2016 April Special-2 東京海上日動 WINクラブ http://www.tmn-win.com/ 自動車による洪水・津波からの避難 我が国では、洪水や地震による津波の際は、自動車による避難は原則禁止とされていましたが 、2011 年の東日本 大震災では多くの被災者が自動車による避難を試み、多くの人命が助かりました。このことが契機となり、2012 年の 中央防災会議において防災基本計画が修正され、避難は原則徒歩とするものの、やむを得ない場合には自動車による避 難が認められるようになりました。自動車による避難は、徒歩に比べて高速かつ長距離の避難が可能、集団での避難が 可能、高齢者や幼児・妊婦などの災害時要援護者の避難を容易にするなどの利点があり、場面によっては有効な手段と なり得ますが、その一方で、自動車による避難行動には以下の通り大きなリスクを伴います。企業における災害への備 えとしては、これらのリスクを考慮したうえで、従業員やお客様の生存可能性を高める適切な避難計画を策定する必要 があります。 Ⅰ.水害時の自動車による避難の危険性 東日本大震災においては、岩手県では 102 人、宮城県では 575 人もの人が車中で遺体となって発見されており1、 これらの人々はおそらく避難行動下にあったと推測されています。浸水した道路における自動車の走行性能には限界が あります。水が吸気口や排気口からエンジンに入れば、やがてエンジンが停止します。さらに、水深がドアの下端かバ ンパーにかかる程度に達すれば、車が浮き上がるか流される等して走行不能に陥ります。 また、浸水によって自動車が走行不能に陥った場合には、車内からの脱出を図ることになりますが、それにも危険が 伴います。一般に車内空間は密閉性が高く、直ちに車内に浸水するということはありませんが、ドアの外側からかかる 水圧が強いため、ドアを開けるのは困難です。図1は成人男性に対して行った水没車からの脱出実験の結果です。水没 した車内からドアを開けて車外に脱出 <図1:水没車からの脱出実験結果> を試みた被験者のうち、脱出できた割 合を避難成功率としています。運転席 側からの避難成功率は水深 68cm 程 度から下がり始め、90cm 程度になる と約 30%になります。 (後部座席側の ドアからの避難成功率が高いのは、ド アの面積が運転席側よりも小さいので ドアにかかる水圧が運転席側のドアよ りも小さく、ドアを開けるのに要する 力が少ないためです) 。 ドアが開かない 場合には、窓を開けて脱出を図ること になりますが、浸水した状況ではパワ ーウインドウが動作しないケースもあ ります。窓を割って脱出できるよう、 窓ガラスの破砕用ハンマー等を車内に 【出典】馬場康之、石垣泰輔、戸田圭一ほか「水没した自動車からの避難に関する実験 的研究」土木学会水工学論文集第53 巻,pp.853-858,2009 より引用掲載 1 中央防災会議「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会(第9 回) 」警視庁提供資料(2011 年夏までの集計に基づく) 1 Copyright (c) Tokio Marine & Nichido Risk Consulting Co., Ltd. 常備しておくことが望ましい対応です。 Ⅱ.自動車避難に伴う様々な障害 自動車による避難を実行した人に対して行ったアンケートによれば、自動車による避難を行った人のうち、34%の 人が渋滞に遭遇したとされています(図2参照) 。渋滞の原因としては、多くの自動車が殺到することによる自然渋滞に 加えて、地震による道路の被害、津波による水の流れや漂流物など様々な障害によって自動車の進行が妨げられること が挙げられます。渋滞の発生は、円滑な避難を妨げることになり、必ずしも徒歩等と比較して早く避難ができるとは限 りません。また、渋滞車両は災害時要援護者を乗せた車両や緊急の災害対応を行う車両等、本来優先して通行させるべ き車両の通行を妨げ、歩行者にとっては経路上の障害物となります。これらの可能性を考えると、避難車が殺到してい る道路や障害の多い道路を自動車で避難することはできうる限り避けなければなりません。 <図2:自動車で避難した際に障害となったこと> 【出典】内閣府、気象庁、総務省消防庁「平成 23 年度東日本大震災における避難行動等に関する面接調査(住民) 」をもとに弊社作成 Ⅲ.企業としての対応策 (1)避難計画等の策定における避難手段の明確化 避難誘導や、避難施設の確保、防災教育・訓練の実施を含む避難計画の策定は、従業員やお客様等の災害時の安全確 保に大きく役立つと考えられます。避難計画は原則徒歩による避難を前提に策定する必要がありますが、徒歩による避 難が困難な場合や、従業員及びお客様に災害時要援護者が含まれる可能性がある場合には、自動車による避難も選択肢 として想定しておくとよいでしょう。 自動車を利用する場合の条件を明確化した上で、 原則は徒歩による避難を行うが、 例外的に自動車による避難を行う場合があるとした避難計画を策定し、周知徹底する必要があります。 (2)社員に対する啓発と教育 原則徒歩というルールを策定しても、人間の心理として一刻も早く避難しようと自動車を選択しがちになることは注 意が必要です。自動車による避難を行うことのリスクやデメリットを改めて社員に啓発するとともに、現実的で実効性 のある徒歩での避難計画を立てることが求められます。また、業態によっては多くの社員が営業用車両で遠方に出かけ ているケースがあります。外出先で被災した場合は、出先の防災計画の方針に従う必要がありますが、どの地域であっ ても徒歩による避難が原則であることに変わりはありません。よって、移動中に被災した場合にもキーを差したまま車 を降りて、徒歩による避難を行う等の外出先での対応についても教育する必要があります。 2 Copyright (c) Tokio Marine & Nichido Risk Consulting Co., Ltd.
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