1/3 Asia Trends マクロ経済分析レポート 中国人民銀、全人代を前に緊急利下げ決定 ~ディスインフレ基調が続くなか、今後も追加緩和の可能性は残る~ 発表日:2015年3月2日(月) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主任エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 先月28日、中国人民銀は3ヶ月ぶりの利下げ実施を決定した。昨年末以降、同行はインフレ率の低下や資 金需給のひっ迫による影響を懸念して利下げや預金準備率の引き下げなど金融緩和に動いている。なお、 同行は依然金融政策の方向性は不変とし、政策の微調整によるものとの考えを示す。ただし、インフレ率 の一段の低下も懸念される状況にあることから、今後も追加緩和に動く可能性は高いと予想される。 一連の金融緩和は大都市部で不動産市況の底入れを促すなどの効果を生む一方、貸出拡大などの効果に繋 がっているかは不透明である。とはいえ、全人代などを控える時期に共産党・政府は景気維持の必要性を 謳う動きが強まったことが追加利下げを後押しした。ただし、党・政府は構造改革の背後で一定程度の景 気減速を容認する姿勢をみせており、同国景気は大崩れこそ避けられようが、減速基調は続くであろう。 《インフレ率低下で緩和余地が拡大するなか、資金需給の一段のひっ迫を警戒して人民銀は追加利下げを決定》 先月 28 日、中国人民銀行は3月1日付ですべての政策金利を 25bp 引き下げるとともに、金利自由化の観点か ら金融機関による預金金利の上限を基準金利の 1.2 倍から 1.3 倍に拡大させることを決定した。同行による利 下げ実施は昨年 11 月 22 日以来約3ヶ月ぶりであり、先月4日には預金準備率の引き下げに踏み切るなど金融 緩和を進めてきたが、さらなる緩和に舵を切った。今回の 図 1 主要政策金利の推移 利下げに際しても個人向け住宅ローン金利も引き下げられ るなど、全面的な金融緩和となっている。今回の決定によ り、主要政策金利である1年物貸出基準金利は 5.35%、1 年物借入基準金利は 2.50%となる。共産党及び政府主導に よる経済構造改革の進展に加え、昨年後半以降の原油安を はじめとする国際商品市況の調整を受け、足下のインフレ 率は低下するなどディスインフレ基調が強まっている。結 果、実質金利が上昇することで景気の足かせとなる懸念が 出るなど金融緩和余地は拡大している。また、同国では地 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 図 2 M2 伸び率(前年比)の推移 方部を中心に不動産市況に調整圧力が高まっており、理財 商品をはじめとするシャドーバンキングの資金繰りの悪化 が金融市場のシステミックリスクに発展する懸念のほか、 資産デフレをきっかけに全面的なデフレに陥るリスクもく すぶっている。さらに、昨年末にかけては同国の景気に対 する不透明感を理由に海外資金が流出圧力を強めており、 国内金融市場では資金需給のひっ迫が懸念されてきた。こ うしたことは人民銀が昨年末以降金融緩和に舵を切る一因 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 になったが、春節(旧正月)が終わった後も資金需給のひっ迫が懸念される状況が続いてきたことが、追加的 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 な利下げ実施を後押ししたと考えられる。なお、今回の利下げについて人民銀は「企業の資金調達コストを和 らげる効果がある」との認識を示すとともに、その狙いについて「 実質金利を経済成長や物価、雇用の基調 に見合う水準に維持させること 」にあるとした。その一方で「従来から金融政策の基本姿勢としてきた『穏 健』が変化を意味するものではない」との考えを示している。今回の利下げは減速懸念が強まるなか、景気安 定を図るための政策の『微調整』という従来のスタンスを改めて示したと言えよう。しかし、1月のインフレ 率は5年超ぶりに1%を下回る水準に低下している上、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率も前年比 +1.2%と低水準に留まるなど景気減速を反映するなか、川上の物価に当たる生産者物価は約3年近くに亘っ て前年を下回る伸びに留まっており、当面はインフレ率の加速は見込みにくくなっている。こうした環境を勘 案すれば、先行きも実質金利が高止まりすることにより、追加的な利下げや預金準備率の引き下げなど金融緩 和に動く余地は拡大すると見込まれ、追加的な金融緩和が行われる可能性は高いと考えられる。 《金融緩和が景気回復を促すかは不透明であるが、構造改革などを通じて「中高速成長」への道のりを歩もう》 昨年末以降の金融緩和により、金融機関は資金需給の改善を通じて貸出余力の拡大が期待されるほか、金利低 下によって共産党や政府が志向する構造改革の促進や、中小企業の育成などに繋がるとの期待はある。さらに、 金利自由化への取り組みが前進したことで、党・政府は市場を通じた自律的な調整メカニズムを一段と推進す る姿勢を示したものと考えられる。一方、上述のように不動産市場を巡る資金需給のひっ迫が懸念される状況 が続いており、金融緩和による資金供給の拡大のみによって事態の劇的な改善を期待することは難しくなって いる。共産党は今月3日に全国政治協商会議、5日には全国人民代表会議を開催し、今年の経済政策の運営方 針や経済成長率の目標などが発表される。一連の会議に先立つ形で中国国内の報道では新たなスローガンとし て『4つの全面(ゆとりある社会の建設、改革の推進、『法治』の強化、綱紀粛正の全面推進)』が示されて おり、習近平政権が進めてきた権力集中が一段と進むことが予想される。なお、一連の会議では成長率目標を 昨年目標(7.5%前後)から 7.0%前後に水準を引き下げるものと見込まれる。昨年末に開催された共産党と 政府が経済政策を討議する中央経済工作会議においては、基本的な方針として「積極的な財政政策と穏健な金 融政策」を堅持するものの、金融政策については「 引き締めと緩和との度合いが適切であることを一層重視 する」とし、外部環境などを勘案して緩和の度合いを強める姿勢をみせていた。昨年末以降の金融緩和により、 一部の大都市では不動産市況に底打ちの動きが出るなどの効果がみられる一方、地方部を中心に下げ止まりの 動きが出る兆候は依然みられず、不動産を担保とする金融商品などでデフォルトリスクが高まる懸念は残る。 その意味では、多くの金融機関はバランスシート調整圧力に見舞われていると考えられ、金融緩和が直ちに金 融機関による貸出余力の改善に繋がるなどの効果が挙げら 図 3 製造業 PMI の推移 れるかは不透明と言える。先月末にHSBCが発表した2 月の製造業PMI(購買担当者景気指数)の速報値は3ヶ 月ぶりに景況感の分かれ目となる 50 を上回るなど景気の 底入れがうかがえる一方、1日に政府が発表した2月の製 造業PMIは 49.9 と 50 を下回るなど、依然として景気を 巡る不透明感はくすぶる。一連の金融緩和は少なからず内 需の底入れを促していると見込まれるものの、輸出の2割 を占める欧州経済の不透明感や、原油をはじめとする商品 (出所)国家統計局, Markit より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 市況の調整による資源国経済の低迷は外需の足かせになることは避けられない。先月 25 日に開催された国務 院常務会議では、中小企業を対象とする優遇税制をはじめとする景気支援策が発表されたほか、金融緩和の必 要性が謳われる動きがみられたことから、利下げ実施はこの方針に沿ったものと言えるものの、景気を大きく 反転させることは難しいと言える。その一方、共産党と政府は経済の安定成長を重視している上、これまでも 高速成長から中高速成長に徐々に減速する『新常態』への移行を目指す姿勢をみせていること、構造転換の必 要性を繰り返し主張していることを勘案すれば、景気を大きく押し上げる政策に舵を切る可能性は低い。不動 産市況の動向は引き続き不安要素となることは懸念されるものの、同国経済が大崩れしていく可能性は低いと みており、中高速成長への道のりを徐々に歩むと見込まれよう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
© Copyright 2024 ExpyDoc