Economic Indicators 定例経済指標レポート

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
中国物価動向などからみえるリスク
~商品市況の動向、金利の行方など新たなリスクは山積~
発表日:2017年1月10日(火)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 足下では世界経済の底打ちが意識されるなか、OPECによる減産合意も相俟って国際商品市況に上昇圧
力が掛かりやすい状況が続く。中国の公共投資拡充策は資源需要の拡大を促す一方、当局による供給抑制
で需給がタイト化するなか、金融緩和による「カネ余り」が先物市場での価格上昇を招く事態を生んだ。
足下の中国では資源価格上昇で生産者物価が昂進するが、消費者段階への価格転嫁が進みにくい状況が続
いている。需給が緩めば市況が調整に転じるリスクもあり、商品市況の動向は引き続き予断を許さない。
 価格転嫁の遅れはインフレ率の低迷を招いている。足下では生活必需品を中心にインフレ圧力が高まる一
方、雇用調整懸念を反映してサービス物価は鈍化しており、全般的にはインフレ圧力は高まりにくい。個
人消費の弱さが企業の価格転嫁を鈍らせている可能性もあるなか、当局は減税の延長などで個人消費を下
支えする姿勢をみせる。仮に価格転嫁が行われれば消費が弱いなかでの物価上昇となり、スタグフレーシ
ョンに近い状況となる可能性もあり、今後は生産者段階の物価動向により注意する必要が高まっている。
 一昨年半ば以降人民元安基調が続いてきたが、年明け直後の当局がオフショア市場でのなりふり構わぬ対
応を受けて人民元安に一服感が出ている。ただし、人民元安圧力は依然くすぶるなか、足下では金利の高
止まりが個人及び企業の経済活動に悪影響を与えることが懸念される。同国内の信用残高は「危険水域」
に近づくなか、何らかのショックが信用収縮を招く可能性もくすぶる。当局は経済安定を優先に政策対応
を行う方針だが、政策の透明性低下が懸念されるなか、今後はそのリスクに注意を払う必要性は高い。
 このところの世界経済を巡っては、米国を中心とする
図 1 世界の製造業 PMI(購買担当者景況感)の推移
先進国経済の底堅い拡大が続いていることに加え、過
去数年に亘り景気減速が懸念されてきた中国において
インフラを中心とする公共投資の進捗が景気を下支え
する動きがみられるなか、低迷基調が続いてきた製造
業の景況感が幅広く改善する動きが出るなど、世界的
な景気回復を示唆する動きがみられる。特に、中国国
内における公共投資の進捗は鉄鋼石をはじめとする鉱
物資源需要の拡大を促しているほか、製造業における
(出所)Markit より第一生命経済研究所作成
図 2 中国国内の商品市況先物の動向
生産拡大の動きは幅広い鉱物資源需要に繋がっており、
世界的な資源価格の上昇を招いている。さらに、OP
EC(石油輸出国機構)による減産合意を受けて原油
相場にも底入れの動きが広がるなか、世界的な資源価
格の上昇がインフレ圧力の昂進に繋がる可能性が出る
など、世界経済にとっては足下の景気が以前ほどの力
強さを取り戻せないなかにも拘らず新たな下振れ圧力
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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となることが懸念される。なお、中国の経済規模は今や米国に次ぐ世界第2位となるなか、その輸入額も米国
の7割強に達するなど世界的な需要動向に影響を与える環境にある上、中国の輸入のうち約3割を鉱物資源関
連が占めており、一部の鉱物資源については世界需要の太宗を中国が占めるような状況にあるなど、中国経済
を巡る動きが世界的な資源価格の動向を大きく左右している。事実、中国国内では 2014 年末以降の金融緩和
措置などを受けて金融市場における「カネ余り」が意識される状況が続くなか、公共投資の進捗などに伴う需
要拡大観測も追い風に先物市場主導で商品価格が上昇基調を強めており、この動きが国際的な市況の上昇を招
いている。結果、原油をはじめとする国際商品市況の低迷長期化の影響で疲弊状態が続いてきた資源国の景気
に底打ち感が出るなど、このことも世界経済の底打ちを促す一因になっており、長期に亘る商品市況の低迷に
よる世界経済に対するマイナスの影響が意識される展開が続いてきただけに現状においてはプラスの側面がク
ローズアップされている感はある。他方、中国国内での需要拡大の動きが国際商品市況の動きに直接的に影響
を与えている背景には、過去における中国国内での過剰投資などの影響で石炭関連などを中心に生産設備や在
庫の過剰感が懸念され、当局は昨年前半以降関連企業に対して減産を求める動きを強めてきたことがある。足
下では公共投資の拡充などによる需要拡大の動きに加え、同国では元々1次エネルギーの約7割を石炭に依存
するなかで国内の需給がひっ迫したことも大きく影響している。こうしたことは上述したように先物市場を中
心に商品市況の急上昇を招いており、昨年末にかけて当局は一転して石炭産業に対して増産を認める動きを示
したことで足下では市況が頭打ちする動きが出ているものの、依然として高止まりしており、市場においては
当局が主導する減産圧力が供給の重石となる状況が続くとの観測が根強いことを示唆している。この動きは川
上の物価に当たる生産者物価を直撃しており、12 月の
図 3 生産者物価の推移
生産者物価は前年同月比+5.5%と前月(同+3.3%)
から一段と加速して5年強ぶりの高い伸びとなってい
るほか、前月比も+1.6%と6ヶ月連続で上昇している
上、前月(同+1.5%)からそのペースも加速している。
しかしながら、足下における生産者物価の上昇は原油
や石炭のほか、非鉄金属関連など国際商品市況の上昇
が影響している分野に限られており、こうした原材料
価格の上昇にも拘らず依然として消費財の出荷価格は
(出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成
落ち着いた推移をみせるなど、価格転嫁が進んでいない様子もうかがえる。日用品の一部には物価上昇の動き
がみられるなど価格転嫁が進みつつあるものの、耐久消費財の出荷価格はほぼ横這いで推移しており、足下の
同国経済、ひいては国内需要が伸び悩んでいる実情を映している可能性がある。足下では工業部門における企
業利益が高い伸びとなるなど、国際商品市況の上昇が関連部門を中心とする収益改善を促す動きがみられるも
のの、価格転嫁が進んでいない状況を勘案すれば、先行きについては収益の足かせとなることも懸念される。
また、公共投資の進捗による景気押し上げ効果が一巡する事態となれば、一転して商品市況に調整圧力が掛か
る可能性も残されており、先行きの国際商品市況の行方は依然予断を許さない状況にあると判断出来よう。
 国際商品市況の上昇が依然として消費者段階の物価に転嫁されていない状況は、12 月の消費者物価が前年同
月比+2.1%と前月(同+2.3%)から伸びが減速していることにも現われている。前月比は+0.2%と前月
(同+0.1%)からわずかに上昇ペースが加速しているものの、足下において物価上昇をけん引しているのは
食料品やエネルギーといった生活必需品が中心である。食料品価格の上昇(前月比+0.4%)は野菜(同+
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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2.9%)や羊肉(同+1.5%)など生鮮品が押し上げに
図 4 インフレ率の推移
寄与している一方、加工食品については生産者物価段
階で上昇圧力が高まっていないことに歩を併せる形で
上昇していない。また、このところの原油相場の上昇
はガソリン価格(前月比+3.0%)の大幅上昇に寄与し
ているとみられるものの、電力料金などの上昇圧力は
抑えられており、公定価格制度によって意図的に価格
が低く抑えられていることも影響しているとみられる。
この結果、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ
(出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成
率は前年同月比+1.9%と前月(同+1.9%)から横這いで推移しており、前月比も+0.1%と前月(同+0.1%)
から同じペースでの上昇に留まるなど、価格転嫁が進んでいない様子がうかがえる。というのも、足下におい
ては中国でも製造業の景況感が急速に改善する動きが出ているものの、そのうち雇用に関する指数は政府統計、
民間統計問わずともに雇用調整圧力がくすぶる内容となっており、生産拡大の動きが広がっているにも拘らず
そのことが雇用拡大には必ずしも繋がっていない。その一方、当局が重視するサービス(非製造)業において
は雇用拡大の動きが広がる兆候はあるものの、当局が減産圧力を強める分野では潜在的に多数の失業者が発生
することが懸念されるなか、サービス業の雇用吸収能力は充分なものとはなっておらず、結果的に個人消費の
阻害要因となっている可能性もある。こうしたことも生産者段階において、耐久消費財を中心に価格転嫁が行
いにくい要因になっているとみられ、ディスインフレ基調を抜け出しにくくさせていることも考えられる。当
局は昨年末に終了が予定されていた小型車に対する減税措置について、減税幅を縮小した形で今年末まで延長
する方針を決定したほか、個人消費をはじめとする内需を下支えすべく減税や手数料の引き下げなどによる負
担減を図る方針を打ち出しており、消費を巡る不透明感がくすぶっていることを示唆している。なお、仮に先
行きについて国際商品市況の上昇を織り込む形で消費者段階への価格転嫁が進むことになれば、個人消費の力
強さが乏しい状況で物価上昇圧力が高まることとなり、景気減速下での物価上昇であるスタグフレーションに
も似た状況に直面するリスクもあり、今後は生産者段階での物価動向にこれまで以上に注意を払う必要性が高
まっていると言える。
 一昨年半ば以降、国際金融市場では人民元の対ドル為替レートの下落基調に歯止めの掛からない展開が続くな
か、当局は外国人投資家が自由に取引可能なオフショア市場主導での人民元相場(CNH)の下落圧力を抑え
るべく為替介入を実施し、その結果として同国の外貨準備は2年強の間に4分の1を失う事態を招いてきた。
こうした状況を打開すべく、当局は年明け直後にオフショア市場である香港市場において人民元の資金供給を
大きく絞ることにより資金需給のひっ迫感を高めるとともに、インプライド翌日物預金金利が 100%超の水準
に上昇するなど調達コストを急上昇させることで人民元安に歯止めを掛ける動きに出た。また、この動きに連
動する形でオンショア人民元相場(CNY)の基準値を人民元高方向にシフトさせることで、当局の厳しい管
理下にあるオンショア市場で人民元安圧力を抑えるとともに、オフショア人民元相場(CNH)も一時的に2
ヶ月ぶりの高値となるなど、当局の目論見を反映して人民元安圧力は一服した。当局がこうした強攻策に出た
背景には、昨年末に当局が重視する「通貨バスケット」の構成通貨をほぼ倍増させるなど人民元相場に対する
米ドルの影響を希釈させるなど「緩やかな人民元安」には前向きな姿勢をみせる一方(4日付レポート「人民
元安の「マグマ」は収束するか」をご参照下さい)、市場が主導する形での「野放図な人民元安」の進行は認
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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めないとの思惑が透けてみえる。しかしながら、足下における人民元安の進展は外国人投資家以上に、中国国
内における人民元に対する信認低下が少なからず影響を与えている可能性があることを勘案すれば、先行きに
おいても人民元安に向けた圧力が早々に収束する可能性
図 5 長期金利(10 年債利回り)の推移
は低いと見込まれる。12 月末時点における外貨準備高
は3兆 105 億ドルと前月末から▲411 億ドル減少して
「心理的な節目」である3兆ドルを切る目前に迫るなか、
過去1年ほどに亘って中国の米国債保有残高が大きく減
少していることを勘案すれば、当局が為替介入に伴って
なりふり構わず外貨準備を取り崩している様子もうかが
える。早々に外貨準備の「枯渇」が意識される可能性は
低いとみられるものの、先行きについても引き続き人民
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
元安に向けた圧力が長期化する事態となれば、流動性が低い分野にも手を付けざるを得ないことも予想され、
このことが金融市場において新たな疑念を招くことも警戒される。また、昨年 11 月の米大統領選でのトラン
プ候補の勝利を受けて、国際金融市場では米国への資金回帰が意識される一方、新興国では資金流出懸念が高
まる動きがみられたが、そうした事態を受けて中国においても金利が上昇基調を強める事態となり、イールド
カーブが全体的に上方シフトしている。先月末を境に金利上昇圧力に一服感は出ているものの、金利の高止ま
りは企業並びに家計部門にとって負担増となることが懸念される。2014 年末以降の長期に亘る金融緩和は金
融市場における「カネ余り」に繋がるとともに、国民の間に幅広く利殖行為に対する誘因となってきただけに、
金利上昇による負担増がこうした信用拡大の動きの逆流を通じて金融市場全体に悪影響を与える可能性もある。
また、足下ではインターネットを通じたP2P金融による融資なども急拡大するなど盛んに行われているが、
長期に亘る金融緩和を追い風に平均貸出金利は低下傾向を強めてきたところ、足下における金利上昇はこうし
た新たな金融ツールの収益環境の悪化に繋がるとともに、金融機関全般などにとっても厳しい状況となること
も予想される。さらに、多くの企業が国際商品市況の上昇に拠るコスト増を商品価格に転嫁出来ていないなか、
金利負担の増加は収益環境の急速な悪化に繋がる可能性があるとともに、資金の巻き戻しが信用収縮を引き起
こす新たなリスクもくすぶる。BIS(国際決済銀行)に拠ると中国国内の非金融部門における信用残高は昨
年6月末時点でGDP比 209.4%に達するなど、これまでバブル崩壊を経験してきた国々の動きをみると「警
戒水域」に近付いており、国内外における「ショック」をきっかけに信用収縮が引き起こされる可能性も警戒
されている。今年秋に開催予定の共産党大会を見据え、昨年末に行われた中央経済工作会議では今年の経済政
策の柱として『穏中急進』が引き続きスローガンとなるなど経済の安定を柱とする姿勢がうかがえる一方、不
動産などでのバブル抑制といった新たな課題に対処する必要性も出ており、政策対応の難しさはこれまで以上
に高まっている(詳細は 12 月 19 日付レポート「中央経済工作会議からみえる 2017 年の中国経済」をご参照
下さい)。中国の動向が世界経済全体に与える影響は無視し得ない状況にあり、当局が「ソフト・ランディン
グ」に向けてなりふり構わぬ対応をみせることは市場に安心感を与える可能性はある一方、その背後で「限界」
が意識されるような事態となれば、そこから市場が先回りする形でリスク回避姿勢を強めることも懸念される
だけに、中国当局にはこれまで以上に市場との積極的な対話が求められる。ただし、これまでの対応で政策の
透明性が著しく損なわれる展開が続いていることを勘案すれば、そのことが容易ではないことは明らかである。
今後も中国を巡る「リスク」に目を光らせる必要性は高まっていると言えよう。
以 上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。