米金融政策の3つの論点~原油安、ドル高と国際情勢

みずほインサイト
米 州
2015 年 2 月 20 日
米金融政策の3つの論点
欧米調査部主席研究員
原油安、ドル高と国際情勢、コミュニケーション
03-3591-1219
小野
亮
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○ 1月に開催された連邦公開市場委員会(FOMC)の議事録では、今後の米金融政策について重要とみ
られる3つの論点が示された。第1は原油安による産業調整の度合いとタイミングである。
○ 第2はドル高と海外経済動向である。海外中銀の連鎖的金融緩和は米国経済にとってポジティブな
材料だが、ドル高というコストを伴う。中国やギリシャ債務問題に対するFOMCの関心も高い。
○ 第3は利上げ時期が迫る中でのコミュニケーション政策の修正である。利上げ時期の提示以上に大
きな課題は「経済情勢次第」という原則を市場参加者にどう浸透させるかにあるようだ。
1.原油安による産業調整の度合いとタイミングに注視
1月27・28日に開催された連邦公開市場委員会(FOMC)の議事録では、原油安に伴うエネルギー部門
の産業調整に対する警戒感が示された。指摘されているのは、産業調整の度合いとタイミングである。
1月の会合では、複数の参加者から原油安に伴うエネルギー産業の調整圧力を懸念する声が出た。民
間調査会社Challenger, Gray & Christmasによれば、エネルギー関連企業が発表した1月のレイオフ計
画数は2万人を超えた。図表1に示すように、過去
図表 1 エネルギー産業のレイオフ計画
に例をみない大きさである。1月のFOMCでは、こう
した調整が話題にのぼり、原油安が今後も続くよ
うであれば、「従業員の解雇がさらに拡大するか
も知れない」(議事録)と指摘されている。
米国の石油・ガス関連産業で働く労働者は98万
人にのぼる(2014年平均、筆者試算)。石油・ガ
スの掘削作業に携わる労働者が20万人、それをサ
ポートする業界の労働者が44万人、パイプライン
建設に14万人、川下の精製業(含む石炭)では11
万人が働く。さらに9.5万人の労働者が石油・ガス
等向けの機械製造に従事している。
(注)2001 年 10 月~2015 年 1 月。
(資料)Challenger, Gray & Christmas、みずほ総合研究所
米国の雇用者数全体(除く農業)と比較すれば
1
..
1%にも満たないが、景気への影響という観点では、雇用者の伸び(フロー)と雇用調整の規模を比較
する必要がある。最近の雇用拡大ペースは非常に強いため、エネルギー部門の雇用調整が起きても景
気全般への影響は小さい。しかし、米経済全体の雇用拡大ペースが緩やかなものになったタイミング
でエネルギー部門の雇用調整が起きれば、話は変わってくる。
産業調整のタイミングを巡る問題は、FOMCでも設備投資の動向に関連して指摘されている。すなわ
ち「原油安による消費の押し上げ効果のほとんどが消えてから、エネルギー産業の設備投資の減速が
生じた場合には、しばらくの間、米国経済全体の拡大ペースが落ちてしまう」(議事録)おそれがあ
るという。例えば、原油安の恩恵が年前半に集中する一方で、雇用や設備投資の調整が年後半に顕現
すれば、成長率のブレは大きくなる。その場合、2016年に向けて悲観論が高まることになるだろう。
2.「国際情勢」に対する楽観と警戒
議事録によって、1月の声明文に金融政策の判断材料として加えられた「国際情勢」の意味が明らか
になった。FOMCは、海外中銀による金融緩和をポジティブに受け止めつつ、ドル高と海外経済・政治
動向を注視している。
1月のFOMCは、欧州中央銀行(ECB)による量的緩和の決定と、それに呼応した他の海外中銀による
連鎖的な金融緩和・通貨政策の変化をポジティブな材料として評価したようだ。昨年12月の会合では
「海外政策当局による対応が不十分な場合」(12月議事録)を米国経済の下振れリスクとして捉えて
いたが、1月の会合では「12月会合以降の多くの出来事によって海外経済に起因する下振れリスクが縮
小しているようだ」(1月議事録)として、判断が前進した。「多くの海外中央銀行による金融緩和は、
海外経済の見通しを明るいものにした」という。
一方、FOMCではドル高による外需への悪影響と一段のドル高進行に対する警戒感が示された。加え
て、中国の景気減速の他国への波及、グローバル
図表 2 中国による米ドル建て債務調達(フロー)
なディスインフレ、中東及びウクライナ情勢、ギ
リシャ債務問題などもリスク要因として具体的に
列挙している。
ここで1月FOMC後の海外経済の主だった動きに
ついて振り返っておこう。
中国では銀行全体を対象とする預金準備率の引
き下げが発表され(2/4)、金融政策による景気下
支えの姿勢が一段と明確化した1。対ドル人民元相
場も元安方向で推移している。国内景気が減速す
る中、中国政府には元安誘導のインセンティブが
あるとみられるが、それは少なくとも4つのリスク
を伴う。①中国からの資金流出の加速 2、②中国が
急速に増やしてきたドル建て債務(図表2)の返済
2
(注)中国国籍の発行体/借入人が対象。
(資料)thomsonone.com、みずほ総合研究所
難、③米国議会による為替操作批判の強まり、④アジア圏における通貨安競争の助長である。
各国中銀による金融緩和については、G20財務大臣・中央銀行総裁会議(2/10)も歓迎の意を表明し
た。それに背中を押される格好で、スウェーデン中央銀行(Riksbank)はマイナス金利の導入と量的
緩和を決定した(2/12)3。
ギリシャ債務問題については、ギリシャ政府及び銀行の流動性危機が迫る中、ギリシャ政府と支援
側との間で交渉が続いている。争点は、①トロイカ(EC/ECB/IMF)による監視下でのギリシャ政府の
諸改革を前提とする現行支援プログラム(2月末期限)を延長するのか、ギリシャ政府が主張するよう
に、②現行支援プログラムを失効させ、新たな経済・財政再建策を練るまでの間のつなぎ融資を行う
のかであり、②の内容が交渉の障害となっている。②では、現在ギリシャに課せられている諸改革と
トロイカによる監視の行方が不透明なため、支援側には強い不信感が燻り続けている。諸改革等は、
ECBがギリシャ中銀に認めている国内銀行への緊急融資(ELA)の前提条件でもある。②がギリシャに
とって厳しい条件がなくなることを意味するなら、支援側はこれを受け入れられず、ELAも打ち切られ
る。ギリシャ政府と銀行の流動性リスクは極めて高い状況にある。
中東及びウクライナ情勢の厳しさはほとんど変わっていない。
3.利上げが近づくと共に困難さを増すコミュニケーション政策
1月のFOMCは、利上げの先延ばしと前倒しがもたらすリスクの比較分析、利上げ開始を決めるための
経済的条件、利上げが迫る中でのコミュニケーションの修正、という3つの課題を議論した。このうち
FOMCにとって最も重要なのは第3の課題であろう。「経済情勢次第」という原則をどのようにして市場
参加者に浸透させていくのか、利上げ時期が近づくと共にコミュニケーション政策の困難さが増して
いる。
第1の論点については、まず、利上げ先延ばしがインフレと金融安定性のリスクを高めることに加え
て、利上げ開始後のペースに対する市場参加者らの予想に影響を与え得ることが指摘された。すなわ
ち、FOMCが最初の利上げを先延ばしすると、市場参加者は「利上げ開始後のペースも緩慢になる」と
いう認識を持つかも知れないという点である。FOMCは、利上げ開始後のペースはあくまで「経済情勢
次第」と考えているため、市場参加者との間に認識ギャップが生まれてしまいかねない。
次に利上げを前倒しする場合には、景気回復を阻害してしまうおそれや、インフレ率が目標である
2%を大きく下回っている状況で早期利上げを正当化するのは難しいことなどが指摘された。
議事録によれば、利上げ先延ばしの方がリスクは小さいという意見が多かったようだ。ただ、これ
をハト派的と捉えるのは早計であり、従来から指摘されてきた早期利上げのリスクを再確認したに過
ぎない。
第2の論点に関し、利上げに着手するまでにFOMC参加者が確認したい経済指標の動きとして挙げられ
たのは、以下の4点である。①雇用関連指標の一段の改善とそれが続くという裏付け、②コア・インフ
レ率やその代替指標の安定化や持ち直し、③金融市場で観察されるインフレ期待の上昇、もしくはイ
ンフレ期待の下振れが問題でないことの裏付け、④名目賃金の改善である。ただし、いずれも目新し
3
さを欠く。
第3のコミュニケーションに関する課題は、「経済情勢次第」という金融政策の原則を今後も市場参
加者にきちんと伝えるにはどうすればいいのか、というものである。これこそFOMCの最大の課題であ
ると思われる。
FOMCは、利上げ開始までには「辛抱強く利上げを待つ」という文言を声明文から削除しなければな
らない。文言が削除されると、その途端に市場参加者は利上げが行われるFOMCを特定しようとするこ
とが容易に想像できる。2004年の利上げ局面のケースに従えば、「辛抱強く利上げを待つ」という文
言が削除されると、次回のFOMCで利上げが始まることになる。今回も、そうした予想が形成される可
能性が高く、「経済情勢次第」という原則が忘れられてしまうおそれがある。またFOMCでは、「辛抱
強く利上げを待つ」という文言の削除によって予期せぬタイト化を招きかねない点も指摘されている。
「経済情勢次第」という原則を市場参加者に浸透させる難しさは、利上げ開始時期の提示にのみ関
わる問題ではない。前述した第1の論点に関する議論でも、次のような考えが示されている。「どんな
...............................
利上げパターンを取ろうとも、利上げ開始後の金利政策が経済指標次第であることをきちんと伝える
........
ことができる限り、利上げ開始の精緻な日程は、経済の先行きにとって重要な要素ではない。」(議
事録、強調筆者)
利上げ開始の時期が近づくにつれて、コミュニケーション政策は難しくなる。「利上げがまだまだ
先だったこれまでならフォワードガイダンスは有効だったが、今後はそうはいかない。」議事録では、
多くのFOMC参加者がそう考えていることが示された。
では、今後声明文はどう修正されていくのか。議事録では「すっきりとしたものにすべき」という
意見があったことが紹介された後、次の一文で議論が締めくくられている(図表3)。経済情勢次第と
いう原則をより簡潔に示す、新たな声明文の文言が透けて見える4。
図表3 「経済情勢次第」という原則に関するFOMC議事録の一節
More broadly, it was suggested that the Committee should communicate clearly that policy
decisions will be data dependent, and that unanticipated economic developments could
therefore warrant a path of the federal funds rate different from that currently expected
by investors or policymakers.
(強調部分)政策決定は経済情勢次第であり、予期せぬ事態が生じた場合には、投資家や当局が現
在予想しているものと異なる政策金利パスを取ることが正当化される。
(資料)FRB、みずほ総合研究所
1
玉井芳野(2015)
「中国・預金準備率引下げの狙い」みずほインサイト、2 月 6 日。
玉井(2015)によれば、中国では 2014 年 10~12 月期の資本収支が大幅な赤字となった。前 2 四半期の資本収支はほ
ぼゼロであったこと、経常収支は黒字基調を維持していることを踏まえると、資金流出が急拡大したことが示唆される。
報道によれば、中国国家外為管理局(SAFE)も、国内景気減速を背景とした資金流出の兆しがみられる中、国境を越え
る資本の流れを注視している(ロイター、1/22)
。
3
小野亮(2015)
「G20 声明の光と影」みずほインサイト、2 月 17 日。
4
現行の声明文にも経済情勢によって政策パスが変わり得ることを示す文言があるが、図表 3 ほどシンプルではない。
2
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