G20 声明の光と影

みずほインサイト
グローバル
2015 年 2 月 17 日
G20 声明の光と影
欧米調査部主席研究員
世界的緩和の正当化と消えた一文
03-3591-1219
小野
亮
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○ G20財務大臣・中央銀行総裁会議(2/10)は、連鎖的金融緩和の引き金であるECBの量的緩和(QE)
を正当化した。各国中銀はマンデートを盾に自国通貨安を誘導する権利を得たようなものである。
○ G20声明に背中を押された格好となったのがスウェーデン中銀(Riksbank)である。ECBのQEがもた
らす自国通貨高への脅威から、Riksbankはマイナス金利政策とQE発動を決めた。
○ 今回の声明からは低金利・低ボラティリティがもたらすリスクへの注意喚起が消えた。しかし当局
のリスク管理はむしろこれからが正念場であり、巨額のドル建て債務の行方が気がかりである。
1.ECB にお墨付きを与えた G20
為替相場を明示的なターゲットとしない限り、各国で相次ぐ金融緩和は望ましい。2月10日に発表さ
れたG20財務大臣・中央銀行総裁会議(以下、G20)の声明内容は、このように理解することができる。
G20は声明の中で、各国中銀が法的使命(マンデート)を果たすために採ろうとする金融緩和を「歓
迎する」と表明した(図表1)。前回9月の声明でも「マンデートとの整合性を保ちつつ、必要な場面
ではデフレ圧力に適時に対処すべき」と金融緩和に理解を示していたが、今回は「歓迎」という言葉
を使うことで、金融緩和を支持する姿勢をより鮮明にしたと言える。
特に、為替相場を通じた近隣諸国への影響が大きく、連鎖的な金融緩和の引き金になったECBの量的
緩和(QE)に対して、G20が名指しでその意義を認めたことは(そうするしかないとは言え)特筆に値
する。ECBのQEは「物価安定のマンデートを果たすことを目的としている」のだから問題はない、とG20
が認めたことによって、各国中銀は、マンデートを掲げさえすれば、暗黙裡に自国通貨安を狙ったも
のであっても金融緩和を推し進められる権利を得たようなものである 1。
2.「QE の輪」に加わるスウェーデン
そのG20に背中を押される格好となったのがスウェーデン中央銀行(Riksbank)である。緩やかなデ
フレが続く中、原油安と、ECBによるQEがもたらす自国通貨高の脅威を背景に、Riksbankは2月12日に
政策金利をマイナスに引き下げ、主要中銀による「QEの輪」に加わることを決めた。
追加緩和の背景には、世界経済の不確実性の増大と低過ぎるインフレ率がある。Riksbankの声明に
よれば、昨年12月以降、海外経済の下ぶれリスクが高まった。原油安は世界経済にとってポジティブ
1
ではあるものの、グローバルなディスインフレも引き起こしているという。また、各国の景気の足並
みがまちまちであるため、米・ユーロ圏など金融政策にばらつきが生じ、その結果、為替市場が大き
く変動していると指摘した。Riksbankはさらに、ギリシャを巡る最近の動向も不確実性の一因と述べ
ている。
一方、スウェーデンの国内経済については、物価に対する警戒感が強い。Riksbankは、原油安、通
貨安、低金利によって国内景気が加速していくとの見方を示しつつ、インフレ率が低過ぎることを問
題視した。スウェーデンでは、インフレ率が2012年11月に前年比▲0.1%とマイナス圏に入ってからほ
とんど持ち直しがみられず、緩やかなデフレが続いている(図表2)。こうした中、Riksbankは、最近
の物価動向について「予想通り」との判断を示しながらも、原油安によってインフレ期待が下押しさ
れるリスクに言及した。さらにより深刻なのは、ECBのQEがもたらす自国通貨高の脅威である。
今回Riksbankはレポ・レートを▲0.1%に引き下げ、フォワード・ガイダンスを据え置いた。Riksbank
による追加緩和は、昨年後半以降、3回連続である。まず昨年10月に、主要政策金利であるレポ・レー
トを0.25%引き下げてゼロ金利とした(図表3)。同時に将来の利上げ時期を「2015年末」から「2016
年半ば」に後ずれさせ、所謂フォワード・ガイダンスを強化した。
次の12月には、Riksbankは政策金利を据え置いたものの、フォワード・ガイダンスを一段と強め、
最初の利上げ時期を「2016年下期」に変更した。さらに、追加緩和が必要になった場合の対応につい
て、①主として利上げ時期の先延ばし(フォワード・ガイダンスの強化)とするが、②さらなる緩和
手段を用意していることを表明した。後者(②)については、必要であれば次回(すなわち今回)の
会合で示す方針も明らかにした。
しかし今回Riksbankは、上記①ではなく、②に相当するマイナス金利への利下げを選択したわけで
ある。さらに、100億SEK(SEKはスウェーデン・クローナの略)の国債購入という新たな手段を追加し
図表 1 G20 財務大臣・中央銀行総裁会議声明
図表 2 スウェーデンの物価動向
(抜粋)
3.いくつかの先進国における、遅い成長と長期化した需要の
弱さを伴う、長期化した低インフレは、継続的な経済停滞のリ
スクを増加させうる。したがって、我々は、金融政策及び財政
政策の在り方を継続的に見直し、必要な場合には、断固として
行動していく。
4.我々は、いくつかの国では、中央銀行のマンデートと整合
的に、現在の経済状況が緩和的な金融政策を必要としているこ
とに合意する。この観点から、我々は、中央銀行が適切な金融
政策行動を採ることを歓迎する。ECB が採った最近の政策決定
は、物価安定のマンデートを果たすことを目的としており、ユ
ーロ圏の回復を更に支援する。我々はまた、成長見通しがより
強固ないくつかの先進国において、金融政策の正常化を許容す
る状況に近づきつつあることに留意する。金融政策の在り方が
一様でなく、金融市場の変動が高まる環境下において、金融政
策の在り方は、負の波及効果を最小化するために、注意深く測
定され、明確にコミュニケーションが行われるべきである。
(注)強調は筆者。
(資料)財務省
(注)消費者物価指数。総合。
(資料)スウェーデン統計局、みずほ総合研究所
2
た 2。Riksbankの「金融政策報告書」(2015/2)によれば、2015・2016年に発行されるスウェーデン国
債は年間770億SEKであるが、償還分を控除したネットベースでは2015年には50億SEKに留まる。100億
SEKという規模は、このネットベースの発行額を踏まえて決定されたようだ。
もっとも、Riksbankのバランスシートの大きさは2015年1月末時点で5,025億SEK 3であり(図表4)、
今回発表されたQEの規模はその2%に留まる。またRiksbankのバランスシート自体、海外の主要中銀に
対して見劣りし、その分だけ金融緩和度合いが弱い状況にある(図表5)。そのため、今後ECBが「ユ
....
ーロ圏GDPのおよそ10%」(金融政策報告書)にのぼるQEを始めれば、スウェーデン経済は「自国通貨
.
高による景気下押しと、すでに低いインフレ率が一段と低下してしまうリスク」(同、強調は筆者)
に曝される可能性が高い。Riksbankはそうした懸念を背景に、①必要であれば定例会合以外のタイミ
図表 3 主要政策金利の推移
(資料)Riksbank、みずほ総合研究所
図表 4 Riksbank の資産規模と内訳
(注)各四半期末。2015 年 1~3 月期は 1 月末値を利用。
(資料)Riksbank、スウェーデン統計局、みずほ総合研究所
図表 5 主要中銀のバランスシート比較
(資料)各国中銀、みずほ総合研究所
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ングでの緊急緩和も辞さないこと、②追加利下げ、フォワード・ガイダンス強化、国債購入額の増額
という既存の緩和手段すべてが選択肢であること、③新たに企業向け貸出プログラム 4も視野に入れて
いることを明らかにし、最大級とも言える金融緩和姿勢を示した。
3.気がかりな 90 兆㌦超のグローバル運用資産と 10 兆㌦のドル建て債務の行方
G20は低金利・低ボラティリティがもたらす金融不安定化リスクへの言及を避けた。しかし当局のリ
スク管理はむしろこれからが正念場であり、10兆㌦近いドル建て債務の行方が大きな懸念材料である。
今回のG20声明からは重要な一文が消えている。昨年9月の声明にあった低金利・低ボラティリティ
が生み出す金融不安定化リスクに関する次の一文である。「我々は、特に、金利が低く資産価格の変
動が小さい環境下において、金融市場に過度のリスクが蓄積する可能性に留意する。」
上述したように、今回のG20はマンデートに即した各国中銀の金融緩和を歓迎していること、さらに、
各国中銀による連鎖的金融緩和によって皮肉にも国際金融市場のボラティリティが高まっていること
から、低金利・低ボラティリティが生み出すリスクへの言及が見送られたと考えられる。
しかし、金融不安定化リスクが小さくなったわけではなく、むしろこれからが当局にとってリスク
管理の正念場であろう。主要国の長期金利が2%以下でひしめき合う中、米連邦準備制度理事会(FRB)
が利上げ姿勢を崩さなければ、世界の投資資金がわずか
図表 6 OECD 機関投資家の運用資産
なリターンを求めて米国に流入し、ドル高が一段と加速
し得る。経済協力開発機構(OECD)によれば、先進国の
機関投資家(投資ファンド、保険会社、年金ファンド、
公的年金等)の運用資産は92.6兆㌦に達する(2013年、
図表6) 5。
こうした巨額の運用資産が移動し急激なドル高が進
めば、ドル建て債務を抱えた米国以外の国の金融機関や
事業会社の返済負担も増大する。国際決済銀行(BIS)
によれば、米国外の金融機関や事業会社等が銀行から借
り 入 れ て い る ド ル 建 て 債 務 残 高 は 9.7 兆 ㌦ に の ぼ る
(2014年9月末) 6。
(資料)OECD、みずほ総合研究所
1
なお、(為替レートの柔軟性を保つという)「以前の為替相場のコミットメントを遵守」するとの文言は声明に残っている。
声明によれば残存期間 1 年~5 年のスウェーデン国債が対象である。しかし、金融政策報告書(2015/2)によれば最大 10 年までが
視野に入っているようだ。
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図表 3 に示したように Riksbank が保有する資産の大半は外貨建て資産であり、そのほとんどが外貨準備である。なお、2013 年初め
に外貨建て資産が増えているが、為替介入の結果ではない。Riksbank の年次報告書によれば、ユーロ債務危機による金融市場の不安
定化に備えて外貨準備を強化すべく、スウェーデン財務省国債局から外貨建て資産を借り入れたことによるものである。
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貸出促進プログラムはすでに日銀、イングランド銀行(BOE)、欧州中央銀行(ECB)で導入されている。
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OECD(2014)Pension Markets in Focus 2014, December 23. 同様の推計に PwC(2014)がある。PwC(2014)によれば、グローバ
ル運用資産は 2012 年時点で 63.9 兆㌦にのぼる。その顧客には、年金基金(33.9 兆㌦)、保険会社(24.1 兆㌦)、ソブリン・ウェルス・
ファンド(SWFs、5.2 兆㌦)
、個人富裕層(High Net Worth Individuals、52.4 兆㌦)
、一般富裕層(Mass Affluent、59.5 兆㌦)が
含まれる(括弧内は顧客資産、一部重複あり)
。PwC(2014)"Asset Management 2020 A Brave New World," January.
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BIS(2015)"Preliminary International Banking Statistics, third quarter 2014," January.
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