A-1:細胞製剤開発支援 -特性試験及び品質試験への取り組み-

●A-1:細胞製剤開発支援-特性試験及び品質試験への取り組み-
[特集]第11回医薬ポスターセッション
A-1:細胞製剤開発支援
-特性試験及び品質試験への取り組み-
薬物動態研究部 谷口 佳隆
生物科学研究部 鬼塚 拓男
健常人MSCは、図₁に示すようにロット間誤差はあるも
のの、強いSSEA-4の発現を示した。フローサイトメト
リー法の最大の特徴として、細胞ひとつひとつを解析出
来ることがある。この特徴を生かし、磁気ビーズ法など
の細胞単離技術を用いて分化した細胞を排除された後の
幹細胞マーカー発現分析を行うことにより、細胞の純度
を評価できる。そのような場合には、臨床で適応可能な
磁気ビーズ調製や装置などの準備が必要であることを考
1.はじめに
慮する必要がある。なお、フローサイトメトリー法の実
施試験は東レグループ株式会社鎌倉テクノサイエンスで
当初、世界ではES細胞による再生医療研究が先行し
の実施となる。
ていたが、分裂を始めたばかりの受精卵を使用するとい
う倫理的課題点により、日本ではヒトへの臨床応用研究
が世界に後れを取っていた。しかし、2006年京都大学山
中教授らのグループにより開発されたiPS細胞を始め、
多分化能を持つ間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell、
以下MSCと略す)の単離法など次々と新たな発見がな
され、様々な細胞や組織への分化能をもった多能性幹細
胞による再生医療が現実にものになり、共に日本初の臨
床研究および臨床試験がスタートした。また現在では、
再生医療実用化に向け2013年5月に成立した再生医療推
進法を始めとした関連法案が成立し、オールジャパンと
して再生医療を推進するための準備が整いつつある。一
方、細胞製剤として承認を受けている製品は少なく、産
学官連携で特性試験および品質試験を構築していく必要
図1 フローサイトメトリー法による幹細胞マーカーの測定
性があるが、東レリサーチセンターでは、医薬品開発や
医薬品申請に必要な幅広い知識と多種多様な分析手法を
保持しており、これらの強みを生かして再生医療推進の
3.リアルタイムPCR法による幹細胞遺伝子マーカーの検出
一端を担いたいと考えている。本報告2項~5項では、細
胞製剤開発支援として、ヒトMSCを用いた特性及び品質
リ ア ル タ イ ムPCR法 は、 ポ リ メ ラ ー ゼ 連 鎖 反 応
試験を「申請資料の信頼性の基準(医薬品、医療機器等
(polymerase chain reaction, 以下PCRと略す)による
の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律施行規
DNAの増幅をリアルタイムに測定することで、鋳型と
則第43条)
」に準拠して実施可能な項目について紹介す
なる核酸の定量を行なう方法である。東レリサーチセン
る。また、6項では細胞製剤開発のための試験項目の一
ターは、7500 Fast Real-Time PCR Systemを導入して、
つであるマイコプラズマ否定試験を紹介したい。
TaqManⓇプローブ法を用いた分析サービスを行ってい
る。
フローサイトメトリー法と共に、幹細胞マーカーが同
2.フ ローサイトメトリー法による細胞表面幹細胞マー
カーの測定
程度発現していることを別の異なる手法で解析すること
は、MSCが未分化状態であることの品質確認に必要で
あると考える。今回、幹細胞(未分化細胞)のマーカー
MSCを臨床応用する場合、未分化な状態で投与する試
の一つであるBMPR-2(Bone morphogenetic proteins-2)
験系が考えられる。しかし、100%の純度でMSCを単離
の発現について細胞継代時に確認した。その結果、フ
するのは非常に困難であり、また細胞培養過程でMSCが
ローサイトメトリー法よりもロット間のバラつきが低い
他の分化した細胞になるリスクも考えられる。従って、
と考えられた。本手法もまた、品質の安定性を示すため
MSC凍結保存前および投与前にMSCが未分化な状態で
の有用なツールになると考えられる。リアルタイムPCR
あることを確認する必要がある。そこで我々は、フロー
法の特徴として、高感度に遺伝子を検出する点が挙げら
サイトメトリー法を用いて、MSCの細胞表面蛋白を解
れる。従って、前臨床試験における細胞の体内動態分布
析することにより、個々のMSCに関して幹細胞(未分
の分析にも応用できる手法であることを強調しておきた
化細胞)のマーカーの一つであるSSEA-4(stage-specific
い。
embryonic antigen-4) の 発 現 を 確 認 し た。 そ の 結 果、
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東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015)
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て、細胞増殖速度が低下していない細胞分裂能が高い
MSCであることを投与前に確認する必要がある。
東レリサーチセンターでは、生細胞由来ATPを測定す
ることで細胞増殖率の測定を行う分析サービスを実施し
ている。今回、MSCの凍結保存バイアルを融解し、連
日、生細胞ATPを指標に細胞増殖率を測定した。また、
細胞培養用フラスコから細胞を剥離・継代し、その後の
図2 リ アルタイムPCR法による幹細胞遺伝子マーカーの
検出
細胞増殖率についても生細胞ATPを指標に測定した。そ
の結果、MSC凍結保存バイアルを融解直後は、細胞増殖
率はやや遅かったが、その後、細胞継代を行っても一定
の細胞増殖速度を保って増殖した(図4)
。生細胞ATP測
東レリサーチセンターでは、上記の細胞製剤遺伝子
定による細胞増殖測定法の特徴は、細胞カウントよりも
マーカー測定以外にも、
(1)各種試料中のmRNAの定
客観性の高い数値としてデータを取得でき、基準値も設
量、(2)遺伝子治療用の核酸やウイルス製剤、核酸医薬
けやすい点であると考える。
品の濃度測定、(3)マイクロRNAなどのバイオマーカー
測定等、リアルタイムPCRを用いた様々な分析サービス
を展開している。
4.細胞融解後生存率の測定
MSCの凍結保存バイアルを融解した場合、保存状態や
保存期間によって、凍結融解後生存率が異なることが考
えられる。もし、生存率が著しく低かった場合、同ロッ
トの凍結保存バイアルの破棄または細胞比重分離法など
を用いて死細胞除去をする必要がある。従って、MSC凍
結融解後MSCの細胞生存率を確認する必要がある。
図4 細胞増殖速度の測定
東レリサーチセンターでは、従来の血球計算盤による
生細胞カウント(図3)や自動細胞カウント装置による
生細胞カウントの他に、生細胞数の指標であるATP測定
6.マイコプラズマ否定試験
による比較分析サービスを実施している。
細胞製剤開発においては、試験管内において病原性ウ
イルスなどにより汚染するリスクが高く、取り扱いに注
意する必要がある。その中でも、試験管内で汚染される
リスクが最も高い病原菌(病原性ウイルス)の一つにマ
イコプラズマがある。もし仮に、細胞保存用液体窒素タ
ンクや細胞培養用インキュベーターがマイコプラズマに
汚染されていると、除菌処理を行っても、再感染を繰り
返し、全ての保存細胞が感染する可能性がある。マイコ
プラズマ汚染の回避に関しては、汚染した細胞を持ち込
まないことが定石であるが、マイコプラズマはヒトの常
図3 細胞凍結融解後の細胞生存率
(血球計算盤使用の場合)
在菌であり、作業者から持ち込まれる可能性が常に付き
まとう。従って、MSC凍結保存前および投与前にマイコ
プラズマ汚染がないことを確認する必要がある。
東レリサーチセンターでは、感度の高いマイコプラズ
マ否定試験法により、理論上数コピーのマイコプラズマ
5.細胞増殖速度の測定
も検出することが可能である。本技術は、細胞製剤開発
以外にも、細胞関連試験に用いる細胞株に適用すること
MSCは正常細胞であるため、有限分裂であり、ある
回数の分裂を繰り返すと細胞増殖速度が低下する。従っ
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で、細胞株の品質保証にも応用できる。
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8.謝辞
本投稿にあたり、フローサイトメトリー測定をご担当
頂いた東レグループ 株式会社鎌倉テクノサイエンス関
図5 マイコプラズマ否定試験
係者各位にお礼申し上げたい。
■谷口 佳隆(たにぐち よしたか)
7.おわりに
薬物動態研究部 部長
趣味:旅、異文化交流
上記で紹介した細胞製剤開発支援のための技術は、東
レリサーチセンターのセルベースアッセイ技術を応用し
たものである。細胞や組織加工品などをはじめとする再
生医療等製品の科学的課題は明確になっておらず、試験
デザインや試験結果の解釈は今後多様に変化していくも
■鬼塚 拓男(おにづか たくお)
生物科学研究部 室長
趣味:歴史探訪
のと予想される。今後も読者の皆様が、東レリサーチセ
ンターの分析技術をご活用いただけるよう、引き続き情
報収集・技術開発に邁進したい。
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東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015)