伊勢湾南西部の干潟堆積物の環境評価 - JCCA 一般社団法人建設

(一社)建設コンサルタンツ協会 近畿支部
第48回(平成27年度)研究発表会 論集
プレゼンテーション発表アブストラクト №242
伊勢湾南西部の干潟堆積物の環境評価
株式会社ウエスコ 坂矢 愛美
1.はじめに
スディスクを作製した。そして、蛍光 X 線分析により、微
三重県の伊勢湾南西部の海岸には、宮川や櫛田川などの
量元素組成(As,Pb,Cu,Zn,Cr,V,Sr,Zr,Th,Sc,TS,Br,I,Cl
河川が流入しており、河口デルタの発達が顕著である。ま
〔ppm〕)、主元素組成(TiO2,Fe₂O₃,MnO,CaO,P₂O₅〔wt%〕)
た、伊勢湾は太平洋に面しているため、潮位差が大きく干
を測定した。Fe₂O₃は全鉄を示す。
潟の発達が顕著である。干潟とは、引潮時に海面から露出
した平坦な緩い傾斜の砂泥の浜を意味する。
3.分析結果
干潟は前浜干潟、河口干潟、潟湖干潟と 3 つのタイプに分
分析結果をもとに Fe₂O₃と Zn、Pb、Ni、Cr、TS(全
類され、伊勢湾南西部には前浜干潟、伊勢市の宮川や松阪
硫黄) 、P₂O₅および、I と P₂O₅の相関図を作成した。
市の櫛田川沿いには河口干潟がよく発達している。
指標として、石賀ほか 20031)より引用した、都市型の堆積物
前浜干潟や河口干潟は、河川から運ばれた土砂により形成
組成線(U)、一般の堆積物組成線(S)を用いた。都市
されているため、河川から流入する人為的負荷を蓄積しや
型の組成線は、広島市の干潟堆積物データから集計された直線
すい環境であると言える。本研究は、干潟堆積物を多元素
であり、一般の組成線は韓国の人的汚染のない広大な干潟から
分析し、重金属濃度と鉄(Fe)との相関から伊勢湾南西部の
採取した干潟堆積物データをもとに作成されている。
干潟環境を評価することを目的とした。
Fe は都市のインフラでは多量に使用されており、Fe と
重金属元素を比較して、先述の相関図を作成すると、都市
2.調査・分析方法
化のレベル(人為的負荷)や堆積環境(酸化還元環境)など
分析試料は、干潟堆積物の表層 3 ㎝程度を対象に採取し
が評価できる。Zn は環境変化に特に相関性が高く、正の相
た。主な試料採取地域は、志摩、伊勢、松阪、津、鈴鹿で
関が出やすい。Zn や Pb などの重金属は、より細粒である
ある。(下図参照)
ほど濃縮されやすく、人為的負荷がかかるほど、その傾向
はより傾斜して上部にプロットされる。
伊勢や松阪の試料のうち、Fe₂O₃が約 5wt%以下である試
料は、主に砂質である前浜干潟の堆積物であり、5wt%以
上の値の試料が、泥質でより細粒の河口干潟の堆積物であ
る。結果から細粒であるほど、重金属が濃縮されやすいこ
とが分かる。Zn と Cu は類似した分布となったが、Cu の値
が河口干潟のうち伊勢の堆積物ではやや高くなり、都市型
(U)と一般の組成線(S)の間にプロットされる。(下図参照)
河口干潟
河口干潟
前浜干潟
前浜干潟
図-1 伊勢湾南西部沿岸の試料採取地域
図-2 Zn-Fe₂O₃(左)、Cu-Fe₂O₃(右)の相関図
分析方法は堆積物試料を乾燥後、粉砕し、分析用のプレ
Pb は多くが一般の堆積物組成線(S)を下回り、干潟の少
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ない志摩や鈴鹿の地域も含めて同程度の値であり、かなり
する有機物との関係が示唆できる。藻場の見られる伊勢と松阪
の低濃度であることが明らかである。(下図参照)
では松坂が左上、伊勢が右下よりに分布する傾向がみられ、藻
場繁殖の差がこの図に表れていると考えられる。
海草による吸着
河口干潟
前浜干潟
海生プランクトンによる吸着
図-3 Pb-Fe₂O₃の相関図
図-5 I-P₂O₅の相関図
4.まとめ
TS や P は生体に濃縮する特徴があるため、
都市排水の影
響や富栄養化の程度が評価できる。TS-Fe₂O₃の相関図で
伊勢湾南西部を干潟堆積物の重金属の濃度から見ると、Zn
は TS が 2000ppm 以下の試料が多いが、伊勢の河口干潟が
や Cu では前浜干潟と河口干潟の干潟のタイプにより、濃縮の
全体よりやや高めの数値をとる。5000ppm 近くの値を示す
差がはっきりと分かれるが、数値の程度は全体的に低く人為
ものは小さな河川の河口干潟にあたる。排水などの栄養塩
的負荷の程度はかなり低いことがわかる。Cu が高くなる伊勢
が停滞しやすく、高くなったと考えられる。志摩がそれら
の一部の試料は砂州が伸びた閉鎖的な河口の干潟であるため
と同程度で分布しているが、志摩の砂浜には珪藻や有孔虫
Cu が特に停滞しやすい環境下であったと考えられる。Pb は地
がよく含まれていたため、この影響と考えられる。
域的にも、干潟のタイプ別でみても差は少ない。よって、伊
P₂O₅-Fe₂O₃の相関図では伊勢市の試料のみ正の相関を
勢湾南西部は河川、潮汐による良い水循環で形成されている
示した。松阪は一般の堆積物組成線(S)よりも低く示され
と考えられる。
るものも多いが、伊勢の半数以上はより高くプロットされ、
P や TS から見た富栄養化の程度は、工業排水の河口干潟で
都市型の組成線(U)に近い傾向を示した。松阪の試料採取
高くなる場所もあるが、松阪では、アマモの繁殖により有機
を行った松名瀬海岸では、アマモと言われる海草の育成場
汚濁を抑止している可能性がある。伊勢でも近年藻場は増え
としても知られており、アマモの生体への濃縮効果により
つつあるため、海草による吸収から汚濁の緩和も期待できる。
堆積物への蓄積が低減されている可能性がある。伊勢市で
5.引用・参考文献
1)石賀裕明ほか:Zn-Fe₂O₃判別図から堆積環境を評価する,
は河口干潟の堆積物試料が高いため、宮川からの排水の影
響により高くなったと考えられる。(下図参照)
島根大学地球資源環境学科研究報告,2003
2)岡本理華子ほか:瀬戸内海備後灘の松永湾およびその周辺
地域における干潟環境の水質,浮遊物質量,堆積物,アマ
モの多元素分析による評価,島根大学地球資源環境学研究
河口干潟
前浜干潟
報告,2015
河口干潟
前浜干潟
3)
板倉範彦:潮汐環境の堆積物,
日本の干潟の理解に向けて,
2004
4)寺島滋ほか:日本の沿岸海域堆積物における生物・海水起
源物質の地球化学的研究,地質調査研究報告,2004
5)石賀裕明ほか:三重県伊勢市宮川河口における洪水堆積物
図-4 TS-Fe₂O₃(左)、P₂O₅-Fe₂O₃(右)の相関図
の干潟環境への影響の地球化学的評価,島根大学地球資源
I-P₂O₅の判別図では負の相関を示した。I はアマモなど
環境学科研究報告,2014
の海草に多く含有されるが、海生プランクトンにはほとん
6)山下翔大ほか:河口沿岸域における洪水起源堆積物の特徴
ど含有されない。だが、P はアマモより海生プランクトン
と堆積様式‐2009 年 10 月 伊勢湾櫛田川河口干潟の例,
2)
に含まれやすいことが岡本ほか 2015
より明らかとなって
堆積学研究,2011
いる。よって、I-P₂O₅の相関図より堆積物と生態系に由来
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