道路盛土におけるセメント改良の適用性に関する考察

(一社)建設コンサルタンツ協会 近畿支部
第48回(平成27年度)研究発表会 論集
一般発表論文 №127
道路盛土におけるセメント改良の適用性に関する考察
三井共同建設コンサルタント株式会社
原田 紹臣
○ 木下 悦男
篠原 正男
論 文 要 旨
近年,老朽化した道路施設等において集中豪雨等の影響により多くの災害が報告されている。一方,一般的に対
象地区の地形や地質の違いが災害の規模や特徴に影響を与えるとされている。本稿で対象とする変状が発生した箇
所は,神戸層群のぜい弱岩材料が一部混入して構築された道路盛土部であり,過去に舗装沈下の緊急対策として舗
装下部の盛土材をセメントにより地盤改良されている。現在,この改良された箇所において舗装表面に顕著な亀裂
が確認されたため,更に緊急的な対策を講じることとなった。この変状の要因としては,セメント改良により固化
された下部に存在するぜい弱岩材料がスレーキングを起こし,地下水の流動に伴って流出及び空洞化してぜい性的
に沈下したことによるものと考えられる。本稿では今後の道路防災対策において留意すべき知見の一つとして,こ
れらの変状に関する経緯や対策等の概要とともに,盛土沈下対策としてのセメント改良の適用性について考察する。
キーワード:道路防災,災害,神戸層群,盛土,スレーキング
ま え が き
は集水地形であり,周囲から流入してきた地下水により盛土
近年,老朽化した道路施設の維持管理が問題となっている。
層は飽和している状況であったと推測される。このような施
特に,トンネル区間や盛土・切土区間等の道路構造における
工条件であったため,道路拡幅後に構築された盛土材の流出
変状は橋梁構造物等に代表される人工構造物の変状とは異
(吸出し)等の影響を受け,舗装表面が継続的(約10年間程
なり,自然条件の違いに顕著に影響を受けるため,一般的に
度)に沈下した。この対策として,舗装のオーバーレイや上
変状のメカニズムが複雑となる場合が多い。なお,道路施設
層部付近における盛土材の沈下防止を目的とした盛土材の
管理者はこれらの変状や土砂災害の防除を目的に,これまで
セメントを用いた改良等が実施されていた。現在,この改良
トンネル点検や防災点検等の実施により変状箇所を抽出し,
された箇所において舗装表面の亀裂や沈下がぜい性的に発
随時に補修工事が講じられてきた。しかしながら,限られた
生し,更に緊急的な対策を講じることとなった(写真-1:
予算の中での維持管理であるため,一般的に必ずしも全ての
舗装表面の沈下及び亀裂)。なお,応急復旧として舗装の撤
路線において十分な点検や予防保全的な補修が実施されて
去復旧を実施するため,その際に舗装下部の状態について併
いないのが現状である。一方,地球温暖化等の影響を受け,
短時間あたりの降雨量が顕著な集中豪雨が多発している。こ
こで,連続した現地観測結果を用いた既往報告1)によると,
降雨に伴う斜面崩壊や土石流の発生は長期的な累積降雨量
の違いではなく,短期的な降雨量の違いに強く影響を受ける
ことが指摘されている。これより,今後,更なる土砂災害の
発生が懸念される。
本稿において対象とする変状が発生した箇所は,過去に切
土により構築された道路に対して,道路拡幅を目的に約30年
前に腹付盛土された箇所である。なお,構築された盛土部は
傾斜地盤上での腹付盛土であり,その盛土材料の一部におい
て神戸層群のぜい弱岩材料が混入していた。また,当該地区
写真-1 舗装表面にぜい性的に発生した変状(亀裂,沈下)
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せて調査した。これらの変状の主な要因としては,セメント
られた盛土材料において同地区内で産出された神戸層群の
改良により固化された層の下部に存在するぜい弱岩材料が
ぜい弱岩材料が混入された。その後,周囲から流入した地下
周囲から流入してきた地下水の影響を受けてスレーキング
水の流動等の影響を受けて,盛土材料の吸い出し等に伴う抜
を起こし,それらの細粒化(泥状化)した土砂が地下水と共
け出しにより路体に空洞化が段階的に発生し,継続的(約10
に周囲へ流出して空洞化したことによるものと考えられる。
年間程度)に舗装表面が沈下した。この対策として,拡幅さ
本稿では今後の道路防災対策において留意すべき知見の一
れた盛土部を中心に舗装のオーバーレイによる工事が数回
つとして,これらの経緯や対策等の概要について報告すると
実施された。さらに,舗装表面の沈下防止を目的に,拡幅盛
ともに沈下対策としてのセメント改良の適用性について考
土における表層部を中心に盛土材を対象にセメントを用い
察する。
て地盤改良された。
セメント改良されてから約10年程度経過した現在,この改
1.これまでの経緯と変状概要
良された箇所において,再び舗装表面に顕著な亀裂が道路管
今回対象とする変状箇所(図-1:平面図参照)における
理者による日常点検(パトロール)により発見された。今回
これまでの経緯を以降に示す。前述した様に,当該箇所は切
発見された変状の概要を,図-1,図-2(下)及び写真-
土により構築された道路を拡幅するため,約30年前にブロッ
1に示す。図-2(下)に示されるとおり,拡幅盛土と当初
ク積擁壁により腹付盛土が実施された(図-2:上)。図-
地山との切盛境界付近を中心に亀裂が確認された。
2(上)に示されるとおり,盛土部は傾斜した地盤の上に構
築された。なお,詳細については後述するが,その際に用い
2.地形・地質の概要
当該地区は,緩やかな谷を呈する集水地形において切土や
盛土により構築された地形である(図-2参照)。このため,
上流域(図-2下部:集水面積約0.01km2)で集水された雨水
が表流水や地下水となり,対象となる盛土に流入しているも
のと推測される。なお,今回の変状が確認された後の降雨時
盛土法尻へ流出
に,現地でブロック積擁壁の目地部からの湧水が確認されて
いる。これらの地下水の流入の影響を受けて,降雨時には盛
沈下
舗装亀裂
土の一部が飽和していた状況であったと考えられる。
一方,当該地域における地質区分図2)を図-3に示す。図
-3に示されるとおり,当該地区は神戸層群の凝灰岩が混在
上流域から集水(集水地形)
する砂岩・泥岩及び礫岩(堆積岩)が優勢な地域である。一
般的に,神戸層群は地すべり等が多発する地層として知られ
図-1 対象地点における平面図
ており,中川・遠藤3)の報告によると,施工後の数年から10
年程度の期間において遅れ破壊が発生すると指摘されてい
拡幅盛土
ブロック積擁壁
る。ただし,これらのメカニズムについては未だ不明瞭な点
が多く残されている。
当該箇所の地盤状況を把握するため,今回変状が確認され
た拡幅盛土部を中心にボーリング調査(2カ所)を実施し,
路体の沈下、切盛境界部に舗装亀裂
ブロック積擁壁からの湧水
急崖部の小崩壊
砂岩・泥岩及び礫岩(凝灰岩を挟む)
図-3 当該地域における優勢な地質区分図 2)
図-2 道路横断面図(上:拡幅時,下:今回の変状)
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周辺に存在する露岩などの情報を用いて地質横断図を推定
に舗装下部の状態について調査した(写真-3及び写真-
した(図-4)。図-4に示されるとおり,当該箇所は砂岩・
4)。写真-3に示されるとおり,写真-1に示される舗装
泥岩の互層であり,その上部には崩積土が堆積している比較
亀裂と同位置において明瞭な線状の段差が確認された。なお,
的にぜい弱な地盤構造であることが想定される。
この段差は,図-2に示されるとおり拡幅盛土の切盛境界部
に位置していた。一方,写真-4に示されるとおり,舗装直
3.舗装下部(盛土内)における変状
下においては過去にセメント改良された堅質な層が存在し
今回の変状に対する緊急的な応急対策として,舗装の撤
ており,その下部に顕著な空洞が確認された。これは,細粒
去・仮復旧が実施された(写真-2)。そこで,舗装撤去時
化した盛土材が地下水と共に流出したため,空洞が生じたも
のと考えられる。
4.室内試験(スレーキング試験)結果
前項3.において確認された細粒化した盛土材の流出機構に
ついて理解を深めるため,拡幅盛土時に一部に用いられた現
盛土
存する神戸層群の風化した岩塊(写真-5)を採取し,室内
において岩塊の乾燥・水浸に伴う細粒化等の形状変化(スレ
泥岩(一部凝灰質)
ーキング)に関する試験を実施した。なお,実施したスレー
キング試験については,簡便的に12時間後の変状変化につい
て観察した。
砂岩
実施したスレーキング試験の結果を写真-6に示す。写真
-6に示されるとおり,実験開始から12時間後(水浸12時間
図-4 想定された地質断面図
空洞
セメント改良による堅質な土層
写真-2 応急対策として実施された舗装撤去・復旧工事
写真-4 セメント改良された下部に存在する空洞化
混入された神戸層群の岩塊:
スレーキング試験材料の採取位置
明瞭な線状の段差
写真-3 舗装表面に亀裂が確認された舗装直下の状況
写真-5 盛土時に混入された神戸層群の風化した岩塊
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後:ただし,一般的には24時間後の状態把握4))において,
因は,過去に応急対策として実施された盛土材のセメント改
一部風化した岩塊において顕著な細粒化(泥状化:粒径 約
良であったと考える。
0.03mm)が確認された。これらの結果より,今回変状が発生
一方,ブロック積擁壁が転倒した理由として,擁壁の下部
した箇所において雨水や地下水等の影響を受けて,盛土時に
付近(図-2参照)に存在する比較的に不安定な崩積土(崖
混入された神戸層群のぜい弱な岩塊がスレーキングを起こ
錐:N値≒ 4以下)の浸食・崩壊や地耐力不足に伴って,擁壁
し,地下水の流動に伴って盛土法面下部の方向に吸出し(流
が不安定な状態であったものと推測される。ここで,擁壁下
出)したものと推測される。ただし,上部のセメント改良さ
部に存在する崩積土の状況を写真-7に示す。写真-7に示
れた不透水性の堅質な層により,舗装表面等の鉛直方向にお
されるとおり,擁壁下部の周辺においては竹が繁茂しており,
ける当該部分への雨水流入は殆ど存在しなかったと推測さ
深さ数cm程度の崖錐堆積物が広く分布していた。一般的に竹
れる。これより,当該部分への水の供給源は水平方向に存在
の生育には十分な地下水が必要とされており,擁壁下部の土
する地下水の流動によるものであったと考えられる。
層における含水比は比較的に高い状態のため,崩壊が懸念さ
れる状態であったものと推測される。なお,写真-7に示さ
5.今回の変状メカニズムと今後想定される変状
れるとおり,擁壁下部においては小規模な崩壊跡が点在して
これまでの調査や試験結果を踏まえて,今回発生した推定
される変状の要因(メカニズム)と,今後予想される比較的
いる。このため,将来において更に浸食や崩壊が進行した場
合,擁壁の安定性が懸念される。
ここで,過去に構築された傾斜地盤上の拡幅盛土において
に規模の大きな変状について以降に示す。
今回,降雨直後において舗装表面にぜい性的かつ断続的に
今後予想される一般的な変状5)の概要を図-5に示す。図-
に発生した沈下や亀裂の主な要因(原因)は,①集水地形に
5に示されるとおり,①盛土下部に存在する崩積土(崖錐)
よる盛土内への地下水の流入及び排水不良に伴う地下水位
の浸食及び崩壊,②ブロック積擁壁の転倒,③崩積土及び拡
の上昇,②傾斜地盤上における不安定な盛土,③スレーキン
幅盛土の崩壊,流動,④最終的な路面の陥没等が想定される
グが懸念されるぜい弱岩材料(神戸層群)の盛土材への混入
ため,今後の予防保全的な対策が望まれる。
及び地下水による細粒化(泥状化),④路体上部のセメント
改良部(版構造)下部に存在した空洞,⑤ブロック積擁壁の
6.今回提案した対策工等の概要
谷部への転倒に伴う盛土の沈下等の複合的な要因であった
今回,前項5.において将来的に懸念される傾斜地盤上の拡
と考えられる。特に, 今回の崩壊メカニズムにおいて現象
幅盛土における崩積土等の崩壊も考慮した対策の概要を図
の理解を複雑かつ困難にし,ぜい性的に沈下を発生させた要
-6に示す。図-6に示されるとおり,今回提案した主な対
策工は,①盛土内における地下水排除を目的とした抑制工
(集水ボーリング工),②盛土下部に存在する崖錐斜面の浸
食防止(吹付法枠工)及び崩壊防止(鉄筋挿入工),③既設
ブロック積擁壁の補強及び擁壁背面土の緩み防止(コンクリ
ート張工及び鉄筋挿入工)等であった。なお,今回提案した
対策工は,一般的に採用される複数の対策工(例えば,アン
カー工)を抽出し比較検討の上,最も建設費が安価で施工性
写真-6 スレーキング試験の結果
の優位な工法を採用した。また,変状箇所全体における舗装
の更新(本復旧)及び路体材の置換(ぜい弱岩材料やセメン
ト改良された土層の置換)と十分な路体の転圧についても,
留意事項として併せて提案した。
ここで,当該箇所における今後の維持管理として,防災点
図-5 傾斜地盤上の崩積土の崩壊メカニズム概要 4)
写真-7 擁壁下部における竹林と崩積土(崖錐)の状況
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一般発表論文 №127
工学)
,Vol. 69 No.4,2013.
2) 尾崎正紀・松浦浩久:三田地域の地質,地域地質研究
報告,地質調査所,1998.
3) 中川 渉・遠藤 司:神戸層群凝灰岩の切土掘削に伴
う地盤変形と遅れ破壊,J. of the Jpn. Landslide Soc.,
Vol.41 No.4, 365, 2004.
4) 地盤工学会基準(改正案)
,JGS2124,
:岩盤のスレー
キング試験方法,2006.
5) 東日本高速道路株式会社他:切土補強土工法設計・施
工要領,2007.
6) 国土交通省道路局:点検要領,1996.
図-6 今後予想される変状に対する対策工
7) 原田紹臣・小杉賢一朗・里深好文・水山高久:老朽化
例
検及びカルテ点検による定期的なモニタリングが望まれる
した砂防関係施設の健全度及び対策優先度に関する
えば,6)
。特に,抑制工(集水ボーリング工)の経年的な機能の
定量的な評価手法の提案,河川技術論文集,Vol. 21,
7)
低下については特に留意する必要がある 。ただし,現在の
6)
2015.
防災点検に関する基準やマニュアル 等においては,抑制工
8) 地すべり防止施設の維持管理に関する実態と施設点
に関して具体的な点検方法や評価方法について示されてい
検方法の検討,土木研究所資料,Vol. 4201,2011.
例えば,8)
ない。そこで,既往研究報告
等を参考に,抑制工につ
いても定期的な的確な点検が望まれる。また,当該路線では
今回対象となった以外においてもセメント改良により盛土
沈下対策が講じられている箇所が存在するため,セメント改
良部の下部における空洞化の有無について把握する必要が
ある。
あ と が き
本稿では,盛土の沈下対策としてセメントを用いて地盤改
良された箇所において発生した変状や対策の概要等につい
て示した。
今回の変状で得られた技術的な知見を以降に要約する。
1)
道路拡幅を目的とした傾斜地盤上における腹付盛土に
際しては,盛土崩壊等に対して十分留意が必要であるこ
とが改めて確認された。
2)
特に,集水地形を呈する箇所においては,集水ボーリン
グ工等により抑制することが望まれる。ただし,抑制工
は経年的に機能が低下することが予想されるため,既往
の知見を有効に活用した定期的な点検が望まれる。
3)
神戸層群の風化した岩塊の一部は,顕著なスレーキング
現象が確認された。
4)
上記に示される条件における道路盛土の沈下対策とし
てセメントを用いて地盤改良する場合には,今回見られ
たぜい性的な沈下等に対して十分に留意する必要性が
示された。
参 考 文 献(または引 用 文 献)
1) 速見 智・里深好文:山地源頭部における渓岸堆積物
の水分動態と土砂移動の観測,土木学会論文集 B1(水
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