●[特集]医薬品分析(3)脂質分析-多様な分析法を組み合わせた取り組み- [特集]医薬品分析 (3)脂質分析 -多様な分析法を組み合わせた取り組み- 生物科学研究部 高崎 万里 長谷川 寛 後藤 健治 水野 保子 小島 正彦 3.定性分析 3.1 脂肪酸組成分析 トリグリセリド、リン脂質、糖脂質などの多くの脂質 は、脂肪酸を構造の一部に有する。このため、脂質を構 成する脂肪酸の組成分析が必要となる。 脂肪酸組成分析では、図1の系統分離法等により前処 理した試料に対し、酸あるいはアルカリによりエステル 交換反応を行い、脂肪酸を誘導体化した後にGC(ガス 1.はじめに クロマトグラフィー)で分析する手法が一般的である。 通常C14~ C24 の直鎖飽和及び1~6価の直鎖不飽和脂肪 脂質は古くからその存在が知られているが、近年改め 酸の同定が可能であるが、前処理及び測定条件の変更に て、核酸・タンパク質に続くバイオマーカーとして、ま より、その他の脂肪酸の分析も可能である。詳細は既報3) た、医薬品、化粧品、健康食品、バイオマスといった多 を参照願いたい。 くの分野で注目されている。 一口に「脂質」と言っても動植物の組織内に存在する 3.2 糖鎖構造解析 もの、あるいは細胞外に分泌されるものなど、由来は様々 糖脂質の場合、構成する糖鎖に関する情報も必要であ である。その構成も中性脂質・リン脂質・糖脂質・ステ る。ここでは、弊社で用いている糖鎖構造解析の手法に ロールなど多種多様である。このため、脂質分析では、 ついて概略を説明する。詳細は既報を参照願いたい4)。 まず初めに抽出など試料の前処理が必要となり、その後 1)メチル化分析 に定性や定量分析を行う。定性分析では、脂肪酸・糖鎖 メチル化分析は、単糖間のグリコシド結合位置を決定 分析、NMRやMSによる構造解析などが適用される。定 するのに有効な方法である。 量分析では、TLCやGC、LC、MSなどが用いられる。 2)質量分析(ESI-MS、MS/MS、MSn) 本稿ではこれらの内の幾つかの手法につき、分析例を中 高 分 解 能 ESI-MS(Electrospray Ionization Mass 心に紹介する。 Spectrometry)では、分子イオンから分子量や元素組成 (CxHyNzOw)の情報が得られる。高分解能MSn測定から は、プロダクトイオンの元素組成から糖脂質を構成する 2.前処理 糖の種類に関する情報が得られ、さらに糖の配列に関す る情報も得ることができる。 上述の通り、脂質分析では様々な試料が分析対象とな 3)NMR る。このため、分析対象や採用する測定手法に応じた前 NMR(Nuclear Magnetic Resonance)から得られる特 処理法の選択が重要である。Bligh-Dyer法 やFolch法 な 筆すべき情報の一つとして、グリコシド結合のアノマー 1) 2) どの抽出法が有名であるが、目的に応じ、これらにTLC 配置がある。化学シフトやシグナルの形状からこれらの (薄相クロマトグラフィー) 、固相抽出、HPLC(高速液 構造を判別することが可能である。 体クロマトグラフィー)等を適宜組み合わせた前処理を 行う。 3.3 構造解析例 ここでは例として、溶媒抽出と固相抽出とを組み合わ 化学構造一般に関する情報を得るためには、主にNMR せた系統分離法を図1に示した。 やMSなどが用いられる。本稿では糖脂質D-lactosyl-ß1,1'-N-octanoyl-D-erythro-sphingosine( 図2, 以 下LacC8-sphingosineと略)にNMR、MSおよびUVを適用した 各種試料 有機溶媒による抽出(Bligh-Dyer 法 1) 、 Folch 法 2) など)で脂質画分を回収 分析例を示す。 抽出物をシリカゲルカラムで分画 クロロホルム溶出 → 中性脂質 アセトン溶出 → 糖脂質 メタノール溶出 → リン脂質 図2 D-lactosyl-ß-1,1' -N-octanoyl-D-erythro-sphingosine (以下Lac-C8-sphingosineと略)の構造式 図1 脂質の系統分離法 ・19 東レリサーチセンター The TRC News No.114(Nov.2011) ●[特集]医薬品分析(3)脂質分析-多様な分析法を組み合わせた取り組み- 二 次 元NMRの 一 つ で あ るHMBC法(Heteronuclear Multiple Bond Correlation)は、数結合離れたプロトン -炭素間のスピン結合による相関(遠隔結合相関)を検 出する測定法である。これにより、有機酸や塩基、糖鎖 などの構造及びそれらの結合様式を明らかにすることが できる。 F n2 GHI JK LM NO PQ R [n2,L] [l,N] l r [r,L] e [e,I] 図5 Lac-C8-sphingosineのUVスペクトル [l,R] [n2,R] [e,N] solvent d [d,F] [d,J] 図3 Lac-C8-sphingosineのHMBCスペクトル(一部拡大) 図3にHMBCスペクトルを示した。図中に相関シグナ ルの帰属を小文字、大文字のアルファベットの対で示し た(小文字は 1Hシグナル、大文字は13Cシグナル。13Cシ グナルは低磁場側から順にA, B, C…とし、1Hシグナル 図6 Lac-C8-sphingosineのマススペクトル(正イオン) (分子式:C38H71NO13 分子量:749.49) 。 は直接結合する13Cに合わせた小文字で示した) HMBC相 関 シ グ ナ ル[n2,L]、[l,N]、[l,R]、[n2,R]、 [r,L]及 び[e,N]に よ り、 図4の 左 方 緑 線 で 囲 っ た 部 位 4.定量分析 -LC-PDA-MS-ELSDシステム- の結合様式を決定することができた。同様に[d,F]の HMBC相関からは、糖-糖間の結合様式も決めることが TLCは、脂質を分子種ごとに分離・定量する手法とし できた(グルコースの4位とガラクトース1位、右方緑線 て広く用いられてきた。分析が簡便であり特殊な検出器 で囲った部位)。 などを必要としない利点があるが、再現性が低いことが なお、詳細は割愛するが、NMRでは塩基の構造(図4 定量分析に際しての難点である。 の赤で示した部分、二重結合やOHの位置)などについ 一方、HPLCを用いた分析は、TLCに比べ精度や再 ても情報が得られた。 現性が良好である。しかし脂質は特定のUV吸収を持た ないものや、多様な脂肪酸を含むため定量性に難がある ものも多く、UV検出器による一般的なHPLCの分析系 の適用に向かない。そこで、ELSD(Evaporative Light Scattering Detector)を検出器として用い、さらにESIMS及びPDA(Photo Diode Array)検出器を接続したシ ステムを構築した(図7) 。 図4 Lac-C8-sphingosineの構造とNMRの帰属 さらに、後述するLC-PDA-MS-ELSDシステムによっ て得られた、同試料のUVスペクトル及びMSスペクトル を図5、図6に示す。これらとNMRを併せて化学構造に 関する情報を得ることができる。 図7 LC-PDA-MS-ELSDシステムの構成図 20・東レリサーチセンター The TRC News No.114(Nov.2011) ●[特集]医薬品分析(3)脂質分析-多様な分析法を組み合わせた取り組み- ELSDは①移動相より高沸点であれば成分の構造によ ご要望にきめ細かくお応えするべく、日々分析技術の向 らずに検出が可能、②検出感度は絶対量にほぼ比例す 上を図ってゆきたいと考えている。 る、③RI(示差屈折率)検出器と異なりグラジエント分 析が可能、といった特長を有するため、脂質分析には特 に有効な検出法である。 6.参考文献 このシステムを用いて、Lac-C8-sphingosineを分析し た例を図8に示した。ELSD・TIC・PDAのいずれにお いてもLac-C8-sphingosineのピークが観測されているこ とがわかる。 1)J. Folch, M. Less, G. M., S. Stanley, J. Biol. Chem., 226, 497(1957). 2)E. G. Bligh, W. J. Dyer, Can. J. Biochem., Physiol., 37, 911(1959). 3)長谷川寛, TRCニュース No.89 (2004). 4)水野保子, 川口謙, TRCニュース No.89 (2004). ■高崎 万里(たかさき まり) 生物科学研究部 生物科学第2研究室 研究員 専門:構造解析(NMR) 趣味:自転車旅行、外遊び ■長谷川 寛(はせがわ ひろし) 生物科学研究部 生物科学第2研究室 研究員 専門:脂質等の定性・定量分析 図8 Lac-C8-sphingosineのELSD/TIC/PDAクロマトグラ ム(TIC:Total Ion Current) ※検出器間での保持時間のわずかな差は、検出器間の配管 容量に由来。 趣味:スポーツ観戦、散策 このLC-PDA-MS-ELSDシステムは、ステロール類な 主席研究員 ど特定のUV吸収を持たない成分、または質量分析では 感度が低い成分などに対しても適用可能である。本シス テムの適用により、より幅広い化合物群を一度の分析で カバーすることが可能となる。 なお、前述したようにこの分析系ではPDA検出器によ りUVスペクトル(図5) 、ESI-MSによりマススペクトル (図6)を同時に取得することが可能である。 ■水野 保子(みずの やすこ) 生物科学研究部 生物科学第2研究室 専門:糖・蛋白質の構造解析 趣味:温泉旅行、ガーデニング、茶道、華道 ■後藤 健治(ごとう けんじ) 生物科学研究部 生物科学第2研究室 研究員 専門:低分子構造解析(HPLC,MS) 趣味:スキー、テニス、プラレール ■小島 正彦(こじま まさひこ) 5.おわりに 以上、脂質の定性・定量分析の主な手法についてご紹 介した。近年様々な試料について、様々な目的での脂質 生物科学研究部 生物科学第2研究室 主任研究員 専門:低分子構造解析(HPLC,MS) 趣味:スキー、ポタリング、写真 分析に関するお問い合わせを多く頂いている。これらの ・21 東レリサーチセンター The TRC News No.114(Nov.2011)
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