シリーズ:原油安の影響④

EY Institute
20 February 2015
執筆者
シリーズ:原油安の影響④
~ディマンドプル型の価格上昇になるか?
コストプッシュ要因とディマンドブル要因
原油価格の下落による物価への影響を考える上で、経済全体の視点から、物価を捉えておくこ
鈴木 将之
EY総合研究所株式会社
経済研究部
エコノミスト
<専門分野>
► 日本経済の実証分析・
予測
► 産業関連分析
とも必要だ。
そのときに物価に影響を及ぼす要因として、①原材料コストの上昇が引き金となって販売価格
を押し上げる「コストプッシュ要因」と、②供給に対して需要が増えることで値上げが進む「ディマ
ンドプル要因」の二つが重要である。
「コストプッシュ要因」からの物価上昇とは、主に生産コスト増を販売価格に転嫁させることに
よって生じる物価の上昇である。例えば、原油価格が低下する場合には、原材料コストが低下す
るので、物価水準を引き下げる方向に働くことになる。
「ディマンドプル要因」からの物価上昇は、経済全体の需給がひっ迫することによって、価格が
上昇することである。需要が供給を上回るようになると価格が上昇する一方で、反対に下回ると
価格が下落するという、関係があるといえる。
これらを踏まえると、原油価格が低下すれば、短期的にはコストプッシュ要因から、物価は下が
りやすくなる。物価が下がれば、その分消費者や企業の購買力が増えるので、今度は消費や投
資などの需要も増えることになる。それによって、中長期的に、需給がひっ迫するようになると、
ディマンドプル要因から、物価は上がりやすくなる。
足もとでは、原油価格の低下から、物価上昇率が縮小しているとみられるため、コストプッシュ
要因が働きつつあるといえる。今後の焦点は、その動きが進んで、中長期的に、ディマンドプル
要因から物価が上昇するか否かだろう。
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経済全体の需給動向
そ じ
それでは、現在、ディマンドプル要因から物価上昇が実現する素地はあるのだろうか。経済全
体の需給バランスを表すGDPギャップ(実際のGDP(=需要側)と潜在的供給力(=供給側)の
乖離率)をみると、2009年以来、緩やかにマイナス幅(=需要超過)が縮小してきたことがわか
る。これは、日本経済全体で、需要不足の幅が縮小してきたことを表している。
かい り
需要の回復が進んだ主な理由として、12年末からの景気回復に加えて、消費税率引き上げ前
の駆け込み需要があげられる。そのGDPギャップの動きと歩調を合わせて、13年には、消費者
物価が上昇に転じた。もちろん、量的・質的金融緩和政策が実施されており、期待インフレ率が
高まったことなども一因であるものの、実体経済の需給のひっ迫が物価に及ぼす影響も大き
かったと考えられる。
足もとのGDPギャップは、再びマイナス幅を拡大させている。このマイナス幅の拡大は需給の
緩みを表すので、物価に低下圧力をかけることになる。ここでの注目点は、マイナス幅の拡大が
つづくのか、それとも、反転して縮小に向かうのかだ。
現在のGDPギャップのマイナス幅の拡大は、消費税率引き上げ後の反動減を主因としており、
一時的な動きと考えられる。なぜなら、14年10-12月期以降、景気回復が進むにつれて、GDP
ギャップのマイナス幅は再び縮小に向かうと想定されるからだ。実際、内閣府『景気動向指数』に
よると、14年の夏ごろに景気が底を打ったがみられる。14年の年末にかけて、輸出が増えはじ
めており、それに伴って生産も回復に向かっている。
また、足もとでは、完全失業率が3.4%まで低下する(総務省『労働力調査』)など、労働需要も
底堅く推移している。人手不足から労働需給もひっ迫しており、賃金に上昇圧力がかかってい
る。購買力も底堅く推移するとみられ、需要は回復に向かうと考えられる。これらを踏まえると、
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ディマンドプル要因から、価格が上昇する素地があるだろう。
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押し下げ圧力を受けるものの、次第にディマンドプル要因から物価が押し上げ圧力を受けるよう
以上のように、原油価格が低下することで、いったんコストプッシュ要因から、短期的に物価は
になるので、日本経済が再びデフレに陥る可能性はあまり高くないのではないだろうか。また、
国内景気の回復が想定されているため、経済全体の需給が引き締まる方向に進むというシナリ
オには変わりないだろう。そのため、以前に比べて、デフレから脱却できる可能性は、高まってき
ていると考えられる。
図 GDPギャップと消費者物価の推移
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出典:内閣府「今週の指標No.1110」、総務省『消費者物価指数』よりEY総合研究所作成
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