1/4 Asia Trends マクロ経済分析レポート トルコ中銀の「みせ球」で大統領周辺は納得するか ~中銀総裁の後任人事で中銀への信認は雲散霧消するリスクも~ 発表日:2016年4月1日(金) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 足下の国際金融市場では、年明け直後の混乱要因が後退したことで落ち着きを取り戻している。これまで 売り圧力が強まった新興国や資源国に資金回帰の動きが出るなか、トルコでも同様の動きがみられる。ト ルコではインフレ圧力がくすぶるなかで金融政策は引き締めスタンスが採られてきたが、先月の定例会合 で短期金利の上限を引き下げる動きをみせた。ただし、これは今月にバチュシュ総裁が任期満了を迎える なかで大統領周辺からの「圧力」をかわす狙いがあるとされる。他方、大統領周辺はさらなる利下げを求 める動きをみせており、今後の金融市場では次期総裁人事の行方に注目が集まることは間違いない。 昨年の経済成長率は前年比+4.0%と前年(同+3.0%)から加速した。移民流入による個人消費の押し上 げや公共事業の拡充による固定資本投資の拡大など内需の堅調さがみられるが、ロシアとの関係悪化など を受けて民間部門の設備投資意欲は弱い。足下ではロシアとの関係悪化や隣国シリアの情勢悪化によるテ ロ頻発で国内のマインドが悪化しており、景気に下押し圧力が掛かりやすくなっている。中銀にとっては 一段と利下げを求める圧力が強まるとみられ、今後は厳しい対応が続く可能性が高いと見込まれる。 原油安の長期化に伴い経常赤字は急速に圧縮されているが、依然として赤字幅自体は大きいなど構造的な 弱さを抱えるなか、このところは原油相場が底入れするなど先行きの行方は不透明である。足下では海外 資金の回帰で外貨準備は増加しているが、対外債務とのバランスは悪いため、環境悪化に伴う資金流出圧 力に対して脆弱である。次期中銀総裁人事によってはトルコが再び厳しい環境に置かれる可能性もある。 《移民流入で内需は押し上げられるも、内外要因に伴う政治的不安もくすぶるなか、中銀総裁人事の動向には要注目》 足下の国際金融市場を巡っては、年明け直後の混乱による影響が一巡したことも手伝い落ち着きを取り戻して いる。年明け直後に起こった市場の大混乱は、昨年末に米国Fed(連邦準備制度理事会)が利上げを実施し て世界的なマネーの流れが変わりつつあるなか、中国金融市場を巡るドタバタで中国景気に対する見方が過度 に悲観に振れたことに加え、一段の原油安の進展によりオイルマネーの収縮が意識されるなど、複合的な要因 が一度に重なったことで混乱が増幅されたとみられる。なお、足下では米国Fedによる利上げ実施のペース が当初想定されたものに比べて緩慢になるとみられており、実際に先月のFOMC(連邦公開市場委員会)で は参加者が想定する年内の利上げ回数が減少する動きが 図 1 リラ相場(対ドル)の推移 みられている。中国についても、金融市場を巡る不透明 さは依然残るものの、先月の全人代(全国人民代表大会) において景気下支え策が打ち出されるなど実体経済がハ ードランディングに陥るリスクは低減されている。さら に、一連の動きを受けて米ドル高圧力が緩和しているほ か、産油国間での「増産凍結」に向けた協議が進展して いることを受け、原油相場も持ち直しの動きがみられる など、金融市場の「かく乱要因」となってきた事象は大 (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/4 きく変化している。多くの新興国や資源国においては年明け直後にかけて海外資金の流出圧力が強まり、為替 が大幅に下落するなどの動きがみられたものの、こうした外部環境の変化に加え、欧州や日本のほか、一部の 新興国でも金融緩和の動きが広がったことで世界的なマネーの動きが活発化する動きがみられる。結果、これ まで大きく売り込まれた新興国や資源国を中心に資金回帰の動きが強まっており、隣国シリアを巡る情勢悪化 に伴う難民流入問題やテロ、さらにロシアとの関係悪化といった政治要因も重なり売り圧力が強まっていたト ルコも落ち着きを取り戻している。年明け直後に再び最安値をうかがう水準に低下した通貨リラの対ドル為替 レートは上昇基調を強めており、足下では年明け後の最安値から約7%も高値で推移している。主要株式指数 であるイスタンブールトップ 100 指数も、足下では年明け後の最安値から2割以上も上昇するなど活況を取り 戻す動きがみられる。こうしたなか、足下のインフレ率はリラ安による輸入物価の上昇なども影響して中銀の 定めるインフレ目標を大きく上回る一方、周辺国の情勢不安も重なり景気に下押し圧力が掛かりやすいなどス タグフレーションが意識されやすい環境となっている。景気悪化による求心力低下を懸念するエルドアン大統 領周辺からは中銀に対して繰り返し利下げを強硬に求める動きがみられる一方、中銀はリラ安進展によるイン フレ昂進を懸念して昨年初旬に利下げを実施して以降1年以上に亘って政策スタンスを維持する姿勢をみせて きた。しかしながら、上述のように市場を取り巻く環境 図 2 金融政策の推移 が好転していることを受けて大統領周辺からは、政策金 利(1週間物レポ金利)ではなく短期金利のコリドー縮 小(上限低下)を通じて金融環境の改善を求める動きが 強まっていた。こうした事態を受け、中銀は先月 24 日 に開催した定例の金融政策委員会において政策金利及び 短期金利のコリドーの下限(翌日物借入金利)を据え置 く一方、上限(翌日物貸出金利)を 13 会合ぶりに 25bp 引き下げる決定を行った。この利下げ決定については大 (出所)トルコ中銀, CEIC より第一生命経済研究所作成 統領周辺からの圧力が影響したとの見方がある一方、今月 19 日に任期満了を迎えるバチュシュ総裁の下で開 催される最後の委員会であること、利下げ幅が 25bp と大統領周辺の要求(一部に 75bp との報道)に比べて小 幅に留まっており、大統領周辺からの圧力をかわすための行動との見方もある。事実、大統領周辺からは「大 幅に下げるべきであった」との発言が報道されるなど追加利下げを求める声は根強く、金融市場ではバチュシ ュ総裁の続投の有無や後任人事に対する注目が集まっている。仮に、後任総裁がエルドアン大統領の側近とな った上で、エルドアン大統領が繰り返し発言してきたような「利下げをすればインフレ率が低下する」という 非合理な政策スタンスが踏襲される場合、これまでの外部環境の改善の効果が一転して吹き飛ぶリスクがある 点には注意が必要である。 図 3 実質 GDP 成長率(前期比年率/寄与度)の推移 足下の実体経済を巡っては、隣国シリアでの混乱激化に 伴う大量の移民流入やテロの発生リスクの高まりに加え、 ロシアとの関係悪化による貿易や観光産業などに対する 下押し圧力なども重なっており、景気に対する下振れ圧 力となることが懸念されている。事実、海外からの来訪 者数はロシアとの関係悪化後に急速に減少しており、足 下では前年を大きく下回る伸びとなっているほか、ここ (出所)第一生命経済研究所作成, 各項目の季節調整は当社試算 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/4 数年のリラ安による価格競争力の向上が追い風になるとみられた輸出の伸びも急速に鈍化するといった影響が 出ている。昨年通年の経済成長率は前年比+4.0%と前年(同+3.0%)から加速してはいるものの、依然とし て世界金融危機前後の景気拡大局面に比べると勢いに乏しい状況が続いている。なお、10-12 月期については 前年同期比+5.7%と前期(同+3.9%)から大きく加速しているものの、前期比年率ベースでは+3.0%と前 期(同+4.8%)から減速基調が一段と強まっており、様相はまったく異なっている。内訳をみると、物価高 にも拘らず原油安の長期化に伴うエネルギー価格の低下によりインフレ率が頭打ちしつつあることや移民流入 に伴う人口増加を受けて個人消費は堅調な伸びをみせているほか、景気刺激策に伴う政府消費の拡大などで公 共投資を中心に固定資本投資が大きく押し上げられるなど、内需を中心とする経済成長は確認されている。他 方、前期と同様に在庫投資の大幅な拡大が成長率の押し上げに寄与しているほか、誤差・脱漏に当たる部分も 極めて多いなど統計自体に対する信ぴょう性を損ねかねない箇所が大きい点には注意が必要である。また、分 野別では内需の堅調さを反映する形で小売・卸売関連で堅調な伸びが確認されているほか、製造業でも大幅に 生産が拡大する動きもみられる一方、金融や不動産をはじめとするサービス関連では国際金融市場の動揺に伴 う資金流出が重石となっているほか、天候不順の影響で農林漁業の生産にも下押し圧力が掛かるなど、業種ご とに一進一退の展開がみられる。なお、昨年 11 月に実施された出直し選挙において与党である公正発展党 (AKP)が単独過半数を奪取する大勝利を遂げたことを受けて、国民の間ではマインドが急速に回復する動 きがみられたものの、ロシアによる経済制裁に加え、昨 図 4 消費者信頼感指数の推移 年以降は首都アンカラや最大都市イスタンブールでテロ が度々発生するなど治安の悪化が懸念される状況が続い ており、足下の消費者マインドは選挙前に並ぶ水準に落 ち込んでいる。足下では国際金融市場を取り巻く環境が 改善していることを受けて海外資金に回帰の動きが出て おり、国内の資金需給環境は以前に比べてタイト化する 度合いは緩んでいる可能性はあるものの、足下の動きは これまで売られてきた反動の領域に過ぎないことを勘案 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 すれば、短期金融市場は比較的落ち着いた環境にあるが油断は禁物である。さらに、足下では一部ロシアが経 済制裁を緩和する動きをみせる一方、ロシアに追随する形で上海協力機構(SCO)を通じてロシアと同盟関 係にある中国もトルコに対して一部経済制裁を課すなどの影響も出ており、今後は経済制裁の影響が一段と色 濃く現われる可能性には注意が必要である。また、在庫調整圧力の高まりも影響して年明け以降は製造業の設 備稼働率が一段と低下する動きもみられることなどを勘案すれば、1-3月期の景気については下押し圧力が 一段と強まっている可能性も考えられ、その意味においてもトルコ経済は厳しい状況に立たされているという ことが出来よう。そうなれば、大統領周辺から中銀に対して景気下支えに向けて一段の金融緩和を求める圧力 が強まることも予想され、中銀にとってはこれまで以上に難局に直面することも懸念される。 一昨年後半以降の原油相場の長期低迷により、これを中東諸国からの輸入に依存するトルコにとっては貿易赤 字の圧縮が進んでおり、結果的に経常赤字のGDP比も昨年は▲4.5%と前年(同▲5.4%)からの圧縮をもた らしている。しかしながら、いわゆる「フラジャイル・ファイブ」の国々を横並びで比較すると、依然として トルコの赤字幅が一番大きいことに変わりはなく、対外収支面における構造的な脆弱さを抱えている状況は間 違いない。さらに、足下では一転して原油相場は上昇基調を強めており、先行きについては不透明な情勢が続 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 4/4 く可能性はあるが、上値を追う展開となれば対外収支の 図 5 対外債務残高と外貨準備高の推移 脆弱さが一段と際立つ事態も懸念される。その一方で、 原油相場については先行きも不透明な展開が予想される なか、米国Fedによる先行きの利上げペースについて も強気・弱気が混在しており、金融市場が再び動揺に見 舞われるリスクは小さくない。昨年来の金融市場の動揺 を受けて対外債務に占める短期債務の額を圧縮する動き がみられる一方、足下では海外資金に回帰の動きが出て いることで外貨準備高は昨年末を底に増加しているもの (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 の、2月末時点の外貨準備高は 1128 億ドルと昨年末時点における短期対外債務残高(1027 億ドル)に対して も充分な水準とは言いがたい。したがって、周辺国の混乱や国内でのテロなどに起因する政治的不安がくすぶ るなかで、上述のように金融政策の舵が「おかしい」方向に切られる事態となれば、海外投資家を中心に足下 の流れが一気に逆回転するリスクを孕んでいる。大統領周辺などは外部環境の改善に気を良くしているとみら れるものの、「しっぺ返し」を喰らう可能性を勘案すれば、これまで以上に慎重な政策スタンスを維持するこ とが必要になっていると言えよう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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