世界の証券会社はどこに向かうか - みずほ総合研究所

リサーチ TODAY
2012 年 4 月 25 日
世界の証券会社はどこに向かうか
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
みずほ総合研究所では継続的に金融機関のビジネスモデルを議論しており、そのなかでも最近の内
外証券会社の戦略に注目してきた。昨今、金融機関はグローバル規模で大きな環境変化の影響を受け、
さらに自由化のなかで競争関係が一層激化している。証券業界においては株式の売買手数料の自由化
でこれまでの委託手数料に依存した経営が大きく変更を迫られるに至っている。
加えて、リーマンショック等、金融危機後の金融機関への規制やリスク管理強化の潮流は金融機関全
体に向かったものであるが、なかでもフローでのビジネスを中心とした証券会社への影響が大きい。ネット
証券の台頭、売買の高速化へのシステム投資拡大、同時にリスク管理も含めたインフラに関するコスト拡
大によって中堅中小を中心とした証券会社への影響が大きくなる構造にある。下記の図表は最近の内外
証券会社を取り巻く環境を示した概念図である 1。
■図表:証券会社を取り巻く環境
保険会社
商業銀行
競合関係
外国証券会社・
商業銀行
証券会社
証券会社の
経営環境
金融危機や2011年の金融状
況を踏まえた経営環境の変貌
・大手金融機関(銀行・証券)の集約が進行し、 資本や
マーケットシェアが一部の大手金融機関に集中
・証券ビジネスで、商業銀行部門の預金の経営資源を
バックグラウンドとして活用する動き
・金融規制の潮流の逆風
・インフラコストの増大
(資料)みずほ総合研究所
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大木剛「米国中堅証券会社の戦略」(みずほ総合研究所『みずほリポート』2012 年 4 月 10 日)
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リサーチTODAY
2012 年 4 月 25 日
「ボルカー・ルール」を中心としたグローバルな金融規制の潮流については今月のTODAYでも既に話
題にした2。こうした規制の潮流は、2007年頃までの世界的な信用バブルの拡張と、その結果生じたサブ
プライム問題やリーマンショックに対する「反省と再発防止」の観点から、信用拡張への歯止めと業態規
制を全面的にかけることを意味している。それは、銀行に対し「ナロー・バンク」の方向性を志向し、リスク
拡張で金融が世界経済の混乱を加速するような状況を回避させるための対策とされるものである。同時
に、国際的にシャドー・バンキングへの監督規制が強まることで、直接的に証券会社の経営環境やイン
ベストメントバンキング業務に影響を与えている。
以上の潮流は、欧米で金融への批判が高まるなか、ポピュリズムの観点からも政治的に対応を行う「ア
リバイ作り」の側面も否めない。3月下旬に筆者が欧州出張で感じたのは、英国やドイツでも依然、金融
に対する批判が強かったことである。英国では金融が招いた不況の長期化のなか、金融規制への世論
は根強い。フランクフルトでは金融街の公園に、反金融のテントが占拠する状況が続いていた。
以上の金融規制の潮流の目指すものは、預金調達力を重視し、その範囲内でレバレッジを抑制して
銀行を中心とした着実な金融業務を経済のインフラとして行うことである。その結果、金融が国家全体を
振りまわし、さながら「尻尾が体を振り回す」かの状況を回避するために不可避として世論の支持をうける
ことを意味する。従って、中央銀行の大量資金供給で資金は溢れる状況にあるが、そのなかでの金融機
関の競争力は資金調達の「質の安定度」、すなわち、預金による本源的な資金調達力に依存する。
日本の金融の姿は、今日のグローバルな金融規制が志向する姿を10年先に実現した姿と考えることも
できる。すなわち、預金調達を重視して預貸率を引き下げそのギャップを国債を中心としてキャリーを確
保し、それ以外の自己勘定取引3やヘッジファンド、プライベートエクイティ業務を抑制的に行うことである。
ただし、2000年代後半までの欧米の金融モデルがあまりに行き過ぎ、それを抑制するための対応の制度
化が今日の規制体系にあるとすれば、日本の状況は抑制があまりに効き過ぎた、その反対の局にあると
の評価もできる。日本においては、欧米の行き過ぎを反面教師として多様な金融手段を選別的に活用す
る発想も必要である。
そもそも、「ボルカー・ルール」で業務範囲を制限し、一方、バーゼルⅢで自己資本充実をはかるとの
方向性はどちらも「正論」ではあるが、今日の金融環境からみて自己矛盾を抱えている。すなわち、日米
欧のような信用収縮が生じ低金利の低収益に向かう環境で、業務範囲規制を強め、同時に自己資本比
率を引き上げようとすれば、資産圧縮の選択肢しか残らない。先週発表された、IMFのGlobal Financial
Stability Report では欧州の銀行による資産圧縮の可能性が示されている。欧州の各金融機関のリスク
管理としては資産の圧縮は妥当な対応であるが、全体としては「合成の誤謬」を生みかねない4。時計の
針の振れすぎが信用収縮を加速するリスクには引き続き留意が必要だ。昨今、世界的に再び金利低下
に向いているのは、各地での「合成の誤謬」への不安もあるのではないか。
2 「ボルカー・ルールとは『日本の銀行になれ』?」(みずほ総合研究所 『リサーチ TODAY』 2012 年 4 月 11 日)
3 日本のビジネスモデルから見た場合、預貸ギャップの存在を前提にした国債保有を中心とした債券売買は欧米の規制対象と
しての「自己勘定取引」とは異なる性格をもったものであると評価される。
4 同様の点は、欧州で各国が自国国債の安定の観点から財政緊縮を行うことが、域内の経済に一層の下方バイアスをかける点
とも類似する。同時に、財政緊縮への反対のポピュリズムを不安視する動きも市場に存在する。
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