,r一 1961年1月16日第3種郵便物認可 1997年1月1日 第425号(毎月1回1日発行1部50円) (加盟団体関係者の講読料については、負担金に含まれている。) NO.425 ルンビニー園アショ力王柱再発見百周年記念祭式典 (関連記事4∼5頁) 」凶P凶く1B(ノ00ん〃Sτ1=;ZヨZ⊃5R14770!V もつ。λつ。義つ。義つ。義つ。義つe義◎c義oc義つ。義つ。義gc義つ。義gc義つ。義つcAつ。義つ。義gc義つ。λつ。義つ。義8 讃℃巨㎡ (1997年) r.ど 仏暦2540年1月 鰐8鰐8鰐8鰐8鰐8綴8鰐oo鰐8鰐8綴8鰐8鰐8鰐8鰐8鰐8鰐8綴8罵8鰐8魂8蝿8鰐8鰐8鰐8鰐8鰐 籔 O◎︾Oの掛Oの︸Oの︸Oの︸Oの掛◎の︸Oの掛Oの藩Oの︾OO︾Oの︸Oの︾O◎︸Oの涛Oの︾OO︾◎O︾OO掛Oの︸Oの掛◎の掛Oの︸Oの︾Oの掛Oの︸◎O︾Oの︸O ♂¥δc¥δcvδc¥δCvδc『》δc¥δCvδcvoc¥δc》δc¥δc》δc》δCvδCvδCr》δCvδG¥δc¥δc¥δc(も 多 ﹂ 、戸一. .霊 . 織であります。煩悩・相克によって起こる人 てから、実に百年近い歴史を持つ輝かしい組 全仏は明治三十三年に仏教懇話会が誕生し 昭和三十二年立月二十三日でした。 教会が誕生し、正式法人として発足したのが、 す。思い起こせば、昭和二十九年に全日本仏 全日本仏教会は本年創立四十周年を迎えま 各面各派が一体となって、より一層の精進 知る心でありましよう。 ものの命を知り、一切の命あるものの痛みを するもの、それは己を知り、生きとし生ける 進歩発展の著しい現代に最も調和を必要と ませんか。 火の焔を赫々と燃やし続けてゆこうではあり もっと強靭な連帯感のある組織体として、信 得る様、全仏という寄り集りの意識でなく、 財団法人全日本仏教会 佑善朗信準恵淳秀 ’、 ボ ←匿 畠『 会 長 副会長 理事長 常務理事 鳥 居 士 谷 川 井 新 居 海老原 ヒ 廉 斗 ︷ 佐々木 幡丸田部田山中井 ﹂4・雫 ’ 類の苦悩を断除する仏陀の教えを信じて、私 を重ねようではありませんか。 白田森宮上松田高 ・﹁ザ㌔﹁・−p’、 賢 ます。 ’三 . 丁丑の初春 これからも益々社会の高齢化が進み、心の , ・叱 明けましてお芽出とう 時代となってくると思いますが、これら時代 全日本仏教会会長 ございます。 達は平和と福祉浄土の建設の為、各宗、力を 年頭に当たり、更に飛躍への新しい歳と念 憲徳性亮良寛日隆 寸義亀手容成孝 誉純政俊光之一 の要請に、法面を拝謝する我々が、即対応し 合わせて今日迄歩み続けて参りました。 じて、一言祝詞といたします。 そして本年は又、比叡山で﹁宗教サミット 十周年世界宗教者平和を祈る集い﹂が開かれ 横楠小二成能松大 山 倉井田邨村竹 敏宗宗祥有英了明 明親徳文恒等昌彦 仏 全 1997年1月1日 一2一 ゼ門 ﹁ カ・ TP ﹁ 実に〃諸行無常、生死事大〃の仏教の真理を 機械文明の脆弱さと多くの尊い生命を失う現 災によって安逸の夢は空しく崩壊されました。 況になりました。また日中韓三国の仏教交流、 協力により、本年はその完成が期待される状 の地ルンビ勅旨、マヤ堂の復興も関係各位の 本会がながきに亘り努力してきた釈尊生誕 事 俊 和 喜久子 ∼﹄一圃一・ 騙ミ層 F 河 野 亮 永 秀寛文政謙霊英 邦康有昭敬信哲 ︾幣曽 納めて知らされたのであります。 比叡山宗教サミット十周年行事など仏教の国 事 一−脳︸ す。この災害を風化させることなく仏教者の 全日本仏教会理事長 謹んで新春のお慶びを申し上げます。 使命感を真摯に省みる聖機として四十周年記 一瞬一瞬に生かされる生命の尊さも物質至 際協力の成果もみられる本年であり、本会の 一3一 圓憲雄明承晃爾 事長長長長長長長長長長長 理 監 田田 志高岩藤白長吉 谷 鶴見田 川川田 江水深壽大三渡吉野伊鷲田荒 生 澤野澤山谷浦邊橋司東尾中川 み和照良一章宗勝祐俊幸光正 ゆ き子生光淳興富江宏彦雄成憲 本年は全日本仏教会が財団法人として組織 また御承知の通り宗教界に対する社会の注 念大会を神戸の地に開催することにいたした 秋十月に、その記念大会と第三十七回全日本 視はまことに厳しいものがあり、昨年九月十 されてより四十周年と云う記念すべき年であ 仏教徒会議を神戸市に於いて併せ開催するこ 五日中発令された宗教法人法の一部改正の法 のであります。 とが決定されました。 律も公益性と自浄努力を強く求めるものであ ります。既に旧冬の常務理事会、理事会で今 戦後五十余年、日本人は平和と安全を当然 上主義や科学万能の思潮によって、いつしか 使命の充実達成に一層の御支援を切願いたし ります。 忘却されている現代人に対し、いまこそ生と 年頭のご挨拶といたします。 のように享受してきましたが今回の阪神大震 死の原点を説くことが仏教者の責務でありま 島山 増熱海大五安伊 十 田部野嶋嵐藤藤 貞龍浮翻意正角 襲嘆次次艶紅部総局 1997年1月1日 仏 全 オ ㍉←も 轟 1 4 ’− 仏 全 1997年1月1日 7 ∫7 ’ 心 脅 婦 、 ㌧ ∼ ぐ , カトマンズでのWFB執行委員会 現在のマヤ堂修復現場 ㌧ 去る十一月二十九日より十二月六日の日程 でネパール王国にてWFB世界仏教徒連盟執 行委員会及びルンビニー園アショカ王柱再発 見百周年記念祭が執り行われた。本会からは、 川島宏之ルンビニー委員会渉外・企画担当委 員、並びに深澤照生国際文化部次長が出席し た。 先ず、十一月二十九日カトマンズにおいて WFB執行委員会が開催された。会議には日 本をはじめタイ、マレーシア、アメリカ、韓 国、ネパール等の各国執行委員が出席し活発 に意見交換、討議がなされた。 特に懸案の第二十回WFB世界大会につい ては、明年六月六日より六月十二日までの日 程でソウルに於いて開催されることが、韓国 の代表より提案されたが、依然として韓国内 の三つのセンターの調整がつかず最終決定は 十二月中旬まで持ち越されることになった。 十二月一日より会場はルンビニーへと移り、 アショカ王覇再発見百周年記念祭がネパール 観光省の主催により開催された。 ドイツ人考古学者フユーラーによって発見さ ルンビニーのアショカ王難は、 一八九六年 れ、その王柱の碑文によりルンビニーの地が 釈尊御生誕の聖地であることが判明した。 アショカ王柱の中央部の碑文にはブラフミ i文字が刻まれている。この文字の解釈は 一4一 ︸ 璽 1997年1月1日 仏 全 孚 一偏 A 7 ,▼ 一ψ 兎 様々あるが﹁釈尊がここでお生まれになった T理事長︶はじめ、中国、韓国、スリランカ、 に於いてネパールのスポーツ文化大臣︵LD つけた大勢の参拝者は、マヤ堂及びアショカ いく。 話し合いが進められマヤ堂復元へと向かって が待たれ、いよいよ具体的︵設計・建築︶な 今後はこの書簡に対するネパール側の返答 各国代表より支持するとの声が上がった。 この書簡はWFB執行委貝回にも配布され 戻す︶の書簡を伝えた。 元する、釈尊御生編綴は復元されるマヤ堂に よって遺跡を埋め戻す、基壇上にマヤ堂を復 定書に基づいて同一場所、同一規模、基壇に 化大臣︶宛へ本会のマヤ堂復元基本構想︵協 ル訪問にあたってLDT理事長︵スポーツ文 元について交渉を続けているが、今般ネパー 尚、既報の通り本会はLDTとマヤ堂の復 聖地も多くの参拝者で賑わった。 れ、いつもは静けさの中にあるルンビニーの された﹁石﹂を含むマヤ堂発掘現場が公開さ 記念祭期間中は、考古学調査によって発見 めた。 再建についてスピーチし、参列者の関心を集 として考古学調査の概要、更に今後のマヤ堂 が現在まで進めてきたマヤ堂修復事業の経過 拶に続いて川島宏之委員が挨拶に立ち、本会 記念式典では、来賓を代表して各国大使挨 いた。 ので即位二十年に記念碑を建て住民の税を免 ミャンマーの各国在ネパール大使、WFB関 煙柱を取り囲むように、記念式典を見守って 除され生産の入分の一のみを払うものとす 係者、各国仏教徒が大勢参列し盛大に執り行 当日は、ネパールの仏教徒、各国より駆け われた。 る。 ﹂ と 記 さ れ て い る 。 ちょうど百年前のこの発見を祝して行われ た記念式典は、十二月一日、アショカ王臣前 発掘現場の様子 NHKの取材に答える川島委員 一5一 、㌶ 騨§⋮ 穐 ﹁鑛涛 ・猟騒謹 浄土真宗本願寺派総 長松 村 了 昌総 務桑原範雄 同 青地 敬 水 同 北島 経 昭 同 九 折 十干 同 沖井道雄京都市下京区堀川通花屋町下ル 本願寺門前町〒㎜ 〇七五︵三七一︶五一八一 一6一 仏 全 1997年1月1日 雛…^Ω. 璽嚢 三 川 漆 野 弘 幾 晃 祐 繁 侃 愼 堅 興 澄 秀 聖 隆 雄 轡 照 真言宗豊山派宗務所 管 長 宗務総長 鳥 総務部長 教務部長 若 教化部長 中 財務部長 田代 教化センター 院 長 小野塚 教化センター 事務局長 認 天台宗務庁 天台座主梅山圓 宗務総長杉谷義 響部踏山田俊 七人部踏大岡白 血務部踏植田恵 鯵学部賄小川晃 鯵会部購山田学 参 務 一隅を照らす獅子王 圓 運動総本部長 識 真言宗智山派宗務庁 総本山智積院法務所 宗親 燈振子 井隆秀 綜螺嚴楠 林照弓 場修任 田村正規 総務部報最 密部報馬 教学部長 執 事 川台下 趣向信 こ欝 林 全 盤 川 藤 二 天六 徳 和 晃 秀 宣 英 lル 一・ 雄 博 耀 映 一 士 大津市坂本四丁目六番二号 東京都文京区大塚五−四〇1八 〒枷−010七七五︵七九︶○〇二二 〒皿 〇三︵三九四五︶〇六三九 一7一 濱 浅 鴇 門 和 順 秀 裕 勝 泰 鯛務部門細 轍化部報阿 木中也 京都市東山区大路七条下ル 〒晒 〇七五︵五四一︶五三六一 東瓦町九六四 船難鈴 舞. 1997年1月1日 全 仏 “.蓬 譲 中 木 常 岡 後 能 派 九町回 浄 土 宗 浄土門主中 村 康 隆 宗務総長成 田 有 恒 総務局長江 口 定 信 教学局長袖 山 榮 眞 財務局一一 藤 正 也 社会局長吉 田 昭 壽 東京事務所長葱 木 季 生 総長公室長能登原 賢 史 銅 飾 局 罫 腱 境 順 正 職 員 一 同 ,浄土宗宗務庁京都市東山区林下町四〇〇1八〒備 〇七五︵五二五︶二二〇〇FAX O七五︵五三一︶五一〇五羅篠懸舗干網−四〒鵬 〇三︵三四三六︶三三五一FAX O三︵三四三四︶〇七四四 出版室長小 林 正 道翻局導出・芳演 灘 臨済宗妙心寺派宗務本所 管 長松 山 寛恵 宗務総長小 倉 宗 徳 総務部長羽 賀 文 圭 教学部長大 野 鋏 宗 財務部長 高 橋 基 丈 椛細飴宮田正勝 法務部長森 弘 宗鱗綱飴源 碓嶺京都市右京区花園妙心寺町六四〒鵬 〇七五︵四六三︶==一二 総本山仁和寺真言宗御室派宗務所 管 長林 文 照 黄漿宗大本山舌感寺黄奨宗宗務本院 宗務総長乾 隆 俊 門 跡 管 長吉田裕信 繍酔払嚴倉信隆源 財務部長安 部 梁 解 教学部長山 下 智 玄宇治市五ヶ庄三番割三四〒㎝ 〇七七四︵三二︶三九〇〇FAX O七七四︵三二︶六〇八八 庶務部長武 内 修 邦 繍務部蹄堀川和海 猟学部断高 松 龍 暉 鴨務部厨佐 伯 増 恒京都市右京区御室大内三三〒鵬 〇七五︵四六一︶一一五五FAX O七五︵四六四︶四〇七〇 一8一 ﹁づ 、 薗 繋 一 仏 全 1997年1月1日 1997年1月1日 仏 全 胴藤 貯 諺ρ、郵 ﹁ξr 逗誉 「 ’ 」 融通念軽篭総本山大念仏寺 財団法人 仏教伝道協会 会 長沼 田 智 秀 理事長信楽 峻麿 理 事吉 國 二 郎 同 松村 了 昌同 梶 山 雄 一 同 高崎直 道同 福 山 諦 法 常務理事高 島 孝 範 監 事井上 信 一 同 坂 東 白丁東京都港区芝四一三i一四〒塒 〇三︵三四五五︶五八五一 真言宗須磨寺派大本山須磨寺 賭 振小池弘三 寺 務 長 吉 井 恵 貫 臨済宗円覚寺派 大本山円 覚 寺 鎌倉市山之内四〇九〒脚 〇四六七︵二二︶〇四七八 大本山南禅寺 神戸市須磨区須磨寺町四1⊥バー八〒脳 〇七入︵七三一︶〇四一六 真言宗善通寺派宗務庁総本山善通寺 管 長塩澤大定 宗務総長虎 山 秀 禅京都市左京区南禅寺福地町〒鰯。七五︵塗譲舞鶴所 灘 振高吉清順 綜黒総嚴樫原禅澄香川県善通寺市善通寺町 三一三一一〒隔 ○八七七︵六二︶〇一一一 も 一.舳甲 灘 振白井慈勲 蒜翻繍嚴森 田 昭 光 鍵難尾垣良格 庶務部長 清 林 善我 博 舗諮鰯嚴今 田 章 介大阪市平野区平野上町 一一七−二十六〒脚 〇六︵七九一︶○〇二六 一9一 ’ .ミ寅襲 繕襲 6 一 ” 仏 全 1997年1月1日 京都仏教会 会 長 東伏見 慈 沿 理事長 有 馬 頼 底 常務理事 大 島 亮 準 同 清 瀧 智 弘 同 荒 木 元 悦理 事 平 野 暎 哉 同 大 西 真 興 同 江 上 泰 山上 田 辺 瑚 海 同 宮城泰年 同 岡 辮 有京都市上京区今出川通鳥丸東入 相國寺門前町六八四−一〒棚 〇七五︵二二三︶六九七五FAX O七五︵二二三︶六九七六 新潟県仏教会 会 長 中村 啓 識 副 会 長 井 口 飽肥 晃 同 春 日 浩三 同 井上 亨 同 高橋 透龍 事務局長 小 林 秀 徳長岡市上田町ニー二五 徳聖寺内〒脚 〇二五入︵三三︶一五入六 念法眞教教団総本山金剛寺 大阪市鶴見区緑三一四−二二〒珊 〇六︵九一一︶二一〇一 真言宗大覚寺派大本山大覚寺階 賑上井寛圓 蒜螺嚴廣安俊道 藷諮罐襟叢誰主 孝道山本仏殿 統 理 岡 野 正 貫副統理 岡 野 鄭 子横浜市神奈川区鳥越三八〒鋤 〇四五︵四三二︶一二〇一 一10一 , 1997年1月1日 仏 全 暇ヤ 墜’.雌、 、灘 Ψ噛暉 兵庫県仏教会会 長 高 見 寛 康副会長 大 谷 昭 世 同 衣 笠 諦道事務局長 市 村 隆 玄神戸市灘区原田通三丁目五−十八 金剛福寺内〒傲 〇七八︵八六一︶四〇四四 岐阜県仏教会岐阜市西野町三一一 本願寺岐阜西別院 南門入口〒㎜ 〇五八︵二六六︶七八〇三FAX O五入︵二六六︶七八〇三 福島県仏教会会 長 寺島彦宗専務理事 横 田 聖 峰福島市山口字寺前五 安洞院中〒蜘 〇二四五︵三四︶〇九三九 財団法人日本佛四坐仰会理事長 中山静麿東京都板橋区舟渡四−十五一一〒刑 〇三︵三九六七︶三二八八 一11一 諜 、、≧陰、織 、饗 二. 聾 胃︵ 財団法人 埼玉県仏教会会 長 江 連 俊 則副会長 河 野 亮 永 同 酒 井 文 雄専務理事 目 黒 靖 淳常務理事 勝 山 良 盛 同 金 子泰嶽 同 萩 野 映 明 同 嘉村義 正事務局長 森 山 逡 夫浦和市高砂四f=ニー一八騒x。。照 凧 M難産杁 東京都仏教連合会会 長 宮 部 亮 信理事長 白 川謙 敬事務局長 加 藤 隆 宣東京都品川区西五反田 三−五−十五 徳藏寺内〒姐 〇三︵三四九一︶二五七一FAX O三︵三七七九︶五〇入四 愛知県仏教会会 長 岩 田 文 有副会長 玉 井 康 之 同 近藤 真道 同 岡 田泰成日進市岩崎二一−一二四〇 観音寺内〒卿−01 0五六一七︵二︶三二五八 全日本仏教青年会理事長 水 谷栄寛横浜市磯子区磯子八一一四−一二 真照寺内〒獅 〇四五︵七五三︶五一四七 新義真言宗東京都文京区湯島四−六−一二湯島ハイタウンBl一二一一〒m O三︵三八一四︶三四六四 金峯山修験本町総本山金峯山寺管 長 五 條順教奈良県吉野郡吉野町吉野山〒㎜−31 0七四六三︵二︶二三七一㈹ 一12一 仏 全 1997年1月1日 1997年1月1日 仏 全 猟騒謹 ヘニ’淫 .彦 賑懲 蕨 真言三宝宗大本山清澄寺灘 振坂本光謙綜棚嚴國定浮運鰍斎美術麟 村 越 英 明宝塚市米谷字清シ一番地〒晒 〇七九七︵八六︶六六四一 本門佛立宗本山宥二二講 有 井 上 日 慶宗務総長 小 山 日 誠本山宥清寺京都市上京区一条通七本松西入 滝ヶ鼻三一〇〇五番地の一〒㎜ 〇七五︵四六三︶四六二〇㈹本門牛立宗宗務本庁京都市上京区御前通一逃上る 東竪町二〇番地〒鯉 〇七五︵四六一︶一一六六㈹ 聖観音宗 浅草寺貫 首 清水谷孝尚執事長 小岩井 貫 承東京都台東区浅草ニー三−一〒m O三︵三入四二︶〇一八一FAX O三︵三八四五︶六九三三 ・ 北海道仏教会連盟会 長 大 嶋俊 明札幌市中央区北三条西十九−二一一 本願寺札幌別院内〒㎜ 〇一一︵六一一︶九六二三 一13一 ︷ 亡 一 溢 仏 全 1997年1月1日 ハーバ⊥フンドニユーオータニでの研修会 り一層の推進が必要であると強調した。 また、災害救援に訪れたボランティアの 人々との交流から、人と人の心の触れあいの 大切さを学んだことと、今後の復興への課題 を説明した。 な生活をおくっている人々たちへのアンケー そして、現在も地区外の仮設住宅で不自由 十二月三日、肉入回加盟団体代表者同和研 ト調査や、慰問などのケアを精力的に行って いることを述べた。 修会が、六十余名の参加者を得て神戸で開催 された。午前中は、神戸ハーバーランドニュ ※ ※ ※ 行った。 午後には会場を長田区に移し、現地研修を 番町地区で長期欠席していた子供たちの教育 西野幼稚園の校舎を利用︶の訪問教師として、 玉本氏は、丸山中学西野分教場︵夜間中学、 めくくった。 ・ また、同和問題全般に関しては、結婚など 滝野氏は、現在までの番町地区の歴史的な に携わった経験を話された。 ーオータニで、﹁番町地区の現状と課題﹂を 変遷を資料を用いながらわかりやすく説明し、 最初の年に年間五十日以上欠席している長 自分の身近なことになると差別意識が顕在化 その中で地区内の人口の増減と社会情勢の変 欠の子供を七十入名担当し、子供達の家を一 テーマに、部落解放同盟兵庫県連番町支部書 化との関連などにも触れた。 軒一軒丹念に訪問して歩き、一年かかって、 してくること、一人の人間の差別意識は、自 次に、阪神大震災の被害状況について具体 十四名が登校できるようになったこと、また 記長の滝野雅博氏と、﹁夜間中学︵識字教育︶ 的に例を挙げて説明し、番町が大きな被害を 困難な状況の中で、子供たちに教育の大切さ、 らの変わる努力と、回りの変える努力が噛み 被った理由に同和対策事業の遅れを挙げ、被 学ぶことのすばらしさを、作文教育などを行 について﹂をテーマに、社会福祉法人えんぴ 害が天災と人災の両面の性格を持つことを説 う中で伝え育んで来たこと述べた。 合ってこそ解消されることを述べて講演を締 明した。 また、子供たちの家庭へ訪問を重ねるうち、 つの家理事長、玉本格氏が講演を行なった。 そして住環境の整備など同和対策事業のよ 一14一 、.秘 1997年1月1日 仏 全 厳しい部落差別の実情を肌で感じ、民生安定 来公教育の場において、いかに重要な役割を 亡くなった方、今も不自由な生活をされてい な心の痛みを覚えたこと、また、その周辺で 園を訪れ、無惨に倒壊した校舎を見て、大き 理事長を努める玉本氏が、震災後に西野幼稚 そして現在、社会福祉法人﹁えんぴつの家﹂ が出て、滝野氏らより丁寧な解答をいただい 質疑応答を行った。参加者からは活発に質問 最後に、両班とも長田文化会館に集まり、 とができた。 在までの復興の様子をより鮮明に理解するこ な被害を受けた番町の様子が映し出され、現 孟 一 果たしてきたか、また今後もその役割を果た し得るものであることを強調し講演を終えた。 番町の現状を見る参加者 るなど、子供たちが安心して教育を受けられ 午後からは、会場を番町の長田文化会館に る人々への思いを語った。 た。そののち、田中郁朗同和委員会委員長よ 一15一 所︵現在の福祉事務所︶に日参し陳情を重ね るよう行政への働きかけを行ったことを述べ る研修を行った。 た被害、今後の課題等をまとめたビデオを見 田文化会館で、阪神大震災で番町地域が被っ き確認する研修を行っている間に、二班は長 一班が番町地域の現況を、実際に地域を歩 移し二班に分かれて交互に研修を行った。 懸隔 部落解放同盟兵庫県連番町支部員の方々が、 震災当時の様子を説明する中、参加者は実際 に被害の跡の生々しい地域を歩き、河川の護 岸工事の様子や、市営住宅の建設、既存の住 宅の補修の様子などの説明を受けた。参加者 からはその都度質問が出され、同和対策事業 の問題点や今後の課題について効果的な研修 を行った。 最後に、現在一七〇万人もの義務教育未修 り挨拶があり、午後三時四十分閉会となった。 また、ビデオのなかでは、震災当時の大き 了者がいる現実を踏まえ、夜間中学が設立以 鱗辮蝋 た。 玉本 格氏 滝野雅博氏 溢 ア・ .・眞・ ディスカッションが行われた。大谷女子短期 h一と ピ 本の将来は大丈夫か?1宗教と政治の願わし 第一部の式典につづいて、第二部では﹁日 務部長が説明。質疑応答の後、原案通り承認 い関係を求めてi﹂というテーマで、パネル 十二月二日午後二時から、京都グランドホ 大学教授の川崎泰資氏と、朝日新聞論説委員 の北畠清泰氏が、先般行われた衆議院総選挙 された。 議案第二号﹁財団創立四〇周年記念事業に テルで、常務理事会が開催された。三帰依文 唱和につづいて、白幡理事長を議長に、小倉 と政治の関係について、白熱した議論を展開 における宗教団体の活動実態を中心に、宗教 白幡議長より上程。荒川事務総長、鷲尾財 した。 ついて﹂ 議事に入った。 務部長が事業の概要を説明。質疑応答の後、 宗徳、楠宗親の両師を議事録署名人に選出、 議案第一号﹁平成九年度事業計画︵案︶、 一九九七年一月一日発行 で会 ル事 片驚噌 川井ルンビニー委員長及び吉橋国際文化部 の取り組みについて 六日 三日 二日 ①ルンビニ三園復興事業の経過および今後 長が、現況の報告と事業の見通しを報告。 +二日 荒川事務総長が、協力する方向である旨を +九日 +三日 ③事務総局各部報告 各担当部長より、報告された。 1十二月一 常務理事会 加盟団体代表者同和研修会 真宗大谷派門首就任祝賀会出席 局内会議 法律相談室 同宗連実践交流懇談会出席 同和委員会 長谷川正浩弁護士による無料法律相談 を毎月第二、第四木曜日の午後開催して おります。本会事務総局︵〇三⊥二四三 さい。 本 仏 教 会 〒一〇五 東京都港区芝公園四−七−四 七一九二七五︶へ事前予約の上おいで下 日 日航大阪を会場に、第三十一回大阪府仏教徒 大阪府仏教徒大会 i( 法律相談室 報告。 化庁︶について﹂ ②﹁国内の宗教団体に関する調査研究︵文 こ一 去る十一月十九日午後三時半から、ホテル 大会が開催された。 発行人 荒 川 正 憲 発行所 財団法人 全 京都グランド 開催された常 a翌務︽局卿録一三多ミ 原案通り承認された。 灘 報告事項 収支予算︵案︶の大綱について承認を求める 件﹂ 愚 箋 欝 白幡議長より上程。荒川事務総長、鷲尾財 冨 騨鞠. 仏 全 1997年1月1日 りh 耐 一16一 、財
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