下振れリスクは根強く、今後も改革と景気の

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
中国景気にひとまず「安心感」
~下振れリスクは根強く、今後も改革と景気のバランス重視が続こう~
発表日:2016年7月15日(金)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 年明け以降の中国経済は、構造改革への期待とそれに伴う景気減速を警戒した公共投資などの景気刺激策
の影響で一進一退の展開が続いている。景気の不透明感が残るなか、金融市場では人民元安による輸出促
進に動くとの見方も出ている。足下では輸出に底入れ感が出ているが、その内容からは構造改革が進展し
ている様子はみえない。近隣窮乏化や通貨安競争を誘発するリスクにも引き続き注意が必要と言えよう。
 輸出の底入れを反映して6月の鉱工業生産は加速に転じているが、物価安定に伴う内需の堅調さも生産の
押し上げに繋がっている模様だ。他方、年明け以降の景気を下支えした投資は減速感を強めており、特に
民間部門で投資抑制の動きが顕著である。ただし、個人の不動産需要は依然旺盛な推移をみせるなか、一
部の大都市で顕在化している不動産バブル再燃への対応は、同国経済の行方を大きく左右するであろう。
 4-6月期の実質GDP成長率は前年比+6.7%と前期から横這いで推移したが、前期比年率ベースでは+
7.5%程度に加速している。金融市場混乱の影響が懸念されたが、すべての分野で勢いを取り戻す動きが
みられる。先行きについては下振れリスクは根強いが、長江周辺での洪水の復興需要が見込まれ、景気腰
折れは避けられよう。ただし、構造改革と景気維持のバランスが求められる難しい局面が続くであろう。
 年明け以降の中国経済を巡っては、共産党が進めようとする構造改革の前進に伴い景気への下押し圧力が懸念
される一方、3月に開催した全人代(全国人民代表大会)の前後を境にインフラを中心とする公共投資の促進
が景気を下支えする動きもみられるなか、一進一退の展開が続いている。過去数ヶ月についてはインフラをは
じめとする公共投資のほか、一昨年末以降の金融緩和を追い風に金融市場では「カネ余り」の状況が続くなか、
キャピタルゲインを狙った不動産投資が活発化する動きも出ており、これが景気の押し上げに繋がる動きもみ
られる。その一方で企業部門、とりわけ民間部門による投資活動は過剰設備を抱えていることに加え、銀行部
門の融資が公的部門に優先的に向かうことによる「クラウディング・アウト」も影響して弱含む展開が続いて
おり、景気の足かせとなる展開となっている。さらに、共産党及び政府が新たな経済成長のけん引役として期
待する個人消費についても、党中央が主導する反汚職・反腐敗運動の影響で高額消費が伸び悩むなど富裕層を
中心に購買動向が大きく変化していることで、以前の
図 1 人民元指数(対通貨バスケット)の推移
ような高い伸びを期待しにくくなっている。こうした
なか、国際金融市場においては輸出の底入れを促す観
点から当局が人民元安誘導を図るとの見方が強まって
いる。当局は昨年末に人民元相場について従来の対ド
ル相場から、13 通貨で構成される通貨バスケットを重
視する姿勢をみせているが、依然として当局が取引直
前に米ドルに対する基準値を発表する管理変動相場制
を維持しており、実態としてはそれ以前と大きく変わ
(出所)Bloomberg, 中国人民銀行より第一生命経済研究所作成
っていない。なお、当局は基準値の設定に関して昨年8月に前営業日の終値を反映させて市場実勢に近付ける
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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「改革」を実施したが、その際に実質的な大幅切り下げになったことに加え、足下では金融市場の思惑も影響
して外国人投資家が自由に取引可能なオフショア市場で米ドルに対して人民元安基調が強まる動きがみられる。
こうしたことも影響して、当局が重視する通貨バスケットに連動した人民元指数も下落に歯止めが掛からない
状況が続いており、突如8月 15 日付でオフショア人民元取引に対して前月決済分の 20%相当を為替リスク準
備金としての積立を義務付ける方針を示すなど、市場の思惑による投機的な取引を警戒する動きをみせている。
しかしながら、こうした人民元安の進展にも拘らず6月の輸出額は前年同月比▲4.8%と3ヶ月連続で前年を
下回る伸びに留まり、前月(同▲4.1%)からマイナス幅も拡大するなど力強さに欠ける展開が続く。ただし、
当研究所が試算した季節調整値に基づく前月比ベースでは3ヶ月連続で堅調な拡大をみせるなど、輸出の底離
れを示唆する動きがみられるなか、輸入した原材料を元にした加工組立産業のほか、一般的な輸出関連にも底
入れの動きが出ている。とはいえ、足下では中国の過剰生産による輸出増が市況の不安定要因になる懸念があ
る鉄鋼製品や石油製品の輸出量が軒並み拡大するなど、
図 2 鉄鋼製品の輸出量の推移
必ずしも世界経済の回復を追い風にしたものとは考えに
くい。この点は輸入額が前年同月比▲8.4%と前年を下
回る伸びが続いているものの、前月比ベースでは2ヶ月
連続で拡大するなど底入れを示唆していることにも共通
している。原油をはじめとする国際商品市況の上昇も輸
入額の押し上げに繋がるなか、鉄鋼石や銅、石炭や原油
関連などの輸入量は軒並み堅調な推移をみせており、過
剰生産の抑制をはじめとする「サプライサイド改革」が
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
前進していない様子もうかがえる。このところの人民元安の進行については、この動きがアジア新興国にとっ
ては「近隣窮乏化」に繋がることや「通貨安競争」を招くリスクが警戒されているなか、足下における状況は
こうした懸念が的を射たものとなっている可能性には注意が必要と言えよう。
 このように足下において輸出の底入れが進んでいること
図 3 鉱工業生産(前年比)の推移
を反映する形で、6月の鉱工業生産は前年同月比+6.2
と前月(同+6.0%)から伸びが加速している。前月比
は+0.47%と前月(同+0.44%)から伸びこそ加速して
いるものの、依然として力強さに欠ける展開が続いてお
り、生産を取り巻く環境が本調子とは程遠い状況にある
ことは変わらないと言える。しかしながら、上述のよう
に輸出の底入れを促している鉄鋼製品や石油製品の生産
量は拡大基調を強めているほか、その動きに伴って発電
(出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成
量の伸びにも底入れの動きが出ていることは、外需の堅調さが生産の底入れを促す一因になっていると判断出
来よう。その一方、生産が伸びている財としては、自動車や携帯電話など通信機器をはじめとする電気製品、
医薬品など主に国内消費向けに生産されているもののほか、セメントなどの建設資材なども含まれている。こ
うした動きに対応するように、6月の小売売上高は前年同月比+10.6%と前月(同+10.0%)から伸びが加速
しており、前月比も+0.92%と前月(同+0.77%)から拡大ペースが加速する動きもみられ、物価が下落した
ことを勘案すれば実質ベースで伸びが加速している。党中央による反汚職・反腐敗運動の影響で高額の外食関
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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連や宝飾品などに対する需要の伸びは依然として低迷しているものの、食料品をはじめとする生活必需品に対
する需要は堅調な伸びが続いているほか、このところの不動産投資ブームの再燃を反映する形で家電製品や家
具などの耐久消費財に対する需要も底堅い。さらに、これまで低迷が続いてきた都市部における個人消費の伸
びが加速に転じており、食料品を中心とする物価安定を受
図 4 小売売上高(前年比)の推移
けて家計部門の購買意欲が押し上げられることで消費を下
支えしていると捉えることが出来る。このように内外需の
堅調さを背景に生産に底入れの動きがみられる一方、足下
の投資活動は一段と減速基調が強まっている。1-6月の固
定資産投資は前年同月比+9.0%と前月(同+9.6%)から
一段と減速して約 16 年強ぶりの低い伸びに留まっており、
6月単月ベースでも前月比+0.45%と前月(同+0.52%)
から拡大ペースが鈍化している。国有企業や政府部門が投
(出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成
資を活発化させる動きをみせる一方、民間企業は依然とし
て大きく絞る動きをみせているほか、その対象についても生産設備に対する投資が鈍化基調を強めるなか、建
設投資が活発化するなど対照的な動きが続いている。さら
図 5 固定資本投資(前年比/年初来)の推移
に、こうした動きを反映するように裏打ちとなる資金源に
ついても、政府による公的資金の伸びが加速したほか、国
内銀行による借入なども高い伸びが続く一方、海外資金は
減少しており、外資系企業が投資を絞っているほか、国内
銀行の貸付も公的部門を中心に振り分けられる傾向が強ま
っていることが分かる。なお、過去数ヶ月に亘り加速感が
強まるなど固定資本投資の伸びをけん引してきたとみられ
る不動産投資は、1-6月が前年同月比+6.1%と前月(同
(出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成
+7.0%)から伸びが減速するなど頭打ちしている。その資金源については、深圳や上海など不動産バブルの
再燃が警戒される大都市などでの不動産融資に対する厳格化も影響して国内銀行による借入の伸びは急減して
いる一方、個人向け住宅ローンなどの伸びは高止まりしている。したがって、商業用不動産投資については窓
口規制などの効果が出つつある一方、住宅投資は依然として旺盛な推移が続いていると見込まれるが、足下で
は新たな資金調達手段の動きも活発化しており、これが市況のさらなる上昇を招く可能性には注意が必要であ
る。その一方、市況低迷は資金需給のひっ迫を通じて金融市場に悪影響を与えることも懸念されるため、当局
にとってはこれまで以上に政策対応が難しくなることは避けられないと判断出来よう。
 4-6月期の景気動向については、4月並びに5月については生産が弱含む動きがみられる一方、公共投資や
不動産投資を中心とする固定資産投資の活発な動きが景気を下支えする動きが続いてきたが、6月には個人消
費の底入れが進んでいることに加え、外需の底打ちも追い風に生産の動きも改善するなど、後半にかけて全般
的に堅調さを取り戻す動きがみられる。こうした動きを受けて、4-6月期の実質GDP成長率は前年同期比
+6.7%と前期(同+6.7%)から横這いで推移する一方、前期比では+1.8%と前期(同+1.2%)から加速し
ており、当研究所が試算した年率ベースでは+7.5%程度に達していると捉えられる。分野別では、年明け直
後の天候不順の影響で生産が落ち込んだ農業を中心とする第1次産業で伸びが加速したことに加え、上述のよ
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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うに内・外需の底堅さを受けて生産に底入れの動きが出
図 6 実質 GDP 成長率の推移
ていることを反映して第2次産業でも堅調な動きがみら
れた。さらに、昨年の4-6月期は株式市場においてバ
ブルの真っ只中であったため、金融を中心とするサービ
ス業で反動が出ることが懸念されたものの、前年比ベー
スでは減速基調を強める一方、年明け直後における株式
市場の混乱を克服したことで前期比ベースでは勢いを取
り戻しており、個人消費の堅調さもサービス産業を下支
えしたとみられる。なお、足下の景気動向について当局
(出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成
は「依然比較的強い下振れ圧力に直面している」とする一方、「安定化の兆しが出ている」との認識を示して
おり、政府が定める今年の経済成長率目標(6.5~7.0%)の達成についても「良い土台になる」とした。今年
前半時点における経済成長率は前年比+6.7%と目標域内に収まっており、その寄与度については最終消費支
出が 73.4pt に達する一方、資本形成は 37.0pt、純輸出は▲10.4pt となるなど、民間及び政府部門による消費
が経済成長の押し上げに寄与したとの認識を示している。ちなみに、国家統計局は今月5日に新たな国民経済
計算体系である「SNA2008」に基づいて、研究開発(R&D)投資をGDP統計上で組み替え直す方式を発
表しているが、年前半の成長率はこの方式に従って+0.02pt 押し上げられたとしている。先行きについては、
依然として足下で低迷が続く民間部門による投資については「生産者物価の回復を受けて安定化する」との見
通しを示す一方、世界経済については「英国によるEU離脱を巡って不透明感が増している」との認識を示し
ており、成長率が加速感を強める可能性は低いと見込まれる。さらに、足下では同国南部の長江周辺の多くの
都市で大雨による洪水が多発する事態に見舞われており、これに伴って相当額の被害が生じている一方、事態
が沈静化した後には復興需要の拡大が景気を押し上げることが期待されることで景気の腰折れ懸念の後退に繋
がると見込まれる。ただし、中国経済を巡っては中長期的にみた持続可能な経済成長の実現には構造改革が必
要であるが、足下の状況は改革が道半ばのなか、旧来型の公共投資や不動産投資によって景気が下支えされる
展開が続いている(詳細は 11 日付レポート「奇妙なバランスの上で安定する中国経済」をご参照ください)。
その意味においては、先行きについても景気への下押し圧力が避けられない構造改革と、景気維持に向けた景
気対策とのバランスを採る難しい舵取りが続くことになると予想される。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。