1/3 Asia Trends マクロ経済分析レポート 中国のディスインフレ懸念は後退したか ~改革の行方によっては打開の道が広がる可能性も~ 発表日:2016年11月9日(水) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 商品市況を巡っては中国の景気下支え策やOPEC合意などを背景に底入れが進むなか、中国国内では投 機資金も市況上昇を煽っている。この動きを反映して生産者物価はプラス基調を強めており、ディスイン フレ圧力の後退を示唆する動きもみられる。過剰債務が懸念されるなか、商品市況の上昇は安心材料とな る一方、先行きのバランスシート調整を懸念する声もくすぶるなど依然として不透明感は残っている。 また、資源関連を除くと消費財物価は横這いで推移しており、川下のインフレ率は依然として低迷状態が 続く。特に足下ではサービス物価が上昇しにくい状況が続いており、今後構造改革などに伴い大量の失業 者が発生する事態となれば、物価の重石となる可能性も残る。他方、構造改革の遅れは問題の先送りを意 味しており、その後の対応が一段と困難になることも懸念されるなど、行方には引き続き要注意である。 先日開催された全人代常務委員会で突如財務相の交代が発表された。改革派官僚の交代に懸念の声がある 一方、後任の肖氏は財政関連の経験が長く前任の楼氏同様に財政健全化論者で知られ、税制改正が進む可 能性がある。バブル抑制に向けた不動産課税実現は、ディスインフレがくすぶるなかで一段の金融緩和の 余地を生むことも見込まれる。新たな人事の下で財政構造改革が進むかに注目が集まることになろう。 国際商品市況を巡っては、中国におけるインフラ投資の拡充をはじめとする景気下支え策の発現に伴い中国国 内での需要拡大期待が高まっていることに加え、OP 図 1 中国国内における商品市況の推移 EC(石油輸出国機構)による減産合意を受けてここ 数ヶ月に亘って底入れの動きが進んでいる。中国国内 においてはここ数年、石炭をはじめとする過剰生産が 懸念される分野を中心に減産に向けた取り組みを進め てきたこともあり、足下における需要拡大期待を受け て需給のタイト化が懸念される状況に直面している。 さらに、一昨年末以降の断続的な金融緩和に伴い金融 市場では「カネ余り」とも呼べる展開が続くなか、昨 年の株式市場における「バブル崩壊」を経て余剰資金 (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 図 2 生産者物価の推移 が株式市場に代わる資金運用先を求める動きが活発化 しており、先物市場を中心に投機資金が流入する動き がみられる。こうした動きは中国国内の様々な先物市 場にも飛び火しており、原油をはじめとする鉱物資源 価格が軒並み上昇基調を強めているほか、この動きに 呼応する形で長期に亘って低迷が続いてきた生産者物 価が押し上げられる動きもみられる。9月に生産者物 価は前年同月比+0.1%と約4年半ぶりにプラスに転じ (出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 るなか、10 月も同+1.2%に伸びが加速しており、前月比も+0.7%と前月(同+0.5%)から上昇ペースが加 速するなど、低迷が続いた川上部門を中心に物価上昇圧力が高まる動きがみられる。こうした動きは景気の先 行きに対する不透明感が根強いなかでディスインフレ懸念がくすぶる中国において物価上昇圧力が高まるとと もに、世界的なディスインフレの「元凶」と見做されてきた中国国内における様々な過剰問題が解消に繋がる との期待をもたらしている。昨年来国際金融市場においては株式市場でのバブル崩壊の動きをはじめ、人民元 相場の変更に伴う実質切り下げ、その上で年明け直後の株式市場でのサーキットブレーカーの暴発といった中 国発のリスクイベントをきっかけに動揺する場面が度々みられた。しかしながら、上述のように中国における ディスインフレ懸念が後退していることは、長期に亘る商品市況の低迷を受けて業績が悪化した上、過剰な設 備や在庫などを抱える鉱業部門を中心に業績改善が進むとの見方に繋がっている可能性がある。また、同国株 式市場においては昨年のバブル崩壊の後、政府主導による実質的な価格維持政策(PKO)が発動されたこと で下値が支えられる展開が続いており、金融市場を発端とした動揺が広がる事態は免れている。他方、中国国 内における国内信用は世界金融危機直後に実施した景気刺激策の影響で大きく拡大したが、足下ではそのペー スが一段と加速してGDP比で 200%を超える水準となったことで「危険水域」に達しつつあるとの見方もあ る。同国政府のなかには債務の規模自体に注目すべきではなく、その裏打ちとなる資産に注目すべきとの考え を示す向きはあるが、過剰債務の一因に企業による過剰設備投資が影響している上、その調整が進んでいない 状況を勘案すれば先行きにおいてバランスシート調整圧力が高まることへの警戒感もくすぶっている。こうし たことが外国人投資家を中心とする根深い「中国売り」圧力に繋がっているとみられるなか、当局はオフショ ア市場での為替介入を通じて通貨人民元相場の安定を計っているとみられ、その結果として外貨準備高の減少 に歯止めが掛からない事態を招いている。先行きについては外部環境の影響にも注視する必要はあるものの、 中国国内における動きが市場や市況の動向を左右する可能性が残ると予想される(詳細は8日付レポート「中 国市場を巡る「狐と狸の化かし合い」」をご参照下さい)。 上述したように、商品市況の上昇を反映する形で川上における物価上昇圧力が高まる動きはみられるものの、 こうした展開が消費者段階における物価上昇圧力に繋がっていくかは依然として不透明なところが少なくない。 というのも、生産者物価は過去数ヶ月に亘って着実に上昇基調を強めているものの、その中心は「鉱業関連」 や「原材料関連」に集中しており、業種別でも「石炭鉱業」と「石油・天然ガス」、「非鉄金属」関連に留ま るなど物価上昇圧力の裾野が広がっている様子はうかがえない。さらに、一般消費財関連の物価は前月比で横 這いでの推移が続いており、「日用品」関連については前月比で下落が続くなど景気の先行き不透明感による 需要の弱さが物価の重石になっている可能性がある。また、足下で物価上昇圧力をけん引している石炭をはじ めとする商品市況について当局が警戒感を強めている上、 図 3 インフレ率の推移 今後は冬場の需要期を迎えるなかで国内での石炭の増産 を指示する動きもみせており、足下でタイト化している 需給が先行きにおいて再び緩む可能性はある。さらに、 原油相場の動向についてはOPEC内での減産割当に関 連して当事国間で対立がくすぶっている上、米国のシェ ールオイルを巡る動きも相場の動向を大きく左右するこ とを勘案すれば、相場が上昇基調を強めることは想定し にくく早晩頭打ちを迎えることも予想される。このよう (出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 な事情を考えると、消費者段階での物価上昇圧力が高まる動きに繋がるかは不透明と判断出来る。なお、10 月の消費者物価は前年同月比+2.1%と前月(同+1.9%)から加速して5ヶ月ぶりに2%を上回る伸びとなっ たものの、前月比は▲0.1%と前月(同+0.7%)から4ヶ月ぶりに下落に転じるなど一本調子で物価上昇圧力 が高まっている訳ではない。当月については、前月に大幅に上昇した生鮮品を中心とする食料品物価が下落に 転じるなど(卵(前月比▲4.0%)、豚肉(同▲2.8%)、水産品(同▲1.8%)、果物(同▲1.7%)など)生 活必需品を中心に物価上昇圧力が後退したことが物価下落に繋がっている。食料品やエネルギーといった生活 必需品を除いたコアインフレ率は前年同月比+1.8%と前月(同+1.7%)から伸びは加速しているものの、前 月比も+0.1%と前月(同+0.4%)から上昇ペースは鈍化しており、インフレ圧力が高まっているとは考えに くい状況にある。また、上述したように川上の段階では日用品をはじめとする消費財の物価は横這いで推移し ており、消費者段階においても物価上昇圧力が高まりにくくなっている。そして、足下ではサービス物価も横 這いで推移するなど賃金上昇圧力が後退している様子もうかがえることも、物価上昇圧力が高まりにくい一因 になっていると考えられる。共産党及び政府は生産設備などが過剰状態にある様々な分野で構造改革を推進す る考えをみせており、仮にこうした取り組みが着実に前進する事態となれば大量の離職者が発生することが見 込まれ、そのことがディスインフレ圧力を高めることも予想される。他方、構造改革が前進しない場合は同国 経済が様々な過剰状態を抱えたまま問題の先送りを図ることを意味しており、その後の対応が困難になること も懸念されるなど不透明要因が一段と高まる可能性もある。 先日開催された全人代(全国人民代表大会)の常務委員会においては、財政部長(財務相)をはじめとする4 閣僚の交代が突然発表され、楼継偉氏の後任として国務院副秘書長の肖捷氏を充てることが発表された。楼氏 は国務院内でも改革派として知られ、同国主導によるアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立を主導した ほか、ここ数年における税制改正や地方政府に対する財政規律を強化するなどの実績も挙げるなか、事前には 2018 年の任期満了まで全うするとの見方が強かった。ただ、楼氏は 65 歳と閣僚級の定年に達しているなか、 肖氏は楼氏と同じ財政関連での任務が長い上、税制の専門家として知られることから、同氏を後任とすること で財政政策を巡る改革を一段と継続する姿勢を示した格好である。なお、一部では改革派官僚の突然の退任を 受けて、先月開催された六中全会において習近平総書記が「核心的指導者」と定義されるなど同氏への権力集 中が進むなか、財政面では経済成長重視に転じるのではとの警戒感がある。しかしながら、肖氏は李克強首相 の重要な側近の1人とされる上、楼氏を財政部長に登用した朱鎔基元首相にも比較的近いとされており、楼氏 と政治的な背景は近しいとみられている。李首相の側近が重要ポストに引き上げられたことで、来年秋に開催 される党大会以降も李氏が首相ポストを継続する可能性が高まったと判断出来るとともに、一段の財政改革に も取り組むことも容易になることは想像に難くない。したがって、先行きの財政政策についても引き続き共産 党及び政府が掲げる「成長率目標」の実現に向けた取り組みは続けるとみられるが、それを上回る規模での財 政出動が行われる可能性は低いと捉えられる。また、足下で懸念される不動産市場でのバブル再燃については、 長年検討がなされてきた不動産課税の取り組みが本格化することも予想され、それによって投機の動きが抑え られれば、ディスインフレ懸念がくすぶるなかで一段の金融緩和に踏み切る余地が生まれることも考えられる。 来年の共産党大会までは引き続き党内における人事の行方を巡って思惑が交錯することが予想されるものの、 着実な構造改革の実現を後押し出来る体制が築かれるか否かが先行きの中国経済の行方を左右することには変 わりがないと言える。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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