Quantum:Report - タテ書き小説ネット

Quantum:Report
共沈
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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︻小説タイトル︼
Quantum:Report
︻Nコード︼
N0634BB
︻作者名︼
共沈
︻あらすじ︼
2042年、一般から見ればもはや何でもありか!と思われてし
まう量子力学の発展により量子コンピュータや通信技術、テレポー
ター等が存在する近未来。その中で惑星を再現するシミュレートサ
Online。﹁すべての可能性を内包
ーバに入って失われた、または未発見の技術を探索する新機軸VR
MMO、Quantum
する﹂世界で、冒険有り、研究有り、学園有り、トレーニング有り、
軍事有りの何でもありかつひどく現実的な世界にちょっぴりゲーム
的アクセントを施した物語。現在の世界はある意味この新しい世界
1
を軸に成り立っている。質問感想その他もろもろお待ちしておりま
す。
2
1−1 脅して買わせて喜んで。︵前書き︶
はじめまして、キョウちんでございます。
こちら国語の成績が3つくらいの処女作でございます。お手元のマ
ウスを使ってご賞味くださいませ。なおこちらは、割と流行りのV
RMMOモノとなっております。トリップも召喚もデスゲームもな
い淡白な味付けとなっておりますが、脇腹つっついたような別ベク
トルからの趣向を凝らしてみましたのでお楽しみいただけたら幸い
です。
プロットだててはいますが更新は本業との兼ね合いから基本更新未
定となっております。ご了承くださいませ。
3
1−1 脅して買わせて喜んで。
−−人は戦うことを辞めることはない。戦争という最も単純な争い
がなくなったとき、国は貪るように技術に食らいつく。今は、技術
戦争の時代だ。−−
−−闇が奔る
暗がりの帳に静寂が舞い降りる。
青々と茂る木々、レヴェノイアの首都から東に約400km、深い
深い誰も入らないような未開の森がある。招いたものをひたすら迷
わせるこの森にはまともな道がなく、多くの獣のすみかとなってい
た。
ノイズ、そこに静寂を破らんとする予兆、とでも言えばいいのだろ
うか。木の葉の擦れる音を背景に土を蹴り上げる3対の足。一人は
人間、残りは狼。獲物を求めて涎を垂らしながら駆け寄る獣と、そ
れらから必死に逃げる青年の図。
傍観でそれらを側面から見ればそれは、木々を追い越していく姿が
さながらコマ送りのモノクロフィルムのような勢いで流れていく。
しかしコマが、追いついていない。一枚一枚とめくられてはその動
きは飛び飛びでつながっていない。FPSが足りないようなアニメ
のように、それだけ青年は高速で動き回っている。
﹁−−はっ、ハッ、はっ、ハッ−−−!﹂
4
間の短い呼吸を繰り返しながら素人同然の、無様なストライドで
土を逆走させている。しかし矛盾、そんな有様のはずの少年は森の
障害物に足を取られることもなく荒々しくも前へと駆けている。
追う側も不振に思っただろう、ここは我々のテリトリーで、逃げ
られる余地などなかったはずの狩場で苦戦を強いているアレはなん
だと。どう見たってただの人間、それもろくすっぽ筋肉がついてな
さそうな締りの無い人間だ。アレを狩れずしては猛獣の名が泣ける
どころか地に落ちる、と。
ただ、分かる人から見ればその青年はあからさまに現状と不釣り
合いだった。黒地のカッターシャツを着ており、履いているのはグ
レーのスラックス。そしてまとうは学者が使うようなあの白衣。小
奇麗なその姿は、どう見たって森の只中にいるような姿ではない。
加えてその姿に腰にくくりつけているのが西洋風の長さ60cm程
度のロングソードとくれば、あまりのちぐはぐさに目を剥くレベル
だ。
部分的にしか合っていない、異人。少なくとも現地の住民が見れば
そう考えるだろう。
しかしながらそんな彼も、否当然というべきか限界が近づいてい
る。走る足首がガタつく。乳酸が溜まりに溜まった太ももは熱を持
ち、震える二脚は進むことを拒もうとしている。
﹁気を纏っていてもこんなものかっ。AVHCが解除されねーとロ
グアウトもできねーし、やるしかねえな畜生!﹂
睨むは後方、追撃する獣。前方へとつきだしていたベクトルを反転
した両足を突き出して急停止。一歩前にはみ出た足をつっかえ棒に
5
して、腰に装備していた剣を右手で抜く。
今や彼我の距離は先の数倍の速さで縮まっていく。そう、これはチ
ャンスなのだ。疲れた獲物を仕留める好機、追い詰め切った充足感
に獣の単純な脳が支配される。
−−後はただ、かじりつくのみ!!!
しかしさりとてこちらも人間、高度な知恵と知識を武装としてまと
う自然の反逆者だ。世の中戦いのすべてが筋肉の差で決められてし
まっても困るってものだ。
﹁おおおおぉぉっ!﹂
叫びは覚悟の契約、手に持った剣をただ全力で振りぬく。その姿に
は剣術の嗜みはかけらもない。ホームランバッターよろしく派手な
スィングを相対する獣に衝突させる。
−−ザクリ
正面から事故を起こした狼は、割れた口の根元から背中に向けて真
っ二つに分離する。結果は絶命、勝算をもって挑んだはずの代償は
大きく支払われることになる。ただの肉塊になった死体は飛び込ん
だ勢いのまま地面に滑りこんでいく。2度の根のつっかかりを踏み
台にして飛び、やっとのこと止まる。肉塊は既に、足をピクリとも
動かすこと無く垂れるのみだ。
残る狼は一匹、相方が倒れたのを見てズザザと擦りながら急ブレー
キを踏む。
6
−−だが、その一瞬が命取りだ!
﹁■■■■■■!﹂
自ら持つエネルギーを空間のエネルギーに介入させる。発動に必要
なのは自らの力と言語にもならない音の塊。叫んだ声が起点となっ
て空間上のエネルギーを線形に発光させる。向かう先は狼の正面手
前!
ゴッ!!
瞬間、狼の目の前で小規模の爆発を起こす。狼を覆うようにして
発現した爆発は見かけは小さくても威力は想像以上に大きい。結果、
後方への指向性を持った爆発によって先よりもバラバラになった肉
塊が散らかる。そこら中に括りついた死体臭と爆発で生じた焦げ付
いた臭いが鼻を突く。
幸いにも生じたものは瞬間的で、引火するようなことはなかった。
しかし地面はえぐれてるしあたりは死体だらけと、原住民にでも見
つかれば明らかに異常事態である。
﹁っあっっちゃー。こりゃやりすぎちゃったかな。まぁ仕方ないか、
オレが剣振ったとしてそう簡単に当たるもんじゃねえしな。うん、
見なかったことにしよう。﹂
対処は投げやり。かといってバックアップがいるわけでもないので
当然この場は放置となる。あとは風化するなり食物連鎖なりでなん
とかなるだろう。
﹁とりあえず、AVHCも解除されたし余計なものに見つかる前に
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ログアウトしますか。﹂
すっと右手を一振りするとライトグリーンに発光しているメニュー
画面が表示される。オプションからログアウトを選んで押す。
瞬くまに消え、残るは戻ってきた森の静寂のみ。サラサラと流れる
耳障りのいい音が先の騒動を運んでいくようで。もう数刻もすれば
夜は明けるだろう。それまではただ、残りを静かに奏でようではな
いか。
of
fir
−−−案の定、昼頃に現地の探索者に発見され不思議に思われたの
はフラグを立てるほどでもないただの余談である。
prolouge
>Quantum:Repote,episode
st
2042年、東京
30年前に世界中で人口を大きく減らしつつも、高まる技術のブレ
イクスルーで多くの人を呼び寄せる魔都、日本の首都。呼ぶ鳥絶え
ずの勢いでめまぐるしく人が出入りする様は、活気と同時に鬱陶し
さもやってきて気分が悪くなるくらいだ。
8
季節は秋、本日は9月18日水曜日、天気は晴れ。
学生にとっては二学期という、ある意味師走なんて目じゃないくら
いの忙しさに見舞われる。それは彼女、美濃紀香にとっても同じだ。
−−私立山宮学園
生徒数681人、多くはないが様々な面で精鋭を誇るといわれる文
武両道を是とする学園である。
行事面でも、ジャンル豊富に様々なことを行っている。が、授業を
おろそかにしているわけではなく密度が高く的確に進めるらしく、
総じて成績は高め。つまるとこ凡人にはついていきづらい環境とな
っている。
行われるイベントは各種あるが、部活関係は当然、運動会や文化祭
といっためぼしいものは押さえており、何故か学校主導でクリスマ
ス会等もやっている。今はその、ハードスケジュールに入る一歩手
前といったところだ。
加えて今日は珍しく部活も無く、ついでに自分にとっては実に都合
のいい日に重なってくれたと感謝する。夕暮れというにはまだやや
青く、帰宅ラッシュに入るにはまだ早い時間。改築されてパステル
カラー調になってしまった新宿駅に、紀香はいた。
紙幣はなくなり、全て一括でまとめられた電子マネーが入っている
スマートフォンを改札にかざして通り、足早にホームへと向かう。
通り過ぎる人々はまだまだ若い世代が多く、70代がやっと増えて
きたという状態。白髪を数えてもまだ片手で事足りるような見た目
の人ばかりだ。
カツカツと小気味よく音を打ち鳴らす革靴で階段を登っていく。登
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った先には既に家へと続く駅への電車が待機している。しかし白地
のセーラーの左側に青いラインが走った自分の学校の生徒は、未だ
誰も来てないらしい。どうやら自分が焦りすぎて一番乗りになって
しまったようだ。
−−まぁ、それも仕方ないか。
ぺろっとおちゃめな笑顔で舌を出すような気持ちで、電車とホーム
の境界線をまたぐ。まだ乗っている客の数はまばらだが、見れば仲
のいい親子が温かみのある感情を出していて自分の頬は更に緩む。
︵まぁ、ソワソワしすぎても仕方ないかもしれないけど、今日は待
ちに待ったDiversが家につく日だし。あ∼っ、早くやりたい
なぁ⋮︶
ver
rapacious
ideality
electronic
Divers、正式名称Daedal
ification
salvagersは日本の量子力学研究所が開発した量子空間
没入用ヘッドギア、つまりVR技術を用いたヘッドギアである。
これが開発されたのは2022年、実に20年も前の話であるが家
庭用として発売され始めたのは2030年と12年ほど前である。
もともとが研究用として開発されたそれは、2017年に開発され
た完全な量子演算型大型コンピュータの付属品であった。高速でビ
ッグバンから惑星構成のエミュレートをしていた際、研究員の誰かが
﹁古い惑星の構造を見てみたい﹂だの
﹁ミッシングリンクの穴埋めをしたい﹂だの
﹁恐竜マジペロペロ﹂とか言い出したキチガイがおり、
﹁だったらパソコンの中入ればいいんじゃない?﹂
10
﹁﹁﹁それだ!!!﹂﹂﹂
という、鶴の一声で完成されてしまった色々いわくつきの品である。
あっさりそれを完成させてしまう研究員も研究員だが、一般人から
見ればその革新的技術は量子演算型コンピュータを完成させて以来
久々の賑わいになったという。
当時は機密クラスの研究であったためDivers自体も量が少な
く、研究所内でしか利用されていなかったもので諸外国から−−−
O
うちにもわけろ、と−−−大きく反発を食らったので2025年に
研究用に、2030年に家庭用として発売されたのである。
最も、家庭用発売の最大の理由はVRMMO、Quantum
Onlineは世界初のVR型オンラインRPG
nlineが製作されたことにある。
Quantum
で、シミュレート用に使ったサーバを利用したゲームだ。
前述としてDiversの機能を述べさせてもらえば、まずはシミ
ュレートされた世界への没入と六感といった感覚の再現、そして脳
の演算補助を利用した時間加速だ。Diversは量子通信を利用
して量子演算型家庭用コンピュータ︵略称QPC︶とつなぎ、超速
で稼働するシミュレータサーバに合わせるために脳の演算を高速化
することが出来る。その比率、リアル1時間でサーバは9日が過ぎ
る−−−これでも速度を落としている−−−仕様だ。つまり現実と
Online︵略称QO︶にログインすれば、
の差はゆうに216倍となる。そのため学校が終わった後や会社帰
りにQuantum
さながら長期のバカンスを疑似体験することが出来るのだ。たった
一日しか空いてないのに学校に行って、
11
﹁やぁ、45日ぶりだね!﹂
なんていう当事者以外には意味不明な挨拶が飛び出したのも懐かし
く、今ではQOにログインしてない人に対する当たり前の挨拶にな
っている。
また六感の再現も実際の体に影響することはなく、QPCの補助演
算が代理として受け持ってくれるためファントムペインのような事
態が起こることはない。ヘッドギアを外せばさながらゲームは明晰
夢だったかのような、ただの記憶として処理される実にありがたい
仕様だ。
そしてこのDivers、発売されたのは12年前でありながら現
在でも入手はそこそこに難しい。もちろん当時は購入希望者が殺到
しレアに超が100個くらい付くほどの人気ぶりを博し、かつ高価
という割と普通の壁に阻まれていた。現在では量産化と改良が進み、
そこそこに安価になりつつあるがこれが必要なゲームも多く発売さ
れたためにやはり需要は大きいままだ。
しかし、紀香の場合はそれだけでなく頑固一徹の父親に原因があっ
た。
頭の古い父親はどれだけ頼んだとしても首を立てに振らず、二重の
壁になっていたのだ。
−−でも、それも今日で終わりだわ。
つい先日紀香は誕生日を迎え、普段あまりわがままを言わなかった
分まとめてぶち切れ、父親を−−−恫喝という−−−交渉の名のも
とに、やっと誕生日プレゼントとして買ってもらえたのである。さ
12
ぞや父親の財布は大ダメージを受けたに違いない。
そんなこんなで注文して本日、学校に行っている間に届いたとの連
絡があり、大急ぎで帰っている次第である。
いつの間にか電車は動き出しており、揺れもなくスムーズに流れる。
現在の電車は液体窒素等を利用した超電導効果により摩擦のない、
アルヴェーグ式のモノレールのようになっている。そのため基本的
に揺れることがなく、鉄道路線も僅かな田舎を覗いてほとんど排除
されている。
先人いわく、あの鉄道路線の揺れが心地よい眠りを誘っていいんじ
ゃないか!と力説するが、生まれた時から新型のレールしか載った
ことのない紀香には全く理解のできない話だった。
−−いつかは旅行して、その揺れを味わってみるのもいいかもしれ
ない。
そう思いつつ、窓の外に目を向ける。
流れる景色は徐々に我が家へと距離を縮めていく。
太陽も降下しており、空が帯びていくオレンジが目に焼き付いた。
終わりを告げる夕暮れも、何故か今はとても綺麗に思える。
到着まであと少し、幼馴染達とゲームをする今日の夜はどれだけ楽
しい物になるのか。
13
1−1 脅して買わせて喜んで。︵後書き︶
こちら最後までご賞味いただきありがとうございます。お残しはご
ざいませんでしたでしょうか。
さて、こちらまだ前菜の前菜レベル。正直なところ下地の説明でだ
けで5000字目安で5回分くらいになりそうな予感がヒシヒシと
してます。2,3話は早めに投稿できるようがんばりますのでお待
ちくださいませ。たった一話で何が言える、といった状況ですがご
感想、ご質問、訂正じゃんじゃんお待ちしております。
キャラクター設定画、設定稿もいずれアップしますのでお楽しみに。
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1−2 誰だぁこいつ採用したのわぁ!︵前書き︶
2話目です、Diversの正式名称が適当に辞書から引っ張って
手前の英語でつなげてしまったのでそれっぽいのあったら募集しま
す。まだまだ説明回。前回説明忘れてたのですが第六感は地磁気と
か磁気感覚だとアメリカのおえらいさんが証明したみたいなんでこ
の物語もそれ準拠。なんの役にも立たないトリビアですがね。
15
Online
1−2 誰だぁこいつ採用したのわぁ!
−−Quantum
2030年以来、息を切らさず最も売れているゲームである。
ユニークプレイヤーは一億、潜在プレイヤーは二億は存在すると
言われ、Diversのライセンス契約による量産により12年、
着実にその人数を増やし続けている。
人間の手作り3Dモデルが介在しないため、内部構成がほとんど
リアルと変わらない。そのため見る人の目を癒し、擬似リゾートと
しても使われている。
元々はシミュレートした惑星の内部調査に利用されていたもので、
そこから発見される新種の金属や地質学、もしくは生体などが非常
に多く見つかった。
そのため海外勢から日本は簡単に手に入る多数の技術を独占するの
か、と文句をもらいWIPO︵世界知的所有権機関︶の管理のもと
ゲーム化するに至ったのである。
このゲーム最大の目的は未知の技術発掘にある。ある程度時間が
経過し、人類が文化を形成しだした頃を目処にサーバを公開。後は
全世界のプレイヤーが競って技術を確保できるようになっている。
発見した技術は各国のスポンサーがプレイヤーに対して報酬を支払、
著作権登録を自動的に行うようにしているのだ。技術に関しては幅
広くかつ無節操な場合が多く、運動技術に関することにも報酬が入
るし下手をすれば料理等にも報酬が入る。スポンサーのジャンルも
多岐に渡るため報酬を払う層がバラバラなのだ。
ゲーム内の行動は基本自由。色々と皮肉られるJRPGと違って
ストーリーというものは存在せず、ガイドのようなものもない。最
もそういった類のものは世界内の書籍や人の話などから類推しなが
16
らプレイするのが醍醐味の一つといえる。歴史家や宗教家などの職
業のプレイヤーも多く、それぞれが解釈を述べたり勉強することで
外部ではWikiがまとめられていく。ゲーム内ではリアル1時間
で9日の時間が過ぎるため、リアルで1日経てば半年、2日で1年、
10日で5年、100日も経てば50年の経過だ。サーバ内のNP
Cにとっても、彼らから見れば年を取らないように見えるプレイヤ
ー達の過去の知識というのは非常に重宝するのである。
このように時間経過が早いこともゲームの特徴で、メリットが存
在する。プレイヤーにとっての最大の利点はその加速した時間の長
さだ。夜に睡眠を取ると同時にヘッドギアを装備しておけば、体を
休めている最中はゲーム内で長期休暇を取ることが出来る。睡眠時
間が6時間もあればそれだけで54日間も過ごせるため、リアルに
おける苦悩からいっときの間解放される。学生なら勉強の合間に、
社会人なら仕事の疲れを癒す必需品となるわけだ。
しかし当然デメリットも存在する。時間経過が早い、ということは
リアルで過ごしている時間はゲーム内は高速で経過しているわけで。
例えばNPCと仲良くなったとしても学校に行っている間などや、
食事をする時間程度でもあっという間に時は過ぎる。気づけば知ら
ない場所に引っ越してたり、忘れられてたり、年数の経過で亡くな
っていたり。定期的にはいらないと置いてけぼりを食らってしまう
のだ。
さすがに長い時間ずっと入ってるわけにもいかず、いわゆる異世
界SSのようなサーバ内世界に対する内政干渉等もしづらい仕様だ。
その点ヘビープレイヤーは交代制でなんとかしようだの工夫を凝ら
して頑張っているわけだが。しかし管理側からすれば出来る限りN
PC達に独自の営みを行なってもらい、未発見の何かを生み出して
もらいたいと考えている。
そんなこんなで発展し、サーバを増やしつつ12年。現在では通
17
販でありながら実際に商品を見て取れるショッピングモール型サー
バ、地球を再現したものや超未来型都市サーバと既にゲームの枠を
超えて利用されている。ジャンルなどなんのその、といったノリで
既にこれらはもう一つの世界として確かなコミュニティーを築き上
げているのだ。
−−−
ここまで説明書をパラリ、軽く読んでは見たものの具体的なこと
は結局書かれていない。ようは中にはいって確かめろという投げや
りなものだと理解した紀香は気合を入れる。
現在時刻は20時手前、QPCとDiversのリンク、初期セッ
トアップを行なっていたらほとんど集合時間わずか手前になってい
た。ゲームにログイン後は幼なじみの二人と合流することになって
いる。彼らは既に入っているようだが、合流予定時間を設定してい
るためしばらくベッドの上で正座してDiversを手にとって眺
めている。
Diversは見た目が少し厨二病心くすぐる形状をしている。
頭部側面に固定するダークグレーの円盤状に、目を覆う前面に尖っ
た白いバイザーのようなモノが接続されている。感じとしてはロボ
ット的、と言ってしまったほうがわかりやすいだろう。さらにこれ
は接続状態となればバイザー上下からスキャニング用のスリット入
りプレートが2枚ずつ飛び出すようになっている。スリットは稼動
状態を示すエメラルドグリーン色のLEDが点灯し、もういかにも
な人間兵器な形相だ。
なめらかな曲線を描いているバイザー部分を指先でツツーと撫で
つつ、一回横に置き携帯を手に取りパチパチとメールを打つ。空中
投影されたディスプレイに文字が走りメッセージを書きこんでいく。
18
﹁も う す ぐ 入 る か ら 待 っ て な さ い、と。
﹂
現代の携帯は特殊なチップセットを組み込んだ量子通信対応型だ。
その過剰とも言える帯域幅を利用して、個人個人の携帯の電波が重
なった通信網をリンクして圏外を無くす仕様になっている。一時期
はプロバイダが無くなるのでは?という話になったが、結局旧来の
回線などには必要だった。そのため主だった電波塔だけ残して他を
撤去するに至ったらしい。皮肉にもこれはインターネット回線にも
言えることであり、こちらも量子無線を使用していたために起こっ
た出来事らしい。
閑話休題
ーーお手軽な音声入力式や脳波入力式もあるのだが、私のは少し古
臭さを感じさせるタッチパネル式だ。液晶の硬度変化によって、な
んとなくボタンのような感触があるこのパネルが気に入っている。
そして送信。現代ではアカウントを一括でまとめておけば、PC
だろうと携帯だろうと同じアドレスですべてが扱われる。ようはS
MS等を廃したチャットタイプのものと考えれば良い。これらは当
然Diversとも関連付けされており、携帯から送ったものが直
接プレイ中の相手に届く仕様だ。
しかし紀香は相手側のほうが時間の感覚が長いことを、浮かれて忘
れていた。やっと3分前といったところだが、8時着だとしても時
間差216倍は伊達じゃない。それだけでもうすぐと言ってるのに、
600分以上は待つはめになるのだ。これには恐らく相手も呆れる
19
ことだろうし、待ち合わせの時間より早く入ったとしても待ち人来
たらずになるのは明確である。
−−少し待って、8時30秒前。さぁ待ってなさい!夢のファンタ
ジー!
Diversを装着しベッドに横たわる。今日はもうそのまま就寝
して、明日までずっとプレイする予定だ。次に学校に行く時は感覚
で2ヶ月後、くらいだろう。勉強したこと、忘れなきゃいいなぁと
思いながら側頭面に存在するスイッチを入れた。
−−バイザーからスリットプレートが展開されてLEDが灯る。
−−脳波スキャニングによって私が精査されていく。
−−感覚機能⋮グリーン。演算補助用コピーブレイン形成⋮グリー
ン。
−−脳波制御により肉体を強制スリープモードに移行します。
−−瞬間、私の意識はデジタルの海へ落ちていった⋮。
気がつくと、ぽっかり空いた天井に青い空。周囲はシルバー上の
半楕円の何かに囲まれている。外から見ればそれは恐らく巨大なコ
ーヒーカップに見えるだろう。中央には空洞の開いたドーナツ状の
赤いテーブル、その外縁に一定間隔で12個ほどの丸椅子が並んで
いる。まさにログイン用の受付、といったところだろうか。
20
周囲は不自然に思うくらいに音がない。恐らくここはシミュレータ
で形成された場所ではないのだろう。どことなく人工的な基質を感
じさせる。中央に向かって歩きながらペタペタと音がする足元に冷
たさを感じる。
−−そういえば私、裸足だったわ。
ぴしぴしとさすような冷たさにひるみつつ、中央に存在するテーブ
ル、その空洞の中にいる一人の女性に目を向けた。ゆるやかにカー
ルした光沢ある茶髪をした優しげな女性が立っている。彼我の距離
Onlineにようこそいらっしゃいました!
が1.5mほどになったとき、彼女の朗らかな声がはじけた。
﹁Quantum
私ガイドを担当させていただくリーアと申します。よろしくお願い
します。﹂
﹁ええ、こちらこそよろしく。﹂
右手を差し出されたので同じようにアクションを返し握る。ゲーム
の中だというのに、さきの冷たさも、この手の暖かさもまるでホン
モノのようにしか思えない。
﹁紀香様の右手側に存在しますのがログイン用の転送ポートでござ
います。転送先サーバはこちらで御覧ください。﹂
﹁ふむ、なるほど。わかりましたわ。﹂
﹁以上でガイドを終了いたします。﹂
21
﹁⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮。﹂
﹁えっ!?短いわねガイド!国語のテストの30文字埋めなさいな
文章問題なみに短いわ!﹂
仕事放棄もいいとこじゃない!と吠えながらリーアに意義を申し
立てる。それの何がおかしいのか、くすくすとリーアは微笑みを浮
かべている。
﹁失礼しました。私他人をおちょくるのが大好きなもので。﹂
﹁お客様サービスはどこへ電話すればいいのかしら⋮。﹂
﹁このおちょくりもすべてサービスでございます。会話に潤いを求
めている方にとっては非常に好評ですよ?﹂
﹁⋮それを初対面の人間に行うのはどうかと思うのですけど。﹂
﹁それはすいません。なにせ、面白そうな方でしたからついツッコ
ミを期待してしまいました。﹂
﹁で、見事に私はひっかかったってわけね。⋮はぁ、もういいわ。
先に話進めてよ。﹂
22
失礼極まりないなぁ、と思いつつもこういうキャラなんだろうと諦
め話をすすめることにする。多分、余計な茶々を入れれば入れるほ
どからめとられるのだろうと考えてスルーすることに決定した。
﹁オホン、ではこちらログインルームはサーバを選ぶだけでなく個
人のプライベートルームとしてもご利用いただけます。招待を受け
たほかのプレイヤーの方も入室できるようになりますのでぜひご利
用なさってください。もし殿方を招待してこちらでズッコンバッコ
ンしたい場合は、高級ダブルベッドを用意し慎みながら待機モード
に入らせて頂きますのでご自由にお申し出下さい。﹂
﹁⋮それで、他には?﹂
﹁あら、つれない。あなたがいつ爆発してMな私をビクビクさせて
くれるか、期待してたのですけど。﹂
−−嘘だわ、絶対嘘。
ついでに彼女の評価もだだ下がりだ。折れ線グラフは谷を作ること
無く一気に崖を形成しまくっている。ふふ、と唇に指をあててこち
らを眺めているあたりちょっぴりなまめかしいエロスを感じさせる
が、女性の紀香には怒りが増すだけで通じなかった。これが独身童
貞様だったりむさい男であったりしたなら、確実に毒牙に引っかか
っていただろう。
﹁ふふ、まぁいいでしょう。次に移動できるサーバのリストはこち
らになりますね。﹂
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わずかに前に出された手のひら上にリストが投影される。リストに
は7個のサーバ名が記されていた。
・アースサーバ 地球を再現したサーバ、時代別で更に分割される。
・モールサーバ 通販型ショッピングモールサーバ。
・ジュラシックサーバ 古代恐竜を見ることのできるサーバ
・太陽系サーバ 地球以外の星へ行ける。︵無敵モード付加︶
・スクルドサーバ 近未来型にシミュレートされた惑星サーバ
・ウルドサーバ 冒険用にシミュレートされた惑星サーバ
・ベルザンディサーバ 現代奇譚的にシミュレートされた惑星サーバ
﹁以上ですね。恐らくメインで利用されるのは下から3つのサーバ
とモールサーバになるでしょう。広告通り﹁すべての可能性﹂を含
む量子サーバを利用されておりますので、ゲーム的脚色以外はほぼ
現実で利用可能になっております。もしもそれらしい技術や発見が
ございましたら報告をお願いしますね。﹂
﹁へぇ、モールやアースは他と違って普通なのかしら?﹂
﹁そうですね、モールは時々ゾンビが出現して72時間生存ドッキ
リレースが時々勃発することになりますが。﹂
﹁全然普通じゃない!?﹂
良くも悪くもゲームだった。長い時間を使えるゲームならではのイ
ベントである。
24
﹁ご安心ください。開催するときはお声をかけますので。﹂
﹁それもうドッキリじゃないわ!ただのイベントよ!﹂
﹁生き残れましたら景品も出ますので。それから人気はやはりファ
ンタジー色あふれるウルドサーバですね。ウルドサーバは・・・あ
ら?こちらから待機ビーコンとテレパスが送信されてますわね。﹂
﹁お願いだから話を聞いてよ⋮。﹂
もはや完全にあちらのペースだ。一体ゲーム会社は何を考えてこ
んなキャラをガイドにしたのか。おそらく趣味なんだろうと適当に
アタリをつけつつ、持った匙は完全にリリース寸前だ。
﹁待ち人がいらっしゃるなら、そちらに行ってもらいましょう。非
常に温かみのあるテレパスを感じますよっ、この果報者め☆﹂
−−うざいわぁ、この人。
ぺろっと下を出して腰をくねらせゲッツをかますリーア。そんな使
い古されて枯渇したギャグを放つあなたは一体いつの人間なのかと
真面目に問いたくなる。
﹁ではログインポートにどうぞっ。乗ったら5秒後に転送が開始さ
れます!。﹂
25
﹁あぁ、はいはい。もうこれでしばらくあなたに会うこともないで
しょうね。﹂
﹁ログイン、アウトしたら毎回会いますけどね∼。ではしばしのお
楽しみを。﹂
﹁⋮はぁ。﹂
ぺたぺたとやや肌に張り付く床を歩いてログインポートとよばれる
円盤状のゲートの上に乗った。モニタに5と表示されカウントが開
始される。
﹁あぁ、そうでした。﹂
﹁?今度は何⋮。﹂
﹁サーバに入る時の初期状態の服はそのままなので彼氏さん︵?︶
にかわいがってもらってくださいねー。﹂
﹁っちょ、ま⋮。﹂
言い切る前に転送が問答無用で開始される。このゲームにおいて初
期ログイン時には自分が現実で着ていた服がそのままインナースー
ツとして採用されてしまうのだ。つまり⋮
−−うさ耳パジャマの姿でゲームデビューをかざれっていうのぉぉ
26
ぉっ!?
カウント0、再びの暗転を食らって少女大地に立つ。その時起こる
盛り上がりようは、紀香にとって痛く恥ずかしい思い出となるので
あった。
27
1−2 誰だぁこいつ採用したのわぁ!︵後書き︶
そして惑星へ。
すいませんが説明まだまだ続きます。
28
1−3 酒場の洗礼︵前書き︶
やや文章の書き方変化。SS初心者ですので暫くは不安定です。す
いませんが一万字超えてしまいました⋮。区切りがみつからなった
⋮グギギ。
29
1−3 酒場の洗礼
20:00
00:00
time
ノルドサーバ real
time
tokyo
,
server
芳寿都市レヴェノイア、アンデルクス大陸の一角にある小さな国
家。
首都の面積は1,600平方mと若干東京より小さく、全土地を合
計しても5,600平方mと手狭なものだ。その要因は土地の形に
あり、首都は南北を川で挟まれている上、南側の平原と西側の海以
外は国境線を挟んで巨大な山々が形成されている。そのため、これ
以上境を広げても損をするしか無く、広げるに広げられない面倒な
土地だ。
その分様々に恩恵も授かっており、北側の季節風を遮ってくれるた
め比較的温暖な土地で、かつ河川による水の恵みも潤っており非常
に農業が盛んだ。首都の東に位置する組合による大規模農園の見た
目はまさに黄金色といわんばかりで、夕明り映えん一面の小麦地帯
は旬の季節には絶景といえよう。
囲まれた山の標高の低い部分を利用した要塞も2門備えており、他
国からの侵略に備えると同時に入国税を徴収する関としても機能し
ている。
このように門や山を突破しても次には河川があり、と守るには適し
ているため国家の方針としては専守防衛を貫く形となっている。
しかしこれでも他国と比べればまだ大きい方で、現在は小規模な
国やむらが点在している状況だ。アンデルクス大陸は中国を切り取
ったかのように横に長く、内陸が多いため国として開拓と維持がし
づらい。東側はまとまりのない村々での争いや諍いばかりで消耗を
30
強いられ、まとめ上げるほどの強者が育ちづらい環境にあるようだ。
レヴェノイアの敵対関係と言われればさほどこれといった問題は
なく、余剰分となった食料の出荷などにより南北にある国とは温厚
な関係であるそうだ。両方同時に攻められた場合危うい可能性はあ
るが、片方だけであるなら豊富な人材と食糧倉庫、そして土地戦略
による防衛線を構築できるため危機感がさほど無い。
なにより、ここには﹁神兵﹂と呼ばれるプレイヤー軍が数をなし
ているのでそれを相手にするには正直どこにとっても避けたいもの
なのである。
そんな国家の首都ヘチケア、北の川沿いと面した崖上に立った城
から眺められる街の中心部に神兵の集まる酒場、﹁ログインバー東
京支部﹂がある。どう見ても中世のレンガづくりのような街並みの
中に全く溶け込めない、時代を先取りした高機能な一宅があり、夜
もたけなわとプレイヤー達が集まり騒いでいる。電気こそ無いがま
るでからくり仕込みのように作られたビックリハウスは、どこに落
とし穴があるのかと怯えざるをえないくらい巧妙であり、無駄がな
い。そもそも酒場に落とし穴がある事自体が無駄なので実際には存
在しないが、何が出てきてもおかしくはないと例えられる程度には
店名と共に奇妙な場所である。
内部は建物の正面左側に両開きのドアがあり、正面には左の壁沿
いから奥へ伸び曲線を描きながら曲がり右へと伸びるカウンター席。
壁にはびっしりと酒や飲み物の瓶が列をなしており、カウンター奥
からはキッチンの男たちの熱い怒号が飛び交っている。右側の広い
スペースにはグループ用のテーブルが複数並んでおり、現実で仕事
31
から帰ってきて疲れを癒そうとはしゃぐプレイヤー達がカオスを形
成している。その更に奥には螺旋状に階段が形成されており、2階
はパーティ用に解放された席が用意されている。
テーブル席の一角、通常5,6人で座る席にたった2人で場所を
占めている少年たちがいた。片方は隠すことのない美形の顔をやや
しかめながらホットミルクを飲み、もう片方の背の低いメガネをか
けた少年は相方の少年のグチを聞きコクコクとうなづいている。
如月優と野見山克也、ともに私立山宮学園に通う16歳の学生であ
る。
同時に、美濃紀香の付き合い長い幼なじみだ。
﹁−−それでな、紀香のやつもうすぐ行くよってメール送ってきて
たんだけどさ。あいつこっちと時間差あるのわかってんのかね?多
分リアルで3分前くらいだぜあれ。頭いいのにそういうとこ気づか
ないあたりかわいいんだけどさ。﹂
﹁⋮優、ぐちりたいのか惚気けたいのかはっきりしてくれ。ま、僕
としてはどっちにしても耳が腐りそうだから黙ってくれるのが助か
るけど。﹂
﹁何を言うカッちゃん!例えそれが愚痴だろうと全て愛だ!﹂
クワッと目を見開いて拳を握りながら立ち上がる。
周りの人達はイケメンが何事か叫んでる、と物珍しそうに見ていた。
この如月優という少年、イケメンには違いない。違いないのだが、
いわゆる主人公顔的なイケメンだ。少し長めにたれた黒い前髪にし
32
ゃきっとした目、線の細い顔立ちと言ってしまえばすべて伝わって
しまうような汎用型イケメンである。たくさんいるイケメンでも少
数タイプ、でもよく見るよね?と言われてしまうジャパニーズスタ
ンダード。
ぶっちゃけ、﹁○○君じゃない?﹂と声をかけられるも﹁なんだ他
人の空似か。﹂といわれるくらい没個性的な残念なのかよくわから
ない顔立ちをしている。小学校や中学校の卒業文章などには﹁主人
公っぽいクラスメイト﹂第一位を堂々と獲得するほどだ。
モテるはずなのに、﹁あぁ普通ね。﹂と言われる悲しき男。当人は
紀香に情を傾け切っているためあまり気にしていないが、かといっ
て言われ慣れているというわけではなかった。彼の苦行は現在進行
形である。
﹁あー、熱い熱い。というか、君等いい加減に付き合っちゃいなよ。
どっちもが情愛のテレパスを出しあってんのに何でひっつかないの
さ。﹂
ズバズバと自身の思惑と事を口に出しまくる克也。ずれたメガネを
直しながら突く悪態はしかし、嫌悪や嫉妬といった負の感情は含ま
れていない。それを的確にテレパスとして受け取れているから優も
特に文句をいう事はない。
﹁いやぁ、ほら、なんていうか、本人目の前にすると⋮⋮恥ずかし
いじゃん?﹂
33
﹁なんだヘタレか。﹂
﹁ヘタレって言うなよぉー!そういうお前はどうなんだ!自分のこ
とは!﹂
﹁いや、僕彼女いるからさ。陸上部の後輩。﹂
﹁なん⋮だと⋮。﹂
既に先をこされていたぁー!?と頭を抱えて落ち込む優。こされ
たのは偏に彼のヘタレのせいである事を失念してはいけない。
﹁いいけどさ、招待用の待機ビーコン出したんでしょ?そろそろの
りちゃんくるんじゃない?﹂
﹁あ、うん。ちょうどいい時間っぽいしそろそろ﹁あ、来た⋮よ?﹂
来ると⋮なっ!?﹂
ログインしてきた人物を見てテーブル周囲の声が無くなる。何事か
と思って見て固まり、そして更に外縁が⋮とリンクして徐々に店内
が完全に物音ひとつなくなった。
﹁−−ったく、あのリーアってやつ、今度あったらただじゃ⋮って
あ、優くん、かっちゃんも⋮あれ?何でこんな静かなわけ?﹂
34
キョロキョロとあたりを見回す紀香、どう見ても酒場、そして各々
が料理を持って食べていたはずの光景だろうに何故か時が止まった
かのように動くのをやめている。
﹁﹁﹁﹁﹁パ⋮﹂﹂﹂﹂﹂
﹁ぱ?﹂
﹁﹁﹁﹁﹁︵゜∀゜︶パジャマ美少女キタ︱︱︵゜∀゜︶︱︱!!
!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁ぬわっ!?﹂
歓声一斉大爆発。
一瞬でベクトルを反転させた店内は、先程のマックス音量をはるか
に超えて盛り上がる。そう、初回ログイン時には起きうるある種の
アクシデント⋮
﹁初回パジャマインの洗礼頂きましたー!!﹂
﹁初回じゃなくてウケを狙ったわざとかもしれんぞ!?﹂
﹁だとしたら⋮なんとあざとい!だけどソレでも構わない、美少女
だから!﹂
35
﹁のりちゃんは初回インだぜー。﹂
﹁なんとぉぉ!やっぱり洗礼じゃないかぁー!ゴチになりまぁあぁ
しゅ!﹂
﹁キャー!!カワイイー!!﹂
そう、初回ログインの洗礼。
長い年月が経った今、それなりに珍しい類なのであるが初心者はこ
ういったミスがある。Diversは初期起動の際に脳波により自
身の現在のイメージを取り込む機能がある。加えてQuantum
Onlineは長時間のプレイを行うためにそのままベッドで寝
入る人が多く、パジャマのまま初期起動しインナーウェアとして登
録したまま入ってくること。
それが初回パジャマインである。
ゲーム内恒例の名イベントであり、それがかわいい女の子であれば
あるほど比例して盛り上がる、小さくとも反響のでかいプレイヤー
のマニュアルイベントだ。コレに関してはリーアも﹁サポート外で
す♪﹂とのたまってわざと止めず、プレイヤーは恥ずかしい物の非
常に好意的に歓迎される。最も反響がでかいのが裸インであるが、
さすがにそれは止められてしまい見ることがめったにない。
一応次回起動時にあらかじめ変更を加えていれば、普通の服装に変
更できるのでわざとでなければここで最初で最後のイベントである。
﹁うっわ、そうだ私パジャマ⋮うぅー、恥ずかしいぃー。﹂
36
﹁もう今更でしょのりちゃん。手で隠したって萌えてる彼ら彼女ら
を煽るだけだぜ?﹂
イヤッホォォォウ!!ガタッ!と片手をふりあげて立ち上がる狂乱
者達。場の盛り上がりは最高潮を駆け足で超えていく。
﹁で、優?君初回ログインの事教えてなかったでしょ?﹂
﹁そ⋮そうよ!そんな事聞いてなか⋮って、優?﹂
振り向いて幼馴染を見てみると、顔を真赤にして固まっている。お
そらく刺激が強すぎたのだろう、しかしそれでわざと教えてなかっ
たわけではないことがなんとなくわかった。が、しかし⋮
一歩動いて
アァアクション!!
ガバチョ
﹁かわいい!かわいいぞ紀香!!﹂
﹁きゃぁ!?いきなり何すんのよ!?﹂
﹁へぶらいっ!?﹂
37
只今の行動、抱きしめ↓殴りストレート↓ノックダウン。ガッチリ
ホールドしたはずの腕と首筋に突っ込んだ顔はあっさりと引き剥が
され、顔面に脅威の一発をぶち込まれる。ジャッカルもびっくりの
早業だ。
﹁あーあ、童貞こじらせちゃってるよ。とりあえず好きだからって
抱きしめりゃいいってもんじゃないだろ優。ヘタレが一線超えたら
ただの変態だな。﹂
﹁ぐぉぉ、⋮善処する⋮。しかしノーブラの感触がやヴぁい⋮。﹂
﹁ももももももぅ!何、言っ、てる、のっ!?早く羽織るもの貸し
なさいよ?!﹂
ガシゲシと倒れた優を足蹴にする紀香。彼らにとってこの光景は日
常茶飯事である。もはや周りも温かいものを見る目で見守っていた。
時間を開けて少々、既に喧騒、もとい狂騒は鳴りを潜め穏やかな
空気に戻っている。紀香も旅人用のすっぽりと全身を覆うマントを
羽織っており、幼馴染達のテーブルに同席していた。今もやや顔が
赤いままであり、何故と問われれば先のハグが一番の原因であるこ
とは明白である。
38
﹁もう⋮ほんと恥ずかしかったわ。公衆の面前でこういうことやら
ないでよ⋮。﹂
﹁とか言って、実際のとこは嬉しかったんだろ?テレパスだだもれ
だぜ?﹂
﹁っば⋮!﹂
︵本当、あっちぃなこいつら。何で付き合わねーのかさっぱりわか
んねー。︶
熱気上昇中といわんばかりに感情のテレパスがほとばしる。紀香
が慌てているときは半径1m以内がだいたいこんな感じだ。ついで
とばかりに羞恥や甘酸っぱい感情まで流れこんでくるので、青春時
代の感情入り乱れた切なさに通りすぎた大人たちはいつもノックア
ウト寸前になる。稀に﹁リア充乙﹂だの﹁爆発しろ﹂だのといった
感情まで近隣から混じるため、あまりのドロドロしさに大抵のこと
はスルーできるようになった克也だった。何よりコレを克服できた
のは自分にも彼女が出来たという自負心が強くなったのであろうと
考える。
前を見れば、また優が蹴り飛ばされていた。今度は起こすためだろ
うが、乱暴な淑女様︵笑︶には困ったものだ。
﹁さぁ、さっさと話進めようぜ。長いとはいえ、時間は有限だから
な。﹂
39
ようやく落ち着いて、席に腰を降ろす。左を見れば優がホコリを
落とし、正面を見ればかっちゃんが追加のドリンクを3人分頼んで
いた。相変わらず、何かをする度にキラリと光るメガネは仕様なの
だろうか。どこで買ったのかちょっとだけ興味がある。
さっきはあまり目に入らなかった店内を、視線を動かして見回す。
古めかしいアルコールランプを使った店内は、今時のライトでは出
せない暖色豊かな明るいオレンジで照らされている。しかし、使っ
ている素材は恐らくこの時代の物資なのであろう。木材や壁に使わ
れているものは素朴であるものの、現代建築学がミックスされてど
こかしら合わない、異界の雰囲気を魅せつけている。多分、この外
に出ればココとは違って時代に似つかわしい、古き街の景色を眺め
ることができるのだろう。最も、ただいまの時間は午前0時を回っ
たところらしいのでわざわざ今から出る理由もない。
コトリ、と注文されたドリンクをウェイトレスさんが置いたのを節
目に視線を戻す。ウェイトレスさんの頭の上には﹁片桐 柚香﹂と
名前の表記、どうやら働いている従業員もプレイヤーらしく、名前
が表記されてない人を見ることができない。騒いでいる客にも、だ。
ところで、このドリンクは一体なんなのだろうか。カクテルのよう
に透き通っているわけではない、やや乳類みたいなとろみのついた
赤紫の飲み物。⋮これを飲めと?隣ではホットミルクのようなもの
をちびちびと口につけている幼なじみがいた。出来ればコレと交換
して欲しいものだ。⋮されたらされたで、間接キスとか気にして多
分に恥ずかしい思いをするだろうから黙っているけど。
40
﹁じゃぁ、何から話そうかな。まずはプレイヤーキャラクターとし
ての機能から話すか。あの説明書、ろくに書いてなかったでしょ。﹂
﹁ええ、そうね。なにせページをめくったら﹁お前が自分の目で見
つけろ!﹂とか筆で書かれてたものだから、呆れたわ。﹂
﹁最近の説明書そんなことになってるのかよ⋮。﹂
はっちゃけてんなぁ、メーカーと優がこぼす。どうやら少し前まで
はまだ少しは書いてあったらしい。とりあえず、仕事しろと言いた
い。
﹁そうだね、有り体に言ってしまえばここは現実と大差ない。普通
のゲームのようにHPもない、MPもない。ステータスなんてもの
は基本的に、単位の決まったモノ以外は表示されないようになって
いる。﹂
﹁じゃぁ、つまり攻撃力とか回避率とか、そういうのが無いんだ?﹂
﹁そ。攻撃力なんて、パンチやナイフで威力も違えばダメージの形
も違うからね。打撃と切断の何を比較できるのかって話さ。回避に
いたっては、状況における変数と敵対している相手の行動によって
常時変化するようなものだし、必要性がないといえば無い。﹂
ただし、と付け加えてパンチはkgや速度でのパラメータとして表
41
すことができるとのこと。表示機能はマニュアルで設定可能だそう
だ。過去のデータを参照して生成する命中率などは履歴としてデフ
ォルトで表示があるらしい。
﹁次は、身体保護に関してかな。性的な、いわゆるセクハラや強姦、
猥褻なものについてはデフォルトでオプションがオンになっている。
そういった悪意や行動を感じたら自動でシールド機能が張られるん
だ。﹂
﹁⋮じゃぁ、さっきの優のは?﹂
﹁君が許しているからだろう?﹂
ニヤリ、と擬音で表現せんばかりに嫌みたらしい顔をするかっちゃ
ん。な、なんて子、この子ドSだわ!?彼女もいじられているに違
いない!と、頭の隅で考える一方で横を見ると口元を波線にして真
っ赤な顔を背けている優の姿が目に入った。も、もう!そんなだか
ら恥ずかしくて付き合うとか考えられないんじゃない!
﹁続けていいかな⋮。うん、二点目は外傷に対するオートリジェネ
だ。ある程度の傷なら自動で回復するし、痛覚もセーブしてくれる。
僕らプレイヤーにとって生死の境を分けるのは致命的な外傷による
死亡か、餓死、溺死などによるものだ。ソレ以外なら足が飛んでも
腕がなくなっても時間で回復する⋮あぁ、失血死もリジェネが間に
合わなかったらアウトだ。だからプレイヤー、もとい神兵は比較的
生存率が高い。﹂
42
﹁神兵?﹂
肯定、を示しながら頭を縦にふり、指先で地面を指す。
﹁この世界、ノルドサーバに存在するアンデルクス大陸には一種の
宗教が存在する。この世界の人々に僕らは神がつかわした兵、もし
くは神そのものの兵として神兵と呼ばれているんだ。なにせ、死ん
でもよみがえるんだからね。﹂
﹁あぁ、そういえばデスペナってどうなってるのかしら?﹂
﹁アイテムリストに入れずに、直接出していたアイテムや装備品を
その場にロストする形だ。自分の遺体もその場に残るが、自身はリ
スポン設定された地点に復活させられる。こういう街とか、だな。
インナーがパジャマだとパジャマリスポ痛い痛い、⋮ゴホン、話を
戻そう。﹂
ぽかぽかと叩いて軌道を修正させる。全く、油断もすきもありゃし
ないわ。
﹁この世界の人々、便宜上NPCと呼ばせてもらうが、彼らは僕ら
神兵が生活を見守る守護者であると同時に、様々な技術を教えてく
れる親切な人々、と思われている。奇跡の体現者というより、ただ
の実益を運んでくれる豊穣の神みたいなもんだね。だからそのタフ
ネスさから警護の依頼が来たり、技術指導者として出迎えられる。
まぁ、体の良い何でも屋だね。﹂
43
﹁それはまたなんとも俗物的と言うか、都合のいい神もあったもん
ね。﹂
﹁現実も何かを頼みにしているのは一緒だと思うけどね。こっちだ
と直接利益が還元されるから余計に性質悪いかもしれないけど。僕
らプレイヤーとしても、こういう古い世界を楽しみたいから技術の
出し渋りをしている人たちが大半だけどね。﹂
後から聞いた話によれば、ミッシングリンクを埋めるための痕跡を
消さないようにとか、この惑星独自の未知の技術を生み出すのを阻
害しないように、といったメーカー側からの暗黙の了解があったら
しく、律儀にプレイヤーたちはそれを守っているそうだ。何しろ地
球は人が減ったとはいえ植生が元通り、というわけではなくいまだ
自然破壊の後は残り、もしくは進み続けているらしいのでこのよう
な憩いを潰すのを意に反すのは総員同じらしい。
﹁NPCから神兵と認められるには、あるスキルを示せばいい。ス
キルリストに表示されているフレイム、アイス、サンダーの3つだ。
﹂
﹁メニューの開き方、わからないんだけど。﹂
﹁紀香、右手を中空で、手のひらを前にむけて右にスライドさせる
と出てくるよ。﹂
ようやく脳みそリカバリした優がジェスチャーしながら会話に参加
44
してくる。言われたとおりに動かすと、いくつか項目が書かれたメ
ニューが表示される。タッチパネルであろうと見当をつけスキル項
Card
目をタッチする。⋮確かに3つほどスキルが確認された。
Skill
フレイム:エンチャント:コピー
⋮対象とする武器座標に発火現象を起こす。
通常の自然現象と同等のため、対象とした武器も例外なく燃える。
アイス:エンチャント:コピー
⋮対象とする武器座標に氷結現象を起こす。
通常の自然現象と同等だが、氷結範囲は対象が触れたもののみとす
る。
サンダー:エンチャント:コピー
⋮対象とする武器座標に発電現象を起こす。
通常と自然現象と同等だが、帯電部分は対象とした武器の金属部分
のみとする。
電圧は低め。
﹁出来たね。それらは思考指示で発動するようになっていて、武器
に付加することができる。ただし、開発者いわく強引に自然現象を
割りこませてるだけなので魔法のような遠距離での使い方はできな
い。とのことだ。どうやら、量子系のシミュレータに対して自然現
象そのものをプログラミングすることは難しかったらしい。座標を
手元の物質に固定するので精一杯だったそうだ。﹂
﹁このいずれかを見せるか、後で作るギルドカードを提示すればN
PCに神兵として認められる。認めたNPC達がいるところでは町
の外でもログアウトできるが、基本的には不特定多数の目が入らな
いこの酒場などでするのが基本だ。﹂
45
もしくは、自宅を買うか宿部屋をとるか、だな。と加える優。別段
巷にあるデスゲームみたいなものではないが、ログインアウトには
ある程度の制限がかかるらしい。
View
have
controllと言ってね、敵性の
﹁他にも、ログアウトできない事例があるぜ。AVHC、Acti
ve
視認が有効であった場合はログアウトができない。その場合は五分
間、相手の視界に入らない場所でやり過ごして逃げきったと判断さ
れるか、現実で何がしかのトラブルがあった時のみ、ってとこだな。
﹂
﹁いわゆるズルができないようにするゲーム的縛りってとこね。ト
ラブルっていうのは?﹂
﹁そうだな、例えばゲームプレイ中に火事が起きたとか、他人が話
しかけてきたとか、その場合はDiversに付属している内部カ
メラが周りを撮影して表示してくれる。そういった時はログアウト
が緊急判断として行える仕様だ。⋮えーと、他に説明必要なことっ
てあったっけ?﹂
﹁克也、このゲームで一番大事なスキルシステムを忘れてどうする。
﹂
﹁おおっと、そうだったぜ。ゲームの根っこをなす当たり前のこと
だからついね。のりちゃんも、このゲームがもともとどういう目的
で作られたかは知ってるよな?﹂
46
﹁ええっと、確かゲーム内の技術習得のため、よね?﹂
﹁そう、このゲーム内では当たり前の世界をまるごとシミュレート
しているから、基本的に現実と何ら変わりがない。ということは、
ゲーム内の技術、得た知識はそのまま現実世界で応用できる。だか
らこそ、今の地球人類が発見出来なかった何かをこの世界で発見し
ようってわけだ。もしかしたら実際に、魔法のようなことが使える
人がいるかもしれない。その技術を教えてもらおうって考えたら、
夢、あるだろ?﹂
研究者たちからは﹁全ての可能性を内包する世界﹂と呼ばれている。
ビッグバンの仕組みを解き明かしてそこからシミュレート、あとは
なるようになれと時間が進行するに任せたこの世界は、結局のとこ
ろ何が起きてもおかしくないと思われている。地球人類が地球人た
らんとするベクトルの科学技術では、もはや進む先の限界が見えつ
つあったのだ。そのため、研究者たちはある意味とち狂った発言に
よって出来たこの世界、このゲームに夢を預けている。何より、不
特定多数のすべてのプレイヤーが研究者の片棒を担う事によって原
石を偶然でも発見してもらうことに期待しているのだ。
﹁そこで利用されるのがスキルシステムと減算型経験値だぜ。この
ゲームでは、基本的に何をするにしても定量の経験値が入る。それ
は料理でもいいし、戦闘でも、そこから逃亡することでもいい。特
定の流れのプロセスを完了させることで経験値は入るが、同じ事を
繰り返していると取得できる経験値は減っていく。そして、経験値
がある程度減った段階でそれがスキルカードとして取得できる。ま
ぁ、回数で言えば2,3回ってとこかな。﹂
47
﹁オリジナルスキルをゲットしたら、それに名前をつけることがで
きる。もしそれが未発見のものだった場合、データベースに登録さ
れて報酬が、つまりリアルマネーが手に入る。これがもし特許関連
の取れる技術であった場合、自動的に特許登録がなされてスポンサ
ーから莫大な報酬と、以後特許料が取れる仕組みになってるんだ。
これで月額300円をチャラにすることもできるし、生活する人も
いたり、莫大な富を気づいた人もいるらしい。夢があるでしょ?﹂
かっちゃんに続いて優も発言する。今まで会話のイニシアティブを
かっちゃんに譲っていたようだが、どうやらここからは優の方が詳
しいようだ。
﹁つまり、美味く行けばなけなしの小遣いも潤うってわけだーっ、
グフォ。﹂
﹁なんで優が私の小遣い少ないって知ってんのよ!?﹂
﹁こ⋮この前財布の中身を見ながら思いっきりテレパス発してたで
はないか⋮。﹂
﹁そ、そうだったかしら?覚えてないわねぇ、ふふふ。﹂
はて、そんな事を考えていた時があっただろうか?
思い出せぬ苦境は放ったままぐにぐにと裸足を優におしつける。あ
ら、これくせになりそうだわ。
48
﹁と、とりあえずあとはそうだな。オリジナルからコピーを作れて、
それをスキルスロットにセットしない限り他者にギフトすることが
できる。コピーからコピーを作ることはできないけどね。有効なス
キルだと思ったら何枚分かコピーして売りに出すのもいいだろうさ。
﹂
それで、と言いながら優はアイテムスロットを開きながら一枚のカ
ードを取り出す。
カードは正方形で裏面がひび割れた金箔を貼りつけたような柄をし
ており、表は何かしらの文字で埋まっているが、読むことができな
い。見た目で言えば象形文字のようだ。
﹁これ、この国で使う言語のスキルカードだ。これがあればこの世
界での共通語でペラペラ喋ることができるぜ。﹂
おお、それはかのスワヒリ語⋮じゃなくてアンデルクス共通語とス
テータスに表示される。渡された一枚を受け取ってスキルスロット
にセットする。が、特に変わった様子はない。
﹁一応オートだからな、それ。対応言語を自動で話すようになって
るんだ。﹂
﹁へぇ、便利なものね。こんなのでバイリンガルになっちゃえるな
んて。﹂
﹁のりちゃん、それ⋮スキルカードなんだぜ?つまり苦心して作り
49
上げた奴がいるってことだよ⋮。どれだけ時間がかかったかわかっ
たもんじゃない。﹂
﹁つまりペッラペラになるまで勉強してマスターしたってこと?う
わぁ、それはこれ苦労の結晶だね⋮。あれ?言語をスキルで作れる
ってことはもしかして、英語とかもあるの?﹂
﹁あるぜ、めちゃくちゃ値段高いけどな。コピーでもスキルを使い
続けていればそのまま自分の知識としてインプットされちゃうから
さ、英語カードなんて使っちまえば朝起きたら現実でもペラペラっ
てことだ。だからテストやスポーツに関わるものってかなり高額な
んだよ。﹂
プロの剣道家の動きとか、そういうのはなかなか市場に出回らない
けどな、と優は語る。さすがに自身の動きによって自分が不利にな
るとかたまったものではないし、かといって秘伝のような類があれ
ばそうホイホイと出せるわけでもない。
しかし、優いわく昔の老獪な人々がいた時代よりかは技術はあけっ
ぴろげになっているらしい。一体どこでそんな事を聞いたのか知ら
ないが、まるで見てきたかのように話す優は少し面白かった。恐ら
く親から聞いたとかそのあたりだろう。
﹁コレに関して恐ろしいところが、量子大の連中だろうな。噂じゃ
そこの人たち、研究を完全に分業して進めた後に、コピーカードで
全員の知識を共有させるんだと。さすがにゲームの本家本元だけは
あるよな。﹂
50
量子研究所附属大学、東京のハズレにはこの量子サーバを生み出し
た原点の研究所が存在し、そこの大学は今私達が入っているサーバ
が置かれている場所だ。親元だけあって非常に高度な技術を隠し持
っているだの、黒いことをしているだのあまりいい噂は聞かない。
しかし世界中から学徒が集まるため、非常に国際色豊かだというこ
とは聞いたことがある。テストは高校3年勉強した程度では受かる
ようなものではない超難問らしい。受ける気はないが、一度は見学
してみたいものだ。
でも、ある意味他人の学んだ知識をあっさり入手できるという環境
は、少しだけ空恐ろしい物を感じる。果たしてこれは人として正し
いのだろうか?効率化の面では楽なのかもしれないが、なにか私た
ちは⋮まるで機械のようになってしまったのではないかと錯覚して
しまう。
しかし、そんな一瞬よぎった怖い考えは優の演説でかき消されてし
まった。
﹁確かそこの教授が書いたデイバートン気功論文だっけ?気という
ものが実在して、それにきちんと公式解を当てはめた論文があるん
だけど⋮一度読んでみたけど何が書いてあるのかさっぱりわからな
かったよ。というわけで、当面の俺の目標は気のコピーカードをゲ
ットすることか自分で生み出すことだな。﹂
優は剣道部のため、今より更に強くなることが目標らしい。既に全
国クラスだというのに、これ以上強くなってどうしようというのだ
ろうか、男の子の夢はよくわからない。でも、彼なりに努力して熱
い思いを持っているので是非とも応援してあげたい所存である。
51
﹁ふふ、頑張ってね優?﹂
﹁おう、サンキューな紀香。﹂
︵ほんとなんで付き合わないんだろこいつら。︶
何か怪しいテレパスが飛んでいるが無視っ、無視!以心伝心が皆伝
のレベルでできているくせにみたいな半目で睨まないでよっ。
﹁さて、優、のりちゃん。そろそろ装備品でも買いに行くか。説明
し忘れたことはまた後ほどとして、いつまでもパジャマのままでは
いられないだろ?﹂
﹁⋮えぇ、そうね。マント羽織ってるとはいえ、さすがに恥ずかし
いし。﹂
全員揃って席を立つ。私はお金を持っていないので優が全額支払っ
てくれた。さり気なく気遣いが効く彼らしい。うかつなところも同
じくらいあるのだけど。
騒がしい空気を背に、私たちは酒場を後にした。
52
ちなみに、﹁レッドアンペア﹂という赤紫のドリンクは酸味のやた
ら効いた某ヤク○トみたいな味で、意外と美味しかったことを記述
しておく。
53
1−3 酒場の洗礼︵後書き︶
や、やっとこの場所から動くよ!全然動いてないですねここまで。
訂正、感想、お待ちしてます。
54
1−4 右ストレート︵?︶は平手でどうぞ。︵前書き︶
216倍速のせいで季節と日付の計算が面倒です。い、一体誰がこ
んな設定にしry
http://echosvolt.zashiki.com/
唐突ですがサイトをプレオープンしました。まだ色々モノが足りな
いですが、こちらにキャラのイラストなども載せときたいと思って
ますのでぜひいらしてください。
それとやや修正を、前話にてスキルシステム説明中の部分、﹁全て
を内包する世界﹂↓﹁すべての可能性を内包する世界﹂、経験値が
入らなくなった段階で↓経験値がある程度減った段階で に変更。
さすがにシステム鬼畜すぎるのでスキルカードは途中習得にしまし
た。でないと経験値頭打ちが早過ぎる予感しかしない。
55
1−4 右ストレート︵?︶は平手でどうぞ。
酒場を出たら、夜にもかかわらず夏のやや熱気をはらむ風が出迎
えてくれた。
それはまるで、﹁ようこそ。﹂とでも言ってくれているようで、疑
似体験でありながらも感じられる大気の動きに、すこしばかりうれ
しくなる。
酒場は大通りのやや手前、平行に細い路地が連なる一角にある、い
わゆる裏路地に位置している。さながら中世、のような作りをして
いるのか微妙に闇に溶けてわからないが、現代社会と違って当然な
がら外の明かりは多くない。歩行者の絶対量が低い夜に、消耗品で
あるアルコールランプを使うはずもなく、遠くに見える夜の黒は一
直線に伸びている。それが、一色に塗りつぶされた空間の広がりを
見せるようで、反対に静けさによる狭さも感じる。私しかいないと
考えてしまいそうな、寂しさを宿らせる恐怖の時間。逢魔が刻とは
よく言ったもので、この暗闇の中を暗躍する者にとっては絶好の時
間帯だろう。
しかしここではおそらく、そんな事は起こりえない。
なにせ神兵と呼ばれているという、プレイヤー達がわんさかいて酒
場やその周囲にはまだ明かりがついているのだ。そんな中で悪事を
働こうなどという不届き者は、さすがにいやしない。いたならばそ
の敢闘精神をマックスまでひねり上げたボリュームバーを、思いっ
きり破壊した挙句賞賛したい所存である。もっとも、ねじ切ったバ
ーは当然ながらスクラップ、ゴミ箱行きという牢獄へポイ、だ。
このとおりも外の通りも、昼になれば熱心な商売人たちと日々を生
56
きる人々たちの逞しい戦場になるのだろう。それを見ることを考え
ればあと半日ほどの時間、待ち遠しくてたまらなかった。
裏路地を歩く優と克也に従って、紀香も一歩後をついて歩いていた。
5mほどの等間隔で置かれているランプをひとつひとつ通り過ぎな
がら、彼らは目的の場所に歩いて行く。
装備品、RPGやゲームにおいて必須となる要素だ。
自身のもろい肉体をまといダメージを防いだり、もしくは道具によ
る殺傷能力を上げるための用途で用いられるのはもちろん、衣服と
いうものは強く精神に作用する。清らかな行いをするために巫女服
だったり、奉仕精神を表すためのメイド服だったりと、バリエーシ
ョンは非常に多岐にわたる。さすがに身につけずして冒険に出るな
どという選択しは無く、もちろんパジャマ姿の紀香は論外である。
﹁あ、そういやスキルシステムの説明で忘れてたことあったわ。﹂
ポンと、握り手を手のひらに打ち合わせて思い出した、とつぶやく
優。
﹁へぇ、僕に忘れてたこと自信満々に注意したくせに、そんなドジ
をかますんだね君は。つけてあげようかい?ドジっ子属性。﹂
57
﹁いらねぇよそんなもん!そして自信満々も過大解釈だ克也っ。
えっとだな、紀香。さっき減算型経験値ってもんがあるって言っ
ただろ?つまり俺たちプレイヤーはレベルアップのシステムが存在
するんだ。﹂
﹁ありきたりね。でもこのゲームって現実の自分をシミュレートし
てるんでしょ?レベルアップすることで何か変わるってわけでもな
いんじゃ?﹂
﹁んや、一応ボーナスポイントは存在するんだ。ただこれ振り分け
が恐ろしく面倒でな。ステータスという具体的な数値が無いものに
は振り分けできないんだ。曖昧な攻撃力や防御力、ってのには無理、
銃持って攻撃力上がったからって、弾丸の発射速度や火薬、口径が
上がるわけがないのは明らかだろ?だからこのゲームでは数値が明
らかである視力や全体数としてまとめることのできる腕力︵kg︶
はオートでの割り振りで、マニュアルだとどこどこの筋肉、といっ
た具合に強化ができる。つまりテニス用途の筋肉に、剣道用途の筋
肉にといった割り振り方ができるんだ。﹂
﹁へぇ、優はやっぱり剣道に向いた割り振り方にしているの?﹂
﹁いや、オレは全く割り振ってない。﹂
﹁は、えぇ!?﹂
何のためのシステムなの、と紀香は驚いた。ゲームでいえばいわゆ
る縛りプレイに該当する優の行為は、現実の肉体を利用するこの世
界では、それを利用しないのは正直ありえないものではないかと考
58
えたのだ。まだ町の外に出たわけではないが、冒険ができるサーバ
と銘打っているだけあって人にとってかなわないような生物がいる
ことは想像の範疇である。
﹁現実の自分との差異が出ると、試合のときに困るからな。オレは
もっと動けるんだと誤認しちまう。﹂
﹁こいつさー、レベル20くらいあるのに1ポイントも振り分けて
ねーんだぜ?僕は足生かしてこの世界ではアサシン的な振り分けし
てるけどさ。マゾじゃないかと正直思ったくらいだよ。﹂
﹁ちなみに、20って高い方なの?﹂
﹁あー、五年前のサーバ開放当時からいるにしたら滅茶苦茶低いと
思うぜ。僕ら基本的に戦ってばかりだから経験値ゴリゴリ減っちま
ってよ。パターンはいっちゃってるから新しいことしねーともうレ
ベルあがんねーんだわ。﹂
ちなみに、僕はレベル24ね、と付け加える克也。
戦闘キチガイである優と比べると、少し別のこともやっているとい
うことで、ある程度レベルに開きが出ていた。ちらりと紀香が優を
見ると、先ほどのヘタレは一体どこに行ったのかかなりマジな顔つ
きをしている。普段はヘタレ、しかしこと試合に、戦闘に関するこ
とになると恐ろしいほど内面が変化するのが彼である。まるでギア
が1か6の2つしかない変わりようで、武人ってこんな感じなのか
なと紀香は考える。
ちなみにこのギャップが素敵だと、当人のあずかり知らぬところで
ファンクラブが結成されていたりする。
59
モテてはいるけど、本人はそのベクトルを特定個人にのみ向けてい
るので周りの姿は見えない。優はそんな人間であり、実にわかりや
すい性格をしている。
﹁そういや、紀香はどんなロールプレイしようって決めてるか?基
本的にここだと自由だからな、オレみたいに武芸嗜む冒険家、みた
いなのでもいいし、普通に商人とか、極端な話盗賊や殺し屋でもい
いんだぜ?﹂
﹁あら、そうなの?でもさっき、神兵はNPCに好かれてるような
発言をしなかったかしら。﹂
﹁そんなん、文頭に利を与えてくれる、が付くに決まってるぜー。
悪い奴は人間だろうが神兵だろうが嫌われてる。子供は純粋に街を
守ってくれる英雄みたいな眼差しで見てくれるけどなー。﹂
人間ってそんなもんだろ、とつぶやきながらふっと息を吐く克也。
やや悪態はついているが、人として当たり前の部分を否定している
わけではなく当然のように受け取っている。
﹁有名なプレイヤーだと、山賊の桑島源次郎だな。悪い目で見られ
ているが、彼は他の盗賊や悪徳商人を襲うロールプレイをしている
んだ。リアルでは温厚で物静かだって話だよ。﹂
ゲーム内では決まった役割は存在せず、自分で決めることができる
のが最大の利点だ。戦闘職にかかわらず好きにすることができ、ニ
60
ートだろうと−−そもそも仮想空間でわざわざニートを演じる人が
いるかどうかは微妙だが−−構わない。古くはTRPGなどから端
を発し、21世紀初期には某S○yrimというゲームが流行った
ように、この当たり前のように選べるシステムは人気が高い。日本
はお国柄的な意味で、自由あるRPGより物語のあるRPGを好ん
でいた時期があったため半世紀は流行に乗り遅れたと言われていた
こともある。
いささか表現としては過剰かもしれないが、実際にこうしてVRM
MOが出るまで下火であったことは歴史の事実であった。
そのため比較的英雄譚に傾倒している日本人が悪人プレイをすると
いうのは、葛藤とゲーム内での人間関係の保身などから馴染みにく
く、数は多くない。対してアメリカ人プレイヤーなら、大喜びで大
盗賊団やキラー集団を作るであろう。現実ではない、という点でノ
リノリで衣を装う彼らならその程度のことはきっと朝飯前なのだ。
偏見と言われてしまえばそれまでだが。
﹁そうね、しばらくは優たちについてまわって考えるわ。﹂
結論は保留。夢見た大地で、今すぐ自身を固定する理由もない。ふ
らふらと周りを見て、今の世の中に無いものを感じて、そのうえで
何をするか決めたらいいはずだ。
﹁さて、ついたよ。ここだ。﹂
61
しばらく歩いた裏路地の左手、細まった階段が地下に続いている。
奥にはやや広めの空間があった。
高低差4mほどの階段を降りた先には扉を背に守るように、にして
はややひょろい無精髭のプレイヤーが椅子に座っていた。男はクリ
アグリーンに光るシステムスクリーンを前に何やらせわしなく両手
の指を動かしている。
﹁よっす、数吾さん。お久しぶり。﹂
﹁おーぅ、如月君じゃないかぃ?こんな夜中にどうしたってんだぃ
?﹂
やや間延びした返答をする男、しかし彼はちらりともこちらを見る
こと無く一心不乱に動かす指を止めない。
﹁どうって、ここに来たんだから装備を整える以外にやることある
んですか?24時間開店中、でしょう?﹂
﹁勿論だ少年。で、お目当ては何かな?﹂
﹁初めまして、美濃紀香です。装備を必要としているのは私よ。﹂
優に代わり前に出て挨拶をひとつ、すると動いていた指がピタッと
止まり、初めて彼は顔をこちらに向けた。
アンドリュー数吾、30代半ばの彼はこちらを見てニヤリと笑った。
62
﹁おおぅ、これは麗しい美少女さんだこと。そして初ログインとは
これまた今時珍しい客人様だ。初めまして、アンドリュー数吾だ。
ちなみに偽名、映ってるプレイヤーネームも勿論偽名だ。怪しいこ
とこのうえないだろ?﹂
怪しい人物が自分から怪しいと宣言するのはどうなのか、といささ
か呆れながら回答に窮する。しかし気になる一言があったのを取り
質問をすることにする。
﹁あの、なんで初ログインってわかるのかしら?﹂
﹁答えは簡単、彼らは基本的に二人組で行動していた。だから増え
た人間、そしてマントしかかぶってないプレイヤーを見れば一目瞭
然だ。しかし、それはただの推論。決定的な証拠は⋮。﹂
これだ!と言いながら、操作したクリアグリーンのシステムパネル
に映ったあるものを紀香たちに向けた。
﹁な、なんでそんなの撮ってるのよぉぉ!?﹂
﹁パジャマ姿の⋮スクリーンショットだと⋮?数吾さん!後でソレ
オレにもくれ!﹂
そう、そこには先程のトンチキ騒ぎ、パジャマ事件の一片が写って
いたのである。
﹁バカ!そんな写真もらって何する気なのよ!﹂
﹁何ってもちろんナニをするにへぶぅ!!﹂
63
﹁さいってーーぃ!!!!﹂
ベッシーンっと半円かけて大ぶりの必殺の右平手が優の頬に炸裂す
る。上から振り下ろすような形になっていたせいで、ハンドクロー
よろしくおもいっきり地面に張り倒された。
叩いた紀香も叩かれた優もともに顔が真っ赤になっている。勿論両
者別の意味で。
﹁嬢ちゃん、恥ずかしさと嬉しさがごちゃまぜになってるテレパス
発してちゃ説得力無いぜ?⋮ほぅ、ふん?君たち似たようなテレパ
ス発してるくせに付き合ってないの?不思議だねぇ、付き合わない
のかい?おじさんお似合いだと思うんだけどなぁ。﹂
﹁−−っ!そこまで深く読まないでくださいっ。﹂
﹁おぉっと、こりゃすまないね。おじさん最初の世代だから能力の
調整がききづらくってねぇ、勝手に勘ぐっちまうのさ。お詫びにカ
ステラあげるからさ、これで機嫌直してよ?﹂
キッと睨んで威嚇するも、ひょうひょうと対応されて涼し気な対応
をする数吾。その程度では動揺も緊張もおくびにも出さない数吾は
達観しているようにも見える。アイテムリストから出した皿に乗っ
たカステラを出して、どうぞとばかりにすっと差し出す。
む∼っと不機嫌な顔をしつつもカステラを取る紀香の姿を見て﹁あ
まちゃんだねぇ。﹂と数吾が小さく呟くが、それが聞こえていたの
64
は隣に避難していた苦笑する克也だけであった。
﹁それで、数吾さんはドアの前で何してたんです?﹂
ついた砂埃をはらって優が立ち上がる程度の間を置いた後、優は質
問をした。
﹁何って、ナニを⋮﹂
﹁もうそのネタはいいですからっ!﹂
﹁−−扉のまもり兼、プログラミングだよ。前者はNPCの侵入を
防ぐため、知っての通りここはプレイヤー専門の店だからね。後者
は仕事の都合だよ。納期がやばくってさぁ、うちの上司様が完全に
おかんむりってわけ。だからこの216倍化空間を利用しないって
ことは無いってわけよ。﹂
ぱっと冗談から真面目な回答にシフトする数吾、ご機嫌取りのカス
テラはすでにない。
﹁仕事って、ゲームの中でしてていいのかよ。普通オフィスサーバ
を利用するもんじゃないのか?﹂
﹁なーに、おじさん仕事は真面目さんだからね。別にどこでやろう
とお咎めなしなのよ。﹂
最近の事務や机で出来る仕事は、頭の柔らかい連中は企業ごとに量
65
子サーバとDiversを用意して行なっている。8時間業務を量
子サーバで行い、現実換算すればたったの数分で終わることを考え
れば利用しない手はない。現在では仕事は家からネットワークにつ
ないで行い、終わったらさっさと丸一日余った時間を休暇に使って
いるため平日祝日問わず街は出歩く人が多い。
ソレに関して割を食ってるような思いをするのは、導入をしてい
ない学生組とガテン系や実際に製品や作物を作らなければならない
工業や農業職の人間だ。利便化の流れにどうあがいても乗れない職
種ではあるが、時間がいくらでも使えるだけあってちょくちょく呼
び出される可能性のある机仕事の人たちもいることを考えればどっ
こいどっこいであろう。なにせ現実では眠っているのとほぼ同等の
状態だから、サーバ内では尋常ではないほどのブラックぶりを発揮
している企業もあるのだ。肉体的にはアレでも精神的にはかなり来
るものがあることを考えれば、どちらも文句を言える立場でもある。
﹁ふぅん、それで、その偽名がプログラミングの成果ってわけ?﹂
﹁おや、痛いとこつくね嬢ちゃん。実は本名かもしれないぜ。﹂
﹁あなたさっき偽名って自分で言ってたじゃない。﹂
﹁嘘ってのはさらなる嘘を呼ぶんだぜ?そしたらそれが本当だった
り、もしかしら本当の事を言ってないし嘘も言ってないかもしれな
い。なんだったら、テレパスで読んでみたらいい。どっちかわかる
かもなぁ。﹂
﹁−−っ、本心隠してるくせに何をのうのうと⋮。﹂
﹁あらぁ、ばれちゃってる?これもまぁファーストの世代ってこと
66
でさ。不安定なのよ、我慢してちょ。﹂
﹁⋮ファーストが能力が不安定って話、聞いたことないんですけど
?﹂
﹁ははっ、じゃぁ個人毎に個体差があるって考えとけ。﹂
言ってることが二転三転とフラフラする相手に、苛立ちを覚える紀
香。ファーストコンタクトが微妙なものだったためというのもある
が、彼の性格自体があまり好ましいものだとは思えなかった。
﹁それより、通るんだろ?伸びた時間とはいえ、有限であることは
変りない。大事にしとけよ?﹂
ホラ、と言いながらズリズリと、座ったまま椅子をひこずる数吾。
どこまでもズボラな人、という感じを抱きつつ、前を見れば障害物
のどいたドア。
﹁行きましょ、優、克也。こんな人、構ってるだけ時間が無駄だわ。
﹂
さっさとドアをくぐっていく紀香。続いて﹁悪いね﹂と声をかける
優、﹁のりちゃん直情的だからな、ま、我慢してくれよおっさん。﹂
とフォローをして彼らも入っていった。
﹁やれやれ。ま、彼らの将来に期待ってとこかね。﹂
多分ありゃぁ、付き合い出したら際限なくべたつくタイプだわな。
と、こぼしそれに掛金をベットする。相手のいないそれは実に無意
67
味な行為ではあったが、彼はなんとなしにそう確信していた。
余分な考えを排して再びプログラミングに戻る数吾。
﹁武装書店タイガーワンズ﹂、背にする武器屋は今日も絶賛営業中
である。
68
1−4 右ストレート︵?︶は平手でどうぞ。︵後書き︶
次回、装備購入。
もしかして私って、文章無駄に長すぎ?
69
1−5 庶民の理想郷が牙をむく。︵前書き︶
作中の札を一枚切ろうかどうか考えて、結局切ったらタイトルから
かけ離れてしまっ⋮!悩みすぎて投稿に間が開いてしまいました⋮。
70
1−5 庶民の理想郷が牙をむく。
ドアをくぐってこんにちは。
視界に映るのはよく店の風景。
30m四方の空間に規則正しく並ぶ棚、柄はそれぞれ違うものの種
類ごとに分けられて積まれた衣類。棚は左から順に女性もの、男性
もの、そして武器、鎧となっており、きちんと仕分けられている。
そして扉の横には入口の壁に面した形でつくられたレジ。ただし当
然便利な電子機器やキャッシャーはないため、ソロバンらしきもの
が置かれている。
現在は夜のため店内は少しばかり暗いが、足元が淡く光沢を放つ床
になっており、遠くが見づらい以外に特に不便はない。どちらかと
いえば大人っぽい雰囲気を放つように見えなくもない。天井には地
上からの太陽光を取り入れるためかガラス窓になっている。おそら
く昼になると内部にある反射鏡が機能するのであろう。
だがしかし、後者はファンタジーっぽさ全開なので構わないが、前
者はあまりにも似つかわしくない。
何に?
勿論、中世型ファンタジーにだ。
現代社会で当たり前のように用いられる機能美を重視した配置、万
引きを防ぐためのドアに近いレジ、見た目量産重視の衣装デザイン
なんのそのな衣類の積み方。
71
ーーそう、それはまさしく
﹁こんなところにユ○クロがあるなんて⋮⋮。﹂
1−5 庶民の理想郷が牙をむく。
店内に入って少しの間、紀香はあっけに取られていた。
何しろファンタジーを楽しもうと思ったらいきなりリアリズムな大
量に支店を置く店舗が現れたのだから。
店名﹁タイガーワンズ﹂。どう聞いても、どう見てもその名前は個
人の経営店舗にしか思えないシャレのなさっぷりだ。ついでに言わ
せてもらえれば外とのギャップがあまりにもかけ離れすぎている。
ギャップ萌えどころのレベルではなく真反対、相容れないそれだ。
ところどころに時代感を感じさせる部分はあるものの、普通ドアを
開いたらこじんまりとした店にデタラメに積まれてて、奥の番台の
ような場所でオッサンがよぅ、って声をかけてくれるような、そん
な場所だと思っていたのにコレである。
72
果たしてこの店は時代感をたもつプレイヤーの暗黙のルールに沿っ
ているのか、と問われれば確実に否、と100人中100人が答え
るであろう。あぁ、たしかにこれなら店内NPCお断りも納得であ
る。
﹁毎度思うんだが、この店内の広さに対してこの一枚扉って、明ら
かに客の量にあってねえだろ。﹂
﹁まぁな。せめて両開きが2つだろ。﹂
﹁⋮え?突っ込むところそこなの?﹂
慣れてるからなー、と返す優。常連である彼らにとってはこの光景
は既に当たり前のものとなってしまっているので、出るとすれば不
満に対する文句や改善点の要望であって突っ込ん出るわけではない。
﹁おう、いらっしゃい。ってなんだ、野見山達か。こんな遅くにど
うした。﹂
服の整頓を切り上げ、もっさりした動作でこちらに近づいてくる男
がいた。
熊髭にイカツイお顔、あわせて190cmの筋肉質は威圧感だけで
オーバーキルできそうな見た目が強力を誇るスペック。オマケでつ
けられたような小さなエプロンが似合わずピチピチ言っている。
陣野虎徹、装備屋タイガーワンズのご主人様である。
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﹁どうしたはねぇだろ。24時間営業だから当たり前のように僕ら
はお買い物を楽しみに来てやったんだぜ?﹂
﹁おお、そうか。ならじっくり吟味し買ってもらわねぇとな。その
ためにゃぁ、手伝ってやるぜ?⋮なんてったってお客様は﹂
﹁﹁神様だからな!﹂﹂
ハーッハッハッハッハ!、とシンクロして笑いあう二人。どうやら
見た感じ克也と店主は仲がイイらしい。たしかにこの世界では神兵
と呼ばれているプレイヤーはまさしく神であるから、間違いではな
いのだが笑うポイントがあるかどうかは微妙である。
﹁それで?装備が必要なのはそっちのマントの嬢ちゃんかい?﹂
﹁え、えぇ。はじめまして、美濃紀香です。﹂
少しびびりながら、かつ引きながら握手を交わす。両者の手のサイ
ズは一般の大人と小さい子供の差ぐらいの比率で、異様に虎徹のほ
うが大きい。
﹁どうも、陣野虎徹だ。美濃の嬢ちゃんだな。信濃の坊ちゃんとケ
ンカをするために買いに来たのかい?﹂
﹁土地名じゃないですし大名由来の名字でもないですよ!?﹂
74
クワッ!とSEが鳴りそうな顔で反射で答える紀香。
﹁ツッコミのはええ嬢ちゃんだな。いい性格してるじゃねえか。﹂
のりちゃん
﹁﹁なんてったってオレらの紀香だからな﹂﹂
今度はこちら側の二人が声を揃えて言う。このパターンはもしかし
て様式美か何かのようなものなのだろうか?と疑問で首を傾げるが、
しばらく付き合ってみないとわかりそうにない。対する虎徹は低く
響く声で笑い、妙に機嫌良さ気だ。
﹁ふぅん、なるほど。見たところ幼馴染ってやつか。いいな、若い
ころの青春ってやつか?オレも扉のとこにいるヒゲとは幼馴染だけ
ど、華やかさはなかったもんなぁ。﹂
﹁⋮幼馴染、ですか。あの人、どうにかなりませんか?﹂
﹁ん?あぁ、あいつまた人からかってんのか。口が悪いのは勘弁し
てやってくれ。何年経っても変わってないからな、あいつは。こん
がらがった釣り糸みたいなやつだからなぁ。気分を害したのならオ
レが代わりに謝るよ。すまねぇな。﹂
﹁い、いぇ。その、陣野さんが悪いわけじゃないのに文句言ってご
めんなさい。﹂
半ば八つ当たりの形になってしまっていたので、深々とお辞儀を
75
返す。虎徹はあまり気にしないのか、いいっていいってと手を振っ
て感慨深そうにつぶやいた。
﹁しかしいい子だね∼、嬢ちゃんは。そこの二人とは本当に幼馴染
なのかってくらい丁寧な子だ。﹂
﹁余計なお世話ですよ。紀香だって他人にはこうですけど、俺らに
はめっちゃ容赦ないですよ?﹂
﹁それはお前だけだ優。﹂
同意しかねる、とばかりに両手のひらをあげてため息をこぼす。克
也は相変わらず紀香の照れ隠しだということを気づいてないらしく、
もしかしてこれは応援しないとずっとこのままなのではないだろう
かと不安にかられる。もしくは彼の性格を矯正して少し慎ましさを
もたせるか。どのみち克也にとってはいじり倒す事もボーナスで追
加するから面白いのが、いい加減長い目で見ているには面倒になっ
てきていた。
﹁で、何が欲しいんだ?﹂
﹁ん、そうだな⋮紀香、とりあえず弓道部だし、弓道着でいいか?﹂
﹁ええ、いいわよ。出来れば動きやすいのがいいわね。﹂
﹁了解、それじゃ嬢ちゃんは弓道関連フルセットでいいだろ。つい
てきな、お前らは適当にしてろ。﹂
紀香を伴ってさっさと目的の衣服のある場所に歩き出す虎徹。当然
ながら残り二人は置いてけぼりを食らう形になるので、ウィンドウ
76
ショッピングにけしこむ事になるのは予定通りだ。道着に詳しくな
い彼らはいても邪魔になるだけだろう、と先に武器コーナーの方に
歩を進める事にする。
﹁⋮そういや、さっき紀香ユ○クロみたいだとか言ってたけどよ。﹂
﹁ああ、実は全く逆だって知ったらどういう反応すんだろな。﹂
装備品屋タイガーワンズ、店内の見た目や広さは某企業のそれだが、
わざわざこうなっているのもわけがある。当たり前の話だが、機械
もあまりない時代感のこのゲームにおいて量産化を目論むのは非常
に難しい。大人数雇って働かせるのも一つの手だが、NPCに行わ
せるのも技術が追いついてない面もあれば、製作技術秘匿の面でも
それは容易ではない。
かといって、プレイヤーを働かせるのも﹁お前ゲームに来てまで何
させてんだ﹂と言われるのもシャクなので当然バツ。では商品はど
うやって仕入れているのか?
それはプレイヤーからの買取。
onlineは基本的に個人間の競争が主になっている。
技術競争、というある意味ゲームらしからぬ名目で始まったQua
ntum
服だって何着も作っていれば、その技術がそのままスキルカードに
なったりするので、報酬目当てで未発見の技術を取得しようと皆躍
起になる。貰えるのは少額であろうと、お金であることには変わり
ないので小遣い稼ぎとしてはちょうどいいのだ。ゲームが始まって
からすでに12年の時が経っているのでなかば出涸らしを争ってつ
ついているような状況ではあるが、もしかしたら、という考えで行
うプレイヤーは多い。反面現状では存在を知りうる技術で、失われ
たものの再現で報酬を得ることのできる可能性が高い。なのでそこ
77
はある意味博打的に挑戦している人もそこそこではいる。
話を戻そう。
結局何が言いたいのかと言うと、個人で製作してしまうためそのほ
とんどがオーダーメイド扱いの商品となってしまう。
つまるところ、無駄に値段が高いのだ。
加えてプレイヤーの量が拍車をかけるため、大量に似たような商品
が集まってくるのである。結果、買取込みで始めたプレイヤー専用
店舗は瞬く間に大きくなってしまい、その過程でシステム化も行わ
れこのありさまだよ!というわけだ。
イメージとしてはTシャツというジャンルの棚に多種多様なガラの
シャツが積まれていると考えればいいだろう。しかも同じものが一
つとしてない、だ。
そして支払うのは無一文の紀香ではなくワタシタチ。
紀香のツッコミには期待がもてるが、むしろ恐縮されそうな値段に
なりそうなことは言うまでもない、というか決定事項である。
余談ではあるが、秘匿されているのは技術だけでNPCにプレイヤ
ーが自ら売るのは特に制限があるわけではない。単純にこの店がそ
ういう趣旨だから、というシンプルな理由だ。
﹁それにしても、相変わらず日本刀の類はまともなのが見つからね
えなぁ。﹂
78
がちゃがちゃと傘立てのごとく抜き身の剣が入った棚を物色しなが
ら文句を放つ優。剣道部に所属している彼としては、重みのある西
洋風の剣はあまり扱いたくないジャンルであるが、日本刀はとある
理由でお粗末なボンクラしか置かれていない。対して克也は反対側
に面するラックに立てかけられたいくつものナイフを手に取りなが
ら眺めている。
﹁2012年以来刀匠なんていないからな。そういや今年で30周
忌だけどさ、優は慰霊祭出るの?﹂
﹁いやー、どうだろう?うちはじい様健在だからあまり行く理由な
いんだけどね。﹂
﹁そもそも僕ら当時は生まれてないしね。﹂
2012年、現在よりちょうど30年前となる12月21日のこと。
その日、世界は最悪を超えた災厄を唐突に迎えた。
マヤ予言や終末説が当たったかはさておき、人類の一大転換期とな
ってしまったのは間違いないだろう。
ーー地球人口3割のカット
簡潔に述べるならば、こうなる。当時40代以上の人類が忽然とそ
の命の灯火を消した。
それは地球上どの位置でも例外なく、予兆もなく起こり、人々を混
乱の渦へと導いた。政治経済は完全にマヒし、世界の流れは完全に
79
止まっていた。40代以上でも中には生き残った人間もいるが、そ
れは珍しい部類とされた。動物も例外なく老いたものはその骸を晒
し、世界は死骸だらけ、ダイスを振るまでもなくSAN値は急降下。
いきなり倒れたことにより車などは衝突横転脱線種々様々、建築業
に携わる人は建材を持ったままぶったおれ、パソコンをいじってい
たものはキーに顔面を落としエラーを連発、散々なまでに事故を起
こし、地球は一度、電源を落としたように終了した。
聞けば涙なしで語れぬ大悲劇、もしも戦争であればこの忌々しい惨
劇を二度と起こさないようにうんたらかんたらと演説がなされるだ
ろう。原因が不明なので当然そのような演説はなされることは無い
がしかし、理由はそれだけではない。
こういった災害には何かしら歴史に残るような名称をつけられるも
のだが、今となってもこの出来事には様々な呼び名があり、統一さ
れていない。
何故か。
それは生き残った人達にもある変化が起こったからである。
それは脳感覚の強化、とでも言うべきか。
当時、災害に直面して生き残った人々は口をそろえて、頭が痛くな
っただの、空気が濃くなったような気がする、という証言を残して
いる。
端的に言えばひとつに処理能力の上昇、厳密にコレはわかりづらい
が頭が良くなった、理解力が高くなったというものだ。
80
重要なのは2つ目、テレパス能力の取得だ。
いわゆる一つのESPと呼ばれる能力に酷似した何か。
他者の発する感情や思考を読み取る能力だ。
漫画的に言えば、相互理解の力と呼ばれるものである。
受信送信の機能が強化された新人類、ある意味進化とも取れる状態
に科学者は狂喜したという。勿論災害の瞬間は悲観的な感情がひし
めいたため、他者から流れてくる苦しみにのたうち回るという事も
あったが、結果的に人類は新しい力を手にしたといっていい。
そのため、終わりと始まりが同時に来てしまったため悲劇ととるべ
きか、喜劇と取るべきかで揉めに揉めたのだ。ソレは今でも変わら
ない、が一般大衆は前者、研究者、科学者や哲学者といった人々は
後者を支持する声が高かった。そのため国によって呼び名が違い、
世界的に見るとまとまってないように見えるのである。
優が言っているのはこの事件によって刀匠等、つまり過去の秘伝を
後世に伝えること無く亡くなってしまった老人たち、失伝してしま
ったものが数多く存在し、特に需要の少なかった伝統技術や工芸な
どはその範疇に入っていた。
Online内でそれら失伝された技術を復活させよ
あと3ヶ月で30周忌となる今年の西暦は2042年、ゲームQu
antum
うと努力するものがいるが、日本刀はほとんど進んでいない。技術
共有すればまだ可能性はある、がここに報酬制が加われば誰もが出
し抜こうとするために遅々として進まないのであった。
81
﹁でもま、ゲームでするような話じゃねえよな。まともな刀ないの
は残念だけど。﹂
﹁違いないね、何しろ虎徹さんもいるし。﹂
﹁⋮お前ら、そういうのはもう少し抑えたほうがいいぞ?﹂
﹁うぉわ!!﹂
後ろを振り返ればあらビックリ、いつのまにやら衣装の選考を終え
たのか熊髭の巨体がつったっていた。そもそも虎なのに熊髭とはい
かに、と思うがおそらくこれは気にしてはいけないタブーなのであ
ろう。それよりも今はもっと気にすべきことがある。
﹁虎徹さんはあんまり怒鳴らないんですね。直面した人たちって結
構ナーバスなテレパスぷんぷん醸しだしてますけど。﹂
﹁まぁなぁ⋮たしかにあの頃は大変だったよ。オレも12歳だった
し、両親も死んじまった。外にいるあいつもな。しかし、だ。⋮既
にあの出来事から30年経ってる。新しい世代も生まれてきてるの
に今更そんな昔のことをグダグダとは言ってられん。⋮代わりに数
吾は性格がひねくれちまったけどよ。﹂
82
当時のことを振り返りながら、しかし今の二人は悲しかったはずの
過去を見ていない。
﹁それに、あれのおかげ⋮っていうのは変だけど今があるじゃねえ
Onlineなんつーゲームも出来た。オレは結構好
か。圧倒的に発達した科学、そして極めつけの完全なQPC。Qu
antum
きなんだぜ、ココはよ。まるで消えた夢が詰まってるような感じで
な。﹂
﹁へぇ⋮ところで紀香は?﹂
﹁おま、今オレいい話してたろ。感想がたった2文字ってどういう
ことだおい。﹂
﹁いやまぁ、俺としては生まれてなかったから共感しづらいんで。
テレパス感じてもイマイチよくわかんないんですよ。うん、木端微
塵にしてすいませんけど愛しの紀香の方が気になるんで。﹂
﹁すいません、突き抜けるくらいにバカなんです。コイツ。﹂
﹁⋮⋮はぁ、やれやれ。最近のガキってのはこんな淡白なもんなの
かね。確かにテレパス無駄に感じ取って同情されるよりかは楽だけ
どよ。ちなみに嬢ちゃんは着替え中だ。
そろそろ来ると思うが⋮。﹂
﹁おっまたせー!﹂
83
試着し終わってやってきた紀香を、待ってましたとばかりに優は振
りむく。
しかし、見えたのはどう見ても神社の衣装、
−−巫女服!!
いや、確かに同じようなものだけど、それ袖長くない?
84
1−5 庶民の理想郷が牙をむく。︵後書き︶
ご質問お待ちしております。書いててウッカリ自分でも書き忘れて
ることがあるかもしれない脳内世界。いわゆる自然淘汰な事件が過
去にあったという話です。災害ととるべきか、適応した種だけが残
ったとみるべきか。
85
1−6 実にあっさり牙折れる。︵前書き︶
前話の追加分レベルなので今回は短め。
86
1−6 実にあっさり牙折れる。
巫女服︻みこふく︼
正式は巫女装束と呼ばれ、白衣に緋袴を履くのが通例となっている。
和装としては現代でも用いられる最もポピュラーな部類であり、か
つあっち系の人たちには萌え文化の先駆として崇拝されている。和
装、特に袴にかんしては更に派生があり︵これが原点というわけで
はないが︶、剣道、合気道、弓道等にも用いられる。当然比例して
それに傾倒しているオタクの数も増えるわけだが、コレは完全に余
談であろう。
ともかく、今回紀香が着ているのは弓を持つはずなのに何故かコレ
であった。袖の長さが射るのに明らかに邪魔なものとは当人もわか
っているはずだが、彼女が可愛さ優先で短気なチョイスをしていな
いことを祈る次第である。そんなこと、紀香の姿を見てポワポワし
ている優の脳裏には欠片も残っているとは思えないが。
しかし、着ている巫女服もよくよく見れば実に奇抜な形をしている。
通常、白衣は一枚きりで、中に重ね着するようなことはあっても、
上にはない。なのに袖は脇の部分に留めボタンのようなものがあり、
袖を上と下パーツで鎖骨の中あたりから円を描いて脇下をなぞって
分離している。各所にも金属のアタッチメントのような存在が縫い
つけられており、単純に布だけで出来た和服から離れており、きら
めくパーツは完全に浮いている。下半身も袴が二股にわかれており、
裾を纏めて収納されたブーツはもはや和装のワビサビも美徳もなか
った。
﹁えーっと、つまりこれ、どうなってんの?﹂
87
生じる疑問はもっともなので、克也が問うた。さすがにパンクファ
ッションみたく無意味にベルトがグルグル巻かれているわけではな
いだろう、シルバーとかさ☆
﹁んー、実用性と遊びを混ぜ込んだ作りになってるのかしらね。背
中のアタッチメントに矢筒をロックできるようになっているし、前
部の3点ハードポイントには胸あてが付けれるみたい。それに、ほ
ら。﹂
脇部のボタンをパチっと外すと、輪になっていた袖が割れてハラリ
と背中に落ちる。つながっている部分はかろうじて、と表現できる
程度にしか幅がなく、開いた袖は羽衣のように肩甲骨から垂れ下が
るようになっていた。長袖からいきなりランニングシャツレベルま
で肌面積を広げた瑞々しい肌色の肩は、少女らしい艶めかしさを漂
わせている。
ウッヒョー!と飛んで喜びそうな優は鼻血が出る穴を片手で抑えて
しゃがみこんでいた。ブルブル震えて見せる背中は何かを耐えるよ
うに我慢しているが、経験少ない︵むしろ無い︶紀香に何をしてる
のかと判断するのは難しいであろう。どうやらヘタレの彼にはもう
限界いっぱい臨界点ギリギリであったらしい。
﹁あとは弓とか予備の矢はアイテムリストに収納しておけばいいん
ですって。たしかに持って歩くのは不便ですものね。﹂
﹁まぁ、持ってなくても重量計算は受けるがな。調子に乗ってポン
ポンアイテムリストに入れてったらそのうち動けなくなるぜ。﹂
﹁注意しておきますわ。それから、弓は何があるのかしら?﹂
88
棚にかけられた弓を見る。和弓から洋弓、アーチェリーの競技用、
コンポジットボウにクロスボウと様々だ。当然弓道部である紀香は
和弓を、と考えているがその中でもいくつか種類があるようである。
特に使用している材質によってしなり具合が変わるので安っぽい木
弓は避けたいところだ。かといって、最新のカーボン製なぞ望むも
のではない。
﹁そうだな、これなんてどうだ。﹂
店主の親父さん任せのチョイス、確かな目を持っているらしい虎徹
が選ぶものは比較的良い物が多い。手渡されたのは黒塗りの木目の
見えない弓だった。赤い麻糸が巻かれた弓はいわゆる重藤の弓に似
ていなくもない。
﹁へぇ、いいしなり具合ですね。何でできてるのかしら。﹂
﹁南のほうにある硬質のゴムを混ぜ込んで作ったらしい。まだ試作
品だから耐久性に難があるらしいが、遠方を狙ってもそこそこの精
度と距離を出せるそうだ。﹂
﹁作った本人がソレを?﹂
﹁あぁ、当人もゲームの中じゃ一流の弓師らしくてな。いいもんが
出来たと嬉々として納品してきたよ。﹂
﹁よさそうですわね。ならこれと、後は篭手と矢筒、矢をいくらか
いただきましょうか。﹂
後はさっくりざっくりと、適当によさそうなものを選び装備してい
く。矢筒は背部アタッチメントに接続して固定し、矢はこぼれても
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困るのでとりあえずアイテムリスト行き。篭手は鮮やかな赤が映え
る薄皮のものを選んだ。
﹁ふむ、いい見た目になったな。で、値段は、⋮120スォムって
ところか。勿論如月が支払うんだろう?﹂
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて優に催促する。ちなみにこの世界の
単価、1スォムは日本円にして約1000円、少し大きめの麦穂が
描かれた銀貨幣を利用している。これより下の単位になるとスァラ
と呼ばれる小さめの銅貨幣になる。1スォム=1000スァラ、一
般的なNPCの財産は月に50スォムあればいいほうだが、食糧事
情に問題のないこの国はかなり安く食材を買うことができる。国か
ら出ない、もしくは戦いを必要としない一般民は輸入を必要とする
高価な鉄鋼品は買わないためそこそこの余裕はあるのだ。
しかし、当然ながら紀香はログインしたてのホヤホヤなので貨幣価
値を知らない。冒険者として地道にこれだけの値段を稼ぐ事が大変
なのを知るのは、また暫く後のことである。
﹁あぁ、勿論。まだ紀香は金持ってないから全額しっかり持たせて
もらうよ。﹂
﹁あら、そういえばそうだったわね。ありがとう、優。﹂
﹁いいっていいって。スキルカード売ってるから金はあるんだ。初
心者の補助もゲームの醍醐味、ってね。それじゃ虎徹さん、コレね。
﹂
アイテムリストから必要な額だけ取り出し虎徹へと渡す。
初心者救済などと言っているが、優にとって相手が紀香であるなら
90
いつでも全額オゴリは考えるまでもなく条件反射で財布に手が伸び
る。惚れたゆえの弱みではなく、彼にとって当然のごとく行うので
もはや頭の中では家族や妻と大差がないのであろう。彼女相手だと
ヘタれているのがマイナス点であるが、それをおいてもこの二人の
絆というのは揺るがないらしい。
﹁1⋮10⋮⋮ーー。たしかに120あるな。まいどあり。お前ら
これからどうするんだ?﹂
﹁宿でもとって、活動は明日からかな。ギルドカードもらって外に
出ようと思う。﹂
﹁ま、今は夜だし許可証無いと紀香が出れないしね。﹂
﹁そうか、なら今日はウチに泊まっていきな。宿賃はサービスして
やるから、奥の仮眠室を使うといい。﹂
ニヤリと笑って親指で奥を肩越しに指す虎徹、実に気の利いたナイ
スな心意気である。
﹁まじか!さっすが虎徹さん、24時間営業なんてキ○ガイな装備
屋やってるだけあるぜ!﹂
﹁おい野見山、それは褒めてんのか?貶してんのか!?﹂
﹁ハッハッハ、まぁいいじゃんいいじゃん。さぁ皆さっさと引っ込
もうぜ−!﹂
イヤッホーゥと叫びながら仮眠室へ走っていく克也。陸上部+レベ
ルアップボーナスで得た脚力は尋常ではなく、疾風のように隣室へ
91
飛び込んでいった。後から追いかける虎徹は待たんかコラァァ!と
ドタドタと重い体を揺らしながら怒りの形相で場からフェードアウ
トしていった。置いていかれた残り二人はポカン、とするばかりで
ある。
﹁ねぇ、優。これってどうすればいいのかしら?﹂
﹁そうだね、俺達も追いかけて同衾すればいいと思うよ。﹂
﹁さらっとアホな事言ってんじゃないわよ!﹂
バキっと鼻を裏拳で打たれて悶絶する優。
本日も実に平和であった。
92
1−6 実にあっさり牙折れる。︵後書き︶
次回、朝日のもとに外出を。
93
1−7 誰かが下地を整えろって言った。︵前書き︶
不定期更新ですが遅くなりました。
どこまで書こうか悩んだのですが一旦ココでカットします。中継ぎ
って本番行く前でものすごいテンションガガガ←
多分本番行く前にあと2,3話は余裕で挟むかと思われます。
あ、あと設定資料集いりますかね?必要なら作ります。
94
1−7 誰かが下地を整えろって言った。
子供心とは、純粋であるがゆえに欲望に従順である。
優が幼稚園に入り、しばらくしてからの事だ。
とりわけ自身は普通だと思っている。黒髪黒目、当たり前のように
いる日本人。前髪は短めにカットされ、まだまだ個性というものを
発露していない未熟な卵のような丸い顔は、多人数でゴチャゴチャ
していると埋もれて誰が誰だかわからない程度のものだった。イケ
メンかどうかをこの段階で問うのは、成長して骨格からゴリゴリ変
わっていく前段階では無粋である。
故に、群衆の中の一人。
例え違う行動をしていても、大分類してしまえば遊ぶ、食べる、寝
る、というのは時間毎に決まっていたので皆が皆、同じようにしか
見えなかったのだ。当然ながら集団での生活というのは規則という
枠組みが定められ、各々好き勝手に行動することは出来ず大人にな
るための第一歩を求められる。少なくとも、浅学な優の頭ではその
深みにある個性を測ることは出来なかった。
そのせいで、
いや、だからこそ、というべきか。
オレは、これから長い付き合いとなる彼女と出会ったのだ。
規則に従う事に疑いを持たず、当たり前としてぞろぞろ動く白い心
95
の群れ。その中にたった一つ、濁ったように黒い点があった。テレ
パス、親世代から世界規模の自然淘汰にしか思えぬ現象により発露
したESPとも呼ばれる能力。それにより感じ取った、ひとつのシ
ミ。
先述したとおり、子供心というのは欲が深い。理性という柵に縛ら
れる前の無垢な魂、何がしたい、あれがほしい、嬉しい、悲しい、
といった感情はそのほとんどがテレパスの波に乗り生活空間を伝播
していく。心が伝わりあい、共有、理解ができるからこそ、この世
代の育児というのは非常に困難を極めた。何しろ理解し合うためで
はなく、自身の感情を押し付けあう為にこのチカラを利用するのだ
から。
理解ができると、理解し合うは全く意味が違うのである。
故に、その黒い心のテレパスを放つ彼女の慟哭を理解はできても、
共有することは幼稚園児には無理があった。この羊の群衆には、そ
の感情が何なのかわからない。
ただ、違う。それだけで、彼ら彼女らは距離をとった。
純粋であるがゆえに、不確かなものをアッサリバッサリ切り捨てて
しまうのは道理。
混じり合ったテレパスの中で、彼女を中心としてドーナツ状になる
ようにぽっかりと穴を開けて子供たちは離れたのだ。
とにかく目立った。
他とは違う何か、群集を普通、と感じていた優には孤独と化してい
た彼女がとても大きく見えた。
96
だから、興味からあっさりと声をかけてしまった。
﹁ねぇ、なんでそんなに苦しそうにしてるの?﹂
﹁⋮⋮え?﹂
﹁え?﹂
これは自分でもビックリだった。なにせ、誰もが彼女の心をわから
ないと言っていたものを、一部だけでも理解していたのだから。だ
ったらもうそのまま、思ったことを言ってしまえばいい。
﹁苦しそうに見えたの?私が?﹂
﹁うん、それに、怒ってる。でも悲しい、とも思ってる。だから、
うん、胸がキューってしてるように見えた。﹂
﹁⋮そう、そうなんだ。私、苦しいんだ⋮?ふふ、そっか。﹂
﹁あのね、何か辛いなら僕が聞いてあげるよ?そしたら、皆と同じ
ポカポカに見えるようになるよ?﹂
しかし、言ってからアレ?と思う。
そもそも目立っていたから声をかけたのに、なんで周りと同じよう
になれるなどと。だけど、彼女が苦しんでいるのは嫌だと、自分の
心が叫んでいる。
﹁そう。⋮あのね、パパが私のこと、嫌ってるんだ。﹂
それは初めて知ったことだった。親が子を嫌う、などとは至って普
97
通であった優にはありえないことである。しかしそれが彼女の心に
根ざしたものの正体なら、嘘はきっと言っていない。優は続きを、
と彼女の目を見て頷いた。
﹁パパ⋮ね、昔からなんとなくだけど、そうだったの。いつも心が
暗くて、近寄るなって言ってて。ママがいなくなってからは、もっ
と真っ黒になって。﹂
年が過ぎ後から聞いた話だったが、両親は2012年の災厄で共に
親を失っていたそうだ。だから世界を恨み、変わった象徴であるテ
レパスを当たり前のように持って生まれてしまった子を憐れんだ。
母親は特に思うことはなく、生まれてきた子供に当然のように愛情
を注いでいたが、彼女が3歳の時に病気でこの世を去ってしまった
らしい。それからというもの、父親の心の偏りはますますひどくな
った。食事や風呂、義務的な育児は行なっているものの、その行為
は非常に無機質なものだった。会話もなく、おやすみの挨拶をして
も一言、あぁ、や、うんといった言葉しか返ってこない。
﹁入園式にも⋮ヒグ⋮来て、くれなくって。ずっと⋮一人で、うぐ。
﹂
いつの間にか、彼女は泣いていた。誰にも話せず、抱え込むしかな
かった彼女は、ほんの少しだけ周りをおいて大人になるしかなかっ
た。我慢、純粋欲にまみれたこの場にはそれを理解できる子供はい
なかった。しかし子供であるため感情を制御することが出来ずテレ
パスが駄々漏れになり、結果的に孤独に追い込まれるしかなかった。
声をかけようとしてくれる大人も、父親と同じようにしか見えなか
ったらしい。
それは災厄にあった第一世代であるためか、大人は大半が心にしこ
98
りを持っているようなものだった。微細なそれを、彼女は感知して
いたのだ。
﹁だったら、僕が言ってあげる。﹂
え、と彼女は顔を上げた。ようやくまともに直視した子供の顔は、
群衆が持っていない勇敢な顔つきをしていた。
﹁一人にしないで、って。ちゃんと向き合って、って。僕が君のパ
パに言ってやる!それでもダメだったら、僕のパパやママでも、友
達も一緒になってやってあげる!だからそんな風に泣いてちゃダメ
だ!﹂
ソレからのことはあまり何を言っていたか、よく覚えていない。時
間になって迎えに来た彼女の父親に、彼女の手を引きながら突撃し、
感情のままある事ない事怒鳴り散らし、しどろもどろする彼女の父
親を、最終的には他に迎えに来ていた周り全部を巻き込んで事態の
解決に至ったのだ。父親はちゃんと口も聞き、無愛想ながらも色々
と手をかけるようになったそうだ。アレは恐らく、自身の人生の中
でも滅多にない大舞台だったに違いない。今でこそ剣道の全国大会
に出場して大観衆巡らす舞台に立ってはいるが、思い出補正が盛大
99
にかけられた出来事は誰の追走も歯牙にかけないものなのだ。
大舞台から少しして、落ち着いた彼女は不思議そうに聞いてきた。
﹁ねぇ、なんであんなに私のために頑張ってくれたの?﹂
﹁え、そんなの決まってるじゃん!﹂
木陰の下、自信満々に胸をそらして優は放った。
﹁泣いてるより笑ってるほうがいいだろ!可愛いんだし!﹂
あぁ、そうだ。きっとそう。俺は彼女を見たその時から、きっと恋
をしていたのだ。何のことはない、自分もただ幼い欲に忠実な普通
の子供だったのだ。成長して大きくなって、美人になるはずの彼女、
美濃紀香を幻視してしまったのは、間違いなんかじゃない。これが
俺の、これまでも、これからも続く初恋。相手はちっとも素直じゃ
なくて、ガスガス蹴ってくるけど、相変わらずテレパスダダ漏れな
彼女の心には嫌悪の欠片も見当たらない。まぁ、うん、俺がバカな
ことやってるってのもわかってるけど。やっぱり素直になってもら
いたいじゃないか。
﹁うん、ありがとう!優!﹂
木漏れ日に照らされたあの時の笑顔は、何よりも美しいものだった
のだから。
100
﹁⋮⋮すげー、なつかしい夢見た気がする。﹂
システムウィンドウで確認した時間は午前8時。現実時間に直して
しまえば恐らくログインしてから、10分と経っていない程度の時
間でしかない。そもそも、既に夢を見ているような状況の中で夢を
見る、というのはあり得るのだろうか。QPCによる自身の完全シ
ミュレートとはいえ、そこまでできるものかと。何より、現実で目
覚めてから転写された記憶の中では、夢というのはきちんと覚えて
いるのか、曖昧なままなのか、気になるところだ。
あまり知られていないが、Diversの仕組みは自身を量子世界
に没入させているようで、少し違う。Diversによってスキャ
ニングした自分という存在を、QPCがシミュレートしているので
ある。つまり、実際には現実の自分は強制スリープによってただ寝
かされているだけでスキャンされて以降は全く関係がない。QPC
の中で自身が存在し、動き、定期的に経験した記憶データを脳裏に
書き込むのだ。オンゲー的に言えば自動BOTみたいなもので、現
実の自分は明晰夢を見ていたような感覚になる。ただし現実の自分
101
が起きていて、分離して活動するなんて事のないようにDiver
sは常時スリープ状態の精査を行なっている。もし、分離した状態
で量子世界で活動する自分が大量の記憶を貯めこみ、いきなり脳裏
に書き込んだらどうなるかなんて、想像したくもない。経験したは
ずのない自分と今までの自分がごっちゃになって、乖離してしまう
だろうと優は考えている。
なのでDiversには、それらの綿密な制御に加え、停電時など
にはエミュレートを確実に停止するように設定されてある。最も現
在のQPCはもしもの事を考えてデスクトップであるにもかかわら
ず予備電力が設置されているため、危惧する事態にはならないのが
ほとんどであるが。
そんなわけで、夢のなかで夢を見るという状況は一体どんなものな
のかと気になったわけだ。
起きがけに体をぐぐっと伸ばし、目を覚ますべくわずかでもたるん
だ筋肉を伸縮させて気合を込める。軽くストレッチをこなしたら机
の上の水差しを手にとって口から離して流しこむ。うむ、今日も水
が美味い。ところでこれが硬水だった場合やはり腹を壊すんだろう
か、と一瞬考えたがそんな事はなかったので考えるのをやめた。
ゲーム内では生理関係の機能は排除されている。そのためお腹が痛
くなることはあってもトイレに行くような事態にはならない。せい
ぜいリジェネするまでの時間痛み続ける程度である。コレがなかっ
たら排便ってとても便利なのね、などと人間の身体の神秘に感謝を
捧げたいところだ。
そしてこの機能のおかげでいわゆる﹁トイレに行かないアイドル﹂
102
という夢想が完成されてしまったのもしょうもない話。
まぁなんだ。しょっぱなから何かを暗示させるような、もとい下地
を整えるようなメタ的な夢を見てしまったが、今日もいい日で過ご
せたらいいと思う。
願うならば、これが余計なフラグにならないことを切に。
レヴェノイアの朝は早い。
農業に重きを置いた都市だけあって、畑の手入れや作物の売買の準
備に時間がかかるためだ。朝はまだ6時、とシステムウィンドウに
表示されているのに見てごらんこの活性ぶり。商人が中央に寄り集
まるために広い都市にもかかわらずこの密度。肩と肩があたりそう
なほどのギューギュー詰めである。満員電車じゃないんですよココ
は。
見ればそのほとんどがヨーロビアンテイストあふれる金髪に色とり
どり揃えた宝石のように綺麗な目。溢れ狂うNPC達はどうしても
ここを私達に﹁まるでヨーロッパのよう﹂と強制認識させたいらし
い。雑踏の中に名前の視えるプレイヤーはほとんどおらず。遠出の
用でも無ければプレイヤー達の生活時間帯はややNPCとずれてい
るらしい。しかしそれが私達現代社会人の規則正しい生活リズムだ
と思うわ、うん。
群がりを避けるべく、待ち合わせ場所に近い空きスペースに移動し
103
て腰を下ろす。中央区に沿って妙に開いている空き地はどうやらカ
フェの敷地らしく、開店準備を始めるとニョキニョキ生えるキノコ
のごとくテーブルやイスを出してくるのであろう。簡易のベンチな
ら既に出ているが、ソレ以外は管理が行き届いているのか、お客様
サービスが発展してないであろう時代感でご苦労様なことである。
それにしても、せわしなく歩く人の波で向かいの建物が見えないの
ですが。間断なく流れていく波に休憩の二文字は今のところ無いら
しい。
ホケーっと待っていると、頭の上に浮かぶ名前から探しだしたのか
優がやってきた。人に揉まれながらもせっかちにこちらに歩いてく
る顔は、実に嬉しそうである。彼がああなのはそれこそ小さい頃か
らだが、アレがなければ普通のお付き合いというものができそうな
ものなのですが。ああして慕ってくれていることは嬉しいのですが、
とてつもなく恥ずかしい。
ところで⋮⋮人波で優がボコボコになったりペラペラになったり押
し流されたりしてるのですが⋮⋮ここのNPC達は神兵を敬うとか
そういう考えを持たないのだろうか⋮?あ、また潰されてる⋮。
﹁いやぁ、参ったマイッタ。おはよう紀香、今日もきれいだね。﹂
﹁早々から頭のネジを閉め忘れてるのではないの?
まぁ、それだけボロボロにされたら2,3抜けててもおかしくはな
いだろうけど。﹂
104
﹁だったら紀香の愛で埋めてくれないかな。隙間なくぎっちりと。﹂
﹁はぁ、起きているんじゃなくて、どうやら寝ぼけているようね。
優はヘタレキャラじゃなかったの?﹂
﹁はは、どうも今日は妙な夢見でね。昔のテンションに引きづられ
てるのかな。そのうち戻ると思うよ。﹂
﹁⋮⋮肉体言語で語られないだけマシとしましょうか、んん!おは
よう、優。﹂
﹁あぁ、改めておはよう。﹂
微笑浮かべて毎朝の挨拶。不思議なことだが、年通してほぼ毎日突
き合わせてる顔におはようと言わないとどうにも落ち着かない。習
慣になっているというのは、今の年頃の男女としていいことなのか
そうでないのか。⋮それにしても、
﹁こそばゆい言葉で語ってくる優というのも、なかなかに気味が悪
いものね。﹂
﹁相変わらず言うに事欠いてひどいね君も。﹂
﹁それで、これからどこに行くの?というかかっちゃんは?﹂
只今の通りは先日も、もとい今日も通ったギルドや武器屋並ぶ神兵
105
通り︵命名︶。
この通りはNPCの店舗ひしめく表通りの一つ外側をなぞるように
奔っている。プレイヤーはあくまでもこの世界にとってのゲスト。
なので過度に目立たないようにこういった裏路地に店舗を構えるの
だそうだ。まぁたしかに、神とも呼ばれるようなお高い人たちが自
分たちの街で好き勝手にされるというのはそりゃ怒りますよね。主
に政治を司るお城の内部あたりから怨嗟の声が響くに違いない。そ
のため事を荒立てない事もプレイヤーとしてのマナーなのだ。積極
的に神兵を囲おうとしている人たちの国は知らないが、少なくとも
この路地裏はそういう意図を持って作られている。
そのためなのか遠慮されているのか、この路地はほとんどNPC、
ええぃこの言い方ではまだるっこしいので地元民と呼ぼう。ゴホン、
地元民はほとんど通らない。通ったとしても子供がいたずらで入り
込んでくるくらいで、裏路地だからヤクザにからまれる、とかそう
いうことも特に無い。むしろそんなことをしていたら率先して善行
プレイをしているプレイヤーに狩られてしまう。
そんな神兵通り、表はゴチャゴチャしているのに裏はスッキリして
おり、スイスイと移動することができる。特に朝早いので他のプレ
イヤーとかち合うこともないのは表と同じだ。
﹁ギルドだよ。内実は市役所とハロワが合体したようなものだけど
ね。克也はなんか、他にパーティ組みたい人がいるらしいから呼ん
でくるって。あとで合流するってさ。﹂
﹁へ?誰なんだろソレ。聞いてる?﹂
﹁いや、知らないな。まぁあいつのことだから意図的に言ってない
んだろうけど。﹂
106
﹁ふぅん。それにしても私達幼馴染グループに合流したいって、な
かなか奇特な人なのね。﹂
普通、こういった長年連れ添ったグループに新参が介入するという
のは非常に足踏みしてしまうのが通説だと思うのだけども。その人
は馴れ馴れしいのか、はたまた溶けこむように馴染んでしまう類の
人なのか、気になるところである。
﹁いや奇特って⋮。⋮⋮たしかにアイツの周りにいるのは妙な奴多
いからすんなり納得したくなるけど。﹂
彼、野見山克也の友人知人は実に尖った方向で変な人達が多い。
量子大入学もかくや、と叫ばれるくらい﹁あぁ、残念な人達なんだ
な。﹂と満面の笑みで遠ざけてしまうような。不思議なことに彼は
既にできているグループにスルッと潜りこんで仲良くなるのが得意
らしく、いつの間にやらあちこちに友人ができている。私達幼馴染
グループに対してもそう、いつの間にか、本当にいつの間にか彼は
私と優の間に滑りこむようにして⋮外回りをグルグル天体が回るよ
うな付き合い方をしている。なのでどんなビックリ人間が来ても不
思議ではないのだ。周囲のミステリーは彼にとってのデフォルトな
のである。
﹁⋮⋮はい、ついたぜ。ここがギルドだ。﹂
武器屋よりも更に北上した場所。指先で指し示したのは、2階建て
の横長に連なった一戸建て。いくつかの軒がつながったような形に
なっており、屋根の高さは部分ごとにバラバラだ。屋根の形のイメ
ージとしては、﹁ダ○ワハウスだ!﹂と思ってくれればなんとなく
とんがってるイメージになるのではないだろうか。
107
ギッ、と軽く軋む蝶番の音を横目に我入室せり。なるほど、これは
市役所と言わんばかりに反対向こうには事務机がいくつかあり、中
央やや後ろあたりに連なる受付口が並んでいる。2階は中央が吹き
抜け構造になっているのか、屋根もガラス窓が張られて採光を重視
しているようだ。そのため室内にしては強めの明かりが2階の影を
伴って幻想的な風景を作り出している。やっていることは事務仕事
だろうに、実に内面は穏やかで澄んだ場所といえる。
﹁わぁ⋮⋮すごい。なんか⋮そう、なんかよくわかんないけどきれ
いだ。﹂
静観の櫃のようで、木の葉の動きや太陽の動きで徐々に変わる影絵
からなる室内は実に抽象的である。
﹁落ち着いてコーヒー飲んだりするには、ちょうどよさそうなとこ
だろ?
人との交流も多いから、結構気に入ってるんだよココ。﹂
﹁うん、⋮そうだね、ウン。これは私も気に入りそう。﹂
﹁よかった。それじゃ手続きに行こうか。﹂
前に歩いて行く優の後ろを視界をキョロキョロさせながらついてい
く。端から見れば小さな子供のようだが、普段現実で見ることので
きない景色は私の心を踊らせる。ついつい口先からほわぁーっとつ
ぶやいてしまうくらいに。こら、そこ笑わない。
﹁今日するのはギルドカードの発行だね。これが関門の通行許可証
になっているから、無いと外に出られないんだ。一般の人や商人と、
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神兵はそういった許容範囲が区別されているから発行方法も違って
いてね。プレイヤーはここで手に入れるしか無い。
あ、マヤさーん!いるー!?﹂
﹁はぃはーい﹂と少し遠くから聞こえ、作業している机からガタリ
と立ち上がってこちらに歩いてくる女性が見えた。今いるのはどう
やら彼女だけらしい。適当に後ろで結われた髪とシャープなメガネ
が着ているワイシャツに合ってて実にいい。仕事のできる、けど堅
物ではない大人のお姉さんな見た目だ。鋭利な切れ目も中性的でカ
ッコいい。
﹁おや、随分と早いお出ましだな。用事は⋮ふむ、そこの彼女か。
おはよう、そして初めまして。月輪舞耶だ。よろしく少女。﹂
﹁えぇ、よろしく。美濃紀香です。﹂
言葉は簡潔でわかりやすく。高そうな理解力が余計なものをカット
した実にシンプルなセリフを綴らせる。
﹁今日からしばらく外に行こうと思ってるからね。紀香は初ログイ
ンだからギルドカードを発行してほしいんだよ。﹂
﹁なるほど、了解だ。打ち込んでくるから少し待っていろ。﹂
去り際も鮮やかに、業務に戻っていく。本当に余分な会話のない小
ざっぱりした人のようだ。
10分後、月輪さんが何やら反射光眩しい銀色のカードを持ってき
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た。
﹁はい、おまたせ。舞耶さんお手製のシルバーカードだ。何のこと
はないただの鉄だがな。﹂
渡されたカードを見れば上端にいくつかのパンチ穴でも開けたよう
なのが横に大小12個ほど並び、左寄せで中央よりやや上辺りにロ
ーマ字で自分の名前が打ち込まれている。どうやら鉄製のカードに
英字を打ち込んだだけのもののようだ。製作中にガコンガコン音が
聞こえてたし。それにしても実に地味である。ファンタジーなんだ
からこう、水晶に血を垂らすとか、勝手に文字が浮き出てくるとか、
そういうのを期待して、もとい出されても良かったのではないかと
推考する。
﹁なんだか、素晴らしいくらいにアナログチックなんですね。﹂
﹁まぁ、皆そう言うがね。リアルに過去と同等の時代ならこんなも
んだろ。そこまで都合よく現実はできてないさ。それを言ってしま
えば、むしろリアルの方がファンタジーじみてる。次から次へと夢
想していたものが出来ていく時代なんだからな。空間投影技術なん
て、私等が子供の頃はあそこまで実用化できたものなんて考えられ
なかったさ。﹂
精々、単色のLEDみたいなのを限定された空間で投射するくらい
のもんだった、と月輪さんは語る。たしかに現在では一台のスマー
トフォンが投射機となってどこでも投影されたスクリーンが表示で
きるし、カードだってどんな技術でできているのかグニャグニャと
表示される文字が変形する。あぁ、たしかにそれはリアルのほうが
ファンタジーだ。期待されていた幻想はよくよく考えれば既に実装
済みなのである。過去でできることなんてのは新技術というより異
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次元の技術でも発見できなければ時代感に沿ったものに出来上がっ
てしまうのは道理だ。
﹁だがしかし、現実ではできることを違った方法で起こし上げるの
もまたこのゲームの醍醐味というか夢みたいなもんさね。エミュレ
ートする星を増やしちゃいるが、まだそういったのが見つかってな
いってのは悩みどころだけどね。﹂
﹁ですけど、気とかも見つかってるんですし夢はあるんでしょう?﹂
﹁勿論、誰も諦めちゃいないよ。﹂
ニヤッと不敵に笑って返され、
﹁なんせ、時間はたっぷりあるんだからね。やりたいことや知りた
いことを得なければ人生の損失さ。そういった意味では、この量子
世界というのは非常に都合がいいものでね。リアルで年は食わない
くせに感覚的には長く生きることができる。だったら、今までに自
分のしたことのない事をするのが良い生き方をするポイントさ、初
心者の少女よ。﹂
ふふん、と笑いながらタバコを加える。たしかにタバコなんかも味
わえるのに、現実の体に一切害が無いまま出来るというのは実にク
リーンで試しがいがある。しかしここ、禁煙ではないのだろうか。
﹁でしたら、普段は何を?﹂
﹁デザイナーだよ。服飾デザイナーってやつでね、世界を駆け巡っ
てるもんだから現実世界では人生に全くうるおいが無い。あぁ、こ
こではそういった仕事を受け付けないからね。今ココにいる私はし
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がない事務員Aだ。﹂
﹁デザイナーなんて華形の職についていて何故ココでは事務なんて
地味なものを?﹂
﹁何、比較的一般がツマラナイと言うモノに対して興味があってね。
たしかにルーチンワークというのは非生産的でなかなか堪えるが、
言うほどのものではないと思うよ。応対するのもなかなか楽しいし
な。飽きたら別のことやるだろうけど。﹂
だからこそ、やるべき価値はあるのではと彼女は宣言する。
﹁ま、いいけどさ。早いとこ話し進めないかい?事務員Aさん?﹂
﹁む、そういえばそうだな。ならば話そう、カードの使い方だ。﹂
﹁まずカードそのものには大した機能はない。できる事はいくつか
のサービスをここで受けられることと、通行手形として役に立つ程
度のものだ。﹂
﹁サービスは銀行口座としての機能、依頼の受付の2つだ。﹂
簡単にジェスチャーも付け加えながら話を続ける。
﹁銀行口座は言わずもがな、現実と同様に担当窓口にカードを渡し
てお金を出し入れしてもらえばいい。硬貨とて貯まれば重くなるか
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らな。最も、アイテムを預ける場所にログインルームを使っている
奴もいる。﹂
﹁え?あそこってそんなに便利なんですか?﹂
﹁あぁ、どこのサーバのものでも関係なしにアイテムを置けるから
な。裏技といえば裏技だが、ログインの際に登録されるインナーウ
ェア、あれはサーバに入った瞬間に再決定されるから装備をログイ
ンルームに置いておけばデスペナで外れることが無くなるんだ。武
器は例外だがね、わかるかいパジャマ少女。﹂
オーマイゴット、ここに神は⋮いや、自分たちが神だったかココ。
それにしても自分で言って虚しくなるが、パジャマ姿の美少女写真、
ともなればP2Pも真っ青の速度で流出してしまうようである。げ
に田舎のおばあさまは侮れない。主犯は年若い男性軍であろうけど
も。なんにせよこれからはパジャマでログインしたとしてもログイ
ンルームで着替えていけばいいわけか。⋮⋮リーアさんいるんです
けど。男性陣達はあの視線がある中で着替えるとか、羞恥プレイで
もしているんだろうか。
﹁次に依頼、これはゲームで言ういわゆるクエストだ。リアリティ
で装飾するとちょっと危険な短期バイトだ。あぁ、こういう言い方
すると実に夢が無いね、失礼。まぁ薬草になりそうなのを集めてこ
いとか、そんなのもある。実際ここにはいわゆるモンスター的な動
物もいるんでね、そこそこ危険はつきものなんだ。﹂
これはビックリである。比較的現実の法則に忠実なくせして、この
世界の生き物達はモンスターと呼ばれるほどの驚異的生物にまで変
貌を遂げているらしい。いったい何が彼らをそこまで強靭に仕立て
上げたのか、学者連中は狂喜を帯びて調べつくすのだろう。
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﹁もちろん仕事は報酬制だ。こちらで現金を預っているので依頼人
から終了手形を受け取って渡せば完了だ。中にはここに納品しにく
るパターンもあるので覚えておくといい。﹂
﹁そして、依頼が完了するたびに星型の印を打ち込んで貰える。1
0個貯まると大印を打ち込んだカードと交換される。基本的に依頼
人はこの大印の数で仕事に適性があるかどうかを判断するから、多
いに越したことはない。ランクみたいなものだと考えてくれ。﹂
﹁オマケで、危険な依頼だった場合は印を1つ追加で打ち込んでも
らえる。楽な仕事とそうでない線引きはこのへんだな。以上、質問
はあるか少女よ?﹂
﹁いえ、ありがとうございます。用が出来たときはまた来ますね。﹂
﹁そうするといい。さ、時間は有限だ。こんな場所に居座ってない
でさっさと行くといい。面白いこともつまらんことも、逃すんじゃ
ないよ。﹂
そして私たちはその言葉をあとに、ギルドを出て待ち合わせのカフ
ェ前広場へと戻った。
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1−7 誰かが下地を整えろって言った。︵後書き︶
感想⋮は、こんなんじゃ付けれないネ☆
あと他に書きたいものもいくつか出てきて脳内劇場のキャパシティ
が占領されつつあります。つまり私はコレを消化しない限り他のも
のがまともに文章がかけぷげら︵殴
えー、何がいいでしょう。思いついてしまったのが
・ロストロギア一箇所に集めすぎて暴走して管理局滅亡した未来を
救済するなのはSS
・世界中の大半の人間が何度も人生を流転する転生者が容認されて
る世界観のSS↓ループするたび強化ボーナスのバトル系ストーリ
・概念系能力持ったオリ主二次SS︵何を題材にするかは未定
さーて、何にしましょー。え?全部やれって?HAHAHA、しょ
うが︵カットされました。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n0634bb/
Quantum:Report
2012年10月18日10時44分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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