(2)排ガス触媒の in situ 分析 - 東レリサーチセンター

●〔特集〕環境と材料(2)排ガス触媒のin situ分析
[特集]環境と材料
(2)排ガス触媒の in situ 分析
構造化学研究部 中川 武志
表面解析研究部 国須 正洋
などの制約から、適用できる分析手法は現状限られてい
る。XRD(X線回折法)及びXAFS(X線吸収微細構造)
では、試料は大気中に置かれた状態で測定を行うため、
試料の加熱やガスを流通しながらの実験は原理上比較的
容易である。一方、TEM(透過電子顕微鏡)及びXPS
(X線光電子分光)の場合、超高真空下で測定されるた
め、ガス流通下での実験は原理上難しい。TRCでは、
1.はじめに
表₁に示す通り、大気中または不活性雰囲気下でのin situ
近年の自動車産業では、クリーン化社会を実現するた
が可能である。TEM, XPSなどについては、ガス流通及
XRD測定、及び各種ガス雰囲気下でのin situ XAFS測定
め、電気自動車やハイブリッド車などに使用する蓄電技
び加熱させながら測定は不可であるが、図1に示す前処
術や燃料電池技術の向上と並行し、従来の内燃機関にお
理装置を併用し、前処理後の試料を大気にさらさず測定
いても、燃費向上や排ガス浄化能の向上が望まれてい
することが可能である。
る。そのため、排ガス浄化能の向上を実現するために高
本稿では、排ガス触媒として、ガソリン排ガス触媒
性能な排ガス触媒の開発が進められている。中でも、脱
(三元触媒)及びディーゼル排ガス触媒の酸化触媒な
貴金属(もしくは貴金属低減)を目指した排ガス触媒
どとして一般的に利用されているPt/Al2O3触媒及びPd/
や、ディーゼルエンジン向けの排ガス触媒の開発は、そ
Al2O3 触媒や、ゼオライト触媒などを取り上げ、XRD,
れぞれ、希少資源問題やエネルギー効率の問題とも合わ
XAFSにおける、手法特徴、及び、in situ 実験(及びin
さり、重要なテーマとされている。
situ 類似実験)を含めた基礎的な評価例を紹介する。
排ガス触媒の開発を進める上で、触媒のキャラクタリ
ゼーションは重要な位置付けにあり、多くの目的に対し
て様々な分析手法が適用されてきた。特に、触媒表面の
化学状態、結晶構造や吸着種の動的挙動を解析すること
は、反応サイクルや、反応時の触媒の役割を明らかとす
ることができるため、極めて重要である。高性能な排ガ
ス触媒の開発を今後進 める上では、動的挙動の詳細な解
析がますます重要になると思われる。一般に動的挙動を
解析するためには、反応雰囲気下での評価(in situ評価)
が必要とされる。in situ による評価は、FT-IRを用いた
表面吸着種評価が多く行われているが、その他、触媒側
の動的変化を追う手法も非常に重要となる。
表1に、排ガス触媒の価数や結晶構造が評価できる分
析手法、及び、各手法のin situ実験可否を示す。in situ評
価は、各種分析手法の全てで可能ではなく、測定雰囲気
図1 触媒前処理装置
表1 排ガス触媒の価数や結晶構造が評価できる分析手法、及び、TRCにおける各手法のin situ実験可否
22・東レリサーチセンター The TRC News No.111(Jul.2010)
●〔特集〕環境と材料(2)排ガス触媒のin situ分析
2.XRD(X線回折法)
XRD(X-ray Diffraction:X線回折法)は、X線の回
折現象を利用し、試料の結晶構造や結晶性、結晶子サ
イズなどを得ることができる手法である。触媒分野以外
でも、結晶構造同定などで広く利用される分析手法であ
る。図2に3種のゼオライト試料のXRD分析例を示す。
試料は触媒学会提供の参照試料である、モルデナイト型
(MOR,JRC-Z-HM20(5))
,MFI型(JRC-25-90H(1))
,
β型(BEA,JRC-Z-HB150(1))を用いた。XRD分析は
室温大気中にて行った。ゼオライトはケイ素とアルミニ
ウムの複合酸化物(アルミノケイ酸塩)であり、少な
くとも90種程度の多型が存在することが知られている
が 1︶、XRDでは、このような結晶構造の違いを容易に同
定することが可能である。
図3 Pt/Al2O3触媒 大気中での昇温によるin situ XRD結果
して認められないものと考えられる。室温から徐々に加
熱すると、600℃までは室温とほぼ同様の状態であるが、
800℃から白金金属のピークが明瞭に認められ、加熱と
共に、ピーク強度の増大とピーク半値幅の減少が認めら
れた。これは、加熱と共に、白金金属粒子の凝集による
粗大化に起因すると考えられる。
図4にPd/Al2O3触媒における大気中・加熱下でのXRD
結果を示す。室温では、Pt/Al2O3触媒同様、ブロードな
ピークのみで明瞭なピークは認められず、Al2O3は非晶
質に近い状態、パラジウムは数nmオーダーまたはそれ以
図2 ゼオライト試料 XRD分析結果
また、XRDは、分析プローブとしてエネルギーの高い
下の微細粒子であるため、いずれもXRDで明瞭なピーク
が認められないものと考えられる。室温から徐々に加熱
すると、Pt/Al2O3触媒とは異なり、400℃でPdOに起因
X線(Cu Kα線:8047.8 eV, Mo Kα線:17479.3 eVな
するピークが認められた。また、800℃までは400℃と同
ど)を用いるが、1章でも記載した通り、このようなエ
様、PdOが認められるが、1000℃以上では、PdO由来の
ネルギーのX線は大気による吸収が非常に小さいため、
ピークに代わり、パラジウム金属由来のピークが明瞭に
大気中での測定が可能である。また、窒素や酸素と同等
またはそれ以下のX線吸収量をとる気体であれば、試料
にさらした状態での実験も可能となる。また、加熱ホル
ダーを併用することにより、大気中及びその他の雰囲気
下での昇温実験も可能となる。
次にPt/Al2O3触媒及びPd/Al2O3触媒について、大気中
で加熱実験(in situ実験)を行った例を示す。試料はい
ずれも市販品(Sigma Aldrich社製)であり、白金及び
パラジウムの担持量は、いずれも5wt% の試料を用いた。
昇温速度は20℃/minとし、200℃ごとに温度を保持した
状態で分析を行った。
図3にPt/Al2O3触媒における大気中・加熱下でのXRD
結果を示す。室温ではブロードなピークのみで明瞭なピ
ークは認められなかった。試料はAl2O3担体に白金粒子
が担持された状態で存在すると考えられるが、Al2O3は
非晶質に近い状態、白金は数nmオーダーまたはそれ以下
の微細粒子であるため、いずれもXRDで明瞭なピークと
図4 Pd/Al2O3触媒大気中での昇温によるin situ XRD結果
・23
東レリサーチセンター The TRC News No.111(Jul.2010)
●〔特集〕環境と材料(2)排ガス触媒のin situ分析
認められた。大気中における、このようなパラジウムの
酸化物から金属への変化は、担持触媒に限らず、通常の
パラジウム金属(酸化物)でも同様な挙動を示し、高温
下では大気中でも、酸化物から金属と酸素に分離するこ
とが知られている。
XRDでは、ピーク半値幅から粒子(結晶子)サイズの
算出が可能である。図5に、Pt/Al2O3触媒、Pd/Al2O3触
媒にて高温下で得られた金属成分の粒子径を示す。粒子
径算出は白金金属、及びパラジウム金属の(111)面の
ピークを用いた。両試料とも、昇温とともに、担持金属
の凝集・粗大化に起因した粒子径の増大が認められた。
図7 Pd/Al2O3触媒 大気中前処理後のXRD結果
なる場合もあれば、冷却過程での相変化などにより、結
果が異なる場合がある。そのため、試料や処理条件ごと
に、どのような実験を行うべきか注意する必要がある。
3.XAFS(X線吸収微細構造)
XAFS (X-ray Absorption Fine Structure:X 線 吸 収
微細構造) は、X線の吸収スペクトルであり、特定元素
図5 Pt/Al2O3触媒及びPd/Al2O3触媒 高温下での担持金属
の粒子径
の化学状態や配位構造などの情報を得ることができる手
次に、同様の実験をin situ実験を用いないで行った結
の 生 成 過 程 の 違 い に よ り、XANES (X-ray Absorption
法である。XAFSはスペクトルのエネルギー範囲及びそ
果を紹介する。図6及び図7に、上述の試料と同じPt/
Near Edge Structure) と EXAFS (Extended X-ray
Al2O3触媒、Pd/Al2O3触媒について、図1に示した前処理
Absorption Fine Structure) に分けられる。XANESから
装置を用いて、大気中で1000℃の前処理を行い、その
着目原子の価数や構造に関する情報が得られ、EXAFS
後、室温でXRD測定を行った結果を示す。Pt/Al2O3 触
解析では試料の局所構造(着目原子周囲の原子種、原子間
媒では、1000℃でのin situ実験結果(図2)と同様、白金
距離)に関する情報が得られる。
金属由来のピークが認められた。一方、Pd/Al2O3触媒で
XAFSにおいて、TiやVより重い元素を測定する場合、
は、1000℃でのin situ実験結果と異なり、パラジウム金
約5 keV以上のエネルギーのX線を利用することになる
属とPdOの両ピークが認められ、金属と酸化物が共存す
が、このエネルギー領域では、X線は大気中を透過する
る結果となった。これは、処理後の冷却過程において、
ため、雰囲気をO2 やH2 などに変更することが可能とな
白金は大気中でも金属状態で安定であるため、冷却中で
る。in situ XAFS実験を行うにあたり、TRCでは、X線
も構造が変化しないのに対し、パラジウムは酸化物が安
エネルギー分布の特徴などより、大学共同利用機関法人
定な温度領域が存在するため、冷却過程でパラジウム金
高エネルギー加速器研究機構のPhoton Factory(PF)
属が一部PdOに変化したと考えられる。このように、試
やPhoton Factory Advanced Ring(PF-AR)を中心に利
料によって、in situ実験結果と前処理後の結果が同様と
用している。₂︶
図 8 に Pd/Al2O3 触 媒 の in situ XAFS 実 験 結 果(Pd
K -edge XANES)を示す。前章と同様、パラジウム担持
量が5wt%の試料を使用し、20%酸素(窒素バランス)
流通下において20℃/min (室温~800℃ )または10℃/min
(800℃~1000℃)で昇温を行った(Pt/Al2O3も同様の
実験を行ったが、白金の状態に顕著な違いが現れなかっ
。パラジウム金属及びPdOのXANESス
たため割愛する)
ペクトルとの比較から、室温~200℃ではパラジウム金
属とPdOの混合状態、300℃~800℃ではPdOが主成分、
900℃~1000℃ではパラジウム金属が主成分と考えられ
る。前章でのXRDの結果と比較し、400℃以上の状態
図6 Pt/Al2O3触媒 大気中前処理後のXRD結果
24・東レリサーチセンター The TRC News No.111(Jul.2010)
は、同等の結果が得られている。一方、200℃以下では、
●〔特集〕環境と材料(2)排ガス触媒のin situ分析
図10 P d/Al 2 O 3 触媒 20%酸素下でのin situ XAFS結果 (Pd K -edge EXAFSより得た動径分布関数)
200℃ではPdOに起因するPd-O結合とパラジウム金属に
図8 P d/Al 2 O 3 触媒 20%酸素下でのin situ XAFS結果 (Pd K -edge XANES)
起因するPd-Pd結合が認められた。一方、300℃~800℃
粒子径が小さいことに起因し、XRDで明瞭なピークが認
1000℃ではパラジウム金属に起因するPd-Pd結合が認め
められなかったが、XAFSでは容易に状態の評価が可能
られた。これらは、XANES(図8)と一致する結果とな
であった。
っている。
ではPdOに起因するPd-O結合とPd-O-Pd結合、900℃~
図9に、図8で得られたPd K -edge XANESから、パラ
ジウムにおける酸化物(PdO)成分の割合を算出した結
果を示す。割合の算出は、標準試料として測定した、パ
4.おわりに
ラジウム金属とPdOの結果を基準とし、線形フィッティ
ングにより行った。XAFSではこのように化学成分の割
本稿では、自動車排ガス触媒の分析評価技術につい
合を明瞭に数値化することも可能である。XRDの結果
て、Pt/Al2O3, Pd/Al2O3触媒やゼオライト触媒などを取
では、400℃まで加熱すると、PdOのピークが認められ
り上げ、in situ XRDやin situ XAFSにより、粒子の凝集
た。そのため、室温ではパラジウム金属とPdOの混合状
や相変化を評価した例を紹介した。その他、各種雰囲気
態であったが、加熱により、400℃でPdOが主体的とな
下での活性成分の挙動評価、活性成分の探索などに応用
ったが、その相変化に伴って粒子サイズが大きくなった
できると考えられる。今後も社会のニーズに対応できる
ため、XRDで明瞭なピークとして認められたものと考え
分析評価技術の技術開発を進めていきたい。
られる。
図10に、Pd/Al2O3 触 媒 のin situ XAFS実 験 結 果(Pd
K -edge EXAFSより得た動径分布関数)を示す。室温~
5.参考文献
₁)小野嘉夫, 八嶋建明編,“ゼオライトの科学と工学”
(2000)講談社.
₂)山元隆志,国須正洋,熊沢亮一,The TRC news 108,
25(2009).
■中川 武志(なかがわ たけし)
構造化学研究部 構造化学第2研究室
趣味:和太鼓、音楽鑑賞
■国須 正洋(くにす まさひろ)
表面解析研究部 表面解析第1研究室 研究員
趣味:(子供に)ホットケーキを作ること
図9 Pd/Al2O3触媒 Pd K -edge XANESから得た、パラ
ジウムにおける酸化物成分の割合
・25
東レリサーチセンター The TRC News No.111(Jul.2010)