1/4 Asia Trends マクロ経済分析レポート 中国景気は公的部門の動き如何の展開 ~インフラ投資の拡充などは短期的にプラスだが~ 発表日:2016年3月14日(月) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 中国が世界経済の不透明要因となって久しいが、開会中の全人代で発表された成長率目標などは事前に予 想された内容とほぼ同じであった。ただし、「サプライサイド改革」の重要性が繰り返し示されたほか、 インフラ投資の拡充を通じて景気を下支えする動きもみられ、当面の景気にプラスになると期待される。 足下の中国経済は外需低迷が顕著になるなか、それが生産の足かせとなる悪循環に陥っている。党・政府 が改革の対象に掲げる「ゾンビ企業」の存在も生産を下押ししている。一方、政府主導による投資拡大の 動きやオフィス向けを中心とする不動産投資の底入れは投資を押し上げる動きもみられる。ただし、民間 部門は投資抑制の動きを強めている上、サービス部門も盛り上がりを欠いており、党及び政府が旗振り役 になった経済構造の転換については、政府及び公的部門のみが動いている印象は否めないと言えよう。 個人消費は物価安定も手伝って底堅く推移しているが、勢いには乏しい。長期に亘る景気減速を受けて消 費に対する嗜好が変化していることも消費の伸び悩みを招く一因となっている可能性はある。ディスイン フレ圧力もあるなか、民間主導での景気拡大の道筋が描けなければデフレに陥るリスクも懸念されよう。 《インフラ投資の拡充などは景気にプラスに作用しようが、同国経済が公的部門への依存を一層高めることに懸念》 昨年以降の景気減速の基調が強まりを受けて、世界経済のみならず金融市場の不透明要因となっている中国だ が、足下の実体経済を巡っては好悪それぞれ材料が存在する展開となっている。先週から始まった全人代(全 国人民代表大会)では、今年の経済成長率目標が「6.5~7.0%」とレンジで公表される異例の状況となった。 また、今年から始まる『第 13 次5ヶ年計画』についても、習政権が掲げる『所得倍増計画(2020 年の1人当 たりGDPを 2010 年比で2倍にする計画)』に基づいて 図 1 GDP 及び 1 人当たり GDP の実績と政府目標 対象期間中の経済成長率目標を「6.5%以上」とするなど、 事前予想に沿った内容となることが示された。なお、今 年については財政赤字のGDP比を▲3.0%と昨年の実績 (▲2.4%)から赤字幅を拡大させる方針を明らかにして おり、昨年末の中央経済工作会議において提唱された 『サプライサイド改革』の方向性に基づいて減税や補助 金などを通じて企業が直面するコストの削減に取り組む 考えをみせている。また、サプライサイド改革を巡って (出所)CEIC, 国家統計局, 政府公表資料などから作成 は、過去に行われた過剰投資に伴って様々な分野で生産設備や在庫などが過剰状態にあることを受け、債務超 過状態に陥っているいわゆる「ゾンビ企業」の淘汰に向けた取り組みを前進させる考えもみせた。さらに、今 年は5ヶ年計画の初年度に当たることから、共産党及び政府は「スタートダッシュ」を切る観点からインフラ 投資を増額する方針を示しており、これも当面の景気下支えに繋がるものと期待される。 一方で年明け以降の景気動向をみる限り、足下の中国経済は原油安などに伴う物価安の長期化で家計部門の実 質購買力が押し上げられていることもあり、個人消費に底堅さがみられるものの、上述のように企業部門では 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/4 生産設備や在庫、債務の過剰状態が経済活動の足かせとなる展開が続いている。中国の1月及び2月の経済統 計を巡っては、春節(旧正月)の連休の時期が年々バラつくことから月次統計に偏りが生じやすいため、12月を累計する形で公表される特徴があるが、足下の景 図 2 鉱工業生産(前年比)の推移 気は外需や生産、投資といった過去数年の経済成長のけ ん引役に下押し圧力が掛かっていることが明らかになっ ている。1-2月ベースの輸出額は前年同月比▲17.8%と 大幅なマイナスが続いており、2月(同▲25.4%)は1 月(同▲11.2%)からマイナス幅が拡大するなど輸出に 一段と下押し圧力が掛かっている様子がうかがえる。な お、今年の春節は2月初旬であったものの、昨年は2月 後半であったために、今年は連休の影響が2月に色濃く (出所)CEIC, 国家統計局より第一生命経済研究所作成 出た可能性があることには注意が必要ではあるが、主要国及び地域向けで軒並み輸出に下押し圧力が掛かって いる。足下の世界経済を巡っては中国の景気減速が足かせになっているとされるが、世界経済の鈍化は翻って 中国経済の足を引っ張る構図となっており、ある意味で「自縄自縛」に近い状況に陥っているとも考えられる。 輸出の低迷は生産活動の重石となっており、1-2月の鉱工業生産は前年同月比+5.4%と昨年 12 月(同+ 5.9%)から一段と減速しており、世界金融危機直後の 2009 年3月(同+5.1%)以来の低い伸びに留まって いる。分野別では、国際商品市況の低迷長期化を受けて鉱業部門の生産が落ち込んでいるほか、経済活動の低 迷に伴い電力関連で落ち込んでいる一方、製造業では比較的堅調な伸びが続いている。さらに、企業形態別で は民間企業では依然として生産が活発に行われているものの、国有企業や集団企業などといった公的企業の生 産が落ち込んでおり、上述の「ゾンビ企業」の影響が色濃く現われている。月次ベースでみると2月は前月比 +0.38%と1月(同+0.43%)から一段と拡大ペースが鈍化しており、下押し圧力が掛かりやすい展開になっ ていると言える。 外需と生産を取り巻く環境は一段と厳しさを増している一方、これまで減速基調が続いてきた投資に早くも底 入れの動きが出つつある。1-2月の固定資産投資は前年同月比+10.2%と昨年 12 月(同+10.0%)から伸び が加速しており、昨年は一貫して減速基調が続いてきた流れにようやく歯止めが掛かる兆しが出ている。分野 別では、国際商品市況の低迷長期化に伴い鉱業部門の設備投資は大幅マイナスが続いているほか、製造業につ いても化学関連や鉄鋼、非鉄金属などを中心にマイナスとなる一方、電気機械関連や自動車といった一般機械 を中心に堅調な伸びが続くなど、業種ごとの跛行色は一段と鮮明になっている。さらに、習政権による経済構 造転換に向けた「大号令」を反映する形でサービス関連 図 3 固定資産投資(前年比/年初来累計)の推移 の投資は軒並み高い伸びをみせており、政府の後押しが 大きく影響している様子がうかがえる。なお、内訳をみ ると中央政府による直轄事業は落ち込んでいる一方、国 有企業や地方政府による投資は大幅に伸びているほか、 設備投資は鈍化している一方で建設投資は堅調な伸びが 続いており、競争環境によって生じている訳ではない可 能性がある。また、投資実施に伴う資金の出所をみると、 政府支出に大きく依存している一方、外国資金は大幅マ (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/4 イナスとなっているほか、国内融資の伸びも鈍化しており、一昨年来の金融緩和姿勢が強化されているにも拘 らず、依然として投資の動きを左右しているのは公的資金の動き次第という事情もみえてくる。こうした動き は、1-2月の民間部門による固定資産投資は前年同月比+6.9%と全体(同+10.2%)に比べて大きく落ち込 んでいることにも現れている。特に、民間部門についてはサービス部門における投資が大きく鈍化しており、 共産党及び政府は経済構造の転換に向けた「大きな旗」を振り続けているものの、民間部門は必ずしもそうし た動きになびいている訳ではないと言える。他方、一昨年以降一貫して減速が続いてきた不動産投資は1-2 月に前年同月比+3.0%と昨年 12 月(同+1.0%)から伸びが加速しており、住宅向けや店舗向けなどは依然 として伸び悩んでいるものの、オフィス向けを中心に建設・着工及び販売が拡大する動きがみられる。投資資 金についても海外資金や国内融資は縮小している一方、住宅ローンの伸びは依然として高止まりしており、一 昨年来の金融緩和による金利低下による「カネ余り」が続くなか、再び不動産投資が活況を呈する可能性が出 ている。事実、こうした動きを反映する形で足下の不動産価格(新築住宅価格)は前年比ベースでプラスに転 じており、深圳や上海、北京などといった一部の大都市では大幅な上昇が続くなど「不動産バブル」の再燃が 危惧され始めつつあり、不動産市況の行方に対しては注意が必要になっている。 上述のように公的部門を中心とする投資に動きがみられる一方、個人消費の動きは依然として一進一退の様相 が続いている。1-2月の小売売上高(社会消費支出)は前年同月比+10.2%と昨年 12 月(同+11.1%)から 伸びが鈍化しており、原油安などを背景に物価は低水準での推移が続いているにも拘らず、勢いを取り戻すに は至っていない。習政権は同国経済の成長のけん引役を、 図 4 小売売上高(前年同月比)の推移 これまでの外需や投資から個人消費に移行させるべく構 造転換を図る方針を示しており、現在開会中の全人代に おいても政策的にこうした取り組みを後押しすべく政策 対応を強化する考えをみせているが、足下では依然「道 半ば」の状況にあると判断出来る。なお、同国内におい てもインターネットの普及が爆発的に進展していること もあり、オンライン売買の伸び(前年比+25.4%)は消 費全体の伸びを大きく上回っているほか、習政権が発足 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 直後から強化してきた「反腐敗、反汚職」運動の影響で低迷してきた外食関連の伸びも底入れが進むなど「平 時」に戻りつつある様子がうかがえる。しかしながら、依然として宝飾品の売上は前年を下回る伸びが続いて いるほか、高い伸びが続いてきた通信機器関連の売上も頭打ちの様相をみせており、携帯電話などの普及が一 巡しつつある可能性も考えられる。さらに、足下では景気が一時の勢いを失うなかで、高額な外国製品から国 内製品などに需要がシフトする動きもみられ、こうしたことも消費支出額の下押し圧力に繋がっているとみら れる。なお、2月のインフレ率は春節による季節要因に加え、天候不順に伴う食料品価格の大幅な上昇を受け て加速しているが、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は依然として低調な推移が続くなど、ディス インフレ懸念がくすぶっている。月次ベースでみた小売売上高は1月(前月比+0.83%)と2月(同+0.81%) とともに底堅い動きが続いており、必ずしも個人消費が弱まっている訳ではないと判断出来る。とはいえ、国 際商品市況の低迷長期化に加え、過去における過剰投資に伴う過剰債務が景気の重石となるなか、昨年は1年 を通じてデフレータがマイナスで推移するなどデフレの足音が近づきつつある兆候も出ている。民間部門が自 立した形で経済成長を実現する道筋を描くことが出来なければ、中国経済はこれまで以上に政府及び公的部門 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 4/4 に依存する体質となる可能性もあり、全人代後の具体的な政策に対する注目はいやが上にも高まることは間違 いない。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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