●[特集]電子材料 (3)IZO電子状態解析 [特集]電子材料 (3)IZO電子状態解析 表面解析研究部 安居 麻美 表面解析研究部 小川 慎吾 1.はじめに アモルファス酸化物半導体(Amorphous oxide semi- 図1 REELSの概念図 conductor:AOS)は、透明でかつ成膜条件により様々な 電気特性が得られることから各種デバイス材料に用い 最表面の情報であり、極薄膜のバンドギャップを求める られている。例えば、IZO(In-Zn-O)は、透明で高い 際に有用である 2,3︶。 導電性示す透明導電性酸化物(Transparent Conductive Oxide:TCO)として、各種平面ディスプレイや太陽電 2.2 XPSによる価電子帯および仕事関数測定 池の透明電極材料に必要不可欠な材料である。また、 XPSは、試料表面に軟X線を照射し表面から放出され IGZO(In-Ga-Zn-O)は、アモルファスな構造ながらも る光電子をアナライザーで検出する。光電子の結合エネ 高いキャリア移動度をもつことから薄膜トランジスタ ルギー値から表面の元素情報が、また各ピークのエネル (Thin Film Transistor:TFT)の活性層材料としても ギーシフトから価数や結合状態に関する情報が得られ 注目を集めている1︶。これらの材料をディスプレイや太 る。ピーク面積比を用いて定量することも可能である。 陽電池の電極などデバイスに使用する際には、電子や正 なお、本分析手法における検出深さは数 nmである。光 孔の輸送効率を高めるため、仕事関数や価電子帯上端エ 電子スペクトルは物質の電子状態密度を反映しているた ネルギー位置、光学的バンドギャップを電極と接合する め、価電子帯の情報も得られる。導電性がある試料に関 材料に最適となるよう制御することが重要である。特 しては、試料にバイアスを印加することにより表面近傍 に、高性能な製品を作製するためにはAOSの電子状態を の仕事関数を求められることも可能である4,5︶。 把握することが極めて重要である。 XPSによる仕事関数測定の概念図を図2に示す。軟X 本稿では、TCOの一つであり、表面平坦性が優れた 線(1486.6 eV)を試料に入射し、発生する光電子の運 IZOについて、反射電子エネルギー損失分光法(Reflected 動エネルギー(EK)を分光し、スペクトルを得る。低運 Electron Energy Loss Spectroscopy:REELS) に よ る 動エネルギー側(高結合エネルギー側)の光電子スペク 光 学 的 バ ン ド ギ ャ ッ プ 測 定 お よ びX線 光 電 子 分 光 法 トルは、光電子の非弾性散乱によって発生した二次電子 (X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS) に よ る 価 の情報が支配的である。価電子帯上端のエネルギー位置 電子帯および仕事関数測定の実施例について紹介する。 [EK︵VBM︶]と二次電子の最小の運動エネルギー位置 [EK︵0︶]を測定することによって、理論上、試料のイ オン化ポテンシャル(または仕事関数)が求められる。 2.REELSおよびXPSの電子状態測定 フェルミレベルに状態密度が存在しない場合、価電子 2.1 化ポテンシャルが得られる。フェルミレベルに状態密度 帯上端のエネルギー位置を測定することになり、イオン REELSによる光学的バンドギャップ測定 REELSの概念図を図1に示す。超高真空中に挿入し が存在しない材料では、試料上に金属膜を成膜し金属の た試料表面に一定のエネルギー(数百 eV程度)の電子 フェルミレベル位置を基準にすることで仕事関数値を求 線を照射し、表面(数 nm)で弾性散乱(反射)もしく める。本稿で紹介するIZO膜においても、IZO膜上に金 は非弾性散乱した電子をアナライザーで検出する。非弾 性散乱電子のエネルギー損失過程には、価電子帯から伝 導帯へのバンド間励起やプラズモン励起があるが、プラ ズモン励起過程により生じるエネルギー損失はバンド間 励起により生じるエネルギー損失より大きい。そのた め、数 eV程度でエネルギーを損失する過程はバンド間 励起が支配的となり、そのしきい値と弾性散乱電子のエ ネルギー差から試料のバンドギャップが求められる。 REELSにより求めたバンドギャップは、紫外-可視-近 赤外吸収分光法で求めたバンドギャップと比べて、より 図2 XPSによる仕事関数測定の概念図 ・17 東レリサーチセンター The TRC News No.119(Jun.2014) ●[特集]電子材料 (3)IZO電子状態解析 を成膜し、金のフェルミレベル位置を基準に仕事関数値 を求めた。 3.IZO膜の電子状態解析 3.1 試料 成 膜 条 件 の 異 な るIZO膜 の 電 子 状 態 を 調 べ る た め、Si 基 板 上 に In2O3-ZnO タ ー ゲ ッ ト(In2O3:89.3 wt%,ZnO:10.7wt%)を用いて DCマグネトロンスパッ タ 法 に よ りIZO(In-Zn-O) 膜 を 室 温 に て 成 膜 し た。 成膜時の酸素流量比を0%、1%、5%(全圧0.7 Pa, O2/ Ar+O2)とし、キャリア密度が変化する3試料を準備し た。今回の条件で作製したIZO膜は、成膜時の酸素流量 比が減少するとキャリア密度が増加することが分かっ ている(図3参照︶6︶。各試料のIZO膜厚について、酸素 流量比0%品は480 nm、酸素流量比1%品は450 nm、酸 素流量比5%品は370 nmであった。なお、主成分の元素 組成について、ラザフォード後方散乱法(Rutherford Backscattering Spectrometry:RBS)やXPSにより、試 図4 REELSスペクトル (a)全体図 (b)拡大図 料間で顕著な違いは認められないことを確認している。 3.3 XPSによる仕事関数測定 XPS測定で得られたIZO膜のEK︵0︶領域のスペクトル を図5に示す。金の仕事関数を基準として、IZOの仕事 関数を求めた。なお、仕事関数値の算出はFowler関数 フィッティングにより求めた₉︶。その結果、酸素流量比 が5%から0%へ減少(キャリア密度が増加)するにつれ て仕事関数が4.8 eVから4.4 eVへと減少する傾向が認め られた。これは、キャリア密度の変化によりフェルミ準 位が変化していることを示唆している。 図3 IZO膜成膜時の酸素流量比とキャリア密度の関係 3.2 REELSによる光学的バンドギャップ測定 IZO膜のREELSスペクトルを図4に示す。全試料とも にREELSで得られた光学的バンドギャップは3 eV程度 であった。光学的バンドギャップは、酸素流量比が5%か ら0%へと減少するにつれて2.8 eVから3.1 eVへと僅かに 増加した。光学的バンドギャップとキャリア密度の関係 はBurstein-Moss(BM)効果の影響を受けることが知ら れている7,8︶。BM効果とは、キャリア密度が増加すると 生成したキャリアが伝導帯の底部を占有し、バンド間の 図5 XPSのEK(0)領域のスペクトル 電子遷移に本来のバンドギャップよりも大きな励起エネ ルギーが必要になる現象のことである。今回測定した試 料は、前述したように成膜時の酸素流量比の減少に従っ 3.4 XPSによる価電子帯測定結果 てキャリア密度が増加する。今回観測された光学的バン 価電子帯スペクトルを図6に示す。今回、価電子帯測 ドギャップの変化は、BM効果の影響を受けていると考 定に用いたXPS装置は磁場レンズ付属型であるため多角 えられる。 度の光電子を集光する機能がある。このため、価電子帯 のような光電子強度が弱い領域においても高感度な測定 18・東レリサーチセンター The TRC News No.119(Jun.2014) ●[特集]電子材料 (3)IZO電子状態解析 を図7に示す。なお、全試料の価電子帯上端エネルギー 位置と構造から決まるバンドギャップ(光学的バンド ギャップと異なる)が同一と仮定した。酸素流量比5% のフェルミ準位はバンドギャップ中に、酸素流量比1%品 および0%品のフェルミ準位は伝導帯中に位置するモデ ルが考えられる。このことは、キャリア密度が1018 cm︲3 以上である酸素流量比が1%品と0%品では、伝導帯に自 由電子が入り込み、フェルミ準位が伝導帯中に存在する 縮退した状態を示していると考えられる。また、今回 の測定結果から求めたバンドダイアグラム測定結果は、 キャリア密度の変化により起こるBMシフトを捉えてい ると考えられる。 4.まとめ 透明導電性酸化物の一つであるIZO膜のキャリア密度 と電子状態の関係について、REELSを用いた光学的バ ンドギャップ測定やXPSによる仕事関数測定事例を紹介 した。XPSおよびREELSによりバンドダイアグラムを 図6 XPSによる価電子帯スペクトル:(a)価電子帯(全体 図)(b)フェルミ準位近傍の拡大 求めたが、材料のバンドダイアグラムの把握は精密なデ バイス設計において必要不可欠である。このように、今 回ご紹介した手法が、透明導電性酸化物の電子状態を把 握する分析方法の一つとして活用できるものと考える。 が可能である。価電子帯領域を調べることは材料の電気 伝導性を議論する上で非常に重要である。価電子帯形状 には顕著な違いは認められなかったが[図6︵a︶ 3 eV付 5.謝辞 近参照]、フェルミ準位近傍のピーク強度は、酸素流量 比が減少(キャリア密度が増加)するにつれて増加する 本稿の作成にあたり、貴重な試料の提供とともに、有 傾向が認められた[図6︵b︶参照]。このピークは、バン 益な議論をして頂いた青山学院大学理工学部 ドギャップ内または伝導帯底部の電子状態(ギャップ内 教授に深く感謝致します。また、様々なご指導、ご協力 準位と呼ぶ)と考えられ、ギャップ内準位強度とキャリ 頂いた皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。 重里有三 ア密度は相関を持つと考えられる。また、試料作製時の 酸素流量比の変化は、酸素欠損量に影響を及ぼしている と考えられ、今回観測されたギャップ内準位は、酸素欠 6.参考文献 損に由来する準位に対応している可能性がある。 1)T. Kamiya, K. Nomura, and H. Hosono, J. Display 3.5 IZO膜のバンドダイアグラム REELSにより算出したバンドギャップおよびXPSに より算出した仕事関数から求めたバンドダイアグラム Technology, 5, 273-288(2009). 2)小 川 慎 吾, 辻 淳 一, 山 元 隆 志,The TRC News, 104(2008). 3)S.W. King, B. French, and E. Mays, J. Appl. Phys., 113, 044109(2013). 4)日本表面科学会「新訂版・表面科学の基礎と応用」 編集委員会編,新訂版・表面科学の基礎と応用,エ ヌティーエス(2004) . 5)吉武道子,表面科学,28,7 (2007). 6)T. Ashida, A. miyamura, Y. Sato, T. Yagi, N. Taketoshi, T. Baba, and Y. Shgesato, J. Vac. Sci. Technol. A, 25 (2007). 図7 IZO膜のバンドダイアグラム 7)N. Ito, Y. Sato, P.K. Song, A. Kajio, K. Inoue, and Y. ・19 東レリサーチセンター The TRC News No.119(Jun.2014) ●[特集]電子材料 (3)IZO電子状態解析 Shigesato, Thin Solid Films, 496, 99-103(2006) . 8)Y. Sato, T. Ashida, N. Oka, and Y. Shigesato, J. Appl. Phys. Express, 3, 061101(2010) . ₉)宮崎 誠一,表面科学,29,84(2008) . ■安居 麻美(やすい あさみ) 表面解析研究部 表面解析第1研究室 趣味:旅行 ■小川 慎吾(おがわ しんご) 表面解析研究部 表面解析第1研究室 研究員 趣味:電車を見る。乗る。 20・東レリサーチセンター The TRC News No.119(Jun.2014)
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