コーリング R18 - タテ書き小説ネット

コーリング R18
n.n
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︻小説タイトル︼
コーリング R18
︻Nコード︼
N3893BG
︻作者名︼
n.n
︻あらすじ︼
﹁あっ!? エルフだ⋮⋮﹂
﹁彼女﹂に対面するなり、少年はその正体を言い当てた。
謎が謎呼ぶ学園ファンタジー
1
プロローグ︵前書き︶
プロローグがわかりづらいという指摘をいただきました。一章から
読んでいただいても、まだ序盤なので物語を楽しむのに差し支えは
ないと思います。
2
プロローグ
﹁あっ!? エルフだ⋮⋮﹂
﹁彼女﹂に対面するなり、少年がその正体を言い当てたことに、武
蔵野警察署の女性警察官、宮本加奈は驚きを隠せなかった。
彼女だけではない。その場にいた署長以下、5人の警察官がすぐ
さま顔を見合わせる。
ただ一人の例外は、加奈の直属の上司、南野浩一警視だった。
﹁おやおや、まだなにも説明していないのに、どうしてそのような
ことをおっしゃるのでしょうねー﹂
南野警視と宮本加奈は、武蔵野警察署内に勤務しているが、その
身分は本庁からの出向という形になっている。
﹁だってさ、﹂
学生服姿の少年は、居並ぶ警察官に萎縮する様子もなく、興味深
そうに﹁彼女﹂を見つめている。
﹁どっからどう見ても、彼女はエルフじゃないか。しかも、ハイエ
ルフでしょ? どうしてこっちの世界にいるんだろう。不思議だな
ー﹂
︵﹁こっちの世界﹂?︶
3
この少年を警察署まで連れてきたのは加奈と南野だが、加奈には
その理由を知らされていなかった。
﹃どう見てもエルフ﹄という少年の意見には加奈も反論しない。
ファッションモデル並というよりどこか具合が悪いのかと心配に
なるほどの細い身体。そのくせ姿勢は凛として美しい。顔色は悪く
ないようだ。透けるような肌に、細いあご、小さな鼻は高く、狐の
ようにややつり上がった目と長い睫毛。薄いブロンドは見事な直毛
で、天使の輪が輝いている。
そして最も彼女を﹁エルフ﹂らしく見せているのは、独特の両の
耳の形だった。
さながら加奈が小学生の頃、兄に借りて読んだ﹁ロードス島戦記﹂
という小説の挿絵に出て来るエルフの女性、﹁ディードリット﹂に
そっくりだった。
余談だが、﹁ロードス島戦記﹂の挿絵におけるエルフのイメージ
が全国に浸透し、その後の日本人の海外ファンタジーにおける妖精
属性キャラクターのビジュアルイメージが固まったと言われている。
それどころか、ロードス島戦記が海外でも人気を博したために、逆
に海外のファンタジー小説の映像化の際にまで強い影響を与えたと
されている。
宮本加奈は28歳の刑事。制服勤務から警視庁生活安全部で南野
の部下になり、半年が経とうとしていた。
﹃南野警視のお力を借りる事案が発生しました﹄
4
署長と刑事係長に呼ばれたのが、昼過ぎ。管内で巡査に保護され
た少女は、会議室で毛布に包まっていた。見たことのない民族的特
質を持つ少女の容貌に加奈は息を飲んだが、南野は顔色ひとつ変え
ず、少女を安心させようとしているのか、ふだん通りの穏やかな笑
みで彼女に話かける。
﹁わたしは、警視庁生活安全部の南野と申します。言葉はわかりま
すか?﹂
﹃ミ・ナ・ミ・ノ﹄音を区切って、幼児に問いかけるように南野は
少女に﹃外国人?﹄風の少女に話かけた。
﹁警視、署内の人間が何人も試みたが無駄でした。どの国の言葉を
話しているのかさえわかりませんでした﹂
刑事係長が、彼女が発見されてから二時間のことを警視に説明し
た。
﹁やはり、だめでしょうか﹂
署長はそのやりとりを椅子に座ったまま、両手の指を組んで眺め
ていたが、やがて口を開いた。
﹁わたしが思うに、これは警視の管轄分野の案件ではないかと思い
お呼びしたわけだ﹂
5
プロローグ︵後書き︶
ノクターンらしいシーンは、第一章冒頭からの予定です。
6
#2
南野警視の管轄。それは、通常の警察業務では手に余る内容の案
件ということだ。彼の部下になってから、加奈は何度かそれを目に
していた。
ふだんは人での足りない部署の手伝いなどしている二人だが、他
部署では手に負えない事件が起きたときこそ、南野警視の手腕が求
められていた。
彼と彼の部下である加奈が、警察組織の中で特別な存在であるこ
とは、警視に対する署長の態度でも明らかだ。部下に対する物言い
ではない。
南野警視自身、キャリア組であるにも関わらず、腰を低くして人
と接する性格なので、どこか署長とのやりとりも加奈から見ると、
町内会の会合かなにかで近所の男性同士が世間話をしているような
印象でもある。
﹁身分証明署も持たない少女。指紋をとっても前科などあるわけも
ないでしょうから、家出人の捜索願も出ていないとなれば、少し身
元を探すのに時間がかかるでしょう﹂
少女の話す言葉が何語なのかわかれば、通訳を呼んで事情を聴取
することもできる。スパニッシュであれ、ハングルであれ、言葉の
わかる人間なら民間人に協力を求めてもいいだろう。
ただし、少女の言葉の語感を加奈はこれまで耳にしたことがない。
7
﹁では、我々は彼女の年齢や人種に合致しそうな外国人がいないか、
まずは入国管理局に出向くとしましょう﹂
その程度のことは、警視でなくても誰かが赴けばいいことだが、
加奈と南野は署長に見送られて、署を後にした。
﹁では、よろしく頼みます。警視﹂
8
#2︵後書き︶
ノクターンらしくない始まり方ですいません。
9
#3
﹁フヴォール エル ヘアール? ジグ レター エター エット
メネスケ﹂
少女が発した言葉が脳裏によぎる。自分の口で再現しようとする
が、うまくいかない。
﹁宮本くん、大学は法学部でしたね﹂
﹁はい、警視﹂
﹁外国語はなにを学びましたか?﹂
﹁ドイツ語です﹂
﹁日本の刑法はドイツ法制史の流れを汲んでいますからねー。わた
しはフランス語を学びましたが、例の少女の言葉、そのどちらとも
ちがいますし、あえて言うならノルウェー語でよく聞くイントネー
ションですが、ノルウェー語そのものともやはりちがうようです﹂
南野警視のインテリぶりは、前の上司から初対面前に聞かされて
いたが、このような考察を聞いても加奈がいまさら驚かないぐらい
の博識であった。
﹁さすが警視ですね。そこまで推測した上で、どこに電話をかけて
いたのですか﹂
車両係に加奈が借用届を書いている間、離れた廊下で南野は携帯
10
電話を操作していた。
﹁警視、車はこちらをお使いください﹂
二人はセダン型のスカイラインに乗り込み、武蔵野署を後にした。
﹁入国管理局に行くのはやめにしましょう﹂
じきに携帯電話に連絡があるとのことで、加奈がハンドルを握っ
た。
﹁ゆっくりでいいですからね。おや、早くもかかってきたようです﹂
﹁どこからですか?﹂
﹁わたしの友人からです﹂
携帯電話への連絡にしばらく警視は、ふむふむと相づちを打ちな
がら、電話の相手に丁寧な例を述べて通話を終了した。
﹁さあ、行き先が決まりましたよ。吉祥寺駅方面へ向かってくださ
い﹂
11
#3︵後書き︶
プロローグはすぐに終わります。
そんなに難しい話にはしませんので、どうかおつきあいください。
主人公はあくまで勇者の高校生です。本編がはじまると二人の刑事
はしばらく登場しません。
12
#4
﹁吉祥寺?﹂
﹁はい、吉祥寺です﹂
警視は部下の質問を面倒くさがったりせずに、几帳面に答える。
﹁吉祥寺になにがあるのですか?﹂
﹁都立吉祥寺高校へ向かってください。そこである人物の協力を求
めます﹂
高校で協力を求めるとなると、教師の中にふだんは日本国内で聞
き慣れぬような外国語に精通した語学講師でもいるのだろうかと加
奈は考えた。
高校の場所はカーナビが案内してくれたので、二人は五分ほどで
目的の場所に到着した。
警視は車から降りずに、正門を眺めていた。
﹁あの、職員室に向かった方がいいのではないですか?﹂
﹁職員室? なぜ職員室に行かなければならないのですか﹂
﹁だって、語学の先生に協力を求めるんじゃ⋮⋮﹂
﹁これは失礼。言葉が足りませんでしたね。わたしはこの学校の教
13
員ではなく、生徒さんの一人に協力をお願いしようと思ったのです
よ﹂
﹁生徒?﹂
件の外国人少女と意思の疎通、すなわち言葉が通じる少年がこの
高校へ通っているというのだろうか。
﹁つまりですね。言葉が通じない、また何語を話しているのかさえ
わからない相手と正確にコミュニケーションを取るのは難しいこと
ですね﹂
加奈はうなずく。
﹁テレパシーでも使えればいいんですけど﹂
冗談のつもりだったが、警視は真顔で応じた。
﹁そうです。でもテレパシストをすぐに連れて来るのは大変なこと
です。なにしろ、近いところでは愛知県に一人、全国でも七人しか
存在が確認されていないのですから﹂ 14
#5
﹁へー、七人って思ったよりいるんですね⋮⋮って︵おいおい!︶﹂
警視は時おり真顔で冗談を言う。こんなことがたまにあった。
﹁テレパシストであれば、エルフの言葉だろうがなんだろうが、人
の心の奥底の思考を読み取って言葉にしてくれるのですが、もし仮
にですよ。彼女が本当にエルフのような別世界の人間であったのな
らば、彼女と同じ言葉を話せる人間を捜すのは難しいことだと思っ
ていました﹂
﹁⋮⋮﹂
警視はまだ冗談を言っている途中なのだろうか。
﹁そこでわたしは友人たちのネットワークを当たってもらって、な
んとか彼女と意思の疎通をはかれそうな人物を紹介してもらったわ
けです。時間がかかることを承知していましたが、意外と早く見つ
かってよかったですねぇ。と言っている間に目当ての人物が現れた
ようですよ﹂
加奈は南野につられて正門の方に目を移した。
多くの生徒が、下校していく。今日は平日だが、試験でも近いの
だろうか。行き交う生徒は一様に一人の女子生徒に目を奪われてか
ら、前を向き直して帰宅の途についていた。
︵警視が言っているのは、あの女子生徒か?︶
15
周囲の生徒からは注目の的だ。
﹁兄さん、おつかれさま﹂
﹁待ってなくてよかったのに﹂
後から出てきた男子生徒が、少し困ったような顔になる。
﹁みんなに見られて、恥ずかしい?﹂
にやにやと笑みを浮かべて、生徒たちが二人の脇を通り過ぎてい
く。
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#6
彼女の学校の制服は白地に紺のオーソドックスなセーラー服。カ
ラーの部分に二本のラインが入っているぐらい。今時のスカートは
短め、紺色のハイソックス。神々しいほどに天使の輪が輝く艶やか
な髪は、毎晩浴室で行う一時間以上のヘアケアの賜物だろうと加奈
にも推察できる。その髪を束ねる真珠色のリボン、薄いピンクの口
紅。
﹁気合い入ってますね。あの女の子﹂
まっすぐではなく、体の曲線をアピールする姿勢。まるでモデル
か、JOJOの奇妙な冒険に出てくる登場人物のようだ。
﹁さ、行きますよ﹂
南野と加奈は車を降りた。近づくにつれ、二人の話し声が聞こえ
てくる。
﹁みんなの視線が気になる?﹂
﹁そりゃ、そうさ。目立ち過ぎだよ﹂
すっと、少女の手が男子生徒の脇にまわされる。
﹁さ、帰りましょ﹂
二人は腕を組んで下校しようとしていた。
17
﹁おやおや、仲のいいところをお邪魔して申し訳ありません﹂
警視が、カップルに声をかけた。屈託のない笑顔で見つめ返す少
女。とても可愛らしい。
﹁あんたは⋮⋮たしか﹂
少年は警視と初対面ではないようだ。
﹁おひさしぶりです。警視庁生活安全部の南野です。こちらはわた
しのパートナーの宮本巡査と申します﹂
﹁ども﹂
少年は加奈に向かって軽く会釈した。
﹁警視、この少年は?﹂
いさみ
﹁彼の名は、双葉勇くんといいます。我々は彼を迎えに来たのです﹂
﹁警察?﹂
勇の傍らの少女、さきほどまでの笑みが曇り、口を尖らせて警戒
心を見せている。
18
#7
﹁大丈夫だ、芽衣子。この人のことは知っている﹂
﹁その節はどうも。今日はこちらから警察業務に協力いただきたい
ことがあって、お迎えに上がりました。この後、お時間をいただけ
ますでしょうか﹂
少女が上目遣いで﹁勇﹂の顔を見る。二人の身長差は頭ひとつ分
はないから、すぐ隣で密着する彼女も顔を見上げるというほどの角
度ではない。
﹁南野警視、たしか借りがありましたね﹂
﹁そのことはお気になさらなずに。そんな貸し借りなどなくても、
あなたは協力してくれると思っていますよ。かわいい彼女さんには
申し訳ありませんが、彼氏を少しお借りします﹂
警視と勇少年の間になにがあったのかは加奈も知らない。しかし、
良好な関係ではあるようだ。
﹁紹介が遅れましたけど、こいつはおれの妹で、芽衣子といいます﹂
︵えっ、兄妹にしては仲良すぎるだろ?︶
﹁彼女と思ってもらってもいいんですよ﹂
芽衣子はどこか小悪魔的な、挑発的表情で勇の肩にしなだれかか
っている。
19
﹁⋮⋮いかがわしい﹂
加奈は思わず心の声を漏らしてしまった。
﹁なにか?﹂
芽衣子が加奈を一瞥する。
﹁いえ、別に﹂
﹁警視の頼みなら、ご協力するのはかまいませんよ。芽衣子、先に
帰っててくれ﹂
﹁危ないことじゃないでしょうね、なんのお手伝いですか? 警視
どの﹂
﹁そうですねぇ。通訳と申しますか、まるで異世界から現れたよう
な人物を警察で保護しています。双葉くんならば、あるいはコミュ
ニケーションをとることができるのではないかと考えた次第です﹂
﹁左様ですか﹂
そこまで言うと、芽衣子嬢も納得したように敬愛する兄と別れ家
路についた。
﹁それはたしかに、おれがお手伝いするべき仕事かもしれませんね﹂
︵だから、どういうことだってばよ!?︶
20
加奈の疑問を置き去りにしたまま、二人だけで得心したように覆
面パトカーに乗り込んだ。
そして、車は武蔵野署へ向かった。
21
#7︵後書き︶
次回から本編です。
22
第一章
どこか
ここ
また、あの日の夢を見ている。今ではない何時か、現実ではない
異世界。いま一五歳で女子高生のわたしは、そこでは幼いエルフと
して暮らし、敬愛する兄は今と変わらぬ彼のままだった。
これは前世の記憶か、物心つく頃からはっきりと思い出していた。
断片的でなく、具体的で理にかなった夢を明晰夢という。実際の年
齢よりも多くのことを夢の中の自分から学んだため、周囲はわたし
を大人びた子どもと見ていた。
そんなわたしの記憶︵?︶の中で、一番に印象的な一日のこと。
とても辛い経験と、運命的な出会いのあった日。
わたしや両親、姉の住まう森が蹂躙されていた。
﹁姉様!﹂
幼いエルフの少女、イスズは羽交い締めにされたまま、姉が男た
ちの前でひざまづく様から目を背けることを許されず、首とあごに
手をかけられ、その方向を直視させられた。目を閉じようとするも、
姉の悲鳴に目を開かずにいられなかった。
父たちの不在を狙って略奪者たちは現れた。もともと温厚なエル
フの長老たちでは訓練された人買いの隊商と、その雇われ兵たちに
太刀打ちできなかった。
﹁爺様たちが⋮⋮﹂
23
母たちが叫び声を上げ、我が子に手を伸ばそうとするが兵士たち
の太い腕が彼女らを組み伏せる。
﹁傷つけるなよ、値が下がる﹂
エルフの細い腕を荒縄が縛り上げ、あまりの力に骨折させられる
blir
u
者までいた。捕われた婦人の一人が、隙を突いて攻撃魔法の詠唱を
行った。
som
vinden﹂
person
av
en
blader
﹁Kirisake
ren,
男たちが手に握る、女性たちを縛る縄を風の刃が両断した。
その勢いは一人の兵士の顔まで切り裂いた。
﹁グがぁ!﹂
痛みに顔を押さえるが手の隙間から流血がしたたり。逆上した男
は、詠唱を行った妙齢のエルフに斬り掛かり、凶刃が勇気ある婦人
の背を襲った。
切り伏せられた婦人にとどめを刺そうとする兵士に、家長の老エ
ルフが短剣でサーベルを受け止めた。
若いエルフならば兵士とも渡り合えるが、老人の短剣では敵の攻
撃を二振り受け止めるのが精一杯で、袈裟懸けの一閃は齢300年
を超えたエルフの生涯を閉じるのに十分な致命傷となった。
24
#2
髪を掴まれ引きずられた姉の悲鳴は消え、くもぐった苦しそうな
うめき声に変わった。
﹁姉様から手を離せ!﹂
まだイスズには、姉が何をさせられているのかわからなかった。
しかし、不浄なものをくわえさせられ、姉が誇りを奪われようとし
ていることだけは理解できた。
エルフは長命だが、イスズはこの世界に生を受けてまだ8年しか
経っていない。
ただ村を覆い尽くす悪意の奔流に呑まれ、涙を流すのみだった。
姉のノアは二〇年は生きているというが、人間で言えばいまがち
ょうど思春期のオトメである。人間に比べ、エルフは感情の起伏が
乏しいと言われるが、この時期になるとエルフの男と恋をすること
もある。
まだそういった相手に出会っていないノアは、こちらの世界の少
女で言えば、中学生に上がり立てほどの性の知識しか持ち合わせて
いない。
学ぼうと思えば学べる者だろうが、牧歌的なエルフの両親はあえ
て自分たちから娘たちに教育をしていなかった。
ノアの口に押し込まれた男の象徴を吐き出そうとするが、力任せ
25
に頭を押さえつけられ、これから吐き出されるものを飲み干すこと
を強要されていた。
︵だれか、助けて!︶
ノアは祈った。年長のエルフが祈りを捧げれば精霊が加護を授け
てくれる。だが、いまのノアは口と声帯を封じられて、祈りの言葉
を唱えることが叶わなかった。
︵神さま、お願いです! 姉さまを助けてください!!︶ 26
#3
︵いやー!︶
ノアは首を振り男の腰から顔をそむけようとする。時おり腕を振
るっても、拘束は解けない。エルフの腕力は人間の少女と変わるも
のではなかった。
口内に突き入れられた槍を、桃色の舌で迎えることを強要される。
鎌首が暴れ、ノアの頬を突き破ろうとする。
涙が滲む視界の中で、ノアは地に倒れた友人の姿を見た。仲間の
中でもっとも勝ち気な少女だった。祖父が殺され、少女たちの中で
唯一蛮族たちに反撃を試みた彼女は強靭に倒れるだけでなく、傷つ
いた身体にさらなる辱めを受けようとしていた。
﹁グウッ⋮⋮﹂
肘で這うように、男たちから逃れようとするが亀の歩みほどにも
前へ進むことができずにいる。
﹁︵エレン!︶﹂
瀕死のエルフを見下ろしていた男が、その身体に覆いかぶさろう
としている。その手がスカートの裾を掴み、思い切り大胆にまくり
上げる。
﹁やめろ! この⋮⋮﹂
27
エレンはうつぶせのまま、お尻を隠そうと片手を伸ばした。
﹁エレン、ノア姉さま﹂
イスズは、二人の姿を見ていられなかった。だが、自分だけが現
実逃避することを幼い心に潔しとせず、目を開いて今日ここで起こ
ったことを直視しようとした。
﹁神さま、お助けください﹂
やさしいノア、ボーイッシュな容姿と性格のエレン。エレンは時
おり、攻撃魔法を妹たちに見せてくれた。
﹁すごーい﹂
エレンが使えるのもまだ初歩的な、精霊の姿も見えない鎌鼬ほど
の術だった。
28
#4
ノアの攻撃魔法が練習でなく使われたのは、今日が初めてだった。
エレンは、村中のエルフ女子全員で攻撃魔法を習得しておくべき
だったと悔いている。
︵神さま、もしあなたが存在してわたしたちの暮らしを見守ってい
るのなら、お願いします。エレンとノア、みんなをお助けください。
願いが叶うなら、わたしは喜んでこの命を捧げます︶
イスズは念じ、祈りを捧げつづけた。
その間にも男はスカートにつづいて、ノアのブラウスを破り、彼
女の背中が肩甲骨の双丘まで露になった。
﹁なかなか色っぽい背中だ、どれどれ﹂
柔らかな肌を、指先でつっと撫でる。
﹁ヒッ!﹂
ノアのうなじの毛が逆立つほどの悪寒が全身を走った。
︵ノアが犯されてしまう!︶
友人が陵辱されようとする姿に、エレンの頭は怒りで真っ白にな
った。
29
﹁やだ、いやだ! 放せ! けだもの⋮⋮﹂
ノアの哀願にむしろ、サディスティックな情動に駆られた男は、
うつ伏せの彼女の身体を返して自分と向き合うよう仰向けにした。
前身を隠そうとしたノアの顔を叩き、破れたブラウスの残り生地
もすべて剥ぎ取られる。
﹁う、うああ﹂
もはやノアの声も嗚咽に変わっていた。
その抜けるような白い肌の色からも知れるように、エルフたちは
色素が薄い性質のようだ。
乳房は総じて小さく、乳首は年端の行かない人間の少女のように
薄いピンク色をしていて、なめらかな肌との取り合わせは、さなが
ら新雪の上に桜の花びらを落としたかのようだった。
30
#5
凛とした少年のような佇まいのノアが、今ばかりは本来の少女に
相応の鳴き声を上げている。
ふたたび乳房を隠そうとした両手首が合流したもう一人の兵士に
よって握られ、ゆっくりと下ろされた。最初の男の視線が、ノアの
乳房に注がれた。その手が果実の成長を測るようにゆっくりと小さ
く揉みしだした。
その様子を見せつけられたエレンの目は、怒りでウサギの様に真
っ赤に充血していいく。武装した兵士への抵抗は大いなる勇気を要
するものだが、もはや保身を考えるエレンではなかった。
︵たとえ殺されようが、一矢報いる!︶
しかし、明確な言語で意思表明を行う精神状態ではなかった。そ
の結果は⋮⋮
﹁ぎゃああああ!!!﹂
エレンの頭を押さえつけていた男が、すさまじい悲鳴を上げた。
﹁は、はなせ!﹂
男は股間から鮮血を迸らせながら、必死にエレンを自分の局所か
ら引きはがそうとした。
力任せにエレンを突き飛ばした男は、そのまま局所を押さえて地
31
面をもんどりうって転げ回った。
﹁どうした、○○?﹂
ノアの身体を拘束していた兵士が仲間の異変に顔を上げる。
男の背中にぞっと戦慄が走った。
地に膝をつき、苦悶の仲間を見下ろすのは、顔の下半分を真っ赤
な流血に染めた、さながら吸血鬼に変身したようなエルフの少女だ
った。
エレンは、ぶっと口に含んだ肉塊を地に吐き出した。
﹁うっぷっ﹂
自らが吐き出したものの形状に、エルフは吐き気を催した。
32
#6
地面に落ちていたのは、噛みちぎられた男性自身の先端だった。
男が地を転げ、エルフはあまりのおぞましさに胃の内容物をすべ
てもどしていた。
﹁ちっ、バカどもが。商品に手を出すから⋮⋮﹂
イスズを抱え上げていた力が緩み、彼女の足が地に着く。
﹁なんだ、なんだ﹂
村に散っていた男たちが集まってきた。他の女性たちも縄につな
がれ、引っ張られてくる。
﹁商品を殺すことになるが﹂
男が装いの異なる一人の青年に伺いを立てる。
﹁あの二人は始末しなきゃ傭兵どもも収まらんだろう﹂
隊商の男は兵士たちのお目付役でもある。こうして土地を移動し
ながら、﹁価値﹂のあるものを仕入れているのだ。
エルフが高値で売れるのは言うまでもない。彼女らを支配すれば
精霊の加護を強要することもできる。その恩恵は計り知れない。人
身売買とは比べ物にならない商いではあるが、取引相手も限られる。
尉に沿わない形でエルフを手元に置けば、犯罪の事実を隠すことは
33
難しいからだ。それ故に、商人もこの取引を持ちかけるのは王侯貴
族やそれに準じる為政者ばかりになる、。
﹁惜しいがやむを得まい。一人は瀕死だし、もう一人も行路、傭兵
どもが放っておくまい﹂
﹁エレン! ノア!!﹂
身内の少女たちの痛ましい姿を見せつけられて、エルフの婦人た
ちが騒ぎだし、一度はあきらめた抵抗を再開しだした。
﹁まずいな、見せしめに早く始末してしまえ﹂
傭兵たちが剣を抜き、先ほどまでノアを犯そうとしていた男も、
快楽をあきらめて、急ぎ立ち上がった。
34
#7
﹁跳ねっ返りめ、見た目はおとなしそうにくせに⋮⋮おい、$%^
%%、大丈夫か﹂
局部の半分を失った同僚に声をかける。今後もうお楽しみを行う
ことは不可能そうだった。
﹁ぶ、ぶっ殺せ!﹂
︵だいだい、女房や娼婦でもない女にものをしゃぶらせるのが迂闊
なんだ︶
同僚は、$%^%%がかつて同じように人間の女性に乱暴を働く
のを手伝ったことはある。そのときは、女が今回のような反撃を試
みないように自分がナイフを首元につきつけていた。
へたっているが、今後も半分傭兵、半分盗賊家業は$%^%%も
続けるつもりだろう。だとすれば、同僚の仇も打ち取ってやらねば
なるまい。
︵エルフめ、おとなしくしていれば命まではとらないものを︶とい
う思いもあった。
﹁プライドの高いエルフには、斬り殺されるのも売り飛ばされるの
も同じことかもしれないがな﹂
エレンは自らの命運を悟ったように、無抵抗でたたずんでいた。
くせのないロングヘアーが、顔についた血のりに張りついている。
35
﹁喉を裂くか、心臓を一突きか﹂
﹁苦しめて殺せ!﹂
$%^%%の呪詛のような言葉はこのさい無視した。男もさきほ
どまでもう一方のエルフを愛でていた。彼にとって本来、彼女らは
虐殺ではなく快楽の対象なのだ。
﹁うわー、姉さまー!﹂
エルフたちの中で唯一拘束を解かれていたイスズがエレンに向か
って走り出した。
﹁だめ、イスズ! こっちに来ないで!﹂
妹が巻き込まれるのを避けようと、エレンが再び声を発した。
36
#8
イスズを静止しようとエレンが手を上げる。
なおも彼女にう駆け寄ろうとするイスズ。男たちの凶刃が姉妹に
迫ろうとしている。
男は結局、エレンの心臓を一突きにしようと、一度手を引いた。
力をためて再び刃を突き出す。
その刃がエレンに届くことはなかった。男の腹部、鳩尾に近いと
ころから槍の穂先が顔をのぞかせていた。
﹁ゲブッ!﹂
何者かに刺されたことを悟った男は、仲間たちに助けを求める視
線を送った。敵は自分の背後に隠れていて姿が見えない。男の身体
が崩れ落ちてはじめて、そこに一人の少年が立っているの認めるこ
とができた。
地に伏している$%^%%を除いて、次の兵士までの距離は10
メートルもなかった。少年は軽装ながら右腕と胸を覆うように防具
をつけていた。兵士である。
﹁貴様、どこの⋮⋮﹂
答えずに少年は駆け出した。その手には同僚を刺し通した槍が握
られている。男の手にはロングソード。
37
最初の男を倒した際には近接での刺殺のために短く槍を持ってい
た。次の敵は自身のロングソードの間合いまで自分と近づこうとし
ていることは考えるまでもない。少年は握りを変えて、リーチ最大
の間合いで、男の首へ槍を突き刺す。
さらに2ステップ前進し、身体は前へ、腕は後方に槍を引き抜く。
これが十分な溜めとなって、三人目の兵士へすばやく槍が繰り出さ
れる。
少年の外見は年齢が相応しくないが、傭兵の類に見えた。どう見
てもエルフの眷属とは異なる。
それゆえ、人質が効果あるかわからないが、兵士の一人は試して
みる価値はあるだろうと、手近にいたイスズの方を掴んで引き寄せ
ようとした。
38
#8︵後書き︶
勇者﹁鬱展開と思ったか? 残念! ここから無双チーレム展開ヒ
ャッハー!! です﹂
39
#9
﹁貴様、何者だ!? この子どもを⋮⋮﹂
言い終わる前に、男の喉元を槍が刺し貫いた。
肩と首を掴まれ、宙に浮いたイスズの足が地に戻る。
イスズは、傭兵たちを斬り倒しながら自分に近づいてくる少年の
姿を凝視していた。
三人の兵士を倒した少年は、手にしていた槍の握りを逆手にし、
左手を前に右手を後ろへ、投擲の姿勢に入った。遠くへ石を投げる
ときには、大きく胸をのけぞらせるものだが、それほど距離は無い
相手に、短く小さいフォームで振りかぶったのは、力よりも正確さ
を高める投げ方であるのだろうと幼いエルフにも想像できた。
バネに弾かれたように、ボウガンが矢を放つように、瞬間的に槍
がイスズの頭の上を通過した。
よろめく男の身体に引かれ、イスズも後退する。
もはや言葉は不要と判断した男たちが、刀を抜いて少年に挑みか
かる。
少年の動きの素早さに、イスズの目には相対的に男たちの動きが
スローモーションの映像効果でも働いているかのように見えていた。
槍を失った少年は、足下にあった敵の槍を、サッカーボールを拾
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うように足の甲で宙に留めた。何も無い空間まで、物置のように自
在にコントロールしている。
無重力状態にあった槍を掴み、左の敵の頬を斬りつけ、返す刃で
右の敵の胸元を突く。男が槍を掴むと、すぐに少年は手を離した。
スラッと、腰から自身の刀を抜いた。傭兵たちのロングソードに
対して短めの刀、長大なサイズのナイフと言った方がわかりやすい
形状だろうか。
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#10
傭兵のロングソードが少年の頭を狙うが、低い姿勢からねずみの
ように対手の懐に入ると、ヒラリと刃が軽やかに振られる。
ドンと無人の大地に重い刀身がめり込んだ。男の腹がざっくりと
裂かれていた。少年は上半身を起こし、次の敵に対峙している。
﹁うぉぉぉ!﹂
威力はロングソードの方が上だが、至近距離ではナイフ、それも
少年の肘から先の手の長さに相当するほどの刃渡りがあり、これが
高速で振るわれるために、傭兵たちも思い切り刀を振りかぶること
ができずにいた。引け越しに短い転回で刃を振るっては、本来の武
器の威力を引き出すことは出来ない。
これでは棒切れを握っているのと同じことで、スピードに乗るこ
との出来ないロングソードをその握り手の手首から少年は切り落し
てしまった。
手首の切断面をもう一方の手で覆い、地に膝をつき、男たちは天
に向かって悲鳴を上げた。
手首を切断されては、戦闘はおろか生命も危うい。男たちは間合
いを取ろうとするが、俊敏な少年の動きはそれを許さない。背を向
けて走って逃げることは、もちろん自殺行為だ。
︵なぜ、短い間合いでこうもスピードに乗った斬撃を繰り出すこと
ができるのか!︶
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それがナイフの利点だが、混乱した男たちにはナイフの動きがより
迫力に満ちたものに感じた。
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#11
少年のナイフが長尺であることから、その手元より刃の先端はよ
りスピードが増す。
本来、刀を扱う者は、スピードと威力は比例しないことを知って
いる。しかし、少年戦士の手にする剣は先端へ行くほど幅を増す。
山刀のような形状は、草刈りに使われる刃のように手首の動きだけ
で振り子のように重心移動の勢いを得て攻撃力も増していくのだっ
た。
ぶんぶんと振り回すように剣を操ることで、草木のように敵の手
足をもぎ取っていく剣。腕自体は大振りしなくていいので、身体の
重心を安定したまま、大剣のように空振りしてバランスを崩すよう
なこともない。
相手の動きをよく見て、身体を前後左右に動かすだけでなく、フ
ットワークも軽やかだ。それだけでなく、地面すれすれに顔を下げ
る足腰のバネと背筋の力を発揮して、傭兵たちの刃をいとも簡単に
避けていく。
刀を避けた後には、確実に敵を仕留める。
性懲りもなくエルフたちを人質に取ろうとする男には、その山刀
を惜しげもなく投げつけ彼らを屠った。
︵丸腰!︶
さすがの彼も丸腰では兵士たちと互角に戦うことは無理だ。イス
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ズは救い主の敗北を察して顔を覆いそうになった、のだが⋮⋮。
傭兵たちにとっては絶好のチャンス。まるで自殺行為に見えた。
丸腰になった少年を、今度こそ倒そうとする男たちの考えは甘かっ
た。
斬りつけた切っ先を悠々と避けて、敵の顔を両手でつかんだ。右
手を手前に引き、左手を前方へ。
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#12
傭兵の首が真後ろを向いた。その手にあったロングソードを奪い、
得物は異なるが少年は再度剣をかまえた。息切れすることもなく、
一人二人と斬殺していく戦士だった。
﹁あっ! あぶない﹂
﹁むっ﹂
三人掛かりの敵も圧倒する少年だったが、視界の外から膝の裏を
蹴られて転倒した。
﹁死ねや、おらあああ!﹂
ヒステリックな斬撃が上方から叩き下ろすように少年が襲う。
ガキン! ガキン!!
﹁こなくそ!﹂
仰向けの姿勢ながら、防御する少年だが得意のフットワークを活
かせなくては多勢が圧倒的有利な状況となった。このままでは、い
ずれ剣を受け損なって致命傷を受けるだろう。
傭兵も仲間の身体が陰になって、攻撃できる人数が限られていた
が、やがて幅を詰めて一度に撃ち下ろすことのできる剣の数を増や
していった。
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絶体絶命かと思われたそのとき、
﹁グワッ!﹂
﹁ウッ!﹂
﹁どおこから!?﹂
﹁仲間か!﹂
傭兵たちが一人また一人と、崩れ落ちる。
﹁えっ、えっ?﹂
顔を覆う両手の指の隙間から覗いたイスズが見たもの。
少年と同じ出で立ちの、年頃も近く見える戦士がニ名、地に伏す
同胞を囲む傭兵たちの身体に槍を突き入れていた。
最初の二人を槍で刺し殺すと、腰の刀を抜く。少年と同じく山刀。
﹁よっと﹂
瞬く間に四名の兵士が倒されると、少年が足を屈め、バネのよう
に身体を起こし、立ち上がる。
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#13
どうやら少年に仲間がいたらしく、連携の良さは同じ集団にあっ
て戦闘訓練を積んだらしい。
少年に負けず劣らずの技前で、残りの十人前後の傭兵は数分と経
たずに駆逐された。
戦士が始めの一人の縄をナイフで切ると、後はエルフ同士で拘束
を解かれた女性たちが、彼らに感謝の言葉を伝えようとした。彼ら
はそれを遮り、残存する敵がいないかエルフたちに尋ねた。数人は
辺りを見回りに走った。
﹁怪我人の容態はどうか?﹂
刀傷を背に受けたエレンは重傷だったが、幸い致命傷にまでは至
らなかった。普通の人間ならば助からないところだが、エルフか数
多く集うこの村では、治癒魔法は得意とするところだった。
﹁治癒魔法か、便利なものだな﹂
﹁ケントゥリアの騎士様には必要ありますまい﹂
エレンを手当する婦人は、彼らの正体を知っているようだ。
﹁ま、頑丈なのが取り柄ですから﹂
﹁それよりユーシャ、一人で突っ走るんじゃねーよ﹂
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イスズの前で、最初の少年は仲間から非難めいた言葉を受けてい
た。
﹁すまん。おれも物音がしたからなにかと思って、村をのぞいたら
ジェノサイドをやってたから⋮⋮つい﹂
ユーシャと呼ばれた少年は仲間に頭を下げていた。本来、集団で
行動すべきところ、ノアたちが殺されそうになるのを見て、単騎で
飛び出して来てくれたのだった。
﹁そか、そりゃ、しゃーなしだな﹂
友人同士なのだろう。非難は仲間の安否を気遣うもので、すぐに
言葉は談笑に変わった。
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#14
イスズは大きな感動と畏敬の念で彼らを見つめていた。一歩、ま
た一歩と無意識に彼らの元へ足が向かう。
﹁おい、あれを見ろ﹂
一人がある方向を指差した。地面に倒れた傭兵が、よく見るとま
だ息があり、この場から逃れようとしている。
それは緩慢で、先ほど深手を負ったエレンが地を這う姿よりゆっ
くりとした動きだった。
﹁まだ生きていたか﹂
﹁ユーシャ﹂は少し考える仕草を見せて、すぐに首を縦に振った。
そして、はじめてイスズに声をかけた。
﹁君のお姉さん、ノアって名前?﹂
イスズは神の使いの問いに、神妙な顔で答えた。
﹁そうです、神さま﹂
﹁?﹂
刹那、ユーシャは怪訝な顔をした。だがすぐに、ノアの元へ向か
い、彼女の手をつかんだ。
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ノアは訳が分からぬまま、しかし恩人の誘いに逆らうこともなく、
彼と並んで歩いた。
ユーシャの仲間は、彼の意思を理解しているようで、無言のまま
手にした槍を高く掲げた。
﹁ノア、おれはあなたが辱めを受けようとしているのを見て、頭に
血が上りました﹂
先ほどの行為を思い出して、ノアの顔が恥じらいに染まった。ユ
ーシャと顔を合わせることも出来ない。
ユーシャはイスズより年長だが、ノアよりも年下の少年で身長も
ノアより頭ひとつ低かった。イスズから見ると、ノアの方にユーシ
ャの顔が隠れていた。
そんな年上の女性をぐいぐいと先導していく少年戦士だった。彼
はノアになにを伝えようとしているのか。
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#15
少年は何を想い、何を成そうとしているのか。
﹁あ、あの⋮⋮何を?﹂
ノアはか細い声でユーシャに尋ねる。
﹁ノア殿﹂
﹁は、はい﹂
﹁酷い目に遭いましたね﹂
﹁⋮⋮﹂
恥ずかしめを受けたことに同情されて、ノアはまともにユーシャ
の顔を見れない。
﹁今夜は眠れそうですか?﹂
﹁え?﹂
なにか思いがけない方向に話が進みだした。
﹁いえ、とてもこんなことがあった夜には﹂
ノアの手が震えたのを、その手首を握るユーシャは察した。
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﹁今夜だけならまだいい。でも、明日は?﹂
敵を討ち果たしたとはいえ、うら若き乙女の心に残った傷は計り
知れない。悲しみと恥辱は、日々の暮らしのいたる時に、思いもせ
ぬ時に、彼女が心の重しを下ろすことを許さないかのように、彼女
の人生につきまとうであろう。
この時、母であれば﹁思いっきり泣くといい﹂と彼女を諭すであ
ろう。心の痛みを洗い癒す水は、涙しかない。だが、この時のユー
シャがそれを知るはずもなく、それ故にノアには思いもかけぬ方法
で彼女の心を立て直そうとしたのだった。
﹁この男たちにけじめをつけさせるのです。あなたの手で﹂
ユーシャは地面に突き立った槍を抜いて、ノアの手に渡した。
ようやくノアにも、彼のさせようとしていることがわかってきた。
とはいえ、それはあまりにも恐ろしい行いだった。
他者を傷つけるくらいであれば、自らが傷つく事を選ぶエルフた
ちだった。
﹁さあ、あなた自身の手でやってしまうのです。悪夢を消す一番の
方法は、それを殺すことです﹂
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#16
﹁あ⋮⋮、ああ﹂
ノアは槍を両手に戴いたものの、いつまでも剣先を男に向ける素
振りを見せなかった。勇者は業を煮やしたようで、
﹁すぐ、済みますから﹂
ノアの掌に自分の指を添えて、力づくで槍を握らせる。
それは、まるで嫌がる女性に無理に言い寄る男のようでもあった。
﹁そんな、わたしにはとても﹂
ユーシャはノアの背後から、槍での処刑に最も適した構えを取ら
せる。見ようによっては、主婦がスポーツインストラクターに指導
されているようにも見えた。
ノアの右手は、肩より上に持ち上げ左手で標的に狙いを定める。
槍は四五度の角度で敵に向かう。
﹁右手の力で刺し、左手は狙いはずさぬよう握力だけで刃先がぶれ
ないよう固定するつもりで、あくまで右腕全体の力で槍を突くので
す﹂
ぶるぶると、ノアの手が震える。カチカチと、上下の歯が小刻み
にぶつかっていた。
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﹁あなたのような貴人の手を汚すのは悲しいことですが、恐怖を克
服するためにはその原因を打ち負かさなければならない﹂
もうひとつの方法があるが、それは﹁忘れること﹂。このときの
ノアたちには無理なことだと少年戦士もわかっていたのだろう。
﹁や、やめろ⋮⋮﹂
逃げるのに精一杯だった兵士が、ようやく背後の二人の挙動に気
づいた。
命乞いをする者を殺す冷酷さをエルフは持ち合わせていない。
﹁彼はああ言ってますが、本心ではありません﹂
抑揚のない声で、ユーシャはノアの耳もとにささやく。
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#17
﹁本心? 命乞いが本心ではないと﹂
だれでも死にたくないというのは本心ではないのだろうか。ノア
はユーシャの言葉が理解できない。
﹁彼らはエルフである貴方たちに剣を向けた。理性と恐怖は表裏一
体のものです。われわれ、ケントゥリアの騎士は死ぬことを恐れま
せん。だから、敵を殺すこともまったく抵抗がないのです﹂
エルフは人間よりも、より一層他者の痛みを慮る種族だ。狩りさ
え、必要最低限に留め、山野の植物を採取して食す。
人間であっても、他者に寛容である者は多いが、その動機は宗教
的信条や良心だけとは限らない。暴力を避ける理由の一つに、想像
力が挙げられる。自分が行う暴力が自身に振りかざされた時のこと
を誰しも想像する。これも一つの理性であるから、人間は無闇と冷
酷には成りきれぬのである。
その想像力が人間以外の生きとし生けるものすべてに対して働く
のが、エルフという種族だった。
﹁戦士殿、ならばあなたは自身の行いを自身に置き換えて恐れるこ
とはないのですか?﹂
﹁われわれは戦士ですから、いつでも死ぬことは覚悟しています。
戦場で死ぬことは特別なことではありません﹂
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﹁でも、彼らは自分たちが負けるということを想定しないまま、わ
たしたちを襲ったのではないでしょうか﹂
﹁そうかもしれません。ですが、それも長い戦のうちの一つの局面。
戦場での油断に等しいものです。油断をすれば死が近付くのは当た
り前のこと。兵士の戦での一つの死の形に過ぎません﹂
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第一章 了
つまり、ユーシャが言いたいのは、人を殺すことのできる人間は、
自分が殺される覚悟をしているはずだということだ。たとえその時
が来て、命乞いをしたとしてもそれは心からの言葉ではない。なぜ
なら、死を恐れる人間は、人を傷つけることも本能的に恐れるもの
であるからだ。
﹁彼らも覚悟はできていますよ。だから気にする必要はありません﹂
彼自身のこととして語っているが、兵士であれば皆自分と同じよ
うに考えていると思っていることがうかがえる。彼以外の兵士がそ
う思っているのかどうか、エルフであるノアには想像がつかない。
戦士の常識はエルフの非常識である。
﹁なあ、そうだよな、あんた?﹂
ユーシャの言葉通りに、男は憎悪と殺意み満ちた目を向けた。
﹁ヒッッ﹂
その視線に思わず、ノアが気圧される。
﹁温情を与えるなら、せめて苦しませないように的確に突くことで
す。その手伝いはしますから﹂
一度、大きく槍を引いてから、なんの合図もなく刃先は兵士の心
臓を突いた。ノア自身も実感が乏しいほどに、あっさりと絶命させ
た。
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﹁これで悪夢は終わる﹂
ノア自身にけじめをつけさせると言った少年だったが、やはり槍
のコントロール、力の加減といい彼がほとんどすべてを成し遂げた
とようだ。ノアが男を殺したのも建前だけと言っていい。
そして、やがて森から男性エルフたちも村に帰ってきて、亡くな
った老エルフの弔いと、少年戦士たちをねぎらう宴が催された。
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第二章
エルフの住まう森の惨劇から長い時が流れた。その日には語るべ
き、いくつかの出来事がまだあるので、後ほどお話しすることにな
るだろう。
それはともかく、今は現代の日本。わたしが前世の記憶を取り戻
したのは、小学校四年生の時。それまでは普通の人間の子供として、
生活していた。
﹁芽衣﹂
あれあれ、声が遅れて聞こえてくるよ? じゃなかった、文章の
枠外からわたしに話しかける声がある。
﹁なあ、芽衣。この物語について一つ質問があるんだぜ?﹂
︵ちょっと、いまモノローグ中なんだから!︶
両親が早くに離婚し、わたしは父と二人で暮らしていた。父が離
婚の際、どうしてもわたしの養育権を譲らなかったらしい。父は優
しい人だったので、わたしは父をひとりぼっちにしたくなくて、家
を出る母についていかなかった。
﹁なあ、芽衣。第一章を読んでいて思ったんだが、これは誰の視点
で描かれている文章なんだ? ほら、普通だと物語の描写には一人
称とかニ人称とか三人称とかよくあるじゃないか﹂
わたしの名前は双葉芽衣。この人、わたしの兄貴、双葉寿秋。現
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在の家族構成は、父一人、娘一人、兄が一人。
﹁もともとニ人称の小説なんて少ないけどね。読者のみなさんに聞
こえるように説明するけど、この物語は作者であるわたしが読者の
みなさんに状況を説明する形で進行します。だから基本、わたしの
一人称だけど、読者のみなさんには三人称的な描写で物語をお送り
します﹂
﹁つまりあれか。読者が親しみを持ちやすい一人称視点なのに、な
おかつ当人のいない場所の描写もできるというと三人称描写とのい
いとこ取りってわけだな﹂
﹁これを私は四次元人称と名づけることにします﹂
﹁斬新だな。言わなければだれも気にしなかったかもしれないが﹂
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完結
﹁おいおい、押すなって。OKOK、もう退散するよ﹂
退散していく兄者を見送りながら、わたしは彼と出会ってからの
年月を振りかえる。
いまわたしは高校一年生。兄は同じ学校の三年生で、もうすぐ十
八歳になろうとしている。彼と﹁再会﹂したのは、もう五年も前の
ことだ。
わたしたちは武蔵野市の駅から離れた住宅街に住んでいるのだが、
吉祥寺駅近辺で父と買い物をし、食事をした後のことだった。
空気が乾燥していたからか、飲み物が欲しくなって、父はコーヒ
ーを注文しにカフェの中に入って行った。その軒先はドリンクとア
イスクリームの販売コーナーになっていて、わたしも父の後をつい
て行こうと思ったところで、一匹の猫を見つけた。
どこかの飼い猫なのか、野良猫だったのか、当時のわたしにはわ
からなかったが、その太った猫をかまいたくなって、わたしは父か
ら離れてしまった。
子どもは、犬や猫が好きなものだし、いまのわたしも動物は好き
だ。猫も女子小学生には警戒心を見せず、わたしたちは束の間の触
れ合いを楽しんでいた。
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完結︵後書き︶
ご愛読ありがとうございます。
ここから先は、全年齢版とまったく同じ内容になります。
﹁異世界へのコーリング﹂
下記URLにて続きをご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n3365
bg/10/
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PDF小説ネット発足にあたって
http://novel18.syosetu.com/n3893bg/
コーリング R18
2012年10月8日01時05分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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