし、民間投資のみに限れば前年同月比+
5.2%と全体を大きく下回る伸びに留まっている上、前
図 4 固定資本投資(前年比/年初来)の推移
月(同+5.7%)から一段と減速感を強めており、製造
業を中心に幅広い分野で設備投資意欲が後退している上、
当局が経済成長のけん引役として期待するサービス業で
も設備投資が手控えられるなど深刻な状況に陥っている。
固定資本投資を裏打ちする資金手当は充分に進められて
いるが、その大半は政府の財政支出に拠るところが大き
いなど、公共投資が固定資本全体を大きく押し上げてい
る様子がうかがえる。さらに、4月の不動産投資は1月
(出所)CEIC, 国家統計局より第一生命経済研究所作成
からの累計ベースで前年同月比+7.2%と前月(同+6.2%)から一段と加速しており、固定資本投資全体が民
間部門の設備投資意欲の後退を理由に鈍化しているのとは一線を画す動きをみせている。住宅関連の建設が堅
調な推移をみせていることに加え、足下ではオフィスをはじめとする商業用不動産の建設が活発化しており、
これは足下において大都市を中心に不動産市況が大幅な上昇をみせている動きとも合致している。ただし、不
動産開発投資の裏打ちとなる資金手当を巡っては、住宅ローンをはじめとする借入資金の大幅な拡大がこれを
後押ししている側面が強く、こうした動きは足下の個人消費を巡る動きとも似通っている面が多い。深圳や上
海など不動産市場で「バブルの再燃」が懸念される大都市などにおいては、不動産投資に対する規制強化の動
きが出ている一方、当局は不動産市況の沈静化を図るべく需要が多い地域を対象に供給を増やす方針を打ち出
しており、これによって不動産投資が活発化する可能性も考えられるなどリスクも懸念される。足下における
投資拡大は、政府による財政支出と金融市場における「カネ余り」が大きく押し上げる要因になっている一方、
こうした動きが息の長い景気回復を促す要因になるかは極めて不透明である。その意味においては、足下の景
気底入れはこれまで中国が歩んできた投資偏重型を抜け出せていないと思われる。
 このところの金融市場においては、党の機関紙である『人民日報』に登場した謎の人物である「権威人士(権
威ある人物)」のインタビュー記事が噂を呼んでいる。これまでも「権威人士」は度々人民日報のインタビュ
ーに登場しては、その時々の経済情勢及び政策運営に対するコメントを行ってきたが、今月のインタビューに
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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おいては1-3月期の経済運営について景気の底入れを評価しつつ、①一部地域での財政収支の均衡圧力、②
民間企業の投資意欲の低下、③不動産バブルや過剰生産能力、不良債権、地方債務、株式市場や為替市場、債
券市場の問題に加え、違法な資金調達手段などのリスクを抱える分野が増える、④市場化の程度が低い上に産
業の技術水準が低く、雇用問題や社会問題が表面化する、といった問題点は解決していないとの見方を示して
いる。その上で、先行きの同国経済は「L字型」の発展を辿り、その道のりは1~2年で済むものではない上、
一時的な景気減速に拘泥するのではなく構造改革を推進することで「中所得国の罠」を克服することが不可欠
としている。そうした点から、マクロ経済政策面では、①総需要の適度な拡大を図るとともに、積極的な財政
政策と穏健な通貨政策を堅持する、②「サプライサイド改革」を軸に需給ギャップと構造のねじれを矯正する
ことで、生産能力の過剰解消、在庫整理、レバレッジの解消、コスト削減、経済的な弱点補強を図る、③期待
の誘導を通じて経済発展に対する自信を高める、ことが必要としている。短期的にみれば、経済成長の安定と
構造調整という矛盾を抱えることになり、過剰生産能力の解消とレバレッジの解消は一部のリスクを顕在化さ
せ得る一方、これらの解消が無ければ「ゾンビ企業」の増長を招き、債務増大を通じて財政・金融面でのリス
クを高めることから、それらの「バランス」を採ることが重要としている。このように「権威人士」が指摘す
る通り足下の中国経済は「いつか来た道」を辿っている可能性が高いことを勘案すれば、こうした動きに一喜
一憂するのではなく、当局が如何に適切に修正を図ることが出来るかを見極める必要が高まっていよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。