ナノファイバーの特徴と課題

フィルターの性能向上が期待できるほか、繊維表面で
起こる化学反応の効率が高まるために、触媒にも有効
ナノファイバーの特徴と課題
である。ナノサイズ効果としては、微細であることに
よって、透明フィラーなどへの応用が考えられている
ほか、空気抵抗が非常に小さくなるため、流速の落ち
調査研究部
吉崎理華
ないフィルターを作製することができるなどの利点が
ある。分子配列効果は、極細の繊維中で分子を規則正
1.
しく配列することにより、従来の繊維にはない力学的
はじめに
特性、電気的特性、熱的特性が得られるという特徴で
ナノファイバーとは、
“ ナノサイズファイバー”と“ナ
ノ構造ファイバー”の2つの概念のものに大別される。
あり、本効果を活かしたエレクトロルミネッセンス素
子や細胞工学デバイスなどへの展開が期待されている。
ナノサイズファイバーは、繊維径が 100nm 以下でア
ナノファイバーの素材としては、バイオナノファイ
スペクト比(繊維長/繊維径)が 100 以上のものをい
バー(セルロースナノファイバー、キチン・キトサン
う。ナノ構造ファイバーは、表面や内部構造がナノオー
ナノファイバー)、カーボンナノファイバー、その他の
ダーで制御された繊維状物質をいう。
ナノファイバー(炭素以外の無機ナノファイバー、有
TRC 産業技術調査研究室では、主として“ナノサイ
機高分子ナノファイバー)がある。
ズファイバー”を取り上げた書籍「ナノファイバー」
こ れ ら 各 ナ ノ フ ァイ バ ー の製 法 と 用 途 お よ びこ れ
を 2014 年 2 月に発刊した。本稿では、当該書籍で取
らの抱える課題を整理したものを図1に示す。ここに
り上げたトピックスやナノファイバーをとりまく最近
まとめたように、代表的なナノファイバー製法として
の状況についてまとめた。
は、セルロースやキチンなどのバイオ材料の解繊、化
学気相成長(CVD、化学的気相成長ともいう)や自己
2.
組織化・化学合成、高分子溶液や溶融液に電圧を印加し
ナノファイバーの特徴と課題
て ナ ノ ファ イ バー を 製造 する エ レ クト ロ スピ ニ ン グ
ナノファイバーは、マイクロメートル単位の繊維で
(電界紡糸)などがある。
は考えられなかった特徴・効果を有しており、ナノフ
ナノファイバーの用途として、エアフィルターにつ
ァイバーの機能と応用は、比表面積効果、ナノサイズ
いては既に商業化されているが、太陽電池、二次電池
効果、分子配列効果という 3 つの効果に基づいている。
などの蓄電・エネルギー分野、エレクトロニクス分野
ナノファイバーは比表面積(単位重量当たりの表面
をはじめ、触媒などの化学分野、フィラーなどの基礎
積)が圧倒的に大きく、繊維表面に多くの物質を吸着す
資材分野、再生医療、薬物徐放などのバイオメディカ
ることができ、ナノファイバーを用いることにより、
ル分野など、広範な用途開発研究が進められている。
図 1 ナノファイバー技術開発に関する課題
東レリサーチセンター
1)
The TRC Journal 2015 年 9 月号
・1
表 1 用途別材料製法適合表
1)
ナノファイバーを実用化するために最も重要なことは
イバーは、CVD 法やマトリックス成分とブレンドまた
用途開発である。そのためには目標とする用途に求め
は複合して紡糸後にマトリックス成分を除去して炭化
られる機能を発現するのに適した材料と製法を選定し、 する方法、前駆体ポリマーをエレクトロスピニングし
それぞれの用途における技術的課題を解決していかな
て繊維化してから炭化する方法などで製造されるが、
ければならない。図 1 には、用途別の材料と製法の適
このうちで最も進んでいるのが CVD 法であり、既に
合表をまとめたものを示した。
量 産 化 され て 販売 さ れて いる 。 カ ーボ ン ナノ フ ァ イ
バーは、高い力学的特性、電気伝導度などの機能性が
2.1.
利用され、リチウムイオン電池などの電極材料、エレ
バイオナノファイバー
クトロニクスデバイス、センサー探針、樹脂、セラミ
主なバイオナノファイバーには、セルロースナノフ
ックス、および各種金属の補強用フィラーなどとして、
ァイバーと、カニやエビの殻を構成するキチンおよび
付加価値の高い用途への応用が活発に進められている。
それを変性したキトサンナノファイバーがある。セル
またカーボンナノファイバーをさらに高性能化したフ
ロースナノファイバーの原料は、木材が主体であるが、
ラ ー レ ンナ ノ ファ イ バー や、 グ ラ フェ ン ナノ フ ァ イ
茶の出し殻などの植物性廃棄物を利用する研究も進め
バーの開発など、先端材料実現に向けての技術開発が
られている。バイオナノファイバーは、主として解繊
求められている。
法により製造される。これらのナノファイバーの主な
用途は、エネルギー、エレクトロニクス、光学等のデ
2.3.
その他のナノファイバー
バイスやフィルター、フィラー、医療用等であり、結
晶を破壊せずに結晶化度と分子配向を保ち、高いアス
炭素以外の無機ナノファイバーとしては、アルミナ
ペクト比のナノファイバーを製造することが課題であ
や二酸化チタン、酸化ニッケル、シリカ等によるナノ
る。フィラーとして用いる場合には、結晶化度と分子
ファイバーが挙げられ、機能性の高いフィルムや担体
配向を保持して高い力学的特性を保つことに加えて、
等への応用が期待されている。
親水性のフィラーを疎水性樹脂中に均一分散させるた
有機高分子ナノファイバーは、多様な有機高分子を
めの表面改質が必要である。医療用として使用する場
対象にナノファイバー化されている。製造方法として
合には、細胞が増殖するための、μm オーダーの空隙
は、自己組織化法、複合紡糸法、エレクトロスピニン
や、細胞が成長する方向を誘導するための繊維配列も
グ(電界紡糸)法など、これまでに合成繊維向けに開発
重要視されている。
されてきた多様な方法を利用できる。このなかで、ナ
ノファイバーの製造技術の主流は、ポリマーブレンド
2.2.
紡糸法(ナノ溶融分散紡糸法)を含む複合紡糸法とエレ
カーボンナノファイバー
クトロスピニング法である。
カーボンナノファイバーは繊維状カーボン材料で、
複合紡糸法は、1 つのノズルから相互に非相溶性の
カーボンナノチューブなどのナノカーボン材料と炭素
高分子溶融液を層流状に吐出紡糸延伸してから、一方
繊維の中間に位置する材料である。カーボンナノファ
の成分を溶剤などで除去して細い繊維を残す方法で、
東レリサーチセンター
The TRC Journal 2015 年 9 月号
・2
得られるナノファイバーの形状や分子配向を制御しや
程度のサイズの極細繊維状物質である。
セルロースナノファイバーの特徴としては、以下の
すいというメリットがある。
エレクトロスピニング法は、紡糸ノズルとそれに対
4つが挙げられる。
設する電極との間に高電圧を印加した際に生じる電気
流体現象を利用して紡糸する方法である。繊維部材の
・軽量でありながら鋼鉄の5倍以上の強度
製造に限らず二次元的にナノコーティングやパターン
・熱による変形が少ない(ガラスの 1/50 程度)
ニングにも利用されるので、化学部材やエレクトロニ
・植物由来であるため環境負荷が少なく持続可能な
クスデバイス、バイオメディカル用途などへの幅広い
応用が可能である。不織布状の製品が得られるので、
資源
・豊富な森林資源が原料であるため膨大な資源量
例 え ば リチ ウ ムイ オ ン電 池の セ パ レー タ ーや フ ィ ル
ター、吸着材、触媒担体、細胞培養足場材などの用途
2000 年以降、日本を中心にセルロースナノファイ
展開が進められている。エレクトロスピニング法は、
バーの研究開発が本格的に始まり、欧米、特に北欧や
汎用性の高い技術であるが、生産性の向上や溶媒取扱
北米において研究開発が進んでいる。用途開発では日
上の安全対策などの装置的改良および、分子配向や繊
本が先行しているが、パイロットプラントや実証プラ
維配列制御による製品の高機能化の研究開発が求めら
ントの稼動は、スウェーデンやフィンランド、カナダ、
れている。
米国において 2011 年頃より既に始まっており、製造
技術については、欧米が先行している。
3.
日本では、中越パルプ工業が 2013 年 3 月よりセル
注目されるセルロースナノファイバー
ロースナノファイバーのサンプル販売開始
これらナノファイバーの中でも、近年、大きな注目
2) 、日本製
紙が同年 10 月に岩国工場(山口県岩国市)に CNF 実
を集めているのが、バイオナノファイバーのひとつで
証生産設備(年産能力 30 トン/年)を設置した
あるセルロースナノファイバーである。
2014 年 4 月には、第一工業製薬が大潟事業所(新潟県
セルロースナノファイバーは、木質組織を化学的、
3) 。
上越市)にセルロースシングルナノファイバー、レオク
機械的に処理してナノサイズまで細かく解繊したもの
リスタ実証設備を完工、2015 年 9 月には「セルロー
で、平均幅が数~20nm 程度、平均長さが 0.5~数μm
スナノファイバー」の世界初の実用化に成功し、ゲル
図 2 セルロースナノファイバーについて 5)
東レリサーチセンター
The TRC Journal 2015 年 9 月号
・3
インクボールペンの増粘剤に採用したとの発表がなさ
れている
参考文献
5.
4) 。
セ ル ロ ー ス ナ ノ ファ イ バ ーの 本 格 実 用 化 に つい て
1)
は、国の期待も大きい。経済産業省で実施された平成
25 年度製造基盤技術実態等調査「製紙産業の将来展望
“ ナ ノ フ ァ イ バ ー ” (2014), ( 東 レ リ サ ー チ セ ン
ター).
2)
中越パルプ工業
プル販売(Test sample of cellulose nanofibers),
と課題に関する調査」の報告では、
“高度バイオマス産
http://www.chuetsu-pulp.co.jp/feature/1778
業創造戦略”が提示され、セルロースナノファイバー
の機能化のロードマップや新市場創造戦略(図 2 左下)
セルロースナノファイバーサン
3)
日本製紙 セルロースナノファイバー(CNF)開発,
が示された。これによると、2030 年のセルロースナノ
http://www.nipponpapergroup.com/products/cnf
ファイバー関連材料の市場創造目標は 1 兆円/年であ
/
るとされている
4)
5) 。
第一製薬工業
2014 年 6 月には、ナノセルロースの研究開発、事
http://www.dks-web.jp/common/news.html#rele
ase
業化、標準化を加速するため、オールジャパン体制に
よる産総研コンソーシアム「ナノセルロースフォーラ
プレスリリース,
5)
経済産業省 産業構造審議会 製造産業分科会(第
ム」が設置された。今後、日本が研究開発、標準化、
2 回)資料 1 製造業をめぐる現状と課題への対応,
製品化において主導権を握るための国内の研究開発主
http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/se
体、事業主体の結束が体制化された。2015 年 8 月現
在の会員数は 255(個人 60、法人 161、特別 34)で
ある
izou/pdf/002_01_00.pdf
6)
6) 。
産総研コンソーシアム
ム,
2015 年 6 月に閣議決定された「日本再興戦略」改
訂 2015 には、「木質バイオマスについて、(中略)セ
https://unit.aist.go.jp/brrc/ncf/index.html
7)
首相官邸
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/
発を進めつつマテリアル利用への取組を推進する。」と
7) 。セルロースナノファイバー
日本経済再生本文「『日本再興戦略』改
訂 2015 - 未 来 へ の 投 資 ・ 生 産 性 革 命 - 」 ,
ルロースナノファイバーの国際標準化に向けた研究開
の記載がなされている
ナノセルロースフォーラ
8)
ナノテクノロジー標準化国内審議委員会事務局,
の標準化については、ISO TC229(ナノテクノロジー
ナノテク国際標準化ニューズレター[第 17 号]
の技術委員会)で議論がすすめられている。2014 年
(2014),
11 月の会合では、米国からセルロースナノ材料の用
https://unit.aist.go.jp/ipsta/ja/is/nanoletter/Nan
語に関する技術仕様書(TS: Technical Specification)
oLetter_017.pdf
の新規提案を準備していることが報告された
8) 。
9)
科学技術振興機構
研究開発戦略センター
(CRDS), 研 究 開 発 の 俯 瞰 報告 書
おわりに
4.
ナノテクノロ
ジー・材料分野(2015 年).
http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2015/FR/CRDS-FY
1990 年代に萌芽期に入り、一大ブームとなったナノ
テクノロジーは、2000 年代初めに大きく発展した。
2015-FR-05.pdf
10)
内閣府
イ ノ ベ ー シ ョ ン 総 合 戦 略 (2014),
ブームとしては落ち着いたともいわれているが、現在
http://www8.cao.go.jp/cstp/sogosenryaku/2014.
でもほぼすべての主要国が、ナノテクノロジーあるい
html
は材料の基本政策を有し、国策上の重点技術として位
置づけているとの報告がある
9) 。日本では、ナノテク
氏名
吉崎
ノロジーは、イノベーション総合戦略(2014)において
調査研究部
新たに横断領域として位置づけられ、横断的技術とし
役職:室長
て革新をもたらすものと期待されている
10) 。そのナノ
理華(よしざき
りか)
産業技術調査研究室
趣味:JAZZ & Champagne (every other day)
テクノロジーの中でも、ナノファイバーは、先に取り
上げたように、特に現在、実用化・市場形成の注目が
東レリサーチセンター
集まっており、今後の動向が注目される素材であると
http://www.trcbook.com/
いえる。
(株)東レリサーチセンターでは、今後も先端素材や
新技術、基盤技術をテーマとして取り上げ、研究開発・
技術開発に役立つ書籍を発刊していきたいと考えてい
る。
技術書籍のご紹介
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「ナノファイバー」(2014 年 2 月)
体裁 A4 判 348 ページ
価格 73,440 円(税込価格)
送料 弊社負担
目次 http://www.trcbook.com/zairyo/nanofiber.html
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東レリサーチセンター
The TRC Journal 2015 年 9 月号
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