中国、「オールドエコノミー」回帰が進む実態

1/4
Asia Trends
マクロ経済分析レポート
中国、「オールドエコノミー」回帰が進む実態
~「ぱっと見」は内・外需で減速懸念後退も、その内実は「いつか来た道」~
発表日:2017年3月8日(水)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 足下の世界経済は先進国主導で自律的な回復が続くなか、中国も景気下支えに伴い減速懸念が後退するな
ど全体的に回復基調が強まっている。ただし、中国の動きは習政権が掲げてきた「ニューエコノミー」に拠
るものではなく「オールドエコノミー」に大きく依存する。当局は今年の成長率目標を引き下げる一方、経
済安定を最重要課題とする姿勢をみせる。引き続き改革意欲を滲ませてはいるが、経済の安定が必須とな
るなかでは、財政出動などによる「オールドエコノミー」喚起による延命策に動く可能性は高いであろう。
 世界経済の底入れは中国の外需を底打ちし、一見内・外需の好循環が景気減速懸念の後退に繋がっている
ようにみえる。ただ、2月の輸出は鈍化しており、国内需要の拡大が輸出を下押ししたとみられるが、人
民元安が競争力向上に繋がっていない可能性もある。一方で輸入は拡大するなど国内経済の堅調さを示唆
している。直近の製造業PMIは外需のさらなる改善を示唆しているが、2月の落ち込みが予想外である
ことを勘案すれば、外需が景気の下支え役になるとの目論見が外れる可能性にも注意が必要と言えよう。
 2月の貿易収支は3年ぶりに赤字に転じたことは、足下で落ち着きを取り戻しつつあった人民元相場の動
きに影響を与える可能性がある。2月末時点の外貨準備高は8ヶ月ぶりに増加して3兆ドル台を確保した
が、その背景には当局の規制により資金流出圧力が抑えられたことが大きい。ファンダメンタルズの悪化
を理由に資金流出圧力が再び高まれば、先行きの人民元相場が混乱状態に陥るリスクにも要注意である。
 足下の世界経済を巡っては、米国をはじめとする先進国を中心に自律的な景気回復局面が続くなか、一昨年来
度々「不確定要素」となってきた中国でもインフラをはじめとする公共投資の進捗が景気を下支えしたことで
減速懸念が後退する展開が続いており、全世界的に回復基調が強まる動きがみられる。さらに、中国国内にお
ける公共投資や不動産投資の拡大に伴う資源需要の拡大期待を背景に、長期に亘って低迷が続いてきた国際商
品市況は底入れしており、この動きを反映する形で苦境に喘いできた資源国経済も息を吹き返している。この
ように足下の世界経済は全体的に改善基調を増す動きが強まるなか、この動きに沿って世界的な貿易量の伸び
にも底入れの動きが出ており、輸出依存度が相対的に高い新興国を中心に景気の底入れに繋がることが期待さ
れる。中国においては習近平政権の発足以来、経済成長のけん引役を外需から内需に、内需のなかでも投資か
ら消費に転換させることで、いわゆる「オールドエコ
図 1 李克強指数の推移
ノミー」から「ニューエコノミー」への移行による
『新常態』を目指す動きが続いてきた。しかしながら、
昨年来の中国経済は上述の通りインフラを中心とする
公共投資や不動産投資が景気を下支えするなど「オー
ルドエコノミー」への回帰が進み、加えて足下で世界
経済の底入れが進んでいることは外需の押し上げを通
じて景気を下支えしており、中国経済が全体として
「オールドエコノミー」への依存度を高めていること
(出所)Bloomberg より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
2/4
を示唆している。こうした傾向は、かつてはGDP統計以上に中国経済の実勢を示唆する指標として扱われた
いわゆる「李克強指数(鉄道貨物輸送量、電力消費量、銀行融資残高の伸びを用いた合成指数)」が一昨年末
辺りを底に急上昇しており、昨年末には約3年ぶりの高い伸びとなっていることにも現われている。現在開催
中の第 12 期全人代(全国人民代表大会)第5回全体会議において、当局は今年の経済成長率目標を「6.5%前
後」に引き下げる一方、経済政策全般を巡るテーマとして『穏中求進(安定を保ちつつ経済成長を促す)』を
強調する姿勢をみせるなど、経済の安定が当局にとっての「最重要課題」である様子がうかがえる(詳細は6
日付レポート「中国全人代開幕、成長目標引き下げ」をご参照下さい)。こうした状況を勘案すれば、国務院
が発表した『政府活動報告』では様々な構造改革の必要性が謳われていたものの、そのことが経済、ひいては
社会的な不安定をもたらすことに対する警戒感が根強く、結果的には景気維持に向けたインフラ投資拡充のほ
か、企業減税などの財政支援に動く可能性が高いと見込まれる。ただし、足下の中国においては企業部門にお
ける過剰な生産設備や過剰債務のほか、不動産市場における過剰在庫など様々な「過剰」が経済活動の足かせ
となる状況が続いており、この背景には 2014 年末以降長期に亘り実施された金融緩和により金融市場では
「カネ余り」の状態となってきたことも影響している。したがって、金融当局は春節前後を境に金融政策のス
タンスを「やや引き締め」姿勢にシフトさせることで金融機関によるデレバレッジを促す方針に転換しており、
全人代でもこうした姿勢を強調する動きをみせている。当局は今年の金融政策について『穏健中立』とやや引
き締め気味にシフトさせることで改革を前進させる姿勢はみせているが、この取り組みは一朝一夕に進展する
ような話ではない。さらに、過去に中国当局は「市場メカニズムを重視する」などと高らかに宣言しつつ、実
態は当局の市場介入を繰り返してきたことを勘案すれば、足下で民間部門による債務残高がGDP比で 200%
超と「危険水域」に入りつつあり、金融市場における外的ショックなどを通じてバランスシート調整圧力が高
まる可能性があるなか、当局が思い切った対応を取る可能性は低い。その意味において、財政政策面では今年
も引き続き「オールドエコノミー」による『延命策』に終始することも想定されよう。
 他方、世界経済が自律的な回復局面を迎えるなかで、中国においても長期に亘って低調な推移が続いてきた輸
出に底打ち感が出るなど、ようやく世界経済の回復が中国経済にとってもプラスに寄与することに繋がってい
ることが確認されている。金融市場においても、公共投資をはじめとする景気下支え策による内需の安定に加
え、世界経済の回復による外需の底入れが進むことは、中国経済自身のみならず、ひいては世界経済の安定を
促すとの見方に繋がっているものの、こうした動きが先行きも続くかには不透明感もくすぶる。というのも、
今年は春節(旧正月)の連休の始まりが1月 28 日と昨年(2月8日)に比べて大幅に前倒しされており、輸
出入などの動きに大きな影響が出ることが懸念されたものの、1月の輸出額は前年同月比+7.9%と 10 ヶ月ぶ
りに前年を上回り、当研究所が試算した季節調整値に
図 2 人民元指数(CEFTS 人民元指数)の推移
基づく前月比も拡大基調が続くなど、世界経済の回復
が輸出の追い風となっていることが示された。しかし
ながら、2月の輸出額は前年同月比▲1.3%と2ヶ月ぶ
りに前年を下回る伸びに転じており、前月比も大きく
減少するなど拡大基調が続いてきた状況は一転してい
る。上述のように今年は春節の連休時期が前倒しされ
ているため、2月にはその影響が小さくなると見込ま
れていたにも拘らず、反って下押し圧力が強まってい
(出所)中国外貨交易中心(CFETS)より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
3/4
るというのは極めて奇妙な動きと考えられる。なお、その内訳をみると過剰生産能力などを背景とする中国か
らの輸出が世界的なディスインフレを引き起こす元凶とされてきた鉄鋼製品のほか、アルミニウムや石油製品
などで軒並み輸出量が大幅に減少しており、世界経済にとってはディスインフレ懸念の後退に繋がることが期
待される。この背景には、上述の通り足下の中国経済が「オールドエコノミー」を中心に景気が下支えされる
なかでこれらに対する国内需要が拡大した結果、輸出に廻る分が減少しただけとみることも出来る。他のアジ
ア新興国などでは、昨年来の金融市場における動揺などを背景に自国通貨安が進み価格競争力が向上する動き
がみられたなか、一昨年以降に人民元の対ドル為替レートは大きく下落したにも拘らず、他の主要通貨も米ド
ルに対して下落基調を強めた結果、人民元の実効レートは過去半年以上に亘ってほぼ横這いでの推移が続くな
ど価格競争力の向上に繋がっていない。こうしたことは、足下の中国の輸出が他の新興国などに比べて回復力
に乏しい一因になっている可能性が考えられる。その一方で、1月においても拡大基調を強めてきた輸入は2
月も前年同月比+38.1%と一段と伸びが加速している上、前月比も拡大基調が続いており、中国国内の景気が
依然堅調に推移していることを示唆する動きも確認され
図 3 製造業 PMI の推移
ている。数量ベースでは、同国では依然一次エネルギー
の6割超を石炭に依存する状況ではあるものの、2月の
石炭輸入量は大幅に減少するなど暖房を必要とする時期
が終わりに近付くなかで下押し圧力が掛かる動きもみら
れる。他方、鉄鋼石や原油などの輸入量は依然として堅
調な推移をみせており、インフラなどの公共投資や不動
産投資などの進捗が需要を後押ししているほか、銅の輸
入量も比較的底堅く推移するなど、生産拡大に向けた動
(出所)国家統計局, Markit より第一生命経済研究所作成
きが続いているとみられる。直近の製造業PMIによると、公共投資の進捗に加えて外需の底入れが景況感の
改善を促しており、受注動向などからは先行きもこうした傾向が続くことで内・外需がともに景気を下支えす
る可能性は高い。ただし、2月の輸出については春節の影響を加味しても極めて弱く、こうした状況が先行き
も続くことになれば外需による景気下支えの目論みは大きく外れることも考えられよう。
 2月の貿易収支が▲91.5 億ドルと3年ぶりに赤字に転じたことは、巨額の貿易黒字を理由に人民元相場が下
支えされてきた状況が変化する可能性も懸念される。なお、2月末時点における外貨準備高は3兆 51 億ドル
と再び3兆ドルの大台を回復しており、昨年6月以来8
図 4 外貨準備高の推移
ヶ月ぶりに増加に転じるなど、減少基調が続いてきた状
況に一服感が出ている。昨年末にかけては外国人投資家
のみならず、国内投資家による資金逃避の動きも相俟っ
てオフショア市場を中心に人民元売り圧力が強まるなか、
当局による為替介入などの影響で外貨準備が減少する傾
向が強まってきた。こうした展開を受けて、当局は年明
け以降に資金流出元のひとつとみられたビットコイン取
引に対する締め付けを強化している上、金融機関などに
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
対して海外との通常の資金取引についても制限を加える動きをみせたほか、個別の取引内容の確認を厳格化す
るなど、資本流出の抑制に向けた姿勢を強化させてきた。さらに、国際金融市場においては米国トランプ政権
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
4/4
による政策運営を巡る不透明感はくすぶるものの、政府内などから急速な米ドル高圧力に対してけん制する姿
勢が示されたことは、人民元の対ドル為替レートの一方向的な動きに歯止めを掛けることに繋がった。結果、
当局がそれまでのような大規模な為替介入を行う必要性が後退したことに伴い、外貨準備の減少に歯止めが掛
かったと捉えられる。上述したように、足下の製造業PMIなどは先行きの輸出拡大を示唆する動きが続いて
いるものの、2月の輸出に予想外の下押し圧力が掛かったように目論見が外れれば、人民元相場を支える一因
となってきた貿易黒字の存在感が大きく低下することも予想される。そうなれば、オフショア市場を中心に足
下で落ち着きを取り戻しつつある資金流出圧力が再び活発化し、結果的に当局が為替介入を行うことで外貨準
備の取り崩しに動かざるを得ない事態も懸念される。したがって、このところの人民元相場は比較的落ち着き
を取り戻す展開が続いてきたものの、再び混乱状態に陥ることも考えられよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。