『公共経済学講義:理論から政策へ』 第 5 章のウェブ補論 須賀晃一[編] c ⃝Koichi Suga, 2014 発行所:有斐閣 2014 年 6 月 25 日 初版第 1 刷発行 ISBN 978-4-641-16445-1 1 第 5 章のウェブ補論 1.誘因両立性制約の 1 階条件と 2 階条件の導出 この付録では,一般的な効用関数と単一交差条件の下で誘因両立性制約 (5.11) 式の 1 階条件 (5.12) 式と 2 階条件 (5.13) 式を導出する。Mirrlees (1976)1 によるこの変形のアイデアは次の通りである。 x(w) と Y (w) が個人 w の最適な選択であり,間接効用関数が v(w) ≡ u(x(w), Y (w), w) であることに 注目すると, 0 = v(w) − u(x(w), Y (w), w) ≤ v(w) ˆ − u(x(w), Y (w), w) ˆ を示唆し,これは w = w ˆ で v(w) ˆ − u(x(w), Y (w), w) ˆ は最小化される。 したがって,この v(w) ˆ − u(x(w), Y (w), w) ˆ の最小化問題より, dv(w) ≡ v ′ (w) = uw (x(w), Y (w), w), dw ∀w である。ここで,uw は u の w に関する偏導関数を表し,これは,ux x′ (w) + uY Y ′ (w) = 0 であること を表す。 v(w) ˆ − u(x(w), Y (w), w) ˆ の最小化問題の 2 階条件は, v ′′ (w) − uww (x(w), Y (w), w) ≥ 0 である。v(w) の定義を用いると,w による 2 階微分は v ′′ (w) = uwx x′ (w) + uwY Y ′ (w) + uww であり, 上記の式より, uwx x′ (w) + uwY Y ′ (w) ≥ 0 である。1 階条件より,x′ (w) = −uY Y ′ (w)/ux なので,x′ (w) に代入すると, [ ] uY uwY − uwx Y ′ (w) ≥ 0 ux が得られる。ところで,単一交差条件は,限界代替率 s を s(x, Y, w) = −uY /ux として定義したとき に,∂s(x, Y, w)/∂w < 0 を満たすことであった。すなわち, sw = −ux uwY + uY uwx <0 [ux ]2 である。この関係を用いると, [ uwY − uwx ] uY Y ′ (w) = −ux sw Y ′ (w) ≥ 0 ux となる。単一交差条件より sw < 0 であり,仮定より ux > 0 である。それゆえ,単一交差条件を考慮す れば,誘因両立性制約の 2 階条件と Y ′ (w) ≥ 0 の条件は同値である。 1 Mirrlees, J. A. (1976) “Optimal Tax Theory: A Synthesis,” Journal of Public Economics, 6: 327–358. 第 5 章のウェブ補論 2 2.5.4.3 項,「政府問題のハミルトニアンとその展開」の数学付録 この付録では,5.4.3 項の「政府問題のハミルトニアンとその展開」についての数学的な捕捉をしてお く。最初に,横断条件,(5.18) 式の数学的な意味は次のように考えればよい。ラグランジュ関数のうち, 誘因両立性制約の部分でハミルトニアンに表されない部分は − ∫w w µ(w)v ′ (w)dw であり,部分積分を用 いて書き直すと, ∫ w − µ(w)v ′ (w)dw = w ∫ w µ′ (w)v(w)dw + µ(w)v(w) − µ(w)v(w) w であった(本書ウェブ数学付録「最適制御」の (4) 式の展開に対応) 。いま状態変数 v の初期値と最終値 は自由なので,µ(w) = µ(w) = 0 が示される。 次に,εL の導出部分について考える。個人の効用最大化問題は, max x + ϕ(1 − Y /w), s.t. x = Y − T (Y ). なので,Y に関する 1 階条件に注目すると,ϕ′ (·) = w[1 − T ′ (·)] = wn である。税引き後賃金率に関す る労働供給の弾力性 εL の定義より, εL ≡ ∂ ln(L) wn ∂L wn w × wn = = − ′′ =− ∂ ln(wn ) L ∂wn Lϕ (·) Y ϕ′′ (·) である。なお,wn = ϕ′ (1 − L) より,∂L/∂wn = − 1/ϕ′′ (·) であることに注意しよう。 3.最適所得税の定性的性質の導出 この付録では,(5.19),(5.20),(5.21) 式に注目して,非線形最適所得税の定性的な性質を導出す る。最初に,性質 (1) のうち,最適限界税率が 100% 以下となることを確認しよう。誘因両立性制 約の 1 階条件 (5.12) 式の同値表現は ux x′ (w) + uY Y ′ (w) = x′ (w) − ϕ′ (·) ′ w Y (w) = 0 なので,2 階条 ′ 件 (5.13) 式を用いれば,消費も能力に関して非減少関数 (x (w) ≥ 0) であることがわかる。予算制 約 x(w) = Y (w) − T (Y (w)) を w に関して微分すると,x′ (w) = Y ′ (w) − T ′ (Y (w))Y ′ (w) である。 x′ (w) ≥ 0 より Y ′ (w)[1 − T ′ (Y (w))] ≥ 0 となり,Y ′ (w) ≥ 0 より 1 − T ′ (Y (w)) ≥ 0 である。したがっ て,限界税率 T ′ (Y (w)) は,T ′ (Y (w)) ≤ 1 である。 次に,性質 (2) の最高所得者と最低所得者の最適限界税率が 0% となることは,横断条件 (5.18) 式を 考慮すれば,(5.19) 式より簡単に導出できる。 最後に,性質 (3) について考える。性質 (3) は,最適限界税率が非負であり,特に最低所得者と最高 所得者以外では正となることを主張している。仮定より,w, f (w), εL はいずれも正であり,(5.12) 式 より,W ′ > 0 の関係を用いれば,λ > 0 である。(5.19) 式より T ′ (·) の符号は µ(w) の符号と逆になる ため,µ(w) = µ(w) = 0 かつ,それ以外の w で µ(w) < 0 になることを示せばよい。(5.21) 式より,λ は能力分布全体での社会的な限界厚生ウェイトの平均である。(5.20) 式の積分内,[W ′ − λ] の項はそ の能力での限界厚生ウェイトと限界厚生ウェイト全体の平均値との差であるので,W ′′ ≤ 0 と横断条件 を考慮すれば,常に正または常に負とはならず,w が小さい時には [W ′ − λ] の項は正であり,w が大 きい時には [W ′ − λ] の項は負となる。(5.20) 式の積分範囲は w 以上の能力の個人をとっているので, µ(w) = 0 から始まり,w が大きくなるに従い,[W ′ − λ] の正の領域が少なくなっていく。したがって, w, w 以外では µ は負であり,ある w までは µ は減少関数,ある w 以降は増加関数となることがわか る。性質 (3) もこれにより示せ,性質 (a) の最適限界税率が 0% 以上であることも示せた。
© Copyright 2024 ExpyDoc