中国のディスインフレ問題は根深い模様 ~消費者段階への

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
中国のディスインフレ問題は根深い模様
~消費者段階への価格転嫁は進まず、政策の舵取りも一段と複雑に~
発表日:2017年3月9日(木)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 長期低迷状態にあった国際商品市況の底入れは世界経済のディスインフレ基調を一変させ、世界的に金融
政策の動きに影響を与えている。中国では2014年末以降の金融緩和が株式市場におけるバブル発生とその
後の崩壊を招き、足下では大都市部を中心に不動産バブルを引き起こしている。こうしたなか、中国当局
も先月来金融政策を「やや引き締め」方向にシフトさせるなど、姿勢の変更を余儀なくさせられている。
 商品市況の上昇は中国でも生産者物価の上昇に繋がるなど影響が顕在化している。一部で価格転嫁が進む
兆候もみられるが、現時点でその動きは企業間取引に留まるなど消費者段階など川下には広がりをみせて
いない。これは2月のインフレ率が前年比+0.8%に減速したことにも現われている。1月のインフレ率
は春節の影響に伴い一時的に加速したものの、実態として物価上昇圧力は高まっていない。当局は今年の
インフレ目標を引き続き「3%」に据え置いたがその実現は困難ななか、生産者物価の動きは依然として消
費者段階への価格転嫁に繋がっておらず、引き続きインフレ率は低位で推移する様相をみせている。
 足下の中国経済は「オールドエコノミー」頼みで底入れするなか、共産党にとって「経済安定」が最重要課題
であることから、引き続きこうした展開が続く可能性は高い。他方、国際金融市場では資金逃避懸念から
人民元安圧力がくすぶるなか、2月の貿易赤字なども材料に人民元安が進む可能性もくすぶる。人民元相
場の行方は米中間の懸念材料となるなか、金融市場の思惑も材料に神経質な展開が続くと予想される。
 国際商品市況を巡っては、昨年来の中国のインフラを中心とする公共投資の進捗や不動産投資の活発化などに
伴う需要拡大期待を背景に、鉄鋼石や石炭などを中心に先物市場主導で価格上昇圧力が高まる動きが続いてき
た。さらに、昨年秋口以降はOPEC(石油輸出国機構)による減産合意を受けて、長期に亘って低迷が続い
てきた原油相場も底入れしており、2014 年半ばをピークに下落基調が続いてきた国際商品市況を取り巻く環
境は大きく変化している。こうした動きを受けて、国際商品市況の長期低迷を背景に世界的にディスインフレ
基調が続いてきた様相は一転しており、資源輸入国などにおいてはインフレ圧力が高まる動きが現われつつあ
る。また、国際金融市場では、米国トランプ政権の誕生に拠る政策運営期待に加え、それに伴うFed(連邦
準備制度理事会)による早期利上げ観測の高まりを背景に米ドル高圧力が強まるなか、新興国にとっては資金
流出懸念から自国通貨売り圧力が強まり、輸入インフ
図 1 不動産価格(新築住宅価格)の推移
レ圧力に繋がることが懸念されている。他方、世界経
済は米国をはじめとする先進国主導による堅調な景気
拡大が続くなか、上述のように商品市況が底入れして
いることも追い風に循環的な回復局面にあり、新興国
景気にも底入れ感が出るなど新興国経済を取り巻く環
境は改善している。こうしたことから、ディスインフ
レ状態が続くなかで景気下支えの観点から金融緩和を
続けてきた新興国においても、さらなる緩和に向けた
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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ハードルは高まっており、なかには引き締め方向にスタンスを変更する動きも出ている。中国においては、
2014 年末以降長期に亘って金融緩和による景気下支えが図られてきたものの、その前後に香港市場において
外国人投資家による上海A株の取引が可能となったことも重なり、2015 年には株式相場がバブル的に上昇し、
その後に崩壊を迎えたことは記憶に新しい。その後も一段の金融緩和が続いたことを受けて金融市場では「カ
ネ余り」となるなか、余剰資金は大都市部を中心とする不動産市場に流入して一部の都市でバブル的に市況が
上昇する一方、需要が回復しない地方都市では在庫の過剰状態が解消出来ておらず、不動産市場を取り巻く環
境は一段と複雑になっている。不動産バブルに対応すべく地方政府を中心に独自の取引規制強化などの取り組
みが行われてきたが、先月には人民銀(中銀)が短期金融市場の適用金利変更を通じて金融機関に対してデレ
バレッジを促すなど政策スタンスを「引き締め方向」にシフトさせる動きをみせている(詳細は2月3日付レ
ポート「中国の金融政策もいよいよ「引き締め」か」をご参照下さい)。さらに、現在開会中の全人代でも今
年の金融政策の方向性を『穏健中立』とやや引き締め方向にシフトさせる方針が示されるなど、さらなる金融
緩和に動く可能性は大きく低下している。
 国際商品市況の上昇は急速に中国経済にも影響を与えつつある。川上の物価に当たる生産者物価は国際商品市
況の上昇などを背景に昨年9月に 55 ヶ月ぶりに前年比ベースでプラスに転じており、その後も上昇基調を強
めるなど、企業部門にとっては物価上昇圧力の高まり
図 2 生産者物価上昇率の推移
が切迫した問題となりつつある。2月についても前年
同月比+7.8%と前月(同+6.9%)から一段と加速し
ており、いわゆる「リーマン・ショック」が発生した
2008 年9月以来となる高い伸びとなっている。前月比
は+0.6%と前月(同+0.8%)から上昇ペースは鈍化
しているものの8ヶ月連続で上昇しており、依然とし
て物価上昇圧力がくすぶっている様子がうかがえる。
分野別ではエネルギー関連や非鉄金属関連、金属関連、
(出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成
化学繊維関連などで物価上昇圧力が高まる傾向が顕著であり、これらの動きは原油をはじめとする国際商品市
況が上昇基調を強めていることとも整合的と捉えられる。こうした動きを反映する形で、生産者にとっての購
買価格が上昇基調を強めているほか、原材料関連の出荷価格も上昇基調を強めており、企業間取引においては
価格転嫁を進める動きが広がりをみせている様子がうかがえる。このように企業部門にとっては物価上昇に対
する対応が差し迫った課題となっているにも拘らず、消費財など川下に向けた価格転嫁の動きは必ずしも広が
りをみせていないことは気掛かりである。というのも、消費財の出荷価格は2月時点においても前年同月比+
0.8%と生産者物価全体と比較して大幅に低い水準に留まっており、前月比も+0.1%とこれまでの購買価格の
上昇を勘案すれば、ほぼコスト増を転嫁出来ていない状況が続いている。なお、このところの製造業PMI
(購買担当者景況感)などの動きからは「出荷価格」が好不況の分かれ目となる 50 を上回る展開が続くなど、
価格転嫁が進みつつある兆候が出ているにも拘らず、足下の展開はあくまで川上から川中といった企業間取引
の段階に留まり、川下の消費者段階に影響を及ぼす状況とはなっていない模様である。
 こうしたことは、川下に当たる2月の消費者物価が前年同月比+0.8%となり、大きく加速した前月(同+
2.5%)から一転して減速して 2015 年1月以来の低い伸びとなったことにも現われている。前月比も▲0.2%
と前月(同+1.0%)から4ヶ月ぶりに下落に転じており、物価上昇圧力が高まっていないことは明らかと判
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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断出来る。なお、1月にインフレ率が大きく加速した背
図 3 インフレ率(消費者物価上昇率)の推移
景としては、今年は春節(旧正月)の連休の始まりが1
月 28 日と昨年(2月8日)から大きく前倒しされてお
り、その影響が色濃く出ていた可能性を考える必要があ
る(詳細は2月 14 日付レポート「中国もいよいよイン
フレか!?」をご参照下さい)。実際のところ、1月は
春節など「ハレ」の際の食事に用いられる豚肉に加え、
天候不順などの影響などに伴い野菜や果物といった生鮮
品を中心に価格が上昇する動きがみられたものの、2月
(出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成
は豚肉(前月比▲1.6%)の価格が下落に転じているほか、卵(同▲6.2%)や野菜(同▲5.4%)などの生鮮
品価格も下落するなど、春節や天候不順の影響が一巡している様子がうかがえる。さらに、春節の時期に需要
が高まる観光(前月比▲6.6%)のほか、家庭サービス(同▲1.4%)といったサービス物価も下落に転じるな
ど、春節といった一時的要因を除けば物価上昇圧力が高まりにくい環境は変わっていないと捉えられる。こう
したことは、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率が前年同月比+1.8%と前月(同+2.2%)から減速
しており、前月比も▲0.1%と前月(同+0.6%)から下落に転じていることにも現われている。さらに、消費
財価格についても依然として幅広く横這い、ないし下落基調が続くなど物価上昇にはなかなか向かいにくい展
開が続くなか、川上の生産者段階の出荷価格をみると一般日用品で価格がわずかに上昇する兆候はみられるも
のの、耐久消費財については依然下落が続くなど、価格転嫁の動きが物価上昇に繋がる動きとはなっていない。
政府は全人代において今年の物価上昇率の目標を「3%」に据え置く決定を行ったものの、足下の状況はこの
目標達成に向けたハードルが依然として極めて高いことを示唆している。また、全人代では通信料金引き下げ
を指示したほか、企業のコスト負担軽減に向けて減税や手数料の引き下げなどに取り組むことで『サプライサ
イド改革(供給側改革)』を推進する考えをみせたが、これらはディスインフレ圧力に繋がる可能性もある。
その意味において、人民銀にとっては拙速に金融引き締めに舵を切る必要性は後退しているものの、上述した
ように不動産市場における「バブル」への対応を勘案すれば過度な緩和状態を長引かせることも出来ないなど
難しい対応が求められている。
 足下の中国経済はインフラを中心とする公共投資の進捗や、不動産投資の活発化など「オールドエコノミー」
がけん引役となる形で景気の下支えが進むなか、世界経済の自律的な回復を追い風に外需に底入れ感が出てお
り、減速懸念の後退に繋がっている。しかしながら、こうした動きは習政権が発足以降目指してきた「ニュー
エコノミー」への移行に伴う『新常態』とは異なり、あくまで歴代政権が辿ってきた「いつか来た道」を繰り
返しているに過ぎない(詳細は8日付レポート「中国、「オールドエコノミー」回帰が進む実態」をご参照下
さい)。足下の世界経済が循環的に回復基調を強めていることを勘案すれば、如何なる形であれ中国発による
景気下振れ要因が回避されることは、当面の世界経済にとってプラスとなることは間違いない。とはいえ、投
資に偏重する形での景気下支え策の裏側で企業部門などの債務が増大することは、只でさえ過剰債務が先行き
の中国経済の足かせとなることが警戒されるなか、その対処を一段と困難にさせる可能性を高めるであろう。
他方、今秋には共産党中央大会の開催が予定されるなど「ポスト習近平」をうかがう展開となるなかで共産党
においては「経済の安定」が最重要課題となるなか、現政権に対してそうした状態を脅かすリスクがある構造
改革などにまい進する度量を求めることは酷ではある。その意味では、当面の中国経済については経済の安定
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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を重視した政策対応が続くことが期待されるとともに、世界経済にとって「ぬるま湯」を提供する存在となる
可能性は高いと予想される。他方、金融市場においては
図 4 人民元相場(対米ドル)の推移
一昨年以降、外国人投資家のみならず、国内投資家によ
る資金逃避の動きを反映する形でオフショア市場を中心
に人民元安圧力が強まる展開が続いてきたが、年明け以
降は当局によるなりふり構わぬ資金流出への締め付け策
が奏功する形で落ち着きを取り戻しつつある。ただし、
2月は異例の形で貿易収支が3年ぶりに赤字に転じるな
どファンダメンタルズの悪化が懸念されるなか、米国F
edによる利上げ実施への期待も高まるなかで再び人民
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
元安圧力が高まることが予想される。足下のインフレ率が大きく下振れしたことは、当局の金融政策に対する
引き締めスタンスが緩むとの観測に繋がることも考えられ、結果的にそうした思惑が人民元安圧力を促す材料
となることも見込まれる。米国トランプ政権が中国に対する巨額の貿易赤字を理由に人民元相場の動きに対し
て神経質な姿勢をみせている状況を勘案すれば、金融市場の動きが米中両国間の緊張関係を一段と高める材料
となることも考えられる。当面はいろいろな思惑が交錯するなかで難しい状況が続くことが予想されよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。