君と僕だけの物語 深黒の枝垂桜 ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ 昔、多くの国を従える大国があった。その国が力をつけたのは、神 と会話できる一人のシャーマンの働きが大きかった。そのシャーマ ンが、とある集落にてこんなことを言い出した。﹁その赤子は、神の目 を欺いて生まれた鬼の子だ。絶対に殺すな、死よりも重い罰を与え よ。自殺できぬように舌を引き抜いてしまえ﹂誰も彼の言葉を疑わな かった。 目 次 君と僕だけの物語 ││││││││││││││││││││ 1 君と僕だけの物語 蹴り飛ばされて目が覚めた。 ﹁やっと起きたかよ﹂ 今日の相手は僕が一番嫌いな奴だ。二十代前半の筋肉質な大男、こ いつはいつも木刀を持ってくる。こいつの〝罰〟は一番痛い。 ﹁早く立て﹂ 僕に拒否権はない。怒鳴られると、僕はすぐに立ち上がる。大男が 木刀を振り上げる。僕は目をつぶった。頭の中に音が響くと、足がふ らつき崩れ落ちた。 ﹁なにしてる、早く立て﹂ 僕がやっとの思いで立ち上がると、今度は腹を木刀で殴られ、その まま吹き飛んで壁に叩きつけられた。二分ぐらい続くと、僕は血を吐 いた。 ﹁もう終わりか﹂ 大男は立ち去って行った。血を吐いたら終わり、みんなは僕を殺す つもりはないらしい。食事はきちんと与えてもらえる。でも、僕は何 のために生きているんだろう。 ある晴れた日の夕方、僕は外を眺めていた。夕日の中で、僕と同じ ぐらいの年の子供が遊んでいた。この部屋から出てみたい、そんなこ とを思っていると、いきなりその子が涙を浮かべて尻餅をついた。と ても怯えている。疑問に思っていると、小屋の壁が壊されて、熊が姿 を見せた。僕は近くに転がった木の板を熊に投げつけた。熊は僕に 襲い掛かってきた。抵抗もできぬまま熊に遊ばれ、僕は動けなくなっ て小屋から引きずり出された。熊が僕の脇腹に噛みついた。生まれ て初めての痛みを感じ、僕は声にならない叫び声をあげる。村の人た ちが弓矢を持ってやってきた。彼らが矢を放つと熊は逃げていった。 ﹁鬼の子のくせに熊にも勝てないのかよ﹂ ﹁ほんと、情けないな、こいつ﹂ ﹁まったく、何の役にも立たないくせに、なんで助けなきゃいけないん だろうな﹂ 1 村人が僕を罵った。僕には彼らの言葉は痛くもなんともない。 夕日の中に冷たい雨が降り出した。空から降り注ぐ水滴が、赤い光 を受けて美しい虹を生み出した。泣いている男の子の所へ母親らし き女性がやってきて言った。 ﹁もう大丈夫だからね﹂ 男の子は母親に手を引かれて帰って行った。 ﹁ほら、早く立てよ﹂ 無理だ、体が動かない。僕は村人達に縄で引きずられながら、新た な部屋へと向かった。初めて心の痛みを感じた。 毎日毎日続く暴力の日々。なんで僕は死なない、どうして僕は死ね ない、死なせてくれない。気が付けば、そんなことばかりを思うよう になっていた。空を覆う雲が途切れて、部屋の中へとまぶしい光が 入ってくる。映り込んだ影が、誰かが窓から部屋の中をのぞいている ことを教えてくれた。僕は上を見上げる。そこには長い髪の女の子 2 が立っていた。 ﹁えっと、ごめんなさい﹂ 傷だらけだよ﹂ 僕に謝る人間がこの村にいるとは思わなかった。少女は僕のこと を見て言った。 ﹁どうしたの、だいじょうぶ ﹁鬼の子と奴隷、なかなかお似合いかもな﹂ ﹁まったく、次またこんなことしたら殺すぞ﹂ アイは村人に怒鳴られると、強引に連れていかれた。 ﹁おい、アイ。お前はこんな所にいたのか﹂ んてないし、君と話すための舌もないんだ。 僕はある日、アイにこんなことを言われた。ごめん、僕には名前な ﹁ねえ、そろそろ君の名前を教えて﹂ ができてすごく嬉しかった。 いう名前らしい。僕はアイからいろいろな話を聞いた。初めて友達 それから、時々あの子は僕に会いに来てくれた。彼女は〝アイ〟と て走って行ってしまった。またあの子に会いたいな。 初めて誰かに心配された。その女の子は﹁早く戻らないと﹂と言っ ? 村人たちは、一人は怒りながら、一人は笑いながら僕のところから アイを連れて行った。 半年ぐらいが過ぎた。アイとはあれから一度も会っていない。今 日は朝から土砂降りの雨が降っている。こういう日は誰も罰に来な いから大好きだ。 ドアが開いた。僕はとっさに身構えた。入ってきたのはアイだっ た。 ﹁一緒に逃げよ﹂ アイはそう言うと、僕の手を引いて走り出した。雨の中を二人でた だひたすらに走って、森の中に逃げ込んだ。 ﹁今日は雨だから、きっと犬が追ってこれないよ﹂ アイは何で僕を連れてきたのだろう。見つかったら殺されてしま うはずなのに、わざわざ見つかる危険を増やしてまで僕を連れてきた 理由がわからなかった。 僕とアイは雨降る夜道をひたすら歩く。アイはこの先にある小さ な国から連れてこられたそうだ。森を抜けて、川を渡って、岩山を歩 いた。雨はいつの間にか止んで、朝日が昇っていた。 僕とアイはさびれた村に到着した。 ﹁おまえ、アイか﹂ 一人の男性が家から出てきた。その男性はアイに近づいて、 ﹁なんで戻って来たんだよ、この馬鹿娘が﹂ アイに怒鳴り散らすと、いきなり殴った。 ﹁お前が戻ってきたら、俺たちはあの国から食料の援助が受けられな くなるだろうが。ふざけんなよ、穀潰しのくせに﹂ ﹁なんで・・・﹂ ﹁なんでじゃねえよ﹂ 泣 き 出 し た ア イ に そ の 男 は さ ら に 暴 行 し た。ア イ が 気 を 失 っ た。 僕はその男に飛び乗って、背中側から首を絞めた。 ﹁なっ、放せ、糞餓鬼﹂ その男は僕を殴ったりして放させようとした。ほかの村人たちも 出てきて、僕を殴ったり蹴ったりした。痛くはなかった、いつもの罰 3 に比べたら、アイを守るためなら。やがてアイを殴った男は死んだ。 他の村人たちは、僕のことを取り押さえようとした。殴り合いになっ た。彼 ら は 力 は 弱 か っ た。僕 は ひ た す ら に 彼 ら を 殴 っ た。こ ん な 奴 らは、僕とアイのことを苦しめる奴らは、みんないなくなればいいん だ。 気が付けば、そこに立っているのは僕一人だった。アイ、この世界 で僕らのことを邪魔する奴らはいなくなったよ。もし舌があれば、君 に好きって言えるのに。 4
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