史跡内に位置する大断面・未固結・低土被り山岳道路トンネルの設計

(一社)建設コンサルタンツ協会 近畿支部
第48回(平成27年度)研究発表会 論集
一般発表論文 №133
史跡内に位置する大断面・未固結・低土被り山岳道路トンネルの設計
中央復建コンサルタンツ(株)
宮
城
大
助
論 文 要 旨
本稿では,最大土被りが 1Dを大きく下回る低土被り,かつ未固結地山における内空幅約 16m の大断面トンネル
の設計について報告する。トンネル断面形状及び覆工構造の決定にあたっては,新東名トンネル(3 車線区間)の
実績等を踏まえたフレーム解析によるトライアル検討を行い,扁平率 0.5 の断面を採用した。また,掘削工法は施
工実績調査,FEM 解析等により安全性を検証のうえ,中央導坑先進補助ベンチ付き全断面掘削工法(インバート早
期閉合)を採用した。
キーワード:低土被り,未固結地山,大断面トンネル,中央導坑
ま え が き
新東名トンネル(3 車線区間)の実績を踏まえた案」につ
本トンネルが位置する道路は,史跡内を通るルートに計
いてフレーム解析によるトンネル構造の比較検討を実施
画されており,史跡保全及び景観保持のため切土構造が許
し,
「基本断面」を選定した。次に,得られた「基本断面」
容されないことから,史跡直下に位置する区間については
から扁平率の縮小検討を実施し,経済性,施工性に最も優
トンネル構造が採用となった。トンネル内の幅員構成は,
位な「最適断面」を決定した。さらに,得られた「最適断
車道 3 車線に加えて歩道を有するため,監査歩廊幅を加え
面」に対して,耐震性の評価を行った。
ると内空幅が約 16m となる大断面トンネルになる。また,
トンネル掘削地山は未固結のローム層であり,かつ,最大
なお,使用材料は表1に示すように,新東名トンネル坑
口部の覆工諸元相当とした。
土被り 6.5m の低土被りとなる。
表1 使用材料
本稿では,これらの課題を有したトンネルの設計及び施
工計画について報告する。
①コンクリート
設計基準強度
:30N/mm2
許容曲げ圧縮応力度:10N/mm2
ヤング係数
:25kN/mm2
②鉄筋(SD345)
設計引張降伏強度:345N/mm2
設計引張強度
:490N/mm2
許容引張応力度 :180N/mm2
ヤング係数
:200kN/mm2
1.地質概要
トンネル掘削地山はローム層及び火山礫凝灰岩により
(1)基本断面の選定
構成されている。地質調査結果及び関連文献調査により,
表2に示す通り,第1案と比較して内空断面積は大き
当該地のローム層は以下の性状を有すると考えられた。
いものの,覆工厚が小さくなり,掘削断面積の縮小が図
①当該地のローム層は,細粒分含有率が 90%以上とな
れることから,
「第2案:新東名トンネルの実績を踏ま
っており,一般的なロームの中でも高位となる。また,
自然含水比も 130~180%程度とやや高い。
えた案」を選定した。
(2)最適断面の決定
②コア状況からは,ロームの固結度は比較的高いと判断
「基本断面」に対して,扁平率を 0.57,0.55,0.5 とし
できる。
た場合について,同様にフレーム解析による構造検討を
③現地の露頭状況を見ると,比較的急勾配でも安定した
行った。表3に示すとおり,比較案中,掘削断面積,覆
切土面として自立している。
工数量ともに最小となるため経済性で最も優れるとと
④含水比の変化に伴う強度変化が大きいため,水が付着
もに,掘削高さが最小であることから施工性でも優れる
した場合の軟弱化は著しい。
扁平率 0.5 を「最適断面」として採用した。
⑤乱さない状態においては十分な強さを持っていても,
(3)耐震性の評価
動的な荷重が繰り返し載荷されると軟弱化する。
本トンネルは,全線に渡って土被りが小さい未固結地
山であり,大断面,かつ重要路線に位置することから,
2.トンネル断面の検討
更なる安全性の向上を目指して耐震性評価を実施した。
トンネル断面の決定にあたっては,まず,
「第1案:中
部地方整備局道路設計要領 1)に準拠した案」と「第2案:
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曲げ及びせん断照査結果,帯鉄筋のピッチを 300mm と
することで,所定の耐震性能を満足した。
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一般発表論文 №133
表2 基本断面の比較検討
比較案
第1案:
中部地方整備局道路設計要領に準拠した案
第2案:
新東名トンネルの実績を踏まえた案
0.57 以上
中央排水工下端を基準に設定
1.5m
1.0m
123.3m2
182.0m2
0.57 以上
上半半径×2.5
2.5m
0.5m
136.8m2
170.9m2
◎
断面図
内空縦横比
インバート半径
すりつけ半径
覆工厚
内空断面積
掘削断面積
採用
表3 最適断面の比較検討
比較案
扁平率 0.57
扁平率 0.55
扁平率 0.5
12.4m
0.5m
22.4m2
136.8m2
170.9m2
12.1m
0.5m
22.0m2
132.8m2
166.3m2
11.5m
0.5m
21.7m2
126.3m2
159.4m2
◎
断面図
掘削高さ
覆工厚
覆工数量
内空断面積
掘削断面積
採用
3.ローム層の切羽検討
切羽安定や脚部沈下対策を施している。
本トンネル掘削時におけるローム層の切羽状況を想定
③新東名トンネルで多く採用された中壁分割工法は,ロ
するため,同種地山における施工実績調査及び切羽の自立
ーム層における切羽安定及び地表面沈下対策として
性評価を行った。
有効であったが,坑口付近の土被りが小さい区間にお
(1)同種地山における施工実績及び施工業者ヒアリング
ける中壁撤去時の変位抑制が課題である。
(2)極限解析による切羽の自立性評価
結果に基づく施工法の検討
同種のローム層地山におけるトンネル施工実績及び
施工業者ヒアリング結果から得られた知見は以下のと
次に,トンネル掘削による切羽の自立性について評価
を行うため、切羽の極限解析を実施した。
①解析条件
おりである。
①ローム層は粘性が高く,掘削直後の切羽の自立性は良
当該トンネルの最大土被り断面(H=6.5m)におい
好なものの,時間経過に伴う劣化や,湧水等により水
て,切羽の極限安定解析 2)(切羽前方の滑り安定検討)
が付着した場合の劣化は著しい。
により,鏡安定対策の要否及び規模について検証を行
②調査したほとんどの施工実績において,天端安定対策
った(図1)
。なお,未固結地山における掘削である
の補助工法として,長尺先受け工が採用されている。
ことから,解析にあたっては天端安定対策として長尺
また,多くのトンネルにおいて,天端安定対策に加え
鋼管先受け工を見込ものとした。
て,鏡安定対策の補助工法(鏡吹付け,鏡ボルト等)
解析結果,無対策では鏡の自立性の確保は困難であ
や,脚部安定対策の補助工法(ウイングリブ+レッグ
り,長尺鏡ボルトや中央導坑による切羽安定対策が必
パイル,インバート早期閉合等)を併用することで,
要であることが分かった。
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切羽の安全率 Fs = R / S
合時の上半と下半・インバートの離隔距離が大きく,上
Q
q
A
(W+Q)
H
H
W
c
φ
C
S
P
R
45°-φ/2
計算)B
土塊重量
滑り抵抗力
滑動力
W=
R=
S=
q
Q
S
R
:
:
:
:
半盤への進入に斜路が必要となり,掘削サイクルは長く
切羽高さ
土塊の自重
地山の粘着力
地山の内部摩擦角
なることから,
「第1案:補助ベンチ付き全断面工法+
中央導坑+インバート早期閉合」を採用するものとした
:
:
:
:
切羽前方土塊上部の作用荷重強度
切羽前方土塊上部の作用荷重(Q=q×線分AC)
BC面上の滑動力 S=(W+Q)cos(45°-φ/2)
BC面の抵抗力
R=(W+Q)sin(45°-φ/2)tanφ
+cH/cos(45°-φ/2)
P : 切羽安定に必要な押え力
P=(S-R)/sin(45°-φ/2)
414.6 [kN]
282.6 [kN]
851.6 [kN]
(表4)
。
5.計測計画
当該トンネルは,施工上の問題点として以下の点が挙げ
安全率Fs=
283 / 852 = 0.33 <
よって、鏡補強工が必要である。
1.0
られることから,日常的に実施する計測 A に加え,トンネ
図1 切羽の極限安定解析
ルの変形・地山の挙動確認,支保工の安全性確認を目的と
して,計測 B を計画した。
①掘削断面積約 160m2(インバート含む)の大断面であ
(3)ローム層の切羽検討結果
以上の当該ローム層の切羽検討結果に基づき,掘削工
り,トンネルの変形が大きくなる可能性がある。
②最大土被りが 6.5mで 1D以下,かつ,トンネル天端・
法は以下を採用するものとした。
①当該ローム層は粘性が高く,自然状態では安定してい
切羽付近は未固結のローム層が分布するため,地表面
るものの,水が付着した場合や掘削による劣化が懸念
沈下,切羽不安定の可能性がある。
されることや,極限安定解析により必要と判断された
③支保工の安全性は,数値解析手法を用いて確認してい
ことから,切羽安定対策を併用する。切羽安定対策と
るが,数値解析手法の不確実性の問題が残されている
しては,地山状況の先行確認及び事前補強も可能とな
ため,想定以上の変形・支保応力発生の可能性がある。
計測 B としては,先進中央導坑施工時及び本坑拡幅掘削
る中央導坑を採用する。
②地表面に重要構造物がなく,ある程度の地表面沈下は
時において,ロックボルト軸力測定,先受け工応力測定,
許容できることから,加背を分割するのではなく,補
吹付けコンクリート測定,鋼アーチ支保工測定,地表面沈
助工法を併用したベンチカット工法を採用する。
下測定等を計画した(図2)
。
計測B断面 No.15+00
4.施工法の検討
前述のローム層の切羽検討で得られた知見を基に,施工
法の検討を実施した。施工法の選定にあたっては,掘削工
G'
法と補助工法の組合せによる1次選定を行った後,2次元
■
S'
M2'
■
FEM 解析による切羽安定性の検証,施工実績及び施工機械
M1'
■
M3'
C3'
C4'
C1'
■
C2'
■
M4'
による検証を行った。
(1)掘削方式
当該トンネルでのN値は,ローム層(Lm)で 10 以下,
数 量
天 端 沈 下 測 定
4測線
S'
1ヶ所
M1~M4
4ヶ所
G'
1ヶ所
先受工応力測定
吹付けコンクリート応力測定
5ヶ所
■
鋼アーチ支保工応力測定
(2)施工法の選定
記 号
測 定 項 目
備 考
掘削日毎
C1'~C4'
天 端 沈 下 測 定
S
1ヶ所
地 中 変 位 測 定
E1~E4
4ヶ所
ロックボルト軸力測定
M1~M4
内 空 変 位 測 定
長尺先受工応力測定
C1~C4
断面方向
4ヶ所
1ヶ所
G
5ヶ所
■
5ヶ所
地 表 面 沈 下 測 定
3~5m間隔
施工法は,1次選定で施工性及び経済性に有利となっ
た,
「第1案:補助ベンチ付き全断面工法+中央導坑+
備 考
4測線
吹付けコンクリート応力測定
5ヶ所
鋼アーチ支保工応力測定
地 表 面 沈 下 測 定
数 量
掘削日毎
坑 内 観 察 調 査
計 測 B
ロックボルト軸力測定
内 空 変 位 測 定
計 測 A
掘削方式を選定した。
坑 内 観 察 調 査
計 測 B
固結な地山状態となっていることから,掘削方式は機械
計 測 A
火山礫凝灰岩層(Lt1)で 10~40 となり,全体として低
(a)中央導坑掘削時
記 号
測 定 項 目
横断方向
縦断方向
3~5m間隔
5m間隔
計測B断面 No.15+00
インバート早期閉合」及び,
「第2案:上半先進ベンチ
E2
M2
G
ついて,2次元 FEM 解析による切羽安定性の検証を行
■
C4
■
37 50
C1
S.L
■
1250
C2
がないことから,施工実績及び施工機械より検証を行う
(b)本坑拡幅掘削時
ものとした。
第2案は汎用掘削機で施工可能であるものの,早期閉
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図2 計測工断面図
E4
■
M4
E1
M1
■
M3
S
C3
った。
FEM 解析結果,比較2案による地山の安定性に大差
E3
カット工法+中央導坑+下半・インバート早期閉合」に
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第48回(平成27年度)研究発表会 論集
一般発表論文 №133
表4 施工法の比較検討
第1案:補助ベンチ付き全断面工法+中央導坑
+インバート早期閉合
比較案
第2案:上半先進ベンチカット工法+中央導坑
+下半・インバート早期閉合
トンネル中心
トンネル中心
SL
下半~インバート掘削高さ
4.0m
120°
下半盤
17.3m
50
24
R=
ロックボルト
L=6000
SL
2850
50
上半掘削高さ
7.5m
注入式長尺鋼管先受け工 L=12.5m
ctc450mm 9mシフト n=44.5本/断面
24
R=
SL
インバート掘削高さ
2.8m
断面図
2850
上半~下半掘削高さ
8.7m
注入式長尺鋼管先受け工 L=12.5m
ctc450mm 9mシフト n=44.5本/断面
120°
ロックボルト
L=6000
SL
下半盤
17.3m
側面図
ゆるみ範
囲図(イン
バート掘
削完了時)
施工順序
掘削高さ
上半~下半掘削高さ:8.7m,インバート掘削高さ:2.8m
施工性
○:先進導坑以外は,全て下半盤からの施工となるため,第
2案と比較して掘削サイクルを短縮できる。
施工実績
△:2車線トンネルの通常断面規模における実績は豊富であ
るが,新東名3車線トンネルクラスにおける全断面での
早期閉合実績はない。
施工機械
総合評価
①中央導坑を先進
②上半をショートベンチカット工法で掘削(仮インバート施
工)
③下半・インバートを1mずつ掘削し,インバートストラッ
トで早期に閉合
④施工基面となる下半盤まで埋戻し
⑤斜路により下半盤から上半盤へ進入
上半掘削高さ:7.5m,下半~インバート掘削高さ:4.0m
△:早期閉合時には,施工機械配置の関係から,上半と下半・
インバートの離隔にかなりの距離(24~36m 程度)が必
要である。また,上半盤への進入に斜路が必要となる。
○:新東名トンネル等で断層部や変状の大きい箇所において,
変状抑制のための早期閉合を目的として,上半先進で仮
閉合した後,交互に下半・インバートの早期閉合を実施
している事例はある。
①中央導坑を先進
②上半・下半を補助ベンチ付きで一括掘削(上下半それぞれ
約1mずつ)
③インバートを1mずつ掘削し,インバートストラットで早
期に閉合
④施工基面となる下半盤+対応可能な高さまで埋戻し
○:掘削時においては,汎用機械(ツインヘッダ MT2000S:
最大施工高さ 9.7m,ドリルジャンボ JTH3200R-Ⅱ:最大
施工高さ 8.8m)の採用で施工可能である。なお,ロード
ヘッダ S200(最大施工高さ 6.0)は掘削高さに届かない
ため,採用不可である。
◎:汎用掘削機で概ね施工可能であり,先進導坑以外は,全
て下半盤からの施工となるため,第2案と比較して掘削
サイクルを短縮できる当案を採用する。
あ と が き
同左
△:汎用掘削機で施工可能であるものの,早期閉合時の上半
と下半・インバートの離隔距離が大きく,上半盤への進
入に斜路が必要となり,掘削サイクルは長くなる。
参考文献
本設計の実施にあたりご協力をいただいた関係各位に
対し,誌面を借りて深く感謝する次第である。
1)国土交通省中部地方整備局編:道路設計要領(案),H.20.12.
12-10p.
なお,当該トンネルは,先日無事に掘削を完了している。
2)土木学会編:山岳トンネルの補助工法,2009 年版. 73p
今後,施工で得られた知見を踏まえ,設計の妥当性につい
て検証したいと考えている。
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