リサーチ TODAY 2015 年 2 月 16 日 米国債は世界の「浮き輪」、「運用難民」でドル高に 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 下記の図表は、先月もTODAYで用いた「世界の金利の『水没』マップ」と題した一覧表である1。これは基 本的に国別・年限別の国債利回り、イールドカーブ状況を示す。ここでは、マイナスになった「水没した」ゾ ーンを濃く示しており、さらに0%以上0.5%未満、0.5%以上1%未満、1%以上と徐々に色を薄くして示し てある。スイスでは、1月に中銀が極端なマイナス金利策をとったことで9年ゾーンまでが水没し、ドイツを中 心に欧州の北の諸国は軒並み中期ゾーンまでが水没状態を続けている。日本は先月、概ね5年までが水 没していたが、1月末以降の調整で中期はやや浮き出た状態にある。今回の論点は、まだ水没していない 米国の評価だ。すなわち、世界の多くの国々が水没するなか、米国は水没せず、世界の「海」のなかで「浮 き輪」のように浮き出て、全体が水没することを防ぐ支えとなっている状態にある。ただし、世界が水没して いるなか、世界の運用者が生き残りをかけた「運用難民」として「浮き輪」に殺到する結果が、過去1年間に おける予想外の大幅な米国の長期金利低下につながると同時に、その圧力が米ドルの上昇圧力になって いる。米国は今後、金融緩和の出口戦略、FFレートの引上げの方向にあり、政策金利であるFFレートの引 上げは、図表では米国の短期ゾーンの引上げ、先の喩えでは、「浮き輪」を高くすることである。 ■図表:世界の金利の「水没」マップ(2015年2月12日) スイス ドイツ スウェーデン フィンランド オランダ オーストリア フランス ベルギー 日本 アイルランド イタリア スペイン ノルウェー 英国 カナダ 米国 ポルトガル 中国 トルコ インド ロシア 1年 -0.91 -0.19 -0.20 -0.17 -0.18 -0.12 -0.12 -0.13 0.01 0.01 0.21 0.16 0.81 0.29 0.46 0.22 0.15 3.17 8.65 8.02 12.88 2年 -0.93 -0.22 -0.30 -0.17 -0.14 -0.15 -0.11 -0.10 0.05 0.07 0.34 0.25 0.75 0.39 0.42 0.62 0.28 3.17 8.06 7.86 13.55 3年 -0.83 -0.19 -0.15 -0.11 -0.10 -0.13 -0.10 -0.05 0.06 0.13 0.48 0.47 0.70 0.64 0.41 1.02 0.74 3.23 7.53 7.77 13.74 4年 -0.63 -0.17 -0.08 -0.05 -0.06 -0.07 -0.03 0.01 0.09 0.22 0.62 0.64 0.72 0.88 0.54 1.25 1.23 3.30 7.69 7.77 13.54 5年 -0.45 -0.07 0.00 0.01 -0.01 -0.01 0.05 0.07 0.12 0.49 0.78 0.89 0.74 1.08 0.70 1.49 1.45 3.35 7.86 7.74 13.35 6年 -0.37 -0.04 0.11 0.02 0.03 0.05 0.18 0.16 0.12 0.54 0.97 1.03 0.82 1.20 0.86 1.65 1.74 3.38 7.76 7.78 13.11 7年 -0.22 0.04 0.22 0.11 0.12 0.12 0.30 0.31 0.19 0.73 1.24 1.22 0.91 1.31 1.02 1.80 1.90 3.40 7.66 7.77 12.88 8年 -0.15 0.13 0.40 0.25 0.23 0.24 0.43 0.43 0.25 0.89 1.38 1.40 1.02 1.48 1.16 1.86 2.09 3.44 7.64 7.82 12.65 9年 10年 11年 12年 13年 14年 15年 20年 30年 40年 -0.02 0.02 0.04 0.07 0.15 0.23 0.31 0.46 0.55 0.59 0.23 0.32 0.36 0.39 0.43 0.47 0.51 0.69 0.89 0.47 0.54 0.57 0.61 0.65 0.69 0.72 0.91 0.30 0.39 0.44 0.49 0.54 0.59 0.64 0.72 0.87 0.32 0.40 0.43 0.46 0.50 0.53 0.57 0.71 0.94 0.32 0.42 0.43 0.45 0.46 0.48 0.50 0.65 0.95 0.53 0.64 0.71 0.77 0.83 0.90 0.96 1.11 1.34 0.54 0.65 0.68 0.71 0.73 0.76 0.79 1.10 1.30 0.33 0.40 0.46 0.53 0.59 0.66 0.72 1.20 1.42 1.51 1.03 1.21 1.27 1.34 1.41 1.48 1.55 1.71 2.02 1.48 1.65 1.75 1.84 1.94 2.03 2.13 2.43 2.66 1.51 1.62 1.71 1.81 1.90 1.99 2.08 2.27 2.64 1.14 1.23 1.57 1.66 1.74 1.81 1.89 1.96 2.03 2.22 2.40 2.35 1.27 1.40 1.45 1.51 1.57 1.62 1.68 1.97 2.04 1.92 1.98 2.01 2.04 2.07 2.10 2.13 2.28 2.58 2.29 2.47 2.57 2.68 2.79 2.90 3.00 3.27 3.47 3.45 3.44 3.47 3.49 3.52 3.54 3.57 7.70 7.54 7.82 7.74 7.78 7.68 7.80 7.76 7.82 7.73 7.72 12.41 12.18 12.07 11.96 11.84 11.73 11.62 11.31 0%未満 0%以上0.5%未満 0.5%以上1.0%未満 1.0%超 (資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成 次ページの図表は、2015年以降の各国の金融緩和の動向である2。原油安の恩恵を受ける消費国では、 原油安によるディスインフレが金融緩和の余地を拡大させた。ECBの「欧州版QE」への反応として、自国通 貨高を回避しようとする連鎖的な金融緩和が起きている。欧州中心の連鎖的緩和は今やアジア等その他 1 リサーチTODAY 2015 年 2 月 16 日 の地域にも広がる可能性があり、ドル高圧力がさらに強まりやすい。 ■図表:2015年入り後の各国の金融緩和の動向 発表日 1月7日 国 金融政策 ルーマニア 利下げ インド スイス 利下げ MER 撤廃 利下げ エジプト 利下げ ペルー 利下げ 19 日 20 日 デンマーク トルコ 利下げ 利下げ 21 日 22 日 カナダ ECB デンマーク パキスタン シンガポール 利下げ 欧州版 QE 利下げ 利下げ 通貨高誘導の緩和 デンマーク ニュージーランド 利下げ 中立バイアス化 ロシア 利下げ ブルガリア デンマーク 利下げ 新規国債の発行停 止 トルコ 追加緩和の用意を 表明 利下げ 預金準備率引下げ 利下げ判断に近づ いていると表明 利下げと QE 15 日 24 日 28 日 29 日 30 日 2月3日 4日 12 日 オーストラリア 中国 ポーランド スウェーデン 声明文における金融緩和の理由等 世界的な原油安と国内の持続的デフレギャップによりインフレ率は目標レ ンジの下限を下回る。地政学的緊張の高まりと海外主要中銀の政策変更が、 不透明感を増幅 インフレの落ち着きによる金融緩和余地 スイスフランの過大評価は為替相場規制(Minimum Exchange Rate、MER)に よって緩和。主要通貨圏の金融政策は方向性が大きく異なってきており、今 後一層格差が拡大する可能性が大。ユーロ安により対ドル為替相場は減価し ており、MER は不要。一方、MER 撤廃による過度な引き締めを回避するため、 大幅な利下げを決定 ユーロ圏が直面している課題や新興国の景気減速など、世界経済の下振れリ スクが増大。インフレ見通しにも影響 物価安定に向けた見通しの改善、国内のデフレギャップ、インフレ期待の 安定、まだら模様の世界経済、国際金融市場の不安定さなどが理由 引き締め的金融政策とマクロプルーデンス政策によってインフレは抑制的。 さらに原油を中心とする資源価格の低下がインフレ低下に寄与 原油価格の急落による景気とインフレへの影響への対応 月額 600 億ユーロの債券購入。期間(2015/3~2016/9)は必要に応じ延長。 インフレの改善 景気は緩やかに拡大するが、インフレの見通しは従来よりも低下。世界的な 原油安の中、輸入インフレ圧力は縮小。国内のコスト圧力は残存しているが、 消費者物価への影響は緩やか。政策対応によって物価安定を一段と促進 通貨高、世界的な低インフレ、原油安によって輸入インフレは極めて弱い。 今年のインフレ率は目標レンジを下回り、マイナスになる可能性。 通貨安によるインフレの高まりはいずれ落ち着き、景気減速によってさらな るインフレ圧力は抑制 外貨購入と利下げによって国内マネーマーケットとユーロ圏との金利格差 が拡大、国内金利の方が低い状態。しかし国債利回りの格差は、長期債に関 して国内金利が高い状態。新発債の発行停止によって、ユーロ圏との長期債 利回り格差が縮小し、外貨流入が抑制 金融市場の最近の動きは、利上げサイクルにある中銀の警戒度合いを超えて いる。ディスインフレが落ち着くよう必要な政策対応を実施 バランスのとれた経済成長には一段の自国通貨安が必要 (対象金融機関を限定していた従来のアプローチを転換し、景気下支え強化) 国内経済は安定、インフレの先行きもある程度判明。しかし、スイスフラン の自由化によって為替市場のボラティリティが増大。 海外経済の不確実性が増大。国内景気は強まっているが、インフレ率が低す ぎる。必要なら追加的な緊急緩和も。追加利下げ、利上げ時期の先延ばし、 QE(100 億 SEK)の規模拡大に加え、企業向け貸出も視野。 (注)ディスインフレ、ECB の金融政策、為替レートへの言及を太字で強調。 (資料)各国中銀、みずほ総合研究所 この図表では世界の多くの国々が金融緩和を行っていることが確認できるが、それ故前ページの水没地 域は拡大しやすい。その結果、世界の水没によって運用難に陥った「運用難民」が「浮き輪」である米国に 押し寄せれば、たとえ米国が利上げで「浮き輪」を持ち上げても、長期ゾーンに金利低下圧力がかかる。ま た、金利格差による「運用難民」が押し寄せることで生じるドル高圧力の下で「浮き輪」が耐えられるか、す なわち米国経済が持続的に持ち続けられるかも問われることになる。もし、米国の利上げによるドル高に米 国経済が耐えられないと判断されれば、今年半ばにかけて予想される利上げのタイミングの変更も生じうる。 また、その後の利上げスピードも極めて緩やかなものとならざるを得ないだろう。 1 2 「世界の金利『水没』マップ、金融機関はどう生き残るか」(みずほ総合研究所 『リサーチ TODAY』 2015 年 1 月 27 日) 小野亮 「原油安が促す連鎖的金融緩和」(みずほ総合研究所 『みずほインサイト』 2015 年 2 月 6 日) 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
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