策略 桜崎比呂 タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範 囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。 ︻小説タイトル︼ 策略 ︻Nコード︼ N2803BB ︻作者名︼ 桜崎比呂 ︻あらすじ︼ 戦国時代、美濃の斎藤道三の娘帰蝶は、尾張の織田信秀の嫡男信 長へ嫁ぐことが決まっていた。妹の縁談を聞きつけた兄義龍は、妹 の元へ駆けつける。しかし帰蝶の腹は、兄義龍よりもよほど据わっ ていた。この婚儀は斎藤家のため、美濃のためにならずば差し違え るまで。帰蝶は腹に一物抱え、尾張へと旅立つことを決めていた。 1 ︵前書き︶ 戦国小説の連作。時間的には斎藤道三の娘帰蝶が、織田家へ嫁ぐ 前です。 2 ﹁聞いたぞ帰蝶!﹂ 美濃の稲葉山城。 廊下にどかどかと大きな足音を鳴らし、斎藤義龍が妹帰蝶の部屋 を訪れたのは、帰蝶が尾張へ嫁ぐ10日程前の事だった。 ﹁何事ですか、兄上﹂ 帰蝶はじっと見ていた碁盤から顔も上げずに長兄に聞いた。義龍 はやれやれ、と思う。この妹は何時もこのようだ。碁石の黒と白を 交互に並べていく様子を見ていると、どうやら自らと自らで対戦し ていたらしい。 おなご 義龍には妹が3人あるが、いちばん上の妹であるこの帰蝶は、大 層変わっていると義龍はよく感じる。例えば、女子があまり好まぬ 戦術の書物を読み耽ったり。例えば、薙刀だけでなく剣術の稽古に も精を出したり。例えば、男の格好をして、城下へ馬で駆けて行っ たりもする。 ﹁尾張のうつけへ嫁ぐと言うではないか!なぜわしに黙っておった !!﹂ ﹁今の時代、政略なぞ当たり前の事ではございませぬか。そのよう に騒がれますから、兄上には黙っていたのです﹂ ぐうの音も出ない返事に、義龍は一瞬虚を突かれた。義龍がどれ だけ声を荒げても妹は此方に視線一つ寄越そうともせず、目の前の 基盤に集中している。かっとなった義龍は帰蝶の目の前にあった碁 盤を蹴り飛ばした。 ﹁兄上⋮⋮、これでははじめからやり直しではございませぬか﹂ ﹁帰蝶!そなた、わしの話を聞いておるのか!﹂ 目の前で行われた乱行にも眉毛一つ動かさず、散らばった碁石を 一つ一つ拾い集める帰蝶の手を、義龍は乱暴に掴んだ。 ﹁何を致すのです﹂ 3 帰蝶の傍に控えていた侍女も、相手が主君の兄であり、斎藤家の 嫡男とあっては声も出ない、手出しもできない。何より相手が恐ろ しい。 ﹁あのようなうつけに嫁ぐのか!﹂ ﹁わたくしは信長殿にお会いしたこともないのです。まだ本物の“ うつけ”と決まった訳ではございますまい﹂ 帰蝶の反論が正論であったために義龍はいや怒りが増した。 ﹁うつけと他国にまで噂が回ってきている男に嫁ぐのだぞ!なぜそ のように落ち着いていられるのか信じられぬ!﹂ 淡々と話す妹であるが尾張の情勢は不安定だ。織田信秀が勢力を 強めてはいるが尾張の統一は成されていない。その信秀の嫡男が帰 蝶が嫁ぐ信長だが、うつけとの評判は稲葉山城下にも広まっている。 そのようなところへ妹を嫁がせるのだ。帰蝶が落ち着いている理由 もわからないし、父道三の考えもわからない。義龍の苛立ちは増す ばかりだった。次の、 ﹁もし本物のうつけならば刺すまででございます﹂ という、妹の冷酷な声を聞くまでは。 ﹁⋮⋮帰蝶?﹂ 義龍の怒りは一挙に冷めた。妹の声の方が遥かに冷えていた。 ﹁わたくしは美濃の為に嫁ぐのでございます。信長殿が美濃にとっ て有益であれば各段の事はございませぬが、もし誠のうつけであっ た場合、美濃の為に消えていただく。それだけのことでございます﹂ ︱︱勿論その時にはわたくしの命もございませぬが。帰蝶の言葉 に、義龍は何も返せなかった。 恐ろしい勢いで部屋に来た割にはあっさりと引き下がった兄の背 中を見送ったあと、帰蝶は再び碁盤に向かった。最も集中でき、頭 を空にできるのが帰蝶にとっては囲碁だった。一切誰とも打たない という訳では無いが、部屋では基本的に一人で打つ。 4 ﹁甘い考えでは、この戦の世は渡っては行けぬ⋮⋮﹂ やはり兄は甘いのだ。いくら乱暴者で通っていても、真の乱暴者 ではない。父道三には劣ると帰蝶は思う。胸中に隠された短剣。美 濃の為にならなければ信長を刺すと、宣言したのは帰蝶の方であっ た。 ﹁そなたの命もあるまい﹂ 冷静に言った父。 ﹁そうでありましょう。しかしわたくしは美濃の人間にて﹂ 帰蝶の返答に道三は何も言わずに頷いた。帰蝶の考えを了承した ということだ。美濃の為ならば娘の命も惜しまぬ。その冷酷さが父 にはある。そして帰蝶にも。だが義龍はそうではなかった。 嫁いでも実家の人間と思われるこの時代、嫁ぐ相手の性質よりも まず自分の国のためになるかどうかを考えねばならぬ。帰蝶の信長 との縁談は、美濃が尾張を手中に収められるか見極めるためには、 まさしく絶好の機会であった。尾張は未だ統一がなされていない。 信長を手にかけた後、美濃が尾張を手中に収められるのは恐らく今 しかない。 帰蝶は心配して寄ってきた侍女たちに、 ﹁兄上もわたくしの身を案じての事じゃ、そなたらが騒いではなり ませぬ﹂ と優しい口調で諭して退がらせてから、さらに新たな棋譜を造り 出していくことに精を出した。不要な考えを追い出すのに、囲碁は、 帰蝶にとっては何よりも有効であった。 そもそも帰蝶は、信長が真のうつけだとは端から信じていなかっ た。今回の縁談は織田側から持ち込まれたそうだが、元服している はずの信長は日々を戦ごっこに費やしているという。 帰蝶には、それが単なる遊びとはどうしても思えなかった。毎日 毎日繰り返される戦ごっこ。ただの戦ごっこにしては羽目を外しす ぎるきらいがあるという。南蛮伝来の鉄砲を使った戦ごっこの噂を 聞いたとき、帰蝶の予感は確信に変わった。 5 恐らく信長は、来るべき日の為に自ら学んでいるのだ。だからう つけを装い、日々戦ごっこを繰り返している。そうすれば周囲の国 も油断するであろう。いざとなれば尾張の織田信長に、日本全土の 大名がひれ伏すかもしれぬ。帰蝶はそこまで、信長という人間には 大器があると読んでいる。 信長が父道三と、ひいては美濃と和睦の関係を結ぶつもりであれ ば、帰蝶はそのまま尾張に居続ける積もりであった。政に対しては 熱心であるが、気性の荒い長兄とはどうしても気が合わぬ。 但し信長が噂通りのうつけであったり、いずれは美濃を攻略する 心積もりであったりすれば、帰蝶は婚姻の晩に信長と刺し違える覚 悟であった。織田家の嫡男の命を奪った人間が生き延びられるはず がない。また生き延びる積もりもない。 尾張の織田信長との婚姻が決まった時点で、既に帰蝶は覚悟を決 めていた。織田家と命運を共にするか⋮⋮、または美濃のために散 るか。 重すぎる覚悟を密かに背負って帰蝶が尾張に旅立ったのは、この 12日後の事であった。 6 PDF小説ネット発足にあたって http://ncode.syosetu.com/n2803bb/ 策略 2012年9月6日07時54分発行 ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。 たんのう 公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、 など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ 行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版 小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流 ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。 7
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