1/4 Asia Trends マクロ経済分析レポート 中国、「過剰問題」解消の道筋はみえず ~相矛盾する事態への対応は困難を極める状況に~ 発表日:2016年6月9日(木) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 昨年来、中国金融市場及び中国経済を巡る不透明感は国際金融市場の動揺を招いてきたが、足下では落ち 着きを取り戻しつつある。他方、株バブル崩壊後も金融緩和による「カネ余り」が続き、不動産バブルが 再燃する事態に陥っている。ここ数ヶ月の中国経済は公共投資と不動産投資の拡大が景気を押し上げる 「いつか来た道」を辿っており、構造改革の必要性が高まるなかで政策対応は困難さを増している。 世界経済の不透明感を理由に、依然外需は一進一退の展開が続いている。5月の輸出は底打ちを示唆する 動きがみられる一方、中国国内における過剰生産の吐き出しに使われている可能性がある。輸入は底入れ しつつあるが、これは資源輸入の拡大が主導するなか過剰生産に繋がるリスクも残る。なお、5月の輸入 額には「誤差」が生じているリスクもあり、これを以って過度に楽観に振れることには注意が必要だ。 過剰設備や過剰生産打開の道筋がみえないなか、依然としてディスインフレ懸念もくすぶる。5月のイン フレ率は食品価格の下落に伴い減速したが、景気の不透明感を反映してサービス物価も伸び悩んでいる。 ここ数ヶ月の商品市況上昇の影響はあるが、消費財価格は上昇しにくい展開が続く。このように中国国内 には様々相矛盾する事象が混在するなか、これらの対応は困難を極める厳しい展開が続くと予想される。 《輸出入を巡る状況は一進一退のなか、ディスインフレとバブルが混在する複雑な状況も課題克服を困難にさせよう》 昨年来、中国経済を巡る不透明感は世界経済の先行きの見通しを下振れさせるとともに、金融市場のマインド を大きく悪化させることを通じて、たびたび国際金融市場の動揺を引き起こす要因となってきた。年明け直後 の中国株式市場におけるドタバタをきっかけにした国際金融市場の動揺は、中国国内における景況感の悪化で 実体経済に対する不透明感が意識されたことも重なり、中国経済に対する見方を過度に悲観に振れさせるなど の動きに繋がった。事実、今年1~2月の経済指標は昨年に比べて春節(旧正月)の時期が大きく前にずれ込 んだ影響はあるものの、前年比ベースでも大幅に減速する動きがみられるなど、軒並み景気に下押し圧力が掛 かっていることが確認された。しかしながら、3月に開催された全人代(全国人民代表大会)において今年初 年度を迎える経済計画である第 13 次5ヶ年計画に関する討議が行われるとともに、そのスタートダッシュを 図るべく巨額のインフラ投資を中心とする公共投資の実施計画が盛り込まれたことで状況は大きく変化する。 さらに、中国の株式市場では昨年「バブル崩壊」状態に陥るなど大きく混乱したものの、当局は度重なる金融 緩和などを通じて信用収縮懸念に対応した結果、金融市場では「カネ余り」が一段と意識される状況となった。 しかしながら、株式市場は度重なる取引停止をはじめとするルール変更などを嫌気して急速に活況を失うなか、 余剰資金は潜在需要が期待される一部の大都市部を中心とした不動産市場に再び流入しており、足下では一段 の金融緩和も追い風に不動産投資が再び活発化して一部で「バブル再燃」が懸念される事態に陥っている。こ うした動きを反映する形で3月の経済指標は中国経済の底入れを示唆する動きが確認されたものの、共産党や 政府が目指す個人消費を中心とする内需や、サービス業を中心とする第3次産業が景気をけん引するというよ り、公共投資と不動産投資といった従来型産業が経済成長を押し上げる実態が浮き彫りになった。そうしたこ とから、先月には共産党の機関紙である『人民日報』に謎の人物とされる「権威人士(権威ある人物)」のイ 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/4 ンタビュー記事が掲載され、足下で景気に底入れの動きが出ていることに一定の評価を示しつつも、現状の政 府による経済運営では同国経済が抱える課題克服の道筋が描かれていないとして、構造改革の促進を強力に推 し進めることが必要との認識を示した(詳細は5月 16 日付レポート「中国経済、この道はいつか来た道か」 をご参照ください)。こうした動きについて、共産党内部における対立が表面化したものとの見解が数多くみ られるものの、筆者は共産党首脳周辺から政府に対する政策の軌道修正、並びに構造改革の前進を求める動き の一部であるとみており、過度に警戒する必要性は低いとみている。他方、経済成長の安定と景気の下振れ要 因となる構造改革とのバランスを採る必要があるなか、先行きについては米国の金融政策や大統領選の行方、 英国のEUからの独立を巡る国民投票の行方など、国際金融市場におけるリスクイベントが数多く待ち受けて おり、経済政策を巡っては引き続き厳しい舵取りが求められる展開が続くと予想される。 こうしたなか、5月の外需については引き続き一進一退となるなど、引き続き世界経済の回復力の乏しさが意 識されるとともに、中国経済が外需主導による景気回復を実現することが難しいことがあらためて確認された。 今月初めに発表された製造業PMI(購買担当者景気指 図 1 製造業 PMI(輸出向け新規受注)の推移 数)では、国家統計局と物流購買連合会が作成する政府 版は3ヶ月連続で好不況の分かれ目となる 50 をクリア する一方、英調査機関が作成した民間版は引き続き 50 を下回っている上、輸出の受注動向にも下押し圧力が掛 かるなど、民間企業並びに中小・零細企業を中心に輸出 を取り巻く環境が厳しいことが示されている。さらに、 5月の輸出額は前年同月比▲4.1%と2ヶ月連続で前年 を下回る伸びとなり、前月(同▲1.8%)からマイナス (出所)国家統計局, Markit より第一生命経済研究所作成 幅も縮小するなど依然として下押し圧力が掛かる展開が続いている。しかしながら、当研究所が試算した季節 調整値ベースの前月比は2ヶ月連続で拡大基調が続いており、年明け以降大きく落ち込んだ輸出に底入れの動 きが出ている様子はうかがえる。輸出先の内訳をみると、時に保税地域を利用した「偽輸出」問題が指摘され る香港向けは全体を下回る伸びに留まるなどそうした懸念が薄い一方、米国やEU、日本といった先進国向け に底堅さがみられ、ASEANやインドなどのアジア新興国向けも堅調ななか、欧米による経済制裁の影響で 苦境に立たされているロシア向けが大幅に拡大したことが輸出の押し上げに繋がっている。財別の輸出動向を みると、同国内における過剰設備の問題が度々指摘される鉄鋼製品や石油製品などの輸出量は比較的堅調な推 移が続いており、この動きは共産党及び政府が進めようとしている構造改革が依然として前進していないこと を示唆している可能性がある。さらに、中国国内における過剰生産を輸出によって解消する動きがあることは、 中国と競合関係にあるアジア新興国を中心に中国製品によるダンピングの影響が懸念されるとともに、先日開 催されたG7伊勢・志摩サミットや米中戦略・経済対話において中国の過剰設備問題に対する懸念が共有され たことにも一致する。足下の輸出動向を勘案すれば、当局による過剰設備及び過剰生産の圧縮の本格的な取り 組みはこれらの輸出鈍化を通じて輸出全体を下押しすると見込まれ、結果的に景気回復を輸出に頼むことの難 しさを示している。その一方、5月の輸入額は前年同月比▲0.4%と 19 ヶ月連続で前年を下回る伸びに留まっ たものの、前月(同▲10.9%)からマイナス幅は大幅に縮小し、前月比も大幅に拡大していることが確認され た。さらに、輸出財の生産に関連した輸入の伸びは依然として大幅マイナスが続いている一方、国内需要を想 定した一般輸入額は前年を上回る伸びに転じるなど、内需の底入れを示唆する動きもみられる。しかしながら、 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/4 主要財別の動向をみると鉄鋼石や銅、石炭や原油などで 図 2 鉄鋼石の輸入量の推移 軒並み輸入量が大幅に拡大しており、上記のように海外 や中国当局が共通認識を得たであろう過剰設備や過剰生 産の問題がクリアになる方向とは逆を向く動きがみられ る。こうした状況を勘案すれば、足下の中国経済は依然 として「いつか来た道」の延長線上を歩いていると捉え られよう。なお、中国の貿易額は単月の数値と別に、年 初来累計の数値が発表されているが、5月の輸出額を後 者のベースで試算すると前年同月比▲6.1%と単月値で (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 の計算と誤差が生じている。さらに、この数値を元に季節調整値を試算すると前月比にも下押し圧力が掛かる ことから、輸出が依然として底入れしていないとみられる可能性には注意が必要である。 このように中国国内における過剰設備や過剰生産の問題には依然として打開の道がみえないなか、中国国内に おいてはそのことも影響する形でディスインフレ圧力がくすぶっている。5月の消費者物価は前年同月比+ 2.0%と当局が定めるインフレ目標(3%)を大きく下回る水準に留まるなか、前月(同+2.3%)から減速す るなど物価上昇圧力は後退している。前月比も▲0.5%と3ヶ月連続で下落基調が続いている上、前月(同▲ 0.2%)から下落ペースは加速するなど、昨年末以降の 図 3 インフレ率の推移 物価上昇圧力の高まりが一巡しつつある様子がうかが える。内訳をみると、食料品(前月比▲2.7%)の下落 が全体を大きく下押ししており、野菜(同▲21.5%) や果物(同▲1.3%)など異常気象の影響で昨年末以降 物価上昇が続いてきた生鮮品を中心に物価が下落した ことが影響している。ただし、食料品のうち豚肉(前 月比+2.3%)は依然として上昇基調が続いており、こ れは過去数年に亘る豚肉価格の低迷に加え、地方を中 (出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成 心に環境対策強化の動きが広がっていることも追い風に養豚業者の退出が相次ぎ、結果的に供給量が縮小して 需給バランスが崩れていることが影響しているとの見方がある。先行きも豚肉価格が当面高止まりすることで インフレ率が押し上げられる可能性はあるが、食料品全体でみれば徐々に落ち着きを取り戻すと見込まれる。 さらに、ここ数ヶ月は国際的な原油価格が上昇基調を強めるなか、ガソリン価格(前月比+3.6%)が上昇基 調を強めていることで運輸・通信関連(同+0.3%)の物価が押し上げられる動きはみられるなど、生活必需 品を巡る物価動向はまちまちの展開が続いている。なお、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年 同月比+1.6%と前月(同+1.5%)からわずかに加速しているが、前月比は+0.1%と前月(同+0.2%)から 上昇ペースは鈍化しており、物価上昇圧力が後退している様子がうかがえる。サービス物価は前月比+0.0% と前月(同+0.2%)から上昇ペースが鈍化しており、季節的な影響は考えられるものの、このところの景気 減速を受けて賃金上昇圧力が弱まる動きがみられるなか、全般的に物価が上向きにくくなっている可能性も考 えられる。その一方、川上の物価に当たる生産者物価は前年同月比▲2.8%と4年以上に亘ってマイナスとな っているものの、前月(同▲3.4%)からマイナス幅は縮小しており、前月比も+0.5%と前月(同+0.7%) から3ヶ月連続で上昇基調が続いている。しかしながら、これは国際的な原油価格の上昇やそれに伴う商品市 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 4/4 況の上昇により鉱物資源関連を中心に原材料価格が上 図 4 不動産価格(新築住宅価格)の推移 昇していることが影響している一方、消費財価格は依 然として横這いの状況が続くなど価格転嫁出来ていな い状況もみられる。景気の先行きに対する不透明感が くすぶることを勘案すれば、先行きについても消費財 価格への価格転嫁が進みにくい可能性が考えられ、結 果的に物価上昇圧力が高まりにくい展開が続くことも 考えられよう。他方で上述したように金融市場におけ る「カネ余り」の長期化などを背景に不動産市況は上 (出所)国家統計局, Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 昇圧力を強めており、すでに一部ではバブルが懸念されるなど、同国経済はディスインフレとバブルという相 反する現象が同居する歪な状況にある。こうした状況に対応するには、景気の安定と構造改革のバランスを採 ることと同様に難しい舵取りが必要になるなか、先行きについてもしばらくはこうした相矛盾する状況が混在 する複雑な展開が続くことは避けられないであろう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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