(3)環境にやさしい 鉛フリーはんだの実用化 ~分析の立場から~

●〔特集〕環境と材料(3)環境にやさしい鉛フリーはんだの実用化 ~分析の立場から~
[特集]環境と材料
(3)環境にやさしい
鉛フリーはんだの実用化
~分析の立場から~
有機分析化学研究部 野田 明日香
る
② 溶剤・・・粘度を調整する
③ ポリマー・・・フラックスに弾性を持たせる
④ チキソ剤・・・金属とフラックスを均一に混和させ
た後、これらが分離しないように維持する
⑤ 活性剤・・・洗浄能力、濡れ性を向上させる
これらの構成成分は、分子量、溶解性などがそれぞれ
異なるため、単一手法、また分離を伴わないオンライン
分析のみでの定性・定量は困難である。したがって、弊
社では各構成成分を極性、分子サイズによって分離し、
1.はじめに
個々の分離物について各種スペクトル測定を行うことに
はんだは、すず(Sn)と鉛(Pb)の合金であり、接
より、定性・定量を実施している。
合部の信頼性が良く、低融点であることから電気・電
子機器の組立に広く用いられてきた。ところが近年、環
境意識が高まり、2006年にRoHS指令が施行されたこと
3.ソルダーペーストの分析手法と分析例
を契機に鉛フリーはんだの開発・実用化が進められてい
る。電子情報技術産業協会(JEITA)は鉛フリーはんだ
₃.₁ ソルダーペーストの分析手法
の標準組成としてSn-3Ag-0.5Cuを推奨しているが、こ
図1に、ソルダーペーストの分析手順を示す。
のはんだは従来のSn-Pbはんだよりも融点が高い。その
ため、封止樹脂などの実装材料の耐熱性向上が必要であ
るとともに、機能を充分に発現できる適切な組成のフラ
ックスを使用する必要がある1)。
さらに最近の動向として、ダイオキシン発生を抑制す
るために、ハロゲンフリー化が進められてきている。は
んだには活性剤として、ハロゲンを含んだ有機ハロゲン
化合物や有機ハロゲン化水素塩が含まれており、これら
を比較的低分子量の有機酸などに置き換えることでハロ
ゲンフリー化に対応している。ところが、活性剤として
有機酸を用いると、長期的な使用においては金属腐食な
どの問題が生じる可能性があり、適切な活性剤の選択は
図1 ソルダーペーストの分析手順
電子機器の信頼性確保のために重要である2)。
弊社では鉛フリーはんだの技術開発を進める上で必要
な情報を得るための様々な分析を実施している。本稿で
は表面実装に用いられるソルダーペーストの組成分析手
法と分析事例を、特にフラックスの分析を中心として紹
介する。
ここで、クロロホルム、メタノール、水で逐次抽出す
るのは、構成成分を極性ごとに分離するためである。特
に水抽出は、ハライド、低分子量の有機酸などの活性剤
の抽出を目的としている。
また、GPC分取は、クロロホルム可溶物を分子サイズ
ごとに分離し、ポリマー、ロジン等をそれぞれ回収する
目的で実施する。
2.フラックスの構成
以下の項では、市販のソルダーペーストを分析した事
ソルダーペーストは一般的に、はんだ合金とフラック
スより構成される。フラックスは、①洗浄(金属表面の
酸化物を遊離させる)
、②酸化防止(空気との間に薄い
膜を作って、はんだと母材表面を保護する)
、③濡れ促
進(界面張力を減らし、はんだを広がりやすくする)な
どの重要な役割を果たしている 。はんだの鉛フリー化、
3)
フラックスのハロゲンフリー化に伴い、フラックスの構
成成分も多種多様になってきた。フラックスの一般的な
組成を、以下に示す。
① ロジン(松ヤニ)
・・・金属表面の酸化膜を除去す
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例もまじえて、個々の成分ごとの分析手法について述べ
る。
₃.₂ はんだ合金の分析
はんだ合金の構成元素を確認するためには、試料全
体の蛍光X線分析を行う。同手法では10ppmまでのF ~
Uの元素の定性および半定量が可能であるので、フラ
ックス中に含まれるハロゲン等のヘテロ元素について
も、同手法で有無の確認、半定量が可能である。今回
分析したソルダーペースト試料では、はんだ合金とし
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てSn,Ag,Cuな ど が 検 出 さ れ、 ハ ロ ゲ ン は 検 出 下 限
(10ppm)以下であった。これらの元素について、より
正確に定量するためには、ICP発光分光分析法などを用
いる。
₃.₃ ロジン・溶剤の分析
ロジンは、デヒドロアビエチン酸など分子量300程度
の酸より構成される。また、溶剤には分子量100~300
程度のアルコール系のものが使用されることが多い。し
たがって、いずれも比較的低分子量成分であるので、ク
ロロホルム抽出により回収し、GC、GC/MS測定を行っ
図3 クロロホルム可溶物のGPCクロマトグラム
て定性する。その際、ロジンは酸であり極性を有するた
め、トリメチルシリル化(TMS化)などの誘導体化を行
肪酸エステルなどが使用されることが多いため、水酸
ってGC、GC/MS測定に供する。また、溶剤も水酸基を
化 テ ト ラ メ チ ル ア ン モ ニ ウ ム(Tetramethylammonium
有することが多いため、ロジンと同時にTMS化物として
hydroxide:TMAH)添加型熱分解GC/MS測定を行って構
検出することができる。図2に今回分析したソルダーペ
成脂肪酸を調べ、MALDI-MS測定でその組み合わせを
ースト試料について、TMS化したクロロホルム可溶物の
調べる。なお、TMAH添加型熱分解GC/MS測定では、
GC/MS測定のトータルイオンクロマトグラム(TIC)
エステル結合を選択的に切断し同時にメチルエステル化
を示す。デヒドロアビエチン酸を主成分としたロジン類
するため、構成脂肪酸がメチルエステルとして検出され
のTMS化物のピークと、ヘキシルカルビトールなどの溶
る。また、チキソ剤として脂肪酸アミドが用いられる場
剤のTMS化物のピークが主として観測されている。な
合もあるが、これはメタノール抽出物として回収され、
お、本試料をクロロホルムに浸漬して得たクロロホルム
GC、GC/MS測定により定性を行うことができる。
可溶物は全体の約10%であった。
図4に一例として今回分析したソルダーペースト試料
のFr.1の1H-NMRスペクトル、TMAH添加型熱分解GC/
MS測定のTICおよびMALDI-MS測定によるマススペク
トルを示す。Fr.1は溶出時間からポリマー成分、チキソ
剤成分などであると考えられた。TMAH添加型熱分解
GC/MS測定では、エステル結合が分解してメチルエス
テル化、また一部水酸基もメチルエーテルとなる。Fr.1
では熱分解生成物として、12-ヒドロキシステアリン酸
のモノメチル化物、さらに水酸基もメチル化されたジメ
チル化物、ステアリン酸-モノメチル化物、グリセリン
の(モノ/ジ/トリ)メチル化物が検出されたことか
図2 クロロホルム可溶物-TMS化物のGC/MS測定のTIC
ら、チキソ剤は12-ヒドロキシステアリン酸、ステアリ
ン酸より構成されるトリグリセリドと推定された。脂肪
酸の組み合わせを調べるためにMALDI-MS測定を行っ
₃.₄ ポリマー・チキソ剤の分析
たところ、m/z 961.5に12-ヒドロキシステアリン酸トリ
ポリマー、チキソ剤などの比較的高分子量成分はクロ
グリセリドのNa+付加体のピークが大きく観測されたこ
ロホルム可溶物として回収されるが、クロロホルム可溶
とから、これが主成分であると推定した。
物は混合物であり、前述のロジン、溶剤なども含む。そ
こで、通常よりも径の大きいGPCカラムを用いた分取用
₃.₅ 活性剤の分析
GPCで、ポリマー成分を分離し定性を行う。図3に今回
活性剤としては、アジピン酸やフマル酸など比較的低
分析したソルダーペースト試料のクロロホルム可溶物の
分子量の有機酸や、ジフェニルグアニジン臭化水素酸塩
GPCクロマトグラムを示す。ここでは分子サイズにより
のような有機ハロゲン化水素酸塩などの比較的高極性の
8つの分取物(Fraction;以下Fr.)を回収することがで
化合物が使用される。そのため、これらを回収する目的
きた。
でメタノール抽出、水抽出などを行う。IR、1H-NMR
ポリマーとしては、アクリル系、ポリエーテル系な
により化合物種を調べ、誘導体化GC、GC/MS測定によ
どが使用されており、分取物のIR、NMRに加えて、構
り構造を決定する。例として、図5に今回分析したソル
成モノマーを調べるために熱分解GC/MS測定などを行
ダーペースト試料のメタノール可溶物のGC/MS測定の
って定性する。チキソ剤としてはトリグリセリドや脂
TICを示す。図5のTIC上にはグルタル酸のTMS化物の
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(a)1H-NMR スペクトル
図5 メタノール可溶物-TMS化物のガスクロマトグラム
ので、微量の活性剤の定性、定量に威力を発することも
少なくない。なお、イオンクロマトグラフ分析の分析対
象イオン種(アニオンのみ)を表1に掲載した。
(b)TMAH 添加型熱分解 GC/MS 測定の TIC
表1 イオンクロマトグラフ分析の分析対象イオン種
一連の分析により判明したソルダーペーストの構成成
分を表2にまとめる。
(c)MALDI-MS 測定によるマススペクトル
表2 ソルダーペーストの構成成分分析結果
図4 Fr.1の(a)1H-NMRスペクトル
(b)TMAH添加型熱分解GC/MS測定のTIC
(c)MALDI-MS測定によるマススペクトル
今回、分析したソルダーペーストのはんだ合金は鉛フ
リーはんだとして推奨されているSn-3Ag-0.5Cuであっ
た。ソルダーペーストでは、一般に高沸点の溶剤が使用
ピークが検出され、活性剤としてグルタル酸が使用され
されるが、沸点258℃のヘキシルカルビトールなどの高
ていると推定された。また、水可溶物の分析では、コハ
沸点溶剤が使用されていることがわかった。活性剤とし
ク酸も検出されている。
ては、炭素数の異なる2種類のジカルボン酸が使用され、
なお、活性剤として使用される可能性があるギ酸、乳
ハロゲンフリーのソルダーペーストであることが確認さ
酸などの比較的低分子量の有機酸や、Br 、Cl などの無
れた。
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機アニオンの定性、定量にはイオンクロマトグラフ分析
を行うことも有効である。イオンクロマトグラフ分析は
検出下限が試料中の10ppm程度と高感度であり、有機酸
と無機アニオンを同時に分析できるといった利点もある
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て、2020年までに1990年の水準より25%削減すること
4.今後の課題
を表明された。このような背景から、CO2排出量削減の
鉛フリー化が進み始めて10年近くが経過したが、鉛フ
も現在進められている。
リーはんだを使用した電子機器を長期にわたって使用し
また、汎用的なはんだでは、フラックスの溶剤(イソ
た際にトラブルが生じるとの報告もあり、特に活性剤に
プロピルアルコールなど)がはんだ付け時に大気中に放
ためにBiやInなどを含む低融点の鉛フリーはんだの開発
よる腐食などの問題は無視することができない。そのた
出されているため、地球温暖化に影響している可能性が
め、今回紹介したようなフラックスの組成を把握するた
ある2)。そのため、これらのフラックスについては水を
めの分析だけでなく、構成成分の経時変化や、接してい
溶剤として使用できるようにすることにより使用する溶
る金属表面、実装材料への影響などを評価するという分
剤の削減が検討されている。しかしながら、表面実装に
析ニーズも存在する。そのようなニーズに対処すべく、
用いられるソルダーペーストについては、印刷精度や濡
はんだ付け後の試料についても、個々の成分(特に微量
れ性などが要求されるためその検討が遅れている状況で
の活性剤)の定性や化学構造の変化が生じていないか、
あり、技術開発が望まれている。
定量的な変化はあるかどうかなどを調査できるよう、発
このように、様々なアプローチで環境に負荷をかけな
生ガス分析、表面分析など様々な分析を組み合わせ、課
いはんだの開発が行われている。地球温暖化抑制のため
題解決のための提案を行っていきたい。
にも、各社の技術開発やトラブル解決について、分析の
環境への配慮から、鉛フリー化により鉛汚染が軽減さ
立場から微力ではあるが貢献できればと思う。
れたが、別の視点で考えると以下のような問題も生じて
いる。それは、従来の鉛系はんだと比較して融点が高い
ことによる、エネルギー消費の増大である。一般に使用
5.参考文献
されている鉛フリーはんだは融点が約220℃と、従来の
Sn-Pbはんだよりも30~40℃ほど高いので、一般的なリ
1)入澤淳,電子材料、10、33-37(2009).
フロープロファイルを比較すると約30%も消費エネル
2)高橋義之,電子材料、1、153-155(2010).
ギーが増加してしまう。言うまでもなく、消費エネルギ
3)入澤淳,電子材料、11、53-57(2008).
ーが増大するとそれに伴ってCO2排出量も増加する。京
都議定書では2012年のCO2排出量を1990年の水準より6
%削減することを約束しており、さらに2009年9月、鳩
山前首相がニューヨークの国連気候変動サミットにおい
■野田 明日香(のだ あすか)
有機分析化学研究部 有機分析化学第1研究室 研究員
趣味:ドライブ(助手席)
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