Economic Indicators 定例経済指標レポート

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World Trends
マクロ経済分析レポート
新興国・資源国を巡る不安は払拭されたか
~短期的に資金回帰の動きに期待も、根本的課題への対処は不可避~
発表日:2016年3月17日(木)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 昨年末の米国の利上げ実施に加え、年明け直後は中国不安や原油安の長期化などの要因が複雑に絡み、国
際金融市場は大きく動揺した。投資家を中心とする「狼狽売り」の動きなどに伴い新興国や資源国では資
金流出圧力が強まり、通貨安が進む動きがみられた。さらに、通貨安の進展を受けて一部の国では信用収
縮を通じて「危機的状況」が懸念される事態に陥り、それが資金流出を加速させる悪循環に直面した。
 しかし、足下では中国を巡る「過度な悲観」が後退しているほか、原油相場を巡っては当事者間で「増産
凍結」に向けた協議が進む動きが出ている。さらに、米国の利上げペースの後退観測が出たことで、米国
に流入した資金が新興国や資源国に再び回帰する流れに繋がっている。米国の利上げ期待を反映した資金
流入による「米ドル高」が修正されており、市場の不透明要因が揃って改善する動きが確認されている。
 ここ数ヶ月は日欧の追加金融緩和で「緩和マネー」拡大が見込まれるなか、下落圧力が強まった新興国や
資源国通貨に底入れの動きが出ている。米Fedが利上げペースの後退を示唆したことで、当面はこうし
た動きが強まる可能性はあるが、実体経済にプラスに作用するかは不透明である。また、足下の新興国・
資源国への資金流入は短期資金が中心とみられ、環境変化で再び逆流するリスクもくすぶる。市場環境の
改善という「時間的猶予」を構造改革など根本的課題への対処に向ける必要は高まっていると言えよう。
《年明け以降の不安要素の一掃で短期的に外部環境は改善が期待されるが、こうした時こそ構造問題への対処が急務》
 昨年末に米国Fed(連邦制度準備理事会)が利上げを実施するなど金融政策の正常化に動き始めたことは、
世界的なマネーの動きが大きく変化するとの見方に繋がるとともに、それまで資金流入が続いてきた新興国や
資源国にとって「逆風」になるとの観測が出ていた。そうしたなか、年明け直後の国際金融市場においては中
国金融市場で発生した度重なる動揺で中国の実体経済に対して過度に警戒する動きが広がり、世界経済、特に
近年中国に対する依存度を高めてきた新興国や資源国に対する悲観的な見方に繋がった。さらに、一昨年後半
以降の原油をはじめとする国際商品市況の長期に亘る低迷に伴い、多くの資源国では財政状況をはじめとする
経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の急激な悪化に見舞われるなか、元々懸念されてきたソブリン・ウ
ェルス・ファンドなどによる資金の巻き戻しが進むとの見方も重なった。このような複数の要因が一度に複雑
に重なる事態となったことで、国際金融市場では投資
図 1 恐怖指数(VIX 指数)の推移
家が「狼狽売り」のような動きを強めたことも重なり、
一時的にパニック状態に陥った。こうした急激な環境
変化は、上述したように新興国や資源国を取り巻く資
金動向に直撃しており、一部の資源国通貨では過去最
安値を更新することに繋がった。さらに、通貨を米ド
ルにペッグ(固定)させている産油国などでは通貨切
り下げに動かざるを得なくなったほか、一部は為替介
入の原資である外貨準備が急減したことを受け、IM
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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F(国際通貨基金)などに支援申請を行う事態に追い込まれた。また、新興国や資源国においては近年、先進
国による量的金融緩和政策の影響で世界的に債券利回りが低下したほか、資金供給が潤沢ないわゆる「カネ余
り」の状況が続いてきたこともあり、企業部門を中心に国際金融市場での資金調達、とりわけ外貨での調達を
活発化させてきた。結果、新興国や資源国通貨の急激な下落は、こうした海外での資金調達による元利払いに
伴う債務負担の増大を招き、国内金融市場における信用収縮などを通じて実体経済にダメージを与える可能性
が懸念された。このように、新興国や資源国を巡る思惑がすべて金融市場のみならず、実体経済にも悪影響を
与えるとの悪循環が連想されたことは、これらの国々からの資金流出圧力を一段と加速させることに繋がった
と考えられる。
 しかしながら、足下ではこうした動きは一巡している上、一部の新興国及び資源国においては資金が急速に回
帰する流れも確認されている。1つ目には、中国金融市場の混乱をきっかけにした中国の実体経済に対する不
信感が過度に振れた反動が出ていることが影響している。足下の中国経済については依然力強さには乏しい展
開が続いているものの、先週から開催された全人代(全国人民代表大会)では、今年の経済成長率目標が当初
予想通り「6.5~7.0%」とする方針のほか、財政・金
図 2 国際海運市況(バルチック海運指数)の推移
融政策の総動員や構造改革などを通じて同国経済の
「ハードランディング」を阻止する姿勢が示された。
さらに、向こう5ヶ年の経済政策の指針となる『第
13 次5ヶ年計画』が採択され、期間中の経済成長率
目標を「6.5%以上」にするほか、今年は初年度に当
たることから「スタートダッシュ」を図るべく公共投
資を積み増す考えが示されるなど、景気の下支えに繋
がる動きがみられた。また、2月の経済統計について
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
は民間需要の弱さを中心に芳しくない内容ではあったものの、鉄鋼石や銅、石炭、原油などの輸入量は総じて
堅調な推移をみせており、この動きを反映して足下では商品市況が上昇しているほか、バラ積み船の国際市況
であるバルチック海運指数も上昇基調を強める動きがみられる。このように、当面の中国経済については「過
度に悲観」する必要性は後退しているとみられ、結果的に中国をきっかけに世界経済に対する下押し圧力が高
まるリスクは低下しつつあると判断することも出来よう。2つ目には、原油価格を巡る動向に底入れの兆候が
出ていることが挙げられる。石油輸出国機構(OPEC)加盟国の数ヶ国と、非加盟国ながら世界有数の産油
量を誇るロシアを交えた国々は過去数ヶ月に亘って「増産凍結」に向けた合意を図るべく水面下で協議を続け
ている。現時点においては協議そのものが妥結に至るかも不透明な上、その内容も「増産凍結」に留まり「減
産」に踏み込む可能性は低いなど、原油相場の動向にとって意義あるものになるかも判らない。さらに、中東
においてはサウジとイランの根深い対立があるなか、米国の産油量も依然過去最高水準で推移しており、仮に
増産凍結協議が妥結に至った場合においても世界的な産油量自体が直ちに頭打ちし、実需面で需給の緩みが解
消するかは不透明である。とはいえ、上述のように長期に亘る原油価格の低迷により多くの産油国で財政状況
が急速に悪化し、一部では国際機関に支援を求めざるを得ない事態に陥るなど、原油相場が現状の水準で推移
することはさらなる悪化を招く切迫した状況にあると考えられ、協議を後押しするとの見方に繋がっている。
そして、3つ目には米国の金融正常化を巡る見通しが、当初想定されたよりも後退していることが挙げられる。
米国の物価を巡る動きが昨年末の利上げ実施時点で見込まれたよりも低水準で推移しており、結果的にFed
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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による利上げ実施ペースが鈍化することで、利上げ実
図 3 米ドル指数の推移
施を織り込む形で米国に資金が巻き戻ることで「米ド
ル高」圧力が高まる動きが出ていた流れが逆流する動
きに繋がっている。昨年から年明け直後にかけては米
国に資金が回帰する動きが強まることで、多くの新興
国や資源国から資金が逃げ出す動きがみられたものの、
その後はFedによる利上げ見通しが後退するととも
に米ドル高圧力も緩和されている。このように、足下
においては年明け直後の国際金融市場における混乱の
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
原因となってきた「中国不安、原油安、米国の金融政策」がそれぞれ逆向きに動き始めていることが落ち着き
を取り戻す要因になっていると判断出来よう。
 こうした状況の変化を反映する形で、足下では世界的なマネーが新興国や資源国に再び回帰する動きが出てお
り、一部の資源国などで「危機的状況」が避けられなくなるとの警戒感も取り沙汰されていたものの、そうし
た観測も急速に落ち着きを取り戻している。さらに、ここ数ヶ月は日銀が「マイナス金利」の導入を発表する
など一段の金融緩和に踏み切っているほか、ECB(欧州中央銀行)も今月に追加の金融緩和パッケージを発
表しており、世界的なマネーには一段の拡大圧力が強ま
図 4 各国通貨の対ドル騰落動向の推移
ると見込まれる。こうしたことも追い風に、一時は最安
値を更新する動きもみられた新興国や資源国通貨のなか
には回復感を強める動きもみられるなど、国際金融市場
の落ち着きに伴う投資家マインドの改善も相俟って、新
興国や資源国に対する見方にも変化が現われつつある。
こうしたなか、16 日にFedが開催したFOMC(連邦
公開市場委員会)においては、事前予想通り金融政策そ
のものは変更されなかったものの、先行きの利上げペー
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
スについては昨年末の利上げ実施時点(今年1年を通じて4回)から同2回に下方修正がなされるなど、現実
に利上げペースの後退が示唆された。なお、Fedによる今後の利上げ実施については依然「データ次第」と
の見方を維持しているものの、現実には海外経済の動向を含め、国際金融市場の行方如何といった状況に移り
つつある様子がうかがえる。したがって、当面の金融市場は世界的な「緩和マネー」を巡る動きが再び活発化
することが予想される上、一段の金融緩和によって日本や欧州などではイールドが沈む現象が続いていること
を勘案すれば、昨年来流出圧力が強まった新興国や資源国などを中心に資金回帰の動きが強まる可能性はある。
ただし、多くの資源国においては足下の商品市況は経済状況を大きく好転させる水準には達しておらず、上述
の当事者間での「増産凍結」に関する合意の行方とそれに伴う商品市況の動向に左右されやすい環境にあるこ
とは間違いない。さらに、新興国では資金流入によって国内金融市場での信用収縮の動きに歯止めが掛かるほ
か、信用拡大を促す動きに繋がる期待はあるが、足下においては原油安が物価抑制やそれに伴う金利低下、経
常赤字幅の圧縮などファンダメンタルズの改善を促していることを勘案すれば、原油相場の上昇はこうした環
境を一変させるリスクがあることには注意が必要である。また、中国経済については当面「ハードランディン
グ」には陥りにくいと言えるだけで、生産設備などを巡る過剰状態のほか、債務問題や金融市場との対話など
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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課題は山積していることに鑑みれば下振れリスクはくすぶっており、以前のような力強い経済成長は頼みにく
い。よって、新興国や資源国が海外資金の流入を追い風に世界金融危機前後のような力強い経済成長を実現す
る「新興国バブル」的な状況を期待することは難しい。そして、米国Fedによる利上げ実施が意識されるタ
イミングになれば再び資金流出圧力が高まることが予想されるなかでは、ここ元の資金流入は中長期を見据え
た資金とは考えにくく、ファンド勢などを中心とする短期的利益を追求する「足の速い」資金に留まっている
可能性がある。多くの新興国や資源国では当面選挙などを通じて国民が政治に対する意見を投影する機会がな
いなか、景気減速の長期化で政府に対する不満が高まる兆候が出るなど厳しい立場に立たされる国も散見され
る。国際金融市場の落ち着きで新興国や資源国にとっては景気減速に一服感が出ると期待されるなか、この
「時間的猶予」を用いて各国には直面する構造問題などに対処することが求められていると言えよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。